73話 大予言者
青と赤の巨人が出てきたときはさすがにビックリしたけど、うちの仕事は怪物退治じゃない。
「タクミ・カワヤを斬れ!」
ボイディアの大将に命じられたら、うちの頭は切り替わる。巨人は大将に任せればいい。いまはあの占い師を斬るだけ。
でも走るうちの前に立ちはだかったのは、やっぱりコイツか、タルドマンとか言ったっけ。
「邪魔なんだよぉっ!」
手抜きはナシだ、最初から全力で飛ばす。なのに、何だコイツ。おかしい、剣の先が届かない。打ち込みが全部受け流される。
タルドマンが切っ先をうちに向けてつぶやいた。
「この二週間、私がただ無意味に時間を費やしたと思うか」
「知るかぁっ!」
こんなヤツに、こんなヤツにこんなヤツにこんなヤツに! 負けるはずない、うちが負けるはずなんてない! うちが!
……手首をつかまれた?
「おまえの剣はもう通じない。諦めろ」
そのとき。
「レンズ!」
タルドマンの背後から襲い掛かったのはギンガオー。けど、そこに聞こえた子供の声。
「雷打て!」
ギンガオーは跳ね飛ばされた。
◇ ◇ ◇
またコイツらか、またボクの邪魔をするのか。三角帽子にマントの二人のガキ。面倒くさい、クソ、クソ、クソッ、先にコイツらから殺してやる。
視界の端であの赤髪の女がまた銃を構えている。構うものか、銃なんてちょっと痛いだけで、ボクには役に立たないんだから。まずはこのガキ二人を。
銃声が一発。
胸に衝撃。いつものようにちょっと痛いだけ。ちょっと……あ、あれ? 何で。何で血が噴き出してるんだ。
「ギンガオー!」
レンズの声が後ろから聞こえる。
銃声、銃声、銃声。固いモノが体にめり込む感触。
熱い。痛い。苦しい。何が起こってるんだ。脚に力が入らない。
「へえ、これはまた興味深い」
赤髪の女が笑う。
「銀の弾丸は聖水に浸すものらしいけど、『月の雫』とやらを塗ったフルメタルジャケットは怪物に効果があるのだねえ」
ボクの全身には金色の毛が生えて行く。ケダモノへと姿を変えて行く。だけど、もう遅いのか。膝をつき、手をつき、ダメだ、体が重い。血が流れ過ぎた。
「やめろ!」
レンズが泣いている。ああ、行かなきゃ。ボクが行かなきゃ。
「ギンガオーは、ギンガオーは、うちのギンガオーなんだぞ!」
だからレンズ、ボクの名前は、名前は……もういいや、ギンガオーで。
◇ ◇ ◇
「焔立て!」
子供の一人がそう唱えると、横たわるガライの体から炎が上がった。
レンズはタルドマンに取り押さえられてしまった。
私は二人の巨人の攻撃を受け止めるので精一杯、いずれ体力の限界を迎えるだろう。何とか隙を作ってテレポートで逃げたいところだが、相手がそれを想定していないとは思えない。
負けだ。私はタクミ・カワヤに敗北したのだ。
勝利を確信したのか、占い師は松明の前に出てきた。ルン・ジラルドも銃口をこちらに向けながら近づいて来る。
タクミ・カワヤは二人の巨人の隣に立ち、真剣な表情で私を見つめて言った。
「よし、倒せ」
万事休す、か。
だがその瞬間、赤い巨人の手にあった鉄の棒が横にスライドしたかと思うと、稲妻の速度でルン・ジラルドの頭部を打ち据えた。鮮血が噴き上がり、肉片が飛ぶ。松明の向こうの貴族たちの間から悲鳴が聞こえた。
ルンの体は燃え上がるガライのすぐ隣に崩れ落ちる。
「な、何故……」
聞こえた小さな声に、タクミ・カワヤは平然と答えた。
「何故? おまえが僕の敵だからだよ、ルン」
「わた……しは」
「おまえは研究所に絶対の忠誠を誓っている。たとえボイジャーを倒せたとしても、僕を放っておくはずがない。この世界で最初に僕の前に現れてからずっと、このときが来るのを待っていた。難しい計画だったけどね、何とか終われるようでホッとしてる」
説明を聞き終わり満足でもしたのだろうか、ルン・ジラルドは静かに事切れた。
そしてタクミ・カワヤは二人の巨人を振り仰ぎ、笑顔を見せる。
「ここまでだ。約束は果たしてもらった、感謝していると女王様にはお伝えしてくれ」
私を押さえつけていた強大な力は消え去り、同時に二人の巨人の姿も見えなくなった。
◇ ◇ ◇
「どういうつもりだ」
不信感全開といった目でボイジャーはこちらを見つめている。僕はポケットから卵大の小さな機械を取り出してみせた。事前にルン・ジラルドから受け取っておいた爆破装置の起動スイッチ。
「アンタ、本当は爆破装置を外したりなんてしてないだろ」
「……どうしてそう思う」
その気になればいつでも殺せるんだぞって目で僕をにらみつけるボイジャー。まあ、気持ちは理解できるけどね。
「どうしても何も、あの用意周到なガレウォンが簡単に外せるような装置なんて取り付ける訳がない。特にアンタに対して」
僕は起動スイッチをボイジャーに放り投げた。受け取った当人は困惑している。
「何が望みだ」
「僕の望みは二つある。そのどちらかをアンタが選べ」
僕は指を一本立てた。
「一つ目は、アンタがすべてを諦めること。表舞台からも裏社会からも身を引いて、この世界に暮らす一人の普通の人間として残りの人生を過ごすんだ」
「普通の人生だと。いまさらか」
「そう、いまさらだ」
そんなものが選べるはずがあるか、ボイジャーの顔はそう言っている。
「もう一つは」
急かすボイジャーに、僕は二本目の指を立てる。
「二つ目は、アンタが僕に協力してガレウォンを倒し、研究所を壊滅させること」
ボイジャーの目が細く光った。
「本気で言っているのか」
「いくら僕でもこんな冗談は言う気がしないね。研究所のTS型はルン・ジラルド以外にも成功例がある。当然、これからも追手はやってくるだろう。それを全部いちいち迎え撃つのはさすがに難しい。なら、こっちから仕掛けるしかない」
「私とおまえが組めば、研究所を叩き潰せると?」
「僕はそう思ってるけど、アンタが思わないんなら無理強いはしない」
ボイジャーはしばし考え込む。そして本当に悩んだのだろう、こんなことを言い出した。
「おまえが裏切らないという保証はあるのか」
「そんなものある訳ないだろ。僕を正直村の住人か何かと思ってるのか」
それを聞いてボイジャーは小さくため息をついた。
「違いない」
その視線を燃えるガライの体に向け、次にタルドマンに抑え込まれるレンズに向ける。
「レンズは連れて行けるか」
「それを願うなら一つ目の選択肢を選べ。そっちの方がいい」
「そうか」
ボイジャーは迷っていた。迷いに迷った末、タルドマンの隣にしゃがみ込んだ。
「レンズ」
涙でくしゃくしゃになった顔を上げる少女は、噛み付かんばかりに歯をむいた。
「あんたもうちを捨てるのか」
ボイジャーは静かに首を振る。
「捨てはしない。私は必ず戻って来る。それまで一人で生きられるか」
レンズはムッとした顔でたずね返す。
「絶対に戻って来るのか」
「ああ、絶対だ」
「だったら意地でも死なねえからな。絶対だからな」
僕はレンズを取り押さえているタルドマンの肩を叩いた。
「そういうことだから、ステラとハースガルド公には君から話しておいてくれないか。しばらく留守にするってさ」
「はあ、しかし」
「しかしもカカシもない。君は自分のことをとにかく頑張れ。頼んだからね」
チャンタとチャンホはへたり込んで泣きじゃくっている。
「二人はこれからどうしたい」
僕の問いかけに、チャンホが答えた。
「もう少し時間が経ってから決めたいと思います」
チャンタも鼻をすすりながら言う。
「村に帰ってもすることないし」
「そうか。君らが村に戻る前に帰って来れるよう僕も頑張るよ」
そう、帰って来るのだ。ボイジャーも言ってたけど、僕らはここに戻って来るのだ。僕らの居場所はもう、この世界にしかないのだから。
「さてそれじゃ、善は急げだ。ボイジャー」
痩せぎすな顔が苦笑を浮かべて立ち上がる。
「善かどうかは疑問があるが」
「いいんだよ、細かいこと気にすんな」
「本当に準備はいらないのか」
「何の準備だよ。心の準備ならとっくにできてるぞ」
「……まあいいだろう」
ボイジャーが納得したのを受けて、僕は皇帝陛下や帝国貴族の面々に向かい、最後に叫んだ。
「では皆々様、占い師はこれにて失礼をば!」
次の瞬間にはもう、僕とボイジャーは亜空間にいた。
静かな薄明るい空間を渡りながら、かつて研究所最大の悪夢と呼ばれた男はたずねる。
「我々が反撃に出ることを研究所は想定していると思うか」
そんなの、当たり前の話。
「研究所にはT型が何人もいるんだ、未来予知には引っかかってるさ」
「それでも勝ち目はあると」
「そうでなきゃ、わざわざ死にに行くような真似なんてしないよ」
笑う僕にボイジャーはフンと鼻を鳴らした。
「どうだかな。おまえだけは信用ならん」
◇ ◇ ◇
先生が姿を消して三日後、ロンダリア王は全国民に向けて布告を出しました。
「救国の英雄たる宮廷占術師タクミ・カワヤ子爵に、『大予言者』の称号とバラークの領地を与える」
少し前ならこんな布告は誰の興味も引かなかったでしょう。でもいまシャナン王国はギルミアス帝国との恒久平和条約締結に向けて大いに盛り上がっています。その立役者である先生への関心も高まっているように感じるのです。
リメレ村のガナン村長の姪御さん、リーアさんは街の診療所のアイヴァン先生との交際を認められたそうです。ジャンゴさんが馬車いっぱいの野菜を運んできてくれました。
イエミールさんは帝国の皇宮で侍女頭に任ぜられ、忙しい日々を過ごしておられるとのこと。一方タルドマンさんは毎日ワイム騎士団長の薫陶を受けています。イエミールさんを通じてサリーナリー帝とお手紙をやり取りしているのだと、こっそり教えてくださいました。
王国のドルード公爵アイメン・ザイメン閣下は、恒久平和条約への全面的な支持を表明されました。所領の一部を返上するという話も聞こえてきています。帝国ではハンデラ・ルベンヘッテ侯爵がご子息への代替わりを申し出たそうです。
世の中はどんどん変わっています。これらは紛れもなく先生の功績です。そしてこれからの時代にこそ、先生のお力が必要なのではないかとも思います。
先生、いえ、大予言者にしてバラーク子爵タクミ・カワヤ閣下。どうかご無事で、一日も早いお帰りをステラはお待ちいたしております。




