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56話 野の神

 退屈だわあ。フェルンワルドの馬車なら空を駆けてどこにでも行けるのに、人間世界の馬車は道をトロトロ走るだけ。眠くなってアクビが出て来ちゃってもう。


 シャナンの王都に向かう馬車の中、アタイを右肩に乗せたリコットの隣にはステラ、向かいにはチャンホとチャンタの魔法使いの双子がいた。


「ねえリコット、聞いていい?」


 おさげのチャンホが興味津々な顔でリコットの目をのぞき込んでいる。


「いまもキーシャと一緒なの」


「うん。退屈だって文句言ってる」


「ああ、いいなあ。私も魔法使えるより妖精が見たかった」


 これに隣のチャンタは呆れ顔。


「はぁ? おまえそんなこと言う?」


「だって妖精だよ。人間以外の知恵や文化があるんだよ。凄いじゃない」


「いや、凄いのはわかるけどさ」


 へっへっへーん。そうなのです、妖精は凄いのです。わかってるねえ、お嬢ちゃん。この世界は人間を中心に回っている訳じゃないのよ。人間もまた偉大で巨大な流れの一部でしかないの。これを理解できない人間の何と多いことか! ああもう嘆かわしい!


「でも魔法が使えるって素敵なことだと思うよ。私は何もできないし」


 ああリコット、そんなに相手に合わせることないのに。この子は優しいからまた。


 けど、チャンホはちょっと困った顔を見せた。


「うん、魔法が使えるのは素敵だよ。それは確かに。でもね」


 そして残念そうに微笑みながら、こうつぶやくの。


「魔法が使えると、友達いなくなっちゃうんだよねえ」


 弟のチャンタも苦笑している。


「それはあるな。みんな最初は面白がるけど、そのうち怖いって言って逃げてくんだ」


 こりゃまた人間らしい話よね。どんな力が使えたって別に構わないでしょうに、何だかんだで「普通」じゃないのを排除するのはさ。嫉妬とか劣等感とか負け犬根性とかあるんだろうけど。ああ、やだやだ。


 そう呆れ返るアタイを横目に、リコットはちょっと笑った。


「妖精が見えるって言ったら、嘘つきだって言われるけど」


 すると、チャンホは不意に真顔になった。


「酷い……それ酷いよ! 誰、誰がそんなこと言うの!」


「お、おい。おまえが怒ってどうすんだよ」


 隣でチャンタが面食らってる。リコットも目が真ん丸だ。そりゃそうよね、こんなことで怒る人間なんてアタイも初めて見たし。


 でもチャンホの怒りは収まらないようだ。


「だって酷すぎるじゃない、嘘つきなんて言葉、ぶん殴るより最低だよ。最悪だよ。心に傷がついたら治らないんだよ。そんなこと言うヤツなんて、追い込んで、追い詰めて、ギッタンギッタンにしてやらなきゃ」


「ダメだよ」


 それまでじっと黙っていたステラが口を出した。


「チャンホの言うことは正しいと思うけど、それを誰が言ったかなんてリコットに聞いちゃいけない」


「……あっ」


 チャンホもようやく気付いたみたいね、思い出せばリコットが傷つくってことを。


「ご、ごめんなさい、リコット。私つい」


「ううん。ちょっとビックリしたけど、嬉しかったよ」


 リコットは笑顔で首を振っている。ホント、優しすぎるのがこの子の問題点よねえ。


 と、その時。あれあれあれ、走っていた馬車が急停止した。何よ、何なのいったい。みんな馬車の左右の窓から顔を出して進行方向を見た。アタイもリコットの頭に乗って外を見てみれば。


 何か十人ばかりの人だかりができてる。その向こう側には木が一本倒れてた。あれが道を塞いでる訳ね、ふむふむ。でも変よね。倒れてる木は小枝とは言わないけど、たいして大きくもないし、大人の人間が三、四人もいれば持ち上げられると思うんだけど。


 馬車の御者もそう思ったんでしょうね。


「悪いが急いでるんだ、通してくれんかね」


 そう声をかけたら、街役人らしい男が手を振ったの。


「ダメだダメだ、いまは通せんよ」


「何でだ。あんな木くらい、どければいいだろ」


「どけたくてもどけられんから困っとるんだ」


 その言い草が気に入らなかったのか、御者は馬車から降りて倒れてる木に向かった。


「だったら俺がどける!」


「あ、おいこら、危ないぞやめろ」


 人だかりからそんな声が聞こえた瞬間。


 バラバラバラッ! 何かが地面に打ち付ける音。どうやら小石みたいだ。小石が雨のように空から降ってきている。


「痛ててててっ!」


 石つぶてをぶつけられた御者は慌てて戻ってきた。木から離れると小石は降り止む。


「な、なんだぁ、こりゃ」


 唖然としている御者に、街役人らしき男はこう言うのだ。


「そら見ろ、言わんこっちゃない」


 つまり、これが木をどかせない理由なのだろう。


 そこに、どこからか響くガラガラと何かが崩れるような音が。いや、本当にそうかな。アタイには笑い声のようにも聞こえたんだけど。


「何だあの音」


「それもわからん。わからんことばかりだから困ってるのさ」


 御者にそう答えて、街役人はため息をついた。


 何だろう、これは。アタイの目から見ても不思議なことが起こってる。ここは何だか変だ。空気が変だし匂いも変だ。


 アタイは注意深く周りを見渡した。そしたら。


「あのさあ、リコット」


 アタイの言葉にリコットはピクリと反応した。


「どうしたの、キーシャ」


「こっちの方向、あの一番高い木の上に、何か見える?」


「高い木の上……」


 首を回したリコットが息を呑む気配がする。


「人だ」


 そう、たぶん他の人間には見えてないんだろう。木のてっぺんに人の姿がある。でも。


「人に見えるけど、人じゃないよ」


 それは人ならざる存在。まさかあんなモノに出くわすとはね。


 リコットはたずねた。


「あれは、妖精?」


「いいや、妖精でもない」


 人の姿に見える、しかし人ならざる、けれど妖精でもない存在。そんなモノをどう呼ぶのか、アタイの頭に浮かぶ言葉は一つだけ。


「あれは、神なんじゃないかな」


「……神?」


 そのとき魔法使いの双子の姉の方、チャンホがリコットの様子に気が付いた。


「リコット、どうしたの」


 どうしたって言われてもリコットだって困る。そりゃあ困る。チャンホにもチャンタにもアタイの姿は見えないし、アタイの声も聞こえないからだ。


「えっと、何て言えばいいのかわからないけど、あの木の上の人が見えるかな」


「木の上の人?」


 リコットの指さす方をチャンホは見つめた。チャンタも横から顔を出して同じ方向を見たけど、まあたぶん見えないだろうね。


「何も見えないなあ」


「俺も」


 やっぱり。魔法が使えるだけじゃアレは見えないんだ。仕方ない、アタイはリコットの頭をピョンと飛び降り、チャンホの鼻の頭に思いっきり噛み付いた。


「痛ったあああっ!」


 隣で驚いている弟のチャンタの鼻にも噛み付く。


「痛ってえええっ!」


 リコットの右肩に戻ってアタイはニッと笑ってみせた。


「どう。アタイが見える? アタイの声が聞こえる?」


 並んで鼻を抑えた魔法使いの双子の姉弟は、目を真ん丸にしてこっちを見ている。


「妖精が見える」


「ホントだ。これがキーシャなのか?」


 呆気に取られながらもうなずくリコットの肩の上で、アタイはビシッと二人を指さした。


「いいこと、よーくお聞き。おまえたちはこれから一時間、普段見えないモノが見え、普段聞こえない音が聞こえるの。言い換えると一時間以内にアレを何とかしないと、アタイたちは今日野宿するしかなくなる訳。わかったらすぐ馬車を降りる!」

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