表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
55/73

55話 鉄の花

 陽が傾いた。そろそろ皇帝陛下がシャナンからお戻りになる頃か。あのルン・ジラルドが、ちゃんと陛下をお連れしてくれればの話ではあるが。


 ああ、ルン・ジラルドと言えば。


「ザインク」


 部屋の入口に立つ騎士団長に顔を向ける。


「例の銃はどうなりました」


 ザインクはいつものように慇懃(いんぎん)に一礼した。


「はっ。自動小銃百丁、弾丸十万発の引き渡しは完了済み。銃士隊より七十名を選抜、移行訓練を開始しております」


「どの程度の戦力になると思いますか」


 我ながら曖昧な問いだとは思ったが、一拍置いてザインクはこう答えた。


「もし理想的な運用が叶えば、従来の銃兵五百人に匹敵する戦力となるかと」


「それは、大きな力ですね」


 私は喜ぶべきなのかも知れない。だがこの胸に去来するのは影のような不安。


「大きな力には大きな責任が伴うものです。ザインク、私にこの力を振るう資格はあるのでしょうか」


「カリアナ閣下にはその資格がございます」


 ザインクは即答した。それは彼の優しさなのだろうか、それとも。


 そこに突然現れた人影が三つ。


「皇帝陛下!」


 駆け寄った私に、陛下は満面の笑顔を向けてくださった。


「コルストック伯爵、心配をかけました」


「ご無事で何よりです。お疲れでしょう、すぐに食事を用意させます」


 しかし陛下の背後に立つ若い女が目に留まる。


「彼女は」


 ルン・ジラルドにそう問えば、意味深な笑みを浮かべながらこう答えた。


「ああ、皇帝陛下の侍女だそうですよ」


「侍女?」


 陛下もうなずかれる。


皇宮(こうぐう)の中には私の味方が誰もおりませんから、タクミ・カワヤが連れてきてくれたのです」


「イエミール・ダーガスと申します」


 女は品の良さを思わせる仕草で一礼した。どこか取って付けたような印象はあったのだが。




 その後、夕食、皇帝陛下のご入浴、ご就寝に当たって、イエミールはよく働いた。不慣れな様子はまま見られたが、非情によく機転が利き判断が速い。こちらが口に出す前に次の動作に移っている。タクミ・カワヤが推薦したのはこういうところだったのかも知れない。


 しかし、いつまでもイエミールの仕事ぶりに感心している場合ではない。喫緊の課題は明日だ。明日のことを思うと胃がねじ切られるような思いがする。それでもこの帝国のため、この国に暮らす民のため、そして何より皇帝陛下の剣たる貴族として、逃げる訳には行かないのだ。


 明日から、本格的な戦いが始まる。



◇ ◇ ◇



 まったくもって腹立たしい。あの皇帝め、国民人気が高いからと調子に乗りおって。居場所が明らかになった際には二度と逆らえぬよう思い知らせてやる。


 昨日はシャナンの王宮でロンダリアと恒久平和条約について会談したとの話が聞こえてきてはいるが、緘口令(かんこうれい)を敷かせた。どうやってシャナンに移動したのか、そもそもこれが本物の皇帝によるものなのか、いまだ判別はできないものの、混乱の元となるのは間違いない。そうはさせるか。


 しかし朝、帝国議会に登庁してみれば、諸侯が慌てふためいている。


「いったい何があったというのか! 誰か状況を説明されよ!」


 私が一喝すると、一人の貴族が驚愕と困惑をないまぜにした顔で駆け寄ってきた。


「ああ、ハンデラ卿! 大変だ、皇帝陛下が、皇帝陛下が皇宮に戻られたのだが」


 皇帝が皇宮に戻るのは当たり前であり驚く話ではなかろう。何をいったい慌てているのか。私が眉を寄せていると、その貴族はこう続けた。


「銃で武装した兵を二十人ほど連れ、玉座の間に立てこもっておられるのだ」


「何ぃ?」


 急ぎ足で議事堂の廊下を抜け、隣接する皇宮に赴けば、貴族院議員らが人だかりとなり、何やら口々に説明を求めている。これでは埒が明かない。私は人混みを掻き分けて最前列へと出た。


 皇宮の入口前には女が一人立ちはだかっている。コルストック伯爵カリアナ・レンバルトだ。


「カリアナ卿、これはどういうことですかな」


 前に出てきた私に気圧される様子もなく、堂々と平然と、カリアナ・レンバルトは我らに対峙していた。その背後に、見たこともないおかしな形の銃を持つ兵を二人配置しながら。


 カリアナは微笑む。


「皇帝陛下は現在執務に没頭されております。ご用件がおありなら、後程にしていただけますでしょうか」


「御貴殿は政府の役職にもなければ議会の要職にある訳でもありますまい。政府も議会も軍までも差し置いてのこの所業、いかにご説明なさるおつもりかな」


 私の指摘に、しかしカリアナは揺るがない。


「私は帝国貴族です。皇帝陛下に臣従する者として、陛下のご意思に従うまで。それを妨げる者あらば、実力にて打倒いたします。そのおつもりで」


 そう言い終わらぬうちに、玉座の間の扉が開き、若い女が一人出てきた。侍女の格好をしているが初めて見る顔だ。見知らぬ侍女は巻いた羊皮紙を手に持ち、カリアナの背後で立ち止まった。


「皇帝陛下のお書きになった恒久平和条約の条文草案です。これを貴族院議長ゴランホルト・ハンベス閣下にお渡しするようにと」


「わかりました。ありがとう、イエミール」


 カリアナは羊皮紙を受け取るとこちらを見つめた。


「お聞きになりましたね。私はこれよりゴランホルト卿の元へと参ります。道をお開けください」


「許されると思っているのか。そんな勝手が通るとでも思っているのか、カリアナ・レンバルト!」


 私の怒鳴り声を受けたカリアナに、もはや可憐な舞踏会の壁の花を思わせる気配などない。花と言うなら鉄の花だ。


「ハンデラ卿、先ほども申し上げました通り、皇帝陛下のご意思を妨げる者あらば実力で打倒いたします。三度目はございませんので」


 まるで神話の奇跡のように、カリアナの前に道は開いて行く。私がここに立ちはだかったとして、カリアナは二人の銃士に撃てと命じるだろうか。とてもそうは思えない。思えないのだが、もし何かの手違いで銃の暴発でも起きれば犬死である。


 私も一歩脇に下がった。その横をカリアナ・レンバルトは銃士を二人連れて歩いて行く。胸を張って、まるでこの皇宮の女主人であるかの如くに。



◇ ◇ ◇



 緊張のし過ぎで頭がクラクラする。ザインクがいたら肩を借りられるのに。そんなことを思いながら、私は貴族院議長であるズンバウ公爵ゴランホルト・ハンベスの元を訪れていた。ゴランホルトの議長室には古い書籍があちこち山のように積み上がり、部屋の主の姿はその隙間に時折よぎるだけだ。


「ほう、この草案を皇帝陛下がお書きになったと。そりゃあ面白い」


「何か不審な点があるということでしょうか」


 私の問いに本の山の向こう側でゴランホルトは笑う。


「はっ、不審と言えば全部不審だね。こいつは条約の草案としてはでき過ぎだ。満点といっていい。不敬かも知れんが皇帝陛下お一人でこれが書けるとはとても思えんね。この草案には、さらに下書きがあるんじゃないのかね」


 当たりである。この草案は王国の内務大臣サンザルド・ダナが書いた内容を皇帝陛下が清書しただけのもの。細かい言葉遣いくらいは変更したかもしれないが、おそらくはほぼ丸写しだ。しかし、いまそれをここで説明している場合でもない。


「つまり議会で取り上げるのは難しいということですか」


「いんや。皇帝陛下がお望みとあらば、取り上げるのは取り上げるさ。だが、ハンデラ・ルベンヘッテが黙ってこれを通すと思うかね。全力で叩き潰しに来るのは間違いないよ。ことと次第によっちゃ、皇帝陛下の立場はいまよりもっと悪くなる。それでもこれを議会にかけるかい、カリアナ・レンバルト伯爵」


「皇帝陛下がそれをお望みです」


 私がそう答えると、本の山の向こうから大きなため息が聞こえた。


「……国立図書館の三階に小さな喫茶室がある」


「は?」


 いったい何を言いたいのだろう。話の急展開に私がついて行けずにいると、顔も見せずにゴランホルトはこうつぶやいた。


「保守穏健派の長老たちが入り浸っているらしい。茶飲み話の相手でもしてやれば、小遣いくらいはもらえるんじゃないかね」


「はあ」


「議長ってのは公平公正が建前だ。とりあえずこの草案を議会にかける用意は始めよう。上手く行くことを一人の臣民として祈っているよ」


 本の山の向こうから手が出て左右に振られた。話はこれで終わりなのだろう。私は議長室を出た後、いったん皇帝陛下のところへ戻ろうかと考えていたものの、せっかくだ、国立図書館まで足を延ばしてみようと思い立った。


 果たして、鬼が出るか蛇が出るか。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ