47話 災い転じて
「捜索範囲は広げていますが、いまのところ怪しい者は発見できません」
「わかった。もうしばらく続けてくれ」
報告に来た衛士にそう声をかけると、衛士長はタクミ・カワヤに目をやりため息をついた。
「逃走経路はすべて潰したはずなのだが」
「それは仕方ないですよ。相手が人間以外だなんて、さすがに想定外です」
これを聞いて壁際に立っていた長い赤髪の女、ルン・ジラルドが口元を緩めた。
「ふうん」
「何だよ」
ジロリとにらみつけるタクミ・カワヤに、ルン・ジラルドはフンと鼻を鳴らした。
「いやあ、この私が助けに来ることは、どの程度想定していたのかなあと思ったのでね」
「まったくの想定外だったね」
表情を変えずにタクミ・カワヤは告げたのだが、ルン・ジラルドは楽しそうに笑う。
「そりゃ嬉しい誤算だ。私を褒めていいんだよ」
「礼は言うが信頼はできない」
「冷たいなあ寂しいなあ悲しいなあ。こっちは完全な善意なのに」
「へえそうかい。自動小銃の性能を披露しに来たんじゃないって言いたい訳だ」
「そうさ、手近な武器がこれしかなかったからね」
「アイツが逃げられたのが誰かさんの手引きじゃないなら幸運だと思ってるよ」
「せっかく助けに来てあげたのに、酷いことを言う」
「日頃の行いだ」
そう言い切ると、タクミ・カワヤは居心地悪げに椅子に座っている二人の子供に目をやった。三角帽子にマント、絵本に出てくる魔法使いのようだが、彼らの使った不思議な力はいったい何だったのだろう。まさか本当に魔法?
「君たちが来るのはわかっていた」
タクミ・カワヤは優しく微笑む。
「魔法使い、と呼んでもいいのかな」
「信じられないのは仕方ありません」
チャンホという名らしい女の子は、胸を張り目を合わせ、随分としっかり者の印象だ。
「私たち二人はあの獣人を追ってやって来ました。どこから来たかは言えません。とにかく邪魔さえしないでいただければ有り難いです」
「じゃあラランパについては聞かないことにしよう」
占い師の言葉に、二人の子供は警戒心から身を固くした。いっぽうタクミ・カワヤはいつもと変わらず平然としている。
「ただ聞きたいのは、あの力は魔法なのかどうか。魔法なら発動条件とかあるのか、つまりいつでも使えるのかどうか、だね。こちらとしては戦力として期待できるかどうかが重要だから」
これにチャンタという名らしい男の子が疑わしげな視線を向ける。
「オレたちはアンタらと一緒に戦う気はないぞ」
対してタクミ・カワヤはこう返した。
「アイツは必ずまた来るけど、君らはどうするんだい」
「何故それがわかるんですか」
たずねるチャンホにタクミ・カワヤは、いつもの笑顔を向ける。
「だって占い師だから」
まったく、いろんな意味で分け隔てのないやつだ。そして占い師は洗濯室の奥に並んでいる我々の方を振り返った。
「あそこにおられるのが、左からこの国の国王陛下、隣がここのご領主様で、その隣が貴族議会議長様、さらにその隣が公爵閣下。さっきの化け物はこの人たちを殺しにやって来たんだ。生かしたまま放っておくと思うかい」
チャンタとチャンホは顔を見合わせている。さすがにすぐ信じられる状況ではない。まして子供だ、状況が理解できなくても仕方なかろう。
と、そこに衛士の一人が顔を出した。
「すみません、ハースガルド公爵家から二人を連れてきたのですが」
「ああ、こっちこっち」
タクミ・カワヤが手招きすると、洗濯室に入って来たのは下女のステラともう一人、リコットだった。
「ごめんね二人とも。本当は明日でも良かったんだけど、急いだ方が後々楽かなって思ったから」
ステラはともかく、慌ただしく殺気立った大人たちが出入りするこの部屋に、リコットは少し怯えた顔を見せていた。その前に黒髪の少年はしゃがみ込む。
「大丈夫だよ、リコット。ねえ、キーシャに聞いてくれないかな。この世界の魔法について、知ってることを教えてって」
これを聞いて、チャンタとチャンホはリコットに視線を向けた。自分たちより年下に見える小さな女の子が何を知っているのかと思ったのだろう。
自分の右肩をしばらく見つめ、リコットはタクミ・カワヤに向き直った。
「この世界の魔法については知らないって。ただ」
「ただ?」
「魔法のない世界なんてないって。どんな世界にも必ず魔法はあって、人間が使ったり、精霊が使ったり、悪魔が使ったり、それはイロイロだけど、魔法のない世界なんてどこにもないはずだってキーシャが」
突然チャンタが立ち上がる。
「そう、そうだよ! わかってんじゃん!」
「こらチャンタ! あの子怖がってるじゃない」
チャンホはチャンタを叱りつけると、リコットに向き直り微笑んだ。
「ごめんね、驚かす気はなかったの」
リコットは少し頬を赤らめると、無言でうなずいた。
と、そこにルン・ジラルドが手を挙げる。
「質問があるんですけどぉ」
「却下だ」
タクミ・カワヤは言下に断じた。当然ルン・ジラルドは口を尖らせる。
「聞きもしないで却下するの酷くない?」
「おまえの質問はどうせ碌なもんじゃない」
立ち上がりながらため息をつく少年に、赤髪の女はまとわりついた。
「ねえキーシャって誰。どこにいるの」
「却下だ」
「私に知られたくないってこと?」
「おまえに知られたいことの方が圧倒的に少ないんだよ。ただし」
「ただし、何」
「好奇心を満足させたいのなら、僕らを裏切らないことだ」
タクミ・カワヤはにらむように見つめている。ルン・ジラルドは苦笑を返した。
「あらやだ。裏切るつもりなんて毛頭ないのに」
「おまえの判断基準は僕らとはまったく違うからな、その言葉は当てにならない」
「つれないなあ、私と君の仲じゃない」
「そんな仲はない!」
タクミ・カワヤはそう言い切ると、ルン・ジラルドを置いてロンダリア王の前に進み出た。
「国王陛下、まだ混乱されておられると思いますが」
「ああ、突拍子もないことが多すぎて頭がついて行かない」
ウンザリした顔で王はうなずかれた。暗殺を仕掛けられただけでもとんでもない話なのだ、そこにやれ獣人だ魔法使いだとなれば、理解が追いつかれないのも無理はない。だが黒髪の占い師はそんなロンダリア王に向かってこんなことを言い出した。
「この混乱に乗じれば、災い転じて福となせるかも知れません。僕にちょっとした考えがあるのですが、お聞きいただけますか」




