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44話 魔法使いと赤い月

 日が暮れて、森の奥。誰も知らない山の向こうに、誰にも知られぬ村が一つ。それがラランパ、私たちの村。ようやく戻ってきた。


 一切の(けが)れを排除した清浄な「月の(しずく)」を探し求め旅に出て半年、何とかギリギリで戻って来ることができた。


 大ババ様の暦通りなら、今夜の三日月は赤くなるはず。赤い三日月は地獄の門が開いた印、悪鬼がうごめくならば今夜だ。ナミア、いまは亡き我が妻よ、やっとおまえの仇が取ってやれる。


 だが心は浮き立たない。私がこの手であいつを葬り去れるのならば、ただ嬉しさに身を震わすだろう。しかし私には魔法の素養がない。月の雫の効力を活かすことができないのだ。


 月の雫の聖性は高い魔力によって威力を発揮する。いまラランパでそれができるのは、大ババ様を除けば我が子チャンタとチャンホの二人だけ。大ババ様が村を離れる訳には行かぬ。ならば十歳の子供を戦いの場に送らねばならない。


 無論、諦めるという手もある。集めてきた月の雫を捨て、復讐しても死者は蘇らないと子らに頭を下げて許しを請うのだ。話せばきっとわかってくれるだろう。ただしその場合、あの化け物を止めることは誰にもできない。自由に殺戮(さつりく)を続け、多くの血が流されるに違いない。それは紛れもなく私の罪となる。


 私は夫として、親として、そして人として何を選択すべきなのか迷っていた。




「よく無事に戻って来たね、マヒコ。この半年、苦しいこともあったろう。思い悩むこともあったろう。生きてこの村に戻ってきてくれただけで喜ぶべきなんだろうが、さて、おまえはどうしたい」


 大ババ様は私の苦悩など見通していた。その慈愛に満ちた視線を受けては観念するしかない。子供を愛しているのは嘘ではないが、妻の無念を晴らしたいのも事実である。そしてこれ以上の血が流れるのを受け入れられないこともまた。


 私は小瓶に詰められた月の雫を取り出し、震える手で大ババ様に差し出した。受け取った大ババ様は、小瓶をランタンの光に照らす。


「美しい、本当に清浄な月の雫だ。素晴らしい仕事だよ、マヒコ」


「ありがとうございます」


 そう頭を下げたと同時に、背後から扉の開く音と子供らの声が。


「お父様ーっ!」


「こらチャンタ! 大ババ様に挨拶!」


「あっ大ババ様こんばんは! お父様お帰り!」


「ごめんなさい大ババ様、チャンタが興奮しちゃって」


「なんだよー、チャンホだってさっき泣いてたじゃん」


「それは関係ないでしょ!」


 私は堪えきれなくなって二人を抱き寄せた。暖かく柔らかく(はかな)げなその体を。やはり間違っているのだろうか、この子らにあの悪魔と戦えなどというのは。


 だがそのとき、チャンタが言った。


「大丈夫だよ、お父様。オレたち負けないから」


 チャンホもうなずく。


「うん、絶対無事に帰って来る。私たち最強だもん」


 私は小さな二人の戦士を腕の中から解放した。この子たちは私などよりずっと大人だ、そんな気がした。たとえそれが自分の判断を正当化する偽りの感情であったとしても。


「チャンホ、これを」


 大ババ様はチャンホに月の雫が入った小瓶を手渡した。おさげの可愛いチャンホ。双子なのに、常に姉として弟を護ろうとする優しい子。


 その隣で小瓶をのぞき込むチャンタ。いつも元気いっぱいで生傷の絶えないわんぱく坊主。だがいつも他人の心を気遣える利口な子。


 大ババ様は優しく二人に言った。


「よくお聞き、この月の雫は魔性の者にとっては猛毒だ。触れただけで肌を焼き、やがて骨まで腐らせる。でもそのためには、おまえたちの強い魔力が必要になる。だから魔性の者はおまえたちを何としても殺そうとするだろう。二人の母様が殺されたようにね」


 チャンホは静かにうつむき、チャンタは笑顔を上げた。


「へっちゃらだよ。オレとチャンホの二人なら絶対勝てるもん」


 しかし大ババ様は微笑みながらも首を振った。


「その意気はいいことだ。でもハッキリ言うよ、おまえたち二人の力だけじゃ、あの魔獣は倒せない」


 これにチャンタは食ってかかる。


「そんなことないよ! オレたちなら」


「チャンタ、大ババ様の話を聞いて」


 チャンホに言われて、チャンタは不承不承といった顔で沈黙した。


 大ババ様は静かにうなずく。


「いいかいチャンホ、その月の雫は全部使っちゃいけない。必ず半分残しておくんだ。敵を一度で倒せる保証はないからね。そして二人とも、これを絶対に忘れないこと。おまえたちは二人だけで戦うんじゃない。村の外で、きっと助けてくれる仲間ができるだろう」


「仲間?」


 意外な言葉を聞いた顔で見上げるチャンホに、大ババ様は微笑みかけた。


「この村では友達はできても仲間は作れなかった。おまえたちの魔力は特別だからね。でも外の世界には、おまえたちもビックリするような力を持った者がいるんだ。そりゃ悪いヤツらもいるさ。でもね、おまえたちのために命をかけてくれるような仲間もきっとできる。その仲間と一緒に力を合わせて戦えば、どんな敵にも負けはしないよ」


 二人は顔を見合わせている。いまひとつピンと来ていないのだろう。けれど大ババ様の言葉に私の胸は安堵した。この子たちと共に戦ってくれる仲間ができるのなら、村の外に出す意味はある。


 大ババ様は窓を見やった。


「さて、赤い月が昇ったよ。戦いのときは来た。いいね、二人とも」


 チャンタとチャンホは口を固く引き結ぶ。


「この大ババ様の最大の魔法だ。化物のところへ一瞬で飛ばすからね、負けるんじゃないよ!」


 そう言って両手を挙げた大ババ様の胸元に、丸く黒い空間が口を開いた。

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