43話 ザイメンの紋章
「いまや帝国はそのおぞましき野望を隠そうともせず、我らがロンダリア王に牙をむいたのです。この身の程知らずな挑戦に対し、我がシャナン王国貴族議会は毅然とした、かつ断固たる意思を表明すべきでありましょう。すなわち、帝国への宣戦布告であります」
怒号と歓声の飛び交う大荒れの議会で、リッテン伯爵の熱のこもった演説に拍手する者の中には、当然のごとくドルード公爵アイメン・ザイメンの姿があった。国民を二分するこの問題、採決では反王室派や穏健派が巻き返し、かろうじて宣戦布告はなされなかったものの、相手方の帝国議会では翌日即座に王国に対する非難決議が採択され、王国と帝国の関係悪化は決定的となった。
私は己の無力を痛感しながら、いま馬車に揺られている。目指すはリアマール。この状況に至り、ロンダリア王のご意思を確認もせず議会の暴走で開戦するなどあってはならぬことだ。まずは陛下のご意思をうかがい、それに基づいて国家を動かさねば。
無論、それでこの戦争へ向かう流れが簡単に止まるとは思えない。だが何もせずに諦められようか。
不意に馬車が停止した。窓から外を見てみれば、別の馬車が道を塞ぐように斜めに停まっている。車体に刻まれた鳥の羽ばたくような紋章は、ザイメン家の物。
私は馬車を降り、ザイメンの馬車に向かった。相手方も扉を開け、大柄な人影が降りてくる。アイメン・ザイメンだ。
「何事ですかなアイメン卿」
私がかけた言葉に、アイメン・ザイメンは立ち止まる。
「これはサンザルド卿、珍しいところでお会いしましたな。どちらへ向かわれるのです」
言うまでもない、私の動きを察知してここで待ち伏せていたのだ。言葉を濁す意味もあるまい。
「リアマールのロンダリア王にご相談がありましてな」
「それなら使者を行かせれば良いでしょう。わざわざご自分の足を運ぶなど、内務大臣の職責を放棄なさるおつもりかな」
「現下の国家存亡の危機に際し、王のご意思を確かめるのに使者を送れと申されるか。それはいささか国王たる存在を見くびり過ぎておられませぬかな」
するとアイメン・ザイメンは鼻先で笑った。
「そうですな、見くびるのはよろしくない。心に留めておきましょう。しかしサンザルド卿、あなたも心に留めておくべきでしょう、私を見くびらぬことだと」
アイメン・ザイメンは身を翻し、再び馬車に乗り込んだ。走り去って行くザイメン家の紋章を見送りながら、私の心は言い知れぬ恐怖に怯えた。
◇ ◇ ◇
サンザルドの老いぼれめ、余計なことを。先般の採決では通らなかったが、いずれ近いうちに王国が帝国に対し宣戦布告する流れはもう止められない。このアイメン・ザイメンが止めさせるものか。いまさら何をしても無駄なのだ。
そうだ、帝国と言えば。
「先日のボイディア・カンドラスからの依頼、あれはどうなった」
馬車の向かいの席に座る執事に視線を向ければ、慌てた様子もなく穏やかに話し始める。
「はい、ザイメン家の使用人という肩書を一人分貸し出すという件でございますね。昨晩使用人の御仕着せを受け取りに来た者がおりました。カンドラス家の印で封をした手紙を持参しましたので、そのまま渡しております」
「うむ、ならば構わぬ」
いまこの折にわざわざ動くのだ、ボイディアにも相応の思惑があろう。それが秘密裏に行われればそれでよし、表沙汰になればなったで帝国の悪行が世間に広まる助けとなるはずだ。どう転んでもこちらに損はあるまい。
悪しき帝国には滅んでもらわねばな。
シャナン王国とギルミアス帝国、いずれ大陸の覇権を競う二つの国が、狭い半島部に並んで存在してきたことが間違いなのだ。宗派は違えど同じザハエ神信仰を国教とする国同士、それぞれが豊かになり、人口が増え、産業が拡大した。双方が領土に手狭さを感じている現在、二つの政府が存在している価値はない。
ギルミアスは他の大陸に植民地を広げているが、その分国内に残る軍は息切れを起こしている。隣接する我がシャナンからの軍事侵攻はないという前提で政策を押し進めて来たツケが、いま回ってきているのだ。
内需の大きい我が国は軍事力にも余裕がある。先手を打てば戦況を優位に進められるだろう。ギルミアスの議会はいまのところ威勢がいいが、開戦すればすぐ沈黙する。この戦争は負ける見込みの薄い戦争だ、やらぬ手はなかろう。
そもそも、これは両国に通じる問題だが、貴族の数が多すぎる。国家間戦争となったときに軍事的貢献のできない規模の弱小貴族、名ばかり貴族を一掃し、資産を再分配する仕組みが必要だ。そのためにも戦争は良い機会であるとの意見で、帝国の急進改革派とは一致を見ている。そう、すでに「戦後」は動きだしている。いまさらこの流れが止められるものではない。
次の戦争は新たな歴史を生み、経済活動を活発化させるだろう。両国の中に積もった澱を押し流すという意味で「良い戦争」なのだ。我らは選ばれし貴族として、これをなさねばならない。何としてもだ。
◇ ◇ ◇
何で王様がこのリアマールにいるんだ? 意味がわからん。意味はわからんのだが、その王様が何者かに襲われた、ついては怪しいヤツがいないか警戒しろって領主から街役人に命令が来て、オイラたち自警団が駆り出された。まあ知らん顔はできないわな。
とは言え、怪しいかどうかなんて曖昧にも程がある。旅人なんて大抵怪しいし、街に居付いてる連中にも怪しいヤツはごまんといる。怪しくないヤツを探した方が早いくらいだ。
実際の襲撃犯は領主の軍勢が取り押さえたらしい。だったらそれで十分なんじゃねえのとは思わなくもないんだが、金をもらっちまったからな。仕事は仕事として、それなりにこなす責任もあるだろう。あるんだろうが、さてどうしたもんか。
こういうときこそ、あのタクミ・カワヤって占い師に当たってみたらいいのに。領主が頼めば引き受けてくれるだろうによ。いや待てよ、俺が頼んだらどうなるんだ。俺が占い師に頼んで、占い師が怪しいヤツ見つけて、それを俺たちが捕まえたら、手柄と報奨金は誰の物になるんだろうか。ちょっと迷うな。
そんなことを考えていると、仲間の一人、デカいヒゲ面のボルガスが俺を呼んだ。
「なあカーナギー」
「あ? 何か見つかったか」
「いや、アイツなんだが」
ボルガスの視線の先にはガキがいた。銀髪の、黒い服を着たガキが。黒い長袖の服は寸法が合っていないのかブカブカだ。
「ちょっと怪しくないか」
ボルガスが言うのもわからないではない。この辺じゃ見かけない顔だし、着ている服も街中ではちょっと浮いている。怪しいと言えば確かに怪しい。だが、ふん捕まえて問い質したくなる程かと言われると、どうだろう。
するともう一人の仲間、長髪のジャナの声が背後から。
「やめとけよ。あのガキの服、よく見てみな。背中の紋章」
「紋章?」
改めて見れば、なるほど背中に鳥の羽ばたくような模様が描いてある。
「ザイメンの紋章だぞ、あれ」
呆れたように言うジャナに、ボルガスは驚きの声を上げた。
「ザイメンって、あの大貴族のか」
「ありゃたぶん使用人だな。何の用事かは知らないが、あっちも仕事中なんだろうさ」
「うっへぇ、そいつは触らぬ神に何とやらだ」
ボルガスは苦笑いしている。
噂話なのでどこまで信用していいのかはわからないが、このリアマールの領主とザイメン家は仲が悪いという話もある。迂闊に近寄れば俺達にまで火の粉がかかるだろう。ここは敢えて知らん顔をするのが利口というものだ。そもそもあんなガキ一人見逃したところで、たいしたことができるはずもないんだし。




