39話 忠犬のように
占い師タクミ・カワヤは言った。
「占い師は神様じゃありません。人間ですから限界があります。これをまずご理解ください。僕の目には過去や未来が見えますが、すべてが見える訳じゃありません。限界があります。また、見えたものを正確に理解できるかと言えば、これも完全には無理です。限界があります。僕のあらゆる言葉は、おしなべて限界の内側で発せられているモノなんです」
隣の椅子に座る、公爵エブンド・ハースガルドが言う。
「で。それを前提とした上で、これからどうすればいいとおまえは思うのだ」
タクミ・カワヤは困った顔を浮かべた。
「いえ、ですから。何をどうすべきかまで、僕にはわからないんですって。僕にわかるのは、この先何が起こるのかくらいで」
これにこの屋敷の主である、リアマール侯爵ホポイ・グリムナントが苛立ちを見せてテーブルを叩く。
「だからいったい何が起こるのか! 国王陛下の御前であるぞ、たばかるような真似は許されぬ!」
ハースガルドも同意見のようだ。
「おまえは御託や前置きが長い。まず言うべきを言え」
「しょうがないですねえ、では簡単に」
タクミ・カワヤは小さく微笑むと朕に目を向けた。
「国王陛下、昨夜の襲撃を実行した連中は、おそらく帝国領内から国境を越えてやって来たのでしょう。裏では男爵ボイディア・カンドラスが糸を引いているはずです。他にも帝国の有力者が関わっている可能性はありますし、王国内ではドルード公爵アイメン・ザイメン閣下の関与が疑われます」
ここまでは今朝の段階でグリムナントより聞いている。朕はうなずき話を促した。
「この失敗で相手方は焦るでしょう。ボイディアはともかく、ドルード公はかなり危機感を抱くのではないでしょうか。そもそも今回の襲撃はリアマール候を狙ったものですが、結果として国王陛下に弓を引いたような形になってしまいました。これはドルード公の体面に傷をつけます。ボイディアはおそらくそこにつけ込むでしょう」
「待て、ドルード公とボイディアは仲間ではないのか」
朕の疑問に占い師は首を振る。
「ボイディア・カンドラスという人物にはまだ直接会っていないので何とも言い難いのですが、僕の予想が当たっているなら、他人を仲間とか身内とか考えるような人間じゃないはずです」
「アイメン・ザイメンを利用すると」
「はい」
タクミ・カワヤはうなずくと、また小さくため息をついた。
「ハースガルド公のご友人が帝国貴族にいらっしゃるのですが、そちらから使者が明日中にやってくるはずです」
話の向きが変わった。ハースガルドは驚きに眉を寄せている。
「レンバルト家から使者だと」
「ええ。まあボイディア・カンドラスに関する情報を持って来るという建前なのですが、どうもこれが僕の知り合いのようです」
しかしタクミ・カワヤの顔は、知人の来訪を待ちわびているとは見えなかった。
「そなたの知人なら好都合なのではないのか」
首をかしげる朕に、占い師は苦笑いを浮かべる。
「そうなら有り難いのですが、この知り合い、おそらくボイディアとは対立関係にあるはずなのです。ただ、だからといって我々の味方になってくれるかどうかは、かなり微妙と言えます。下手をすると勝手に第三極を立てて状況を引っ掻き回すかも知れません」
グリムナントは困惑していた。
「何でそんなややこしい者と知り合いなのだ」
「それは僕が知りたいですよ」
タクミ・カワヤは呆れたように肩をすくめる。
「とにもかくにも、コイツがどう動くかによって未来が大きく変動します。全体を見通すのが難しいほどに。当分は安易な予測は立てないのが吉ですよ。ただし一つだけ注意しなくてはならないのが、おそらく近々ボイディアが放つ刺客です」
「し、刺客!」
タクミ・カワヤの予言がなければ昨夜刺客に襲われるかも知れなかったグリムナントが青ざめた。
ハースガルドが慎重にたずねる。
「その刺客とは、誰を狙うつもりだ」
「もちろん国王陛下ですよ」
占い師の顔にも緊張が浮かんでいた。
「国王陛下が崩御されれば、ドルード公らによって次の王が立てられるでしょう。同時にリアマール候を非難する口実にもなります。相手方にとっては理想的です」
「そ、そんな」
グリムナントは絶望的な顔で頭を抱えている。しかしハースガルドがこれを叱りつけた。
「嘆いている場合ではないですぞ、ご領主殿。まずは国王陛下の身辺警護を厚くせねばなりますまい。それともできぬと申されるつもりか」
「ば、バカなことを! 余がその程度考えておらぬとでもおっしゃるか!」
ムキになって言い返すグリムナントは泣きそうだ。朕としては申し訳ない気持ちでいっぱいである。
「何とも、相済まぬ」
「いえいえ、陛下がそんな顔をされる必要はないですよ。悪いのは連中なんですから」
その占い師の言葉に、これまで沈黙を保っていた貴族議会議長ハーマン・ヘットルトが大きくうなずいた。
「左様、左様。陛下は国家の太陽にあらせられます。常に明朗であってくださりませ」
ああ、まただ。また朕は守られている。
いつでもどこでも、朕に親しくあらんとする者はみな気を遣い、外部のあらゆる危険から朕を守ってくれる。それに不満を募らせるのは間違った考えだとは思うのだが、それでもただ守られるだけのお飾りであって良いものだろうかという忸怩たる思いもある。
朕は人として、王として、誰かを守る存在でありたい。
どうすればいいのだろう。
◇ ◇ ◇
どうすればいいのだろうなあ。
昨夜の襲撃の際、タクミ殿は私をハースガルド公の護りに付け、たった一人で屋敷の外に出た。結果、襲撃犯は全員叩きのめされて捕縛されたのであり、どんな魔法を使ったにせよ、そうなることは想定通りだったのだろう。判断として正しかったことは言うまでもない。
だがそれでも。私はタクミ殿の護衛として雇われたはずだ。いざというときに雇い主を守れないのでは護衛の意味がない。「おまえは役立たずだ」と言われているようなものである。しかしタクミ殿の行動や判断には常に意味がある。私がそこに口を差し挟むのは少々おこがましい。
わかってはいるのだ。わかってはいるのだがなあ。どうすればいいのだろうなあ。
領主の屋敷の貴賓室では、いま国王陛下を交えて重要な会議が開催されている。その入口を守る二人の衛士を通路の向かいの壁から眺めながら、私は直立不動で会議の終わるのを待っている。屋敷の者からは、まるで犬のようだと思われているかも知れない。
などと考えていたところに扉が開き、タクミ殿が出てきた。思わず駆け寄ろうとして、タクミ殿の後ろから出てきた人影に体が硬直する。
ロンダリア三世国王陛下。
「やあ、タルドマン」
こちらの緊張に気づかないのか、タクミ殿は相変わらずだ。
「国王陛下。僕の護衛を務めてくれています、タルドマンです」
えええ、いきなりここで紹介するぅ? 一気に血が上った頭がこんがらがり、私は臣従の礼を取らないどころか頭すら下げずに名乗りを上げてしまった。
「た、タルドマン・バストーリアであります、陛下!」
しかし私の無礼など気に留める様子もなく、ロンダリア王はこうたずねられた。
「バストーリア? バストーリア子爵家の者か」
何と、国王陛下が我がバストーリア家の名をご存じであったとは。紋章官でも知らぬ者がいるほどの弱小貴族なのに。
「はい! お会いできて身に余る光栄にございます!」
「声がデカいよ」
タクミ殿は苦笑している。
「ちょうどいいや、僕と陛下はこれから用足しに行くから、タルドマンついてきて」
「用足し、ですか」
「そう、連れション」
「連れ……!」
いやいやいやーっ! 誰かに聞かれたらどうするんですか、下手したら不敬罪ですよーっ! と叫びそうになる私を置いて、タクミ殿とロンダリア王は廊下を歩いて行く。まったくもうこの人は、油断も隙もあったもんじゃない。急いで後を追おう、私がしっかりしなければイロイロと終わってしまうから。




