30話 五芒星の呪い
シベジー殿の言葉に、クリコン大臣はうなずいている。五芒星? 何だそれは。
「クリコン大臣、拙者浅学にてお恥ずかしいのですが、五芒星とは何でございますかな」
「すとろころんと、とんとっととことん、たかとこたかとこ、ぱっぱらりらり」
「五芒星とは五つの頂点を持つ星の形。人間世界では護符や呪符に記されると聞き及んでおります、と、大臣閣下はおっしゃっています」
大臣補佐のシベジー殿はそう言う。これを受ける形で人間がうなずいた。
「つまり呪言獣の出現の裏には人間が存在している可能性がある、ということですか」
女王陛下は身を乗り出された。
「人の子よ、心当たりはありますか」
「いやあ、さすがにそれは。そもそも僕がシャナン王国に移動してまだ三か月ちょっとですけど、その間に五芒星を見た記憶がありません。あの世界に五芒星が存在しないかは不明ですが、呪符や護符として広く使われている訳ではないのでしょう」
そして再び地図鳥の背中に目を落とす。
「とは言え、このフェルンワルドの外側に人間の住む世界がいくつあるのかわかりませんからね、その中のどれかが呪言獣に関わっているとなると」
「なると、どうなるのだ」
もうじれったくて困ってしまった拙者に対し、人間は笑顔を見せた。
「元を絶たなきゃ話は終わらない」
「元を絶つ、だと」
「呪言獣を送り込んでいる人間世界を特定して、そこにいる人間を止めなきゃなりません。そうしないと、いずれこの王宮は呪言獣に封印されるんじゃないですかね」
大広間には沈黙が降りた。人間を止めるということは、誰かが人間の世界に赴かねばならないということである。そして人間の前に姿をさらさねばならない。それは極めて大きな危険が伴う。このフェルンワルドのために命を捨てよと言うようなものだ。
「乱暴だ。野蛮に過ぎる」
思わず口にしてしまったのは、兵団長としては失格かも知れない。人間はこちらを不思議そうに見つめた。
「でもキーシャは人間世界に来てるじゃないですか」
「周りが止めるのも聞かずに勝手に行ったのだ。誰かに命懸けの大役を押し付けるのとは訳が違う」
「いや、人間世界には僕とキーシャが行けば済む話ですよね」
この申し出にはいささか驚かされた。この人間、自分が口にしている言葉の意味を理解しているのか。妖精の国のために人間世界を敵に回すと言っているようなものなのだぞ。
「ちょっと!」
これまで貝のように口を閉じていたキーシャも、さすがに驚いたらしい。
「何でアタイが一緒に行かなきゃいけないのさ!」
しかし人間はそれすらも驚きの対象ではないようだ。
「人間の生態に詳しい妖精がいた方がいいからね、君は適任だ。それに僕には時間を見通すことができても、時間を渡る能力はない。シャナン王国に戻ってみたらハースガルド家がなくなってた、なんてのはご免だし」
「んんん~っ、だけど」
返事に困っているキーシャに、ダメ押しとなる言葉が玉座から。
「キーシャ、どうかお願いできませんか」
女王陛下にそう言われては、さしものキーシャも断る訳に行かなかったのだろう。
「女王様がおっしゃるのなら、まあ」
渋々といった顔で小さな妖精はうなずいた。
しかし拙者はいまひとつ納得が行かなかった。
「本当に良いのか。人間と戦うことになるやも知れんのだぞ」
「人間は元々種族への帰属意識が希薄なんです。でなきゃ同族同士で殺し合ったりしませんよ」
笑顔で話すような内容ではない気がしたが、我ら妖精にとっては渡りに船と言える。ここは頼むしかないのだろうか。
そんなこちらの葛藤も見通しているように、人間は話を進めた。
「ただ問題は、呪言獣を送り込んでいる可能性のある人間世界がどこなのか、僕にもわからないことです。時間と空間の壁の向こう側の話なのでね。それを検知できる妖精に心当たりはないですか」
するとクリコン大臣が拙者に目を向けた。女王陛下もこちらを見つめておられる。この期に及んで知らぬ顔はできまい。仕方ない。
「心当たりはある。拙者の弟だ」
我が家系はフェルンワルドでも名門であり、それなりに立派な屋敷を構えてはいるものの、王宮とは違ってさすがに人間を迎え入れられるほど扉は大きくない。人間とキーシャを外で待たせ、拙者は一人扉をくぐった。
「まあ、何てこと!」
拙者から話を聞いた母上殿は逆上寸前だった。
「タロック、それでおまえブロックを行かせると女王様に言ったのですか」
「ああ、言ったとも。フェルンワルドを守るためには他に手段がないのだ」
「そんなはずがありますか! おまえといい女王様といい、人間の言葉など信じるとはどういうことです! 頭がどうかしているのではありませんか!」
「口が過ぎるぞ母上! 人間はともかく女王陛下に対する悪口雑言は看過できぬ!」
いかん、こちらも短気は母親譲りだ。ついカッとなって要らぬことを口走り、おかげで母上殿の怒りの火に油を注いでしまった。
「おまえに許してもらおうなどとは思いませぬ! ブロックを危険な旅に送りだすなど兄のすることですか! 当主のすることですか! ああ情けない情けない。ブロックは争いごとなどに関われぬ優しい子だと何故わからないの!」
「母上がそのような考えだから、ブロックはあのようになってしまったのではないのか」
「違います、違います! おまえも死んだ父親と同じことを言うのですね、まるで人間のよう。そうやって誰も彼もみな血生臭い争いごとに引きずり込む。ああ、おぞましいおぞましい。いいですか、ブロックはおまえとは違うのです。この家からは一歩も出しませんからね!」
母上殿はもはや逆上を通り越し、発狂寸前といったところか。まともな話が通じる状態ではない。やむを得ぬ、腕尽くでブロックを引っ張り出すしかあるまい。
そう思っていた拙者の前で、奥の扉が開いた。力のない、もしくは生きる輝きがないと言ってもいいかもしれない暗い目で立ち尽くしているのはブロックだ。その小柄で華奢な体は触れただけで壊れそうにも見える。
「ブロック、何をしに来たの。あなたはいつも通りお部屋にいなくてはいけません。後で花の蜜のお菓子を持って行ってあげますから、それまでおとなしくしていなさい」
慌てて扉を閉めようとした母上殿だったが、ブロックは弱々しい腕で、しかしキッパリとそれを拒絶した。
「兄上、ボク行きます」
この言葉に母上殿は、赤くなったり青くなったり、目を白黒させて動揺している。
「な、なななな何を言っているのですブロック。あなたはわかっていないのです」
「そうですね、わかっていないのかも知れません」
ブロックは弱々しくも優しい笑みを母上殿に向けた。
「でもボクにしかできないことなのですよね、兄上」
「うむ、そうだ。おまえの持つ能力をフェルンワルドはいま必要としている」
母上殿は火の出るような視線で振り返る。
「お黙りなさい! ブロック、こんな兄の言うことなど聞いてはなりません! あなたを守ろうとしない兄など!」
「でも、決めたことですから」
そのいとも簡単に手折れそうな弱々しさのまま、ブロックは母上殿の横をすり抜けた。決然と、有無を言わさぬ足取りで。
驚愕に目を見張る母上殿を背に、ブロックは言った。
「参りましょう、兄上」
「……わかった」
拙者は心から恥じた。弟の成長すら見通せなかった己の見る目のなさを。
「火を焚け! 明かりを絶やすな!」
「口を覆い耳を塞げ! 呪言の毒を体に入れれば内側から腐り死ぬぞ!」
ヒオ村のはずれに陣取った、我ら赤獅子兵団を中心とした十兵団の総勢約五百名には、戦いを前に緊迫感がみなぎっていた。間もなく三つの太陽は沈み、夜がやって来る。人間タクミ・カワヤが予言しキーシャが確認した、五体目の呪言獣が出現する頃合いだ。
いま世界樹宮殿の守護に残した二兵団と合わせて、フェルンワルドには十二の兵団が存在する。しかしフェルンワルドと争う敵対国など存在しない。よって兵団は普段交代で治安維持の任務に当たっているのだが、その任務とて住民同士の些細な揉め事の対応が大半であり、戦争など想定もしていないため訓練すら碌に行われていないのだ。
そこに突然現れた呪言獣である。結果としては何とも情けない、存在意義を問われるみっともない有様をさらしてしまった。とは言え、それでも戦わない訳には行かない。我らが体を張る以外に現状なし得ることは何もないのだから。
ただ、過去四回の呪言獣との戦いで、我々が何一つ得るものがなかったかと言えばそうでもない。月光に照らされた夜露「月の雫」に触れると呪言獣の体は硬化すると判明している。そこで我々はフェルンワルド中から月の雫をかき集めた。これに矢を漬け刃を濡らし、呪言獣の動きを止めるのが今回の目標である。
もちろん呪言獣の目的が世界樹宮殿の封印であるのなら、ただ動きを止めても意味はない。出現を許した時点でこちらの負けだ。だがそれはタクミ・カワヤとキーシャ、そしてブロックの三名に託された。我らは己の使命を果たすべく全力を尽くし、吉報を待つしかあるまい。
「タロック兵団長!」
若い伝令係が駆けて来る。
「全団配置につきました!」
「よし、楽隊はラッパを鳴らせ! 全員武器を取るのだ!」
と、その時。まだ陽の沈み切らない茜空に、地の底から聞こえるような、おぞましく禍々しい呪詛の声が響き渡る。ほんのわずかに早いが、ほぼ想定通り。
「出るぞ。弓矢隊、用意!」
さて、長い夜が始まる。




