25話 動きだす者
どこだ。ハンデラ・ルベンヘッテとアイメン・ザイメンが連れ立って大広間から退出したのは間違いない。そしてボイディアもまた姿を消した。おそらくはこの竜牙堂のどこかの部屋で顔を突き合わせているはずなのだが、それがどこかわからない。
まさか一部屋ずつ開けて回る訳にも行かず、広い屋敷で道に迷った風を装いながら手近な扉の前で内側をうかがうこと数度、しかし手がかりが見つからない。
もしやこちらの動きが気取られているのだろうかとも思ったものの、ここまで来て何もせず退散などすれば、カリアナ閣下が突拍子もない行動に出る可能性がある。それを防ぐためにも何か獲物を持ち帰りたいところだ。
一階の部屋には人のいる気配がなかった。仕方ない、二階に上がるか。だが奥まった螺旋階段に近付いたとき。
「道に迷ったのかい」
突如聞こえた声に振り返れば、そこにはボイディアと一緒にいた男装の少女が立っている。
「そっちには何もないよ」
笑顔でそう言う少女にうなずき、階段から離れた。見られてしまったのだ、ここで無理をしても始まらない。
「そうか、手洗い場を探していたのだが」
「手洗いならこっちだよ。案内してやる」
「助かる」
背を向けて歩き出す少女の後に続く。ここで逃げようとすれば不審がられるだけだ、とにかく手洗い場を利用して大広間に戻る機会をうかがわねば。
だが、少女はどんどん建物の奥へと進んでいく。大広間からは離れるばかりで手洗い場に到着する気配がない。
「おい、手洗い場は」
声をかけた瞬間、少女は身をひるがえした。その手に輝く銀色の光。とっさに身をかわしたが、胸のあたりに細い熱を感じる。少女の手にした小刀に斬られたのだとすぐに理解した。
「何をする!」
「それはこっちのセリフだよ。コソコソと泥棒みたいな真似してさ、殺されたって文句は言えないんじゃない」
少女は笑う。しまった、舞踏会に剣を持ち込むなど無粋の極みと思い丸腰で来たのだが、懐に小刀くらいは持ってくるべきだったか。
「さあ答えてもらうよ、いったい何を探ってたんだい」
少女は警戒するそぶりさえ見せず近付いてくる。よほど腕に自信があるのか。私は後ずさりながらたずねた。
「それはつまり、探られて困ることが行われているということだな」
「困りはしないさ。少なくともうちは困らない。あんたも別に困らないよ。どうせ死ぬんだし」
小刀が宙を走る。速い。手首をつかみ止めようとしたが、まるで風のように指の間をすり抜けて行く。左腕と右脇に傷ができた。小刀故に傷は浅いものの、もしこれが剣ならすでに致命傷を受けていたところだ。
武器の有無だけの差ではない。実力が違い過ぎる。これほどの少女がこれまで名も知られぬままであったとは、何と恐るべきかな。
「しゃべる気にならないのなら仕方ない。沈黙したまま死にな」
少女は短剣を腰だめに構え、全身でこちらに突っ込んで来る、と思ったのだが。その足が止まった。
「誰だ」
少女の口からそれを聞くまで気付かなかった。私のすぐ背後に人影が立っている。
思わず振り返れば、目に映るのは腰まである長い赤毛。若い女か。白く薄っぺらい布でできた単純な服を羽織っているが、その下に着込んでいるのは軍服に見える。だが帝国や王国の制服ではない。
女は言った。
「ST型7号、と言ってもわかるまい。ボイジャーにはこう伝えろ。ルン・ジラルドがやって来たとな」
これに対し小刀の少女は何か答えようとしたように見えた。だがその姿は消える。いや、違う。少女どころか、ルベンヘッテの竜牙堂ごとすべてが消えた。いや、それも違う。
私がいま居るのは見覚えのある場所、おそらくは我がレンバルト伯爵家の馬車の中。ならば消え去ったのは私の方なのか。
向かいの席には赤髪の女が座っている。
「コルストック伯爵レンバルト家の騎士団長ザインク殿、でよろしかったですかね」
「助けてもらってこういう言い方はどうかとも思うが、君は何者だ」
傷が痛む。暗くてよくわからないが、脇の傷からは出血もかなりあるのだろう。と、女は不意に私の右脇腹に手を伸ばした。
「な、何を」
「静かに」
甘い髪の匂い。そうしていたのは数秒か。女はまた不意に手を離したが、それを私の膝に置いた。
「とりあえず血は止まりました。ご安心を」
「いったい……」
「私の名はルン・ジラルド。どこから来た何者であるかを説明するのは非常に難しいですが、まあ少なくとも貴族ではないのでお気遣いなく。いまの段階では、ボイディア・カンドラス男爵と敵対する者とだけ申し上げておきましょう」
「ではボイディア卿が何を企んでいるかを」
「いいえ、そこまで明解な回答は持ち合わせておりません。ただ」
「ただ?」
そのときルン・ジラルドの口元に浮かんだ笑みは、何を意味するのか。
「あの男が企むことです。おそらくはとんでもなく、ろくでもない話ではないかと」




