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21話 舞踏会への招待状

 うちが書斎の扉を開けると、本棚を背に椅子に座るボイディアの大将が困ったように微笑んでいるのが目に入った。


「レンズ、ノックくらいは覚えた方がいい」


「面倒くせえよ。どうせうちが来るのわかってたんだろ、大将」


「まあ確かにそうだが。それで、用向きは」


 サイドテーブルで紙に走らせていたのだろうペンを置き、大将は立ち上がった。うちも書斎の中に入って扉を閉める。


「用件は二つ。まず元締めから報告があった」


「ルベロスのことか。失敗したのだろうな」


 大将はまるでそれが喜ぶべきことであるかのように言った。うちはうなずくしかない。


「占い師はまだ生きてるから失敗したんだろうって。ルベロスからの連絡はなし。逃げたかもしれないって元締めが」


「いいや、捕まったのだろう。それでいい、『予定通り』だ」


「本当にいいのか? 失敗したんだぜ」


 大将の言うことは絶対に正しい。正しいとわかっちゃいるんだが、ときどき訳がわからなくなることがある。しかし大将は嬉しそうに小さく首を振った。


「いいんだよ。占い師抹殺に成功すればそれは想定外の好結果であり、失敗は当初の想定通りだ。どちらに転んでも私が困ることはない」


 そんな都合のいいことが世の中にあるんだろうか。大将を疑う訳じゃないんだが、イマイチからかわれてる気がしないでもない。首をかしげてるうちに大将はたずねた。


「それで、もう一件の用は何かな」


 やべえやべえ、忘れるとこだった。


「いましがた何とか言う侯爵の使いが来てよ、大将に手紙渡してくれって」


 うちは持ってきた手紙を渡した。受け取った大将は裏の封印を見つめる。


「水を飲む竜、か。ルベンヘッテだな」


「知り合いか?」


「いや、面識はない。ヌミラ侯爵ハンデラ・ルベンヘッテ、急進改革派の頭目だ。この間会ったラビア卿の飼い主と言ってもいい」


 そう言いながら大将は封筒から手紙を取り出し、一瞬で目を通した。そして馬鹿にしたように鼻をフンと鳴らす。


「舞踏会への招待状だ。これは困ったな」


「へえ、大将でも困ることあるのか」


「そりゃあるさ。私は踊ったことがなくてね」


「うちはあるぜ。何なら教えようか」


「そうだな、本番までに一度頼む」


 そう言うと大将は手紙を封筒ごとサイドテーブルの上に放り投げた。


「ルベンヘッテは急進改革派だが、皇帝と最も近しい貴族の一人とされていてね」


「改革派なのにかよ」


「帝国貴族の改革派は共和主義者ではないからな。帝政を維持する前提で貴族の権利を拡大したい連中の集まりだ。皇帝の主権拡大を目指す保守派と対立はしていても、所詮はただの縄張り争い、同じ穴の狢だよ」


「ふうん」


 腐れ貴族のやることなんぞ別にどうでもいいのだが、何と言うか理解に苦しむ。もっと世の中のためになる仕事でもすればいいのに。うちの顔にそんな考えが出ていたのかも知れない、ボイディアの大将は苦笑した。


「そのルベンヘッテの舞踏会だ、皇帝がやって来る可能性がある」


「手紙に書いてあったのか」


「そんなことは書いてないさ。でも」


 大将は自分の頭を指さす。


「私のここにある『予言の書』にはそうあるんだ」


 大将はときどき自分の頭の中には予言の書があると口にする。どこまで信じていいのかはわからない。でも大将と知り合ってからこっち、周囲のすべては大将の話した通りに動いている。なら疑う必要などないのではないか、うちはそう思う。



◇ ◇ ◇



「ルベンヘッテ家よりの使いが、閣下に文を持参しております」


 私の手の中に文を認めながら、カリアナ閣下はまだハースガルドからの手紙を手にしておられた。そして一つため息と共にこう命じられる。


「読んでみて、ザインク」


「はっ、では失礼いたします」


 水を飲む竜の封印を小刀で裂き封筒を開けば、中には紙が一枚。


「どうせ何かの誘いでしょう」


 心ここにあらずといった風におっしゃるカリアナ閣下。その指摘は的中している。


「舞踏会への招待状でございます。使いの者はまだ待機しておりますが、返事を持たせますか」


 いつものように断られるのだろう、そう考えた私の予想は裏切られた。


「ではお受けしますと伝えてください」


「閣下、舞踏会に行かれるのですか」


「私が舞踏会に出るのはおかしいでしょうか」


「いえ、決してそのような。ただ」


 言葉を探している私を見て、カリアナ閣下はイタズラっぽく笑った。


「いまこのような情勢です、もしかしたらルベンヘッテの舞踏会にカンドラス男爵がやって来ないとも限りません。家に籠っていてもいい考えは浮かばないのです、思い切って飛び込んでみるのも一つの手でしょう。あ、ザインクも一緒に来るのですよ」


「もちろん、お供はいたします」


 まったくこのお方は、油断も隙もない。今回は私を連れて行くおつもりらしいものの、向こうで迂闊に気など抜こうものなら、いったいどんな行動を取られるやら。何とか無事に済めばいいのだが。

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