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17話 渦巻く陰謀

「まず最初に断っておきますが」


 それまで黙っていた占い師が口を開いた。しかしいきなり言い訳か。これは期待できぬな。


「先般の帝国使節襲撃事件は、残念ながらご領主様では解決できません」


 占い師は満面の笑みを浮かべている。それで余裕を見せているつもりか。下賤(げせん)な。


「何だと。貴様、グリムナント侯爵家をたばかるつもりか。わからぬのなら正直にわからぬと言うべきであろう」


「違うんですよねえ。そうじゃないんです。誰の犯行でどのように襲撃が実行されたか全部わかってるんですが、これは侯爵閣下の力量を超えた領分の話になりますので」


「り、り、力量だと! 貴様ぁっ! いかにハースガルド家の客分であろうと貴族を愚弄するなど許さんぞ! 断じて許さん!」


「あれ、じゃ説明していいんですか?」


「当たり前だ! 説明せよ、いますぐ詳細な説明をしてみよ!」


「まずあの事件、襲撃したのは王国内の盗賊ですが、連中に金を払って襲撃させたのは帝国の人間です」


「……な、何」


「それも結構大物です。うちの旦那様が帝国内のお知り合いに確認した情報によれば、帝国貴族のボイディア・カンドラス男爵という人物、彼が黒幕となって糸を引いていると思われます」


「貴族、帝国の貴族が絡んでいるというのか。しかし何のために」


「そりゃ帝国と王国が戦争をすればイロイロ嬉しいからじゃないですかね」


 占い師は相変わらず平然と笑っている。何が面白いのだ。自分が何を話しているか理解していないのか。帝国と戦争だと。馬鹿な、そんな馬鹿なことが。


「そんなデタラメ、信じられると思うか。たわけたことを」


 しかし占い師は平然とこう答えた。


「それでしたら盗賊の居場所を教えますので、捕縛(ほばく)して取り調べてみてはどうでしょうか」


「なっ、盗賊の居場所がわかると申すのか」


「そりゃ占い師ですから」


 占い師は当たり前と言いたそうな顔をしているが、もしこれが事実なら大変なことである。盗賊さえ捕えられれば王宮政府に対する面目は立つ訳であり、またその口から帝国貴族の名前が出てくれば外交的にも強気に出られるはずだ。それらは我がグリムナント侯爵家の名声を高めるだろう。


「よし、では盗賊の居場所を話してもらおう」


 こういう時にがっついてはいけない。余裕を見せるのだ。相手の話など信用していない顔で、とりあえず聞いてやるという姿勢を取る。所詮世間知らずの子供だ、駆け引きなど知るまいて。


「あれあれ?」


 ところが占い師は首をかしげる。


「ご領主様、何かお忘れではございませんか」


「何、余が何を忘れているというのか」


「ここへはガナン村長との交渉にいらしたのですよね。それについての返答をまだ聞かせていただいておりませんが」


 忘れていた。完全にうっかりしていた。謝罪などできるものか。とは言え、いまの発言はこちらに有利、言質(げんち)を取ったと言える。


「つまり村への謝罪がなければ盗賊の居場所を教えぬつもりなのか。だがそれは王国の治安を揺るがす極めて危険で挑戦的な態度、いまの発言を理由に領主としておまえを捕えさせることもできるのだぞ」


 どうだ、恐ろしいか。後悔に身を震わせるがいい。


 と思ったのだが、占い師はこんなことを言い出した。


「王宮から進捗についての問い合わせが来るのが明後日になります」


「な、何だと。王宮?」


「はい、政府からご領主様の元に帝国使節襲撃事件はどうなっているのかと問い合わせる役人が明後日やって来ます」


「そんな話は事前に聞いておらん。苦し紛れのデタラメはやめよ」


「デタラメかどうか、明後日になればわかりますけど」


「馬鹿な、何故いきなりそんな」


「いきなりじゃなきゃ、ご領主様が問題を解決しちゃう可能性があるからでしょう。心当たりはありませんか、中央政府の中でご領主様を邪魔に思っている貴族とか」


 何を言い出すかと思えば、そんな。そんな……心当たりは……なくはない。いやまさか、本当にそうなのか。


「そもそも今回の問題は、帝国の使節がリアマール領内に入ることを王宮政府がご領主様に連絡しなかったから起こったのですよね」


 占い師の言葉が胸に刺さる。己の唇が震えていることに気付いたが、いま沈黙する勇気はなかった。


「それは、確かに、そうだが」


「なら王宮政府の中に、グリムナント侯爵家に敵意を持っている者がいると考えた方が自然じゃありませんか」


「では、では何か、最初から我がグリムナントに罪を着せるつもりであったと」


「普通にそうですよ。これは陰謀なんです」


 陰謀。我がグリムナント家に死神の鎌を振りかざす暗い巨大な影が想起される。何故だ、余はこれまで王宮政府のために文句も言わず、身を粉にして、はいなかったかも知れないが、それなりに頑張って従順に仕えてきたというのに。


 しかし政治の世界には常に魑魅魍魎(ちみもうりょう)跋扈(ばっこ)しているものだ。余の知らないところで何かが起こっていても不思議はない。


「余は、どうすればいいのだ」


 頭を抱える余に占い師は言う。


「リメレ村の徴税権限を村に委託してください」


「徴税権限の委託、だと」


 そんな例は過去に聞いたこともない。唖然とする余に向かって占い師は微笑んでいる。


「村の税率をいくらにして、いつ取り立てるかを村に任せるんです。それさえ承認していただければ、これ以上の謝罪と被害者救済は求めないと村長も納得しています」


「そのようなことをすれば、村ごと税を逃れるだけだ」


 余の言葉にガナンが噛みつくように吠える。


「平民にも誇りはある。そこまで卑怯な真似はせぬ」


 それを信じろというのか。そんな口先だけの約束を。余は断固拒絶したかった。なのに占い師の言葉が我が心胆を寒からしめる。


「いまご領主様がなすべきは、まずハースガルド公からボイディア・カンドラス男爵の情報を聞き取り、そして今日中に態勢を整え、明日の朝一番からの山狩りで盗賊を捕らえて、明後日王宮からやって来る役人に引き渡すことです。それさえできれば次の手が打てますし、それができなければそこですべて終わりです」


「すべて、終わり」


「はい、グリムナント侯爵家はご領主様の代で終わりです」


 余の視界の中で占い師の笑顔が歪む。いや、世界が歪んでいる。ああ、これは悪魔だ。悪魔が余を嘲笑している。しかし、もう手はない。余にはこの悪魔の手を取る以外にできることは何もないのだ。

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