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16話 少しばかりの疑惑

 今朝は晴天、腹が立つほど空は青く晴れ渡っている。本日はハースガルドの屋敷にまで出向かねばならない。もちろん家格では向こうは公爵、こちらは侯爵であり一段落ちるものの、財力兵力ではまったく相手になどならぬ。いまが戦時なら簡単に叩き潰せる貧乏貴族でしかない。


 しかし困ったことにいまはまだ平時であり、そしてこの先にやって来るやも知れぬ戦時を可能な限り先延ばしにしたいのだ。できることなら余の寿命まで。そのために取り得る手段はすべて取らねば。


 とは言え余にはリアマール領主としての立場もあれば誇りもある。ハースガルドが目論んでいるであろうリメレ村への謝罪などはもっての外だ。支配階級と被支配階級には厳然たる差がなくてはならない。それなくして国家の体制など維持できるはずはあるまい。


「ご領主様、お時間です」


 文官頭のマルオスがやって来た。やれやれ、大儀ではあるが仕方ない。とにかくハースガルドが囲っているという占い師を見に行ってやろう。それ以外はついでだ。




 馬車に揺られて一時間というところか。ハースガルドの屋敷が見えてきた。屋敷と言っても我が邸宅に比べれば小屋のように貧相で粗末な建物だ。こんなところで平民と顔を合わせねばならんなど、気が重くなる。


 玄関前でマルオスを伴って馬車を降りると、すでにハースガルドが待っていた。


「ご領主殿、よくぞ参られた」


「これはこれは公爵閣下、お久しぶりです。ご健勝のようで何より」


 心にもない言葉だと我ながら思うが、この辺はお互い様である。貴族の挨拶などこんなものだ。


 ハースガルドの案内で向かったのは、おそらくは貴賓室(きひんしつ)なのだろうが、元々粗末な屋敷である、少々広めではあるものの豪奢(ごうしゃ)さや荘厳(そうごん)さのカケラもない物置のような部屋だった。そこには先客がいた。言うまでもなく、あの平民である。名前を思い出すのも腹立たしい。


「ガナン村長は紹介するまでもありますまい」


 そう言ってハースガルドは余をこの平民の向かいの席に座らせると、余から見て右手、ガナンから見て左手の席についた。その右隣に黒髪の子供が座っている。いや、子供というほど幼くもないが小柄であるし子供に見える。


 ハースガルドは余の視線に気づいたようだ。


「この者がご要望のあった占い師のタクミ・カワヤです」


「ほう」


 余の後ろに立つマルオスに目をやれば、笑みを浮かべてうなずいている。なるほど嘘ではないらしい。しかし正直なところ興覚(きょうざ)めである。よく当たるというからもっと威厳のある者を想像していたのに。まあいい、とりあえずものの試しだ。


 タクミ・カワヤの背後には小さな机があり、若い女が座っていた。書記か。なかなかいい女だ、こんな状況でもなければちょっかいを出したいところなのだが。


「それではご領主殿、始めさせていただいてもよろしいかな」


 ハースガルドの言葉に余は鷹揚(おうよう)にうなずいた。こんな小物どもを相手に時間を浪費しても無意味だ、さっさと終わらせよう。


「結構です。始めてください」


「承知いたした。ならばまず単刀直入に、ガナン村長からの要望をお伝えする。村長は二十五年前の件について、ご領主からの謝罪と被害者の救済を求めている。いかがか」


「言語道断ですな」


 余が言い放つと、ガナンの顔が歪んだ。ふん、いい気味だ。


「二十五年前に起きた不幸な事件について、当方グリムナントが送った徴税(ちょうぜい)代官に粗相(そそう)があったのは事実でありましょう。しかしその者に対する罰はリメレ村の暴徒たちによる私刑という形で果たされております。グリムナント家はこの暴徒に対し軍による鎮圧もできたにもかかわらず、実際にはこれを(とが)めだてておりません。こちらの謝罪の意思はこの行動により明らか。ここからさらに言葉と救済を求めるなど、あまりと言えばあまりな要望ではありませぬかな」


 ハースガルドは余の言葉を最後まで聞くと難しい顔でガナンに目をやった。


「私はご領主の言葉にも一理あると思う。村長はどう考えるかね」


 するとガナンは感情を抑えた口調でこう文句を垂れる。


「確かに代官が一つ罪を犯し、それに私どもが罪で報いたのは事実でありましょう。『数』を数えるならその時点で問題は解決したかに見えます。しかし行動には『重み』がございます。代官の罪の重みと我らリメレ村の罪の重みでは、釣り合いが取れておりません。私どもの要望はその釣り合いを取っていただきたいというだけの話」


 何を生意気な、そんな屁理屈が通るとでも思っているのか。領主の判断の重みが貴様らごときにわかるはずあるまい。しかしハースガルドは真面目な顔でうなずくのだ。


「なるほど、それもまた一理ある話だな」


 何が一理あるだ。一理のカケラもあるはずなかろうが。何が目的か知らんが平民などに日和りおって、貴族の風上にも置けぬクズめ。まずは一撃食らわせてやろう。


「ハースガルド公爵閣下におたずねする。御貴殿は何を正しさの基準とされているのですかな。広大な領地を国王陛下よりお預かりする領主の総合的な判断と、平民の感情に任せた行動を同じ(はかり)に乗せようとするのでしょうか。それは余に対する侮辱であるだけでなく、貴族制度、ひいては国王陛下の治世を否定する行為ですぞ」


 どうだ、ぐうの音も出まい。王政支持がハースガルド家代々の家訓であることは知っている。どれだけ平民に優しげな顔を見せたところで、王室を中心とした貴族制度に絶対の信頼を寄せているのがこの公爵なのだ。


 ハースガルドは沈黙してしまった。いまだ、たたみかけてやる。


「そもそも余が本日ここに参ったのは、少しばかりの疑惑が生じたればこそ。いったい何の疑惑かとおっしゃいますかな。それは先般このリアマール領内にて隣国ギルミアスの使節が盗賊に襲撃を受けたこと。余はあれにリメレ村が関わっているのではないかと疑っておるのです」


「何と。まさかそのような」


 ハースガルドは動揺している。想定通りだ、ここでもう一押し。


「もしそんなことなどあり得ないとお考えなら、どうでしょうか。そのお隣に座る占い師にあの襲撃事件の真実を占わせては」


 ここまで行けば目的は果たしたも同然。もしこの占い師が本当に事件の真実を言い当てることができるのなら、それはそれで我らに資するであろうし、もし感情的に平民をかばって適当なことを言うのであれば、ハースガルドに恥をかかせられる。どちらに転んでも余に損はないのだ。


 ハースガルドは困惑した表情のまま隣の占い師を見つめている。さあ、どう出るか。

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