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1話 最近話題の占い師

 夏の足音が近づくさわやかな朝。私の一番好きな季節。


 先生の朝は早いのです。ここ一か月ほど、夜が明ける頃にはすでにお屋敷の離れの前に数人の列ができているのが当たり前なので。世の中には思い悩み困っている人がこんなにも多いのですね。


 寝室に入るとまず窓の鎧戸を開けて光を入れてからベッドに声をかけます。


「先生、おはようございます。朝が来ましたよ」


 すると先生はうっすらと目を開け、ニッコリと微笑まれました。


「やあステラ。今日も元気だね」


「おはようございます、先生」


「はい、おやすみなさい」


「おやすみじゃありません! おはようございますです。先生が昨日おっしゃったんじゃありませんか、明日の朝は七人ほど来るはずだから起こしに来てくれって」


「いや、だからってこんなに早くなくてもさあ」


 先生は毛布にくるまって、すねたようにモゴモゴ文句を垂れています。でも私はその毛布を勢いよく剥ぎ取り、丸めて脇に抱えました。


「ダメです。お客様がお待ちになっているのですよ、今日も誠心誠意未来を占って差し上げてください」


「占わなくったって、だいたいわかってるのになあ」


 先生は名残惜しそうにベッドの上にゆっくり体を起こすと、小さな子供のように一つ大きなあくびをされました。まあ実際先生は小柄ですし、決して大人ではないのですが。


「先頭にいるのは隣村の村長の弟で、娘の結婚相手が見つからないとか何とかだし、二人目は街の金持ちんところの執事で、なくした宝石の行方を知りたいんだろう。後もだいたいその程度の話ばっかり。くだらないねえ。こんなの昼まで待たせたってたいして変わらないんだけど」


 まるで見てきたような言い方をされていますが、これが嘘でも当てずっぽうでもないことはこれまでの経験から間違いありません。先生には本当に見えているのです。自分がこれからどんな人に出会い、その人にどんな過去があってどんな将来が待っているのかまですべて。


 事の起こりは三か月前。うちの旦那様が狩りに出かけた森の中で、素っ裸の少年に出会いました。この辺りでは珍しい真っ黒な短い髪の、私より二つ三つ年上に見える彼は、一人途方に暮れていたといいます。


 何かの病気ではないかと言う人もいたらしいのですが、篤志家の旦那様はこの少年を連れ帰って離れで休ませ、下女の私に世話係を命じました。


 それから少年は丸三日の間、一言も話さずに呆然としていたのに、四日目に突然こんなことを言い出したのです。


「助けていただいてありがとうございます。お礼と言っては何ですが、僕は簡単な占いができるので、披露させていただいても構わないでしょうか」


 この言葉は旦那様の機嫌を損ねました。旦那様は巫呪占筮(ふしゅうせんぜい)の類が大嫌いで、迷信を打ち払うために地元の子供たちに教育を与えているような人だからです。ところがそんな旦那様でさえ、少年の言葉には驚き戦慄せざるを得ませんでした。


 まず少年は旦那様を始めとした、この屋敷の住人の名前を次々に言い当てました。でもそれだけなら誰かに教えてもらった可能性もあります。ところが彼はさらに旦那様から私たち下女に至るまでの子供のころのあだ名、親の名前、故郷の村の名称と様子を何か本でも読み聞かせるかのようにスラスラと口に出したのです。


 そして何より極めつけは、翌日の昼に旦那様に手紙が届くこと、その宛名と要件までをも彼は明解に言い切りました。


 ことここに至っては、旦那様も彼の占いの力を信じるしかありません。そこで少年は一つの提案をしました。


「少しの間、ここの離れを使わせていただけないでしょうか。しばらく占い師をやってみたいと思います。きっと旦那様のお役にも立てるはずですから」


 それから三か月、いまや占い師タクミ・カワヤの名前は近隣の町や村に響き渡り、来客は引きも切りません。その評価は後見人である旦那様の名声をも高めているのです。

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