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【短編】転生アラサー警察官! 納涼肝試し大会です (番外編2)

作者: 音威ジュン

 こちらは「転生アラサー警察官、王子殿下を守ります!」の番外編2(短編)になります。肝試しのお話ですがホラーではありません。短いお話なのでサクッと読んでいただけたらと思います。

最後に簡単な人物紹介を入れてあります。


 ここはアルスメリア王国の王都アルゼーラにある、国が運営する『アルスメリア王立高等学園』である。

 この学園には、貴族の子女や大きな商家の子女などが通っている。そんな学園の夏休み前のひと時、終業式の夜のお話である。




 * * *




 今日は一学期の終業式。

 今年は6月から暑さが続いていて異常気象だ。


 そんな中、毎年恒例の肝試し大会が行われるのだが、生徒会役員とクラス委員は、お化け役として学園の要所要所に配置される。

 これは自由参加だが、今年の暑さに皆涼を求めて、いつもより参加者が多いようだ。


「では、皆18時に生徒会室に集合してくれ。お化けの衣装と言っても基本は白か黒の布を(まと)うくらいだ。布はここにある物を使うことになる。配置は先程説明した通りだ。図面にも記してあるのでもう一度確認しておいてくれ。受付係は参加者名簿を持って行くように。では、皆遅れないようにな」


 放課後の役員会で、生徒会長のエディがそう話すと、皆元気よく返事をするのだった。


 シルフィはもう一度、配置が記された紙を見る。

 シルフィの持ち場は音楽室だ。

 お化け役の生徒は皆二人一組になっていて、シルフィはエミリーと、リリアとバーバラが一緒に組むことになっていた。


 前世でも、学校などには必ず何らかの幽霊話の一つや二つはあるものだが、こちらの世界でも御多分(ごたぶん)()れず、誰も居ない音楽室からピアノの音が聞こえるだの、理科室の骸骨(がいこつ)が勝手に動くだの、誰も居ない食堂で何かを(すす)る音がするだの、階段を下りて来る足音が聞こえたのに誰も居なかっただの、数えるとキリがないくらい色々な噂がある。


 本当に幽霊がいるのなら、わざわざシルフィ達が幽霊役をやる必要は無いのではないかと思ってしまうが……。


「はー……、私達は音楽室なのね……。ねえ、エミリー。あの噂は本当だと思う?」


 役員会が終わった生徒会室でシルフィはエミリーにそう(つぶや)いた。


「そうね、私は聞いたことは無いけれど、私達が居る間にピアノが鳴ったら怖いわね。でも少し離れた理科室にレイとエドワード様が居るから、何かあれば直ぐに来てくれるでしょう?」


 と、割とエミリーは平気そうだ。


 エミリーはもともと勝気で行動派だが、幽霊にも強いとは知らなかった。


 シルフィは、人間相手なら負ける気はしないが、幽霊には剣も体術も通用しない。なので幽霊は苦手なのである。いくら精神年齢が28歳でも怖いものは怖い。

 それにこちらの校舎は天井も高めで荘厳(そうごん)な雰囲気があって、蛍光灯や懐中電灯などあるわけもなく、出る気満々な感じがするのがよけいに怖い。


 でも、エミリーがあまり幽霊を怖がっていないので、シルフィは幽霊が怖いと知られるのは、ちょっと恥ずかしいと思っている。


(私一人ではないし、他の生徒会役員とかも校舎に散らばっているのだから、大丈夫! 絶対大丈夫!)


 シルフィはそう心の中で、呪文のように(つぶや)くのだった。




 * * *




 18時に集合した役員達は、皆それぞれに布を持ち、エディの話を聞いていた。


「皆、布は持ったか? では、それぞれ配置に着いてくれ。脅かし方は自由にして構わないが、怪我をさせたりしないように配慮する事。部屋に来た証として持ち帰ってもらう部屋の名前を書いた紙は、目に付く所に置いておくようにしてくれ。では皆、存分に怖がらせてやってくれ」


 そうエディに言われ、皆それぞれに配置場所に向かうのだった。


 ゾロゾロと自分の持ち場に向かう人波の中、リリアとバーバラがシルフィ達の所にやって来た。


「シルフィ様達はどこの持ち場ですか?」


 そうリリアに尋ねられ、


「私達は音楽室よ。リリア達は何処(どこ)なの?」


「私達は食堂です」


 それを聞いたシルフィは、


「食堂は広いから、ちょっと怖そうね」


 と、音楽室よりは数倍広い食堂を思い浮かべそう言うと、


「そうなんです。凄く広いし暗いしで、私、とっても怖いんですよね……」


 そう言うリリアの横でバーバラが言う。


「あら、幽霊なんて所詮(しょせん)は姿を見せるだけで何も出来ないのだから、生きている人間の方がよっぽど怖いじゃない」


 確かにバーバラの言う事にも一理(いちり)ある。


「リリア、そう言っているのだからバーバラさんが居れば安心ね」


「はい、バーバラさんは幽霊が怖くないみたいなので、とっても心強いです」


 そう言ってバーバラの腕にしがみつく。


 シルフィは、自分も幽霊が怖い事など(おくび)にも出さずに、


「エミリーもあまり怖がっていないけど、幽霊は平気なの?」


「うーん、見たことないから分からないわ。実際見たら怖いのかも知れないけれど、害が無いならあまり怖くないかも」


 なんて、割と平気そうに言う。


(えー? 二人とも強いなー。私は害がなくても怖いけど……)


 そう思っていたシルフィだが、エミリーが居れば大丈夫そうだな、と胸を撫で下ろしたのだった。




 食堂は1階なので、すぐにリリア達と別れ、シルフィとエミリーは2階の音楽室へ向かうが、後ろで二人の話を聞いていたエディとレイが、


「へぇ、女の子はみんな幽霊が怖いのかと思っていたが、そんな事はないのだな」


 と言う。


「それは見てみないと何とも言えませんわね」


 そう平気そうにシルフィが答えると、


「まあ、何かあったら大声で呼んでくれ。直ぐに行くから」


 エディにそう言われれば、何だか大丈夫なような気がしてくるから不思議だ。


「頼りにしていますので、よろしくお願いしますわね」


 そう言って、シルフィはにっこりと微笑んで見せるのだった。






 音楽室の扉を開けると、沈みかけの太陽が教室の中を茜色に染めている。

 こうして見ると全く怖くないのだが、真っ暗になったらどうだろう。そんな事を考えながら、エミリーとどうやって脅かそうか話し合う。


「教室の名前を書いた紙、どこに置いたらいいかしら?」


「教卓の上がわかりやすいのじゃない?」


 そう言って、紙を教卓の上に置く。紙は参加者の人数分用意してある。


 布は白と黒のリバーシブルになっていて、どちらを使うかはお化け役に一任(いちにん)されている。


「やっぱり脅かすなら、噂通りピアノのを鳴らすのがいいかしら?」


 一人が黒い布を被って、ピアノの前に座り鍵盤を押す。灯りは参加者が手に持つ小さなランプだけだ。きっと手首から先しかない手がピアノを弾いているように見えるだろう。


「じゃ、私がその役をやるわ」


 エミリーがそう言うので、じゃあシルフィはどうしようかと思い、教室の隅に白い布を被って、じっと立っているのはどうだろうかと、エミリーに聞いてみる。


「それも結構怖いかも。入って来たらきっとみんな部屋の中を照らして確認するものね。白い人が立っていたらびっくりするわよね」


 エミリーにそう言われ、二人の脅かし方は決定したのだった。




 * * *




 19時の鐘が鳴ると肝試しの始まりだ。受付係は時間をおいて二人一組の参加者を校舎内に入れる事になっている。


 参加者には道順が示された地図と、各部屋から教室の名前が書かれた紙を持って来る事、と書かれた紙が渡される。


 二人一組のペアは、自分で組んだり、入り口で一人の者同士組まされたりしている。婚約者が居る者は大抵二人で組むが、男同士、女同士の友達ペアもいる。友達ペアは、ちょっと羨ましそうに男女のペアを見ているのだった。


「もうすぐ始めるぞー。まだペアを組んでいない人は、入り口まで来てくれー」


 そう、受付係が叫んでいる。

 一人者が、人数的に合わなくてあぶれると困るので、そういう時は何人かいる受付係の一人がペアになってあげて同行する事になる。


「あ、俺一人参加です。誰かお願いします」


 そう言ってやって来た生徒に、受付係をしていた2年のエリックが、1年A組のクラス委員のレオンに、


「では、レオン。同行してやってくれ」


 そう言うのだった。


「は、はい。わかりました」


 レオンはそう答えたが、実のところ幽霊は苦手だ。


 一人参加の生徒は、1年B組のフランク・ターナー子爵だった。


「やあ、レオン。久しぶりだね」


「ああ、久しぶり。君が肝試しに来るとは思わなかったよ」


 そう、レオンは答える。

 フランクとレオンは幼馴染だが、あまり馬が合わなくて、親しい付き合いはしていなかった。ただ、幼い頃からサロンやお茶会などではよく顔を合わせていた。


「ふーん、君は相変わらず人見知りで、一人で居るのかい?」


 少し(あざけ)るようにそうレオンに言葉をかけてきた。

 レオンが反論しようとした時、


「レオン、どうしたの? 誰?」


 そう言ってロッキーが声を掛けてきた。


 受付係のエリックに、


「俺、レオンの友達なんです。最後にレオンと回りたいんですけど、いいですか?」


 と言う。エリックもそう言われれば、そちらを優先するのも(やぶさ)かではない。


「了解した。では君はレオンと回ってくれ」


 そうロッキーに告げて、フランクを見る。


「君は彼と回ってくれ」


 そう言って、1年C組のクラス委員を指名したのだった。


 フランクはレオンに友達が居ることに驚いたが、


「へぇー、君にも友達が出来たんだ。どうせ他にはいないんだろう? せいぜい大事にするんだな」


 と、バカにしたように言い、ペアを組んだ受付係と列の最後尾に並ぶのだった。


「何あれ。知り合い?」


 ロッキーにそう言われ、


「幼馴染というか、小さい頃からサロンやお茶会で顔を合わせていただけ。いつも人の事をバカにしてくるから、あまり相手にはしていなかったけれどね」


 そう言うレオンは、いろいろ言ってくるフランクより成績では断然(まさ)っているのだから、バカに何を言われても犬の遠吠えにしかならないと思っている。

 ただフランクが言うように人見知りだった為、今まで友達が居なかったのも事実だ。まあそのおかげで勉強に打ち込めたというのもあるが。今はロッキーという親友も居るし、ロッキーも自分と同じ研究機関に入る事を目標にしているから、二人で互いに教え合ったりして勉学に励んでいるのだ。


「ふーん、B組ならレオンより全然成績悪いのに、よく人の事馬鹿に出来るよね」


「そういう奴だから気にしないでくれ」


「ああ、わかった」


 そう言ったがロッキーは何か釈然(しゃくぜん)としないものを感じていたのだった。




 * * *




 19時の鐘が鳴り、


「さあ、肝試し大会を始めるぞー!」


 そう受付係のエリックが大きな声で叫ぶと、「わー!」と歓声が上がる。


 なんだかんだ言って、こういうイベントは楽しいものだ。


 一番初めのペアは男女のペアで、女子は入る前から怖がって、婚約者である男子の腕にガッチリ掴まっている。

 男子にとっては、ここは男の見せ所である。


 二人が校舎内に入ってから程なくして、「キャー」と言う女子の悲鳴が聞こえて来る。


 外で順番を待っている生徒達から、「おー」と言う声が上がる。


 肝試しがなかなかに怖いのかと期待する者。女子と組んだらちょっとはいいカッコ出来るのにと、ため息をつく者。「キャー怖いー」とお互い手を握り合ってどうしようと顔を寄せ合う女子同士のペア。

 皆それぞれに様々な思いを抱き、校舎を見つめている。


 次のペアが入ろうとした時、さっきよりは遠くで、また女子の悲鳴が聞こえ、男子二人のペアもビクっと体を震わせたのだった。


 何組かが時間差で校舎に入り、女子の悲鳴に()じり、「ウワー」と言う男子の低い悲鳴も聞こえて来る。

 受付係の生徒会役員は、お化け係もなかなかやるなと感心しているのだった。






 最初の男女のペアが音楽室にやって来た。

 入り口を開けるとその先に教卓。その向こうの窓際にピアノが置かれている。

 ピアノが置かれている反対側の窓際に、白い布を被ったシルフィが立っている。


 音楽室のドアが開いたと同時に、エミリーがポロンとピアノを鳴らすと、


「キャー!!」


 と女子が悲鳴をあげる。その声に一緒の男子も一瞬「うぉ」と小さく声をあげるが、すぐさま平静を装い、


「大丈夫、怖くないよ」


 そう言って女子を落ち着かせようとする。


 入り口の所だと、ピアノの所までは明かりもうっすらとしか届かない。

 男子は手に持った小さなランプを掲げて部屋を照らすが薄暗くて中の様子は良くわからない。

 とりあえず教卓の上に紙が置いてあるのが見えたから、それを取ろうと部屋に入った時、再び「ポロン」とピアノの音が静かな音楽室に響いたのだった。


「キャー! キャー!」


 と悲鳴をあげて男子にしがみつく女子。その女子を引きずるように、教卓の紙を掴む男子。二人は一目散に音楽室を出て行ったのだった。




 何組目かの参加者が音楽室を出て行った後シルフィは、


(あれ? 私ってお化けの役を果たしている?)


 と思い始めていた。


 みんな音楽室に入って来ると、ピアノの音にびっくりする。

 部屋の中を照らして見回してはいるようだが、シルフィに驚く様子は全くない。薄暗くて存在に気付いていないようだ。


(うーん、このままじゃお化け役を全う出来ないんじゃないかしら?)


 そう思ったシルフィは、何とか怖がってもらえるように、どうすればいいか考えるのだった。


 次のペアが音楽室に入って来た。

 ピアノがポロンと鳴って、男子二人のペアは「ギャー!!」と叫び声を上げる。そうしてランプをピアノの方に向けるので、存在を忘れ去られたシルフィは、そっと音も無く静かに二人に向かって歩き出した。


 紙を取ろうと教室に恐る恐る入って来た二人は、やっと光が届くような暗がりに何か動く物を見つけ、再び「ギャー!!!」と叫びながら、教室の名前が書かれた紙を引っ掴んで、転がるように教室を出て行ったのだった。


(今のは私に驚いたわよね。こうやって近づけば怖がってくれるのね)


 そう思ったシルフィは、その後はそっと参加者に近づくという方法で、皆を怖がらせる事に成功したのだった。




 * * *




 肝試し大会も順調に進み、最後のレオンとロッキーのペアを残し、フランクのペアが校舎に入った。


 (しばら)くして、レオンとロッキーのペアが校舎に入ろうとした時、


「キャー!」


 と言う女子の悲鳴が聞こえてきた。先ほど入ったのはフランク達男子ペアだ。お化け役の女子に何かあったのかと、レオン達と受付係のエリックが顔を見合わせて(うなず)き、校舎の中に入って行った。


 校舎の中では、一番手前の教室に配置されていた、お化け役の男子二人が奥に向かって走っていた。

 その二人を追いかけるように、エリックとレオン達も奥へと走る。

 先に着いた二人は、食堂の扉を勢いよく開けて、


「大丈夫か?! 何かあったのか?」


 と問いかけた。

 遅れてエリックとレオン達も食堂に到着する。


「どうもこうもありませんわ! お化け役を脅かすなんて、悪戯(いたずら)にも程がありますわ! ホント、生きている人間の方が、よっぽどタチが悪いですわね!」


 そうプンスカ怒りながら、半泣きのリリアを抱きしめ背を撫でながらバーバラが言う。


「フランクのペアか。全く何をやっているんだ」


 そうエリックが言うのを聞いてレオンは、意地の悪いフランクならやりかねないなと思うのだった。


「またフランク達が何かやらかさないか、このままお化け役の撤収(てっしゅう)も兼ねて、皆で各教室を回って行こう。レオン達は肝試しが出来なくてすまないがいいか?」


 エリックがそう言うと、


「はい、僕達はかまわないです。フランクがお化け役の女子を脅かして、怪我でもさせたら大変ですから、急いで行きましょう」


 そうレオンは言いながら、


(たしかシルフィアナ様やエミリー様もお化け役をしている筈だ。フランクに脅かされて怖い思いをしなければいいのだが)


 と心配するのだった。


 ただ一緒にいたロッキーは、シルフィが強い事を知っているので、


(どうせなら、フランクがシルフィアナ様にコテンパンにやられればいいのに)


 と、密かに思っているのだった。



 いくつかの教室のお化け役に声をかけ、皆で2階に上がると、


「キャー!」


 と言う悲鳴が聞こえてきたので、皆、音楽室へと駆け出したのだった。






 音楽室では扉が開けられると同時に、エミリーがピアノを鳴らす。


 フランクは声を上げる様子は無く、もう一度ピアノを鳴らそうとしたエミリーは、いきなり手首を掴まれて、思わず悲鳴をあげたのだった。


 エミリーの悲鳴を聞いたシルフィは、


「エミリー!」


 そう叫んでピアノの方へ駆け寄ると、フランクが黒い布を被ったエミリーの手首を掴んでいる。


 シルフィは自分の被っていた布を脱ぎ捨て、フランクの手首を掴んで捻りあげる。


「エミリーに何をするのよ!」


 そう言って、フランクを床に叩きつけ、背中で腕を押さえて身動き出来ないようにするのだった。


 エミリーもよほど怖かったのか、


「レイ! レイ! 早く来てー!」


 と叫んでいる。


 その叫び声を聞いて直ぐ様、レイとエディが飛んで来た。


「エミリー、もう大丈夫だよ。落ち着いて」


 そう言ってレイはエミリーを抱きしめて背を撫でる。


 エディは、シルフィが押さえ付けているフランクを見て、


「お前は何をしたのだ」


 と、酷く冷たい目でフランクを見下ろし、胸ぐらを掴んで立たせるのだった。


「す、すみません。すみません。ちょっとお化け役の子を脅かそうと思っただけなのです」


 そう弁解するフランクは、音楽室に顔を出したレオンに、


「な、なあ、レオン。俺たちは幼馴染だろう。助けてくれよ。ちょっとしたイタズラだったんだ」


 そうレオンに助けを求めるが、レオンはあっさりとフランクに告げた。


「いつも人の事をバカにしてくる奴を、どうして俺が助けなきゃいけないのだ? それに、エミリー様に何かするなんて、正気(しょうき)沙汰(さた)じゃないだろう」


「そうよ、女の子を脅かすなんて、男の風上にも置けないわ! この男はリリアのことも脅かして泣かせたのですからね!」


 とレオン達と一緒に入って来たバーバラも言う。


 レオンに冷たく言われたフランクは、今初めて自分が手首を掴んだのが、王子殿下の側近である、レイモンド・ウィンスター公爵の婚約者だと知る事となったのだった。


「この落とし前はキッチリつけてもらうからな」


 エミリーを抱きしめながら、レイモンドがそう言う。


「リリアまで脅かされていたなんて、ほんとタチが悪いわね。もっと痛めつけてあげればよかったわ」


 そうシルフィが言うと、


「とりあえず、夏休み中は警備隊の訓練にでも参加してもらおうか。そこでキッチリと性根(しょうね)を叩き直してもらうのだな」


 そうエディに言われ、フランクは床に崩れ落ち、ガックリと肩を落とすのだった。


 ロッキーは親友のレオンをバカにするフランクに少なからず腹を立てていたので、エドワード殿下に警備隊の訓練参加を言い渡されているのを見て、


(いい気味だ。人をバカにしたりするからこんな目にあうのだ。因果応報(いんがおうほう)だな)


 と密かに溜飲(りゅういん)()げるのだった。



 レオンとロッキーはシルフィやエディと親しげに話しをしている。

 その様子を見ていたフランクは、自分は敵に回してはいけない奴を敵に回してしまったのだと、今更ながらに悟ったのだった。






 シルフィはみんなと話しながら、何気なく窓を見た。

 いくつかのランプがあるが、あまり明るいものではない。それでもたくさん人が居れば怖くはないし、フランクの事で幽霊の存在などすっかり忘れていたのだが、ふと見た窓に、髪の長い女の顔がボーっと映っているのに気がついた。


「キャー! 出た出た出た出た!」


 と言ってエディにしがみつく。


 突然しがみつかれたエディは、


「ど、どうしたのだ? 何が出た?」


 と不思議がっている。


「窓窓窓窓! 女の顔がー!」


 そうシルフィが叫ぶので窓を見るが、ぼんやりと自分の顔が映っているだけだ。


「俺の顔が映っているだけだが……。女の顔など映ってないぞ」


 そうエディに言われ、シルフィは恐る恐るもう一度窓を見る。


「キャー! いるいるいる!」


 と言って窓を指差すと、窓の女もコチラを指差した。


「あ、あれ?」


 シルフィは、今度は窓に向かって手を振ってみた。そうすると窓の女もコチラに手を振る。


「ぷぷ、ククククッ」


 エディが笑いを堪えて肩を揺らす。


「あは、はははは……」


 シルフィは顔を引き()らせて(かす)れた笑い声を(こぼ)すのだった。


 窓ガラスに映った自分の顔を、幽霊と見間違うなんて、超恥ずかしい。


「シルフィが幽霊を怖いと思っているなんて、全然知らなかったな」


 とエディは笑いながら揶揄(からか)うように言って、シルフィを抱きしめる。


 シルフィは恥ずかしくて、(しばら)くエディの胸に顔を(うず)めて、エディの笑いが収まるのを待っているしかないのだった。




 結局シルフィが、幽霊が苦手だという事が皆に知られてしまい、それからというもの、何かあると「肝試ししましょうか」と揶揄(かわか)われる事になったのは、言うまでもない。


 そして、警備隊の訓練に参加させられたフランクは、それ以来レオンや他の人をバカにする事はなくなり、随分と大人しくなったのだった。








登場人物


*シルフィアナ・ウィンスター公爵令嬢

愛称はシルフィ。王子殿下の婚約者。前世は28歳の警察官。剣術と体術が得意。1年の生徒会役員。


*エドワード・アルスメリア

愛称はエディ。アルスメリア王国の第一王子。シルフィの婚約者。3年で生徒会長。


*レイモンド・ウィンスター公爵

愛称はレイ。シルフィの兄。ウィンスター公爵家の嫡男。エミリーの婚約者。3年で生徒会副会長


*エミリー・アンダーソン侯爵令嬢

レイの婚約者。シルフィの幼馴染で親友。1年の生徒会役員


*レオン・ホワード子爵

肝試し大会の受付係。フランクとは幼馴染だが仲は良くない。ロッキーとは親友。夢見草の事件の時にシルフィ達に協力する。1年A組のクラス委員。


*ロッキー・ムーア

ムーア商会の三男(庶子)。夢見草の事件でムーア商会は取り潰しになったが、ロッキーはその事件の解決に協力したので、お咎め無しで特待生として学園に通っている。レオンとは親友。


*フランク・ターナー子爵

1年B組の生徒。レオンの幼馴染。いつもレオンのことをバカにしている。


*エリック・サントス伯爵

2年の生徒会役員。受付係


*リリア・バーグマン伯爵令嬢

1年の生徒会役員。


*バーバラ・ノーフェス伯爵令嬢

1年A組のクラス委員。





 お読みいただきありがとうございます。

 毎日暑いので肝試しの話を書いてみました。このお話は怖くないですが、怖い話は好きです。でも怖いです。

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