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悪役令嬢の悲願

作者: ゆいレギナ

「アザリア! どうしてこんなことをしたんだ⁉︎」


 私は今、学園主催のダンスパーティーで断罪されている。卒業まであと半年。学園行事とはいえ、ゲストに国王陛下がお見えになっているれっきとした社交場だ。


 そんな場所で、私の婚約者である黒髪の王太子リチャード殿下の隣には、可憐を体現したかのような桃色髪のミナリー嬢。彼女は私より二つ下の十六歳のはず。だけど実年齢よりも幼なげな顔を必死で引き締め、殿下の腕にしがみついていた。


 共に三年生の最高学年である殿下と私は、卒業次第結婚することが決まっている。それなのに、この愚行……。


 それを見て、私は意を決する。ここまで……ね。

 ふぅー、とゆっくり息を吐いてから、自身の真っ赤なドレスを見下ろす。私が物心ついて初めて自分で選んだドレス……大丈夫。大丈夫よ、アザリア。こんな真っ赤なドレスを華麗に着こなしているんだから! 

 私は意を決して、金の縦髪ロールを掻き上げた。


「どうもこうもありませんわ。私はリチャード殿下の婚約者として、当然の注意をしてきただけです」

「当然? 後輩に会うたび難癖つけていたことが?」

「はい。男爵令嬢の身分で、殿下とお近づきになろうとは不遜にも程があります」


 本来、こんな会話は公の場ですることではない。それは貴族だから王族だから……てより、人としての常識よね。内輪揉めを見せつけられる気分を想像してみなさい、ていうこと。

 だけど、殿下やミナリー嬢は敢えてこのタイミングを選んだ。私の予想通り。でも、ほくそ笑んではいけないわ。最後の詰めですもの。


 殿下の金の瞳が冷たく光る。


「きみの指摘内容は、彼女の見目を貶すものもあったそうじゃないか」

「身嗜みの大切さを説いていただけです」

「他に、彼女の持ち物を勝手に捨てただとか?」

「失礼ながら本当にゴミかと思いましたのよ? あとで代わりの品を贈らせていただきましたわ」

「他にも――」


 殿下の追及は、全部私の予想通りに綴られる。どれも令嬢としてなるべく家に傷を付けないように凝らした策。一挙に聞くと爽快ね。


 ようやく……この時が来たわ。ようやく殿下との婚約破棄が叶う……!


「もう我慢ならない。アザリア、きみとの婚約は――」


 あぁ、神様。私の人生、ようやくここから始まりますの。きっと婚約破棄の後は、どこかのご高齢の後妻として嫁がされる。もしかしたら修道院とかに追放されるかもしれない。でも構わないわ。今よりマシ。でも、できれば身分剥奪で平民として生きていきたいわね。まぁ、そこはお父様に相談かしら。


 夢が膨らむわ……!

 もう誰と話しても咎められない。服も自由に選ぶことができる。直接見聞きしてないはずのことを褒められることもない。自分の手ずから食事を摂ることができて、階段だって自分の足で上がれるのよ! もう人前で横抱きされないで済むのっ‼︎


 さあ、私の自由はここから始まるのよっ!

 さぁ! さぁ――――


「破棄なんて、絶対にしないよ」


 え……?

 目の前が真っ白になる。聞き間違い、よね?

 え、リチャード殿下。今、何て仰いましたか?


 殿下がミナリー令嬢を振り払い、かつかつと近づいてくる。ほ、ほら、愛すべきミナリー嬢が尻もちついてますわよ? どうして、と言わんばかりのお顔で殿下の名前を呼んでますわ……。なのに、どうして殿下は嬉しそうに真っ直ぐ私を見つめてますの……?


「ふふ、可愛い。可愛いね、アザリア。そうか、きみは僕のために未熟な後輩を指導してくれていたんだね。ありがとう。僕のためにこんなに尽くしてくれる素敵な女性を伴侶に持つことができて、僕はとっても果報者だ」


 そして、殿下は口で白手袋を外してから――私の髪を梳いてきます。


「最近この髪型ばかりだね?」


 そ、そうですよ! 私はくるくる縦ロールヘアが気に入ってますの! だって殿下は下品だからとお嫌いでしょう⁉︎


「化粧もずいぶん気合いを入れてるようだ」


 そうです! そうですの! ケバケバしい女性が苦手なあなたに嫌われるために、塗りたくってますの。正直とても息苦しいですわ。目の周りも我ながらペンキを塗りつけたようで、何度鏡を見るたび驚いたことか……。でも、この後の清々しい日常を期待するだけで、いくらでも我慢できましたの。


 それなのに……、


「そこまでして、僕の気を惹きたかったの? 可愛いなぁ。嫉妬しちゃったの? ふふ……僕も信用ないんだねぇ。こんなにもきみのことを愛しているのに……」


 で、殿下……私の頬をそんなに撫で回さないでください。お手が化粧で汚れますわよ。それに何より、人前です。パーティーの真っ最中。公の場です。ほ、ほら、ゲストでいらした国王陛下も見てますわ。で、ですからね……?


「そんな口をパクパクさせないでよ、アザリア。お腹空いたの? そうだなぁ、早く僕を食べさせてあげたいんだけど……そういうのは、ね? ほら――」


 そこで、陛下の咳払いが入ります。

 

「リチャード。再三伝えておくが、法律は変えんからな」

「わかっております父上。婚前の接吻やそれ以上の行為は禁止、ですよね。学生らしい節度ある付き合いをしているだけですよ――婚約破棄ごっこ、とでも言いますか。ミナリー嬢も協力ありがとうね。あとで褒美を取らせるから」


 ねぇ、殿下……そのごっこ遊び。あくまで遊びだったのは殿下だけです。少なくとも私は聞いておりません。ミナリー嬢もさっきから「え?」「なに?」「どういうこと?」しか発していないじゃないですか。


 そんな殿下に、陛下はやれやれと肩を竦める。


「せめて、そういうのは公の場で控えなさい。要らぬ噂が立って……噂を立てた者がお前に処分されたら可哀想だ」

「はは、さすが父上は慈悲深い。見習いたいものです」

「アザリア嬢……今後も末長く、我が愚息を支えてやってくれ」


 あぁ、陛下。諦めないでください。めんどくさいと私に投げないでください……!


「我が国に栄光あれっ!」

『栄光あれ!』


 そしていい感じにこの場を纏めないでくださいーっ‼︎

 え、この断罪はどうなりますの? 私の修道院生活は? 夢の自由な平民生活は?


「さぁ、アザリア。着替えに行こうか。その赤いドレスは似合ってない。やっぱり僕が用意してあげないとダメだなぁ。安心して、きみにぴったりの黒のドレスを用意している。アクセサリーは全部金で揃えて……ふふ、僕の瞳の色だね。たまたまかなぁ?」


 そう言って、リチャード殿下は私をほいっと横抱きにしてしまいますわ。


「お、下ろしてくださいまし!」

「はは、今更恥ずかしがっても無駄だよ? さっきの茶番劇の方がよほど恥だ」


 わかってたなら、どうして無駄な小芝居を⁉︎

 私を抱えた殿下は、ゆうゆうと広間を闊歩する。だけど私を抱え直すふりして――耳元で吐息を吐いた。


「卒業したらいよいよ結婚だね――それまでに僕から逃げられるかな?」


 そ、そうよ! チャンスはまだ半年あるわ!

 次こそ、次こそ――機会が来るのかしら……?


 ついでに私の頬をペロっと舐めて「苦いな」とマイペースに苦笑する殿下から、私は視線が逸らす。……うん。とりあえず、控室から無事に戻ってくることを目標にしましょう。


《完》

短い小話をお読みいただきありがとうございました。

少しでも「面白い」思っていただけましたら、広告下に評価欄がありますので、好きな数だけ☆→★に変えていただけると嬉しいです。

また他にも連載作品や短編を書いてますので、お気に入り作者の一人に入れていただけたら幸いです。

重ねてになりますが、本作をお読みいただき誠にありがとうございました!

ゆいレギナ

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― 新着の感想 ―
[一言] 気持ち悪! 思わず呟いた。 この王子マジでいらん! ヒロイン可哀想過ぎる…。
[一言] こっちのタイプのヤンデレとは! ヒロインの意見ガン無視系ですね(^^)
[一言] 面白かったです!
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