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すれ違いの二人

作者: N(えぬ)

 私は、3度目のデートになる結子と連れ立って、あるホテルのティールームに入った。

 このティールームはケーキがおいしいので有名らしい。私はこのホテルの名前と立地だけは聞き覚えがあったけれど、ティールームの評価については全く知らなかった。

 結子は、こういう情報にはめざといらしく、デートも毎回、どこで食事をしようかというのは提案するまでもなく彼女の方から希望を言ってくるのだった。


 ティールームは入るのに少し待った。結子がチェックしたとおり人気があるようだ。並んで待っているほかの客たちも、世間話に混じって私はどのケーキにしようと言うような話をしているのが聞こえてくる。


 入り口で店員に二人連れであると告げると、一番窓際にあるテーブルに案内された。小さなテーブルで対面での二人席だった。この店はホテルの一階にあるのだが大きな窓がホテルの中庭に面している。かつてけっこう大きな森だったところなのだが、周辺が開発されて行って、最後にこんもりとした丘の形の森が残った。その森の中へ道を一本通して森に入ったところにホテルを作ったのだ。だから、ホテルの建物は森の木々に取り巻かれて抱かれている様に見える。そんな立地なので、ホテルまで来ると都会の喧噪がやんで、しっとりとした空気を感じる。


 私は紅茶と、結子お勧めのチョコレートケーキを。彼女はコーヒーとチョコレートケーキと、もうひとつ何か頼んだ。私はケーキの種類には疎く、名前を聞いただけではどんなものかは想像もできなかった。


 もう、夕暮れが過ぎて、森の中のホテルの周辺は都会の一角とは思えない深い闇に包まれる。その闇と入れ代わりにティールーム内の照明がアンティークな雰囲気で存在感を増し、さらに窓の向こうの中庭にある照明が点灯する。

 中庭はうまく作られていて、自然に存在するかのような泉などが配されて、お伽噺に出てくる森のようでさえある。


 私たちのオーダーしたものが運ばれてきて、ウェイトレスが「どうぞごゆっくり」と静かに言って去った。

 チョコレートケーキについて、結子は、

「どう?おいしいでしょ?」と聞いてきた。

「おいしいね。紅茶もおいしい。気に入ったよ」

 結子は私の感想に、満足げに微笑んで自分のケーキの二つ目に取りかかった。そのケーキは、さっき名前だけではどんなケーキか分からなかったが、実物を見てもどういうものかよく分からなかった。そんなわけで味は想像できなかった。

 私は実は、料理を食べたとき、結子のように、おいしかったかどうかを尋ねられるのが好きではない。だから私から尋ねることもしない。興味が湧いて、どんな味かをきくことはたまにあるが。

 それは私を育てた親の影響だろうと思う。母親は家族に食事を作っても感想を求めなかったし、父親も決してうまいとか不味いと言わなかった。別に、母の料理が不味いから感想を控えていたわけでも無いと思う。私自身はおいしいと思って食べることが多かった。父親もおいしいと思って食べていると思っていた。だからなぜ感想を口にしないかは不明で、今に至ってもそれについて聞いてみたことはない。


 私と結子が二人して満足してケーキを食べ終わったとき、窓の向こうの中庭にホテルの従業員が姿を現した。その従業員は、白い深めの皿を持っていて、それを持って庭の中程にある石の床のようになった場所へ行くと皿を置いた。その従業員の行為は、店の客がみんな一斉に目を向けていた。

「そういえば、タヌキが出てくるらしいわ」

 結子は楽しげにそう言った。

 私は、なるほどと頷いて外を見ていた。

 少したつと、森の奥の闇がゴソゴソと少し動いて、やがて見えるほどの明るさの所へ小動物が出てくるのが分かった。タヌキだった。栄養は十分という感じの体型だった。

 タヌキは少し警戒したように辺りを見回しながら、さっきホテルの従業員が置いた皿に近づいた。そして、皿に載った何かの匂いを嗅ぎ、食べ始めた。

「自然が残されてるのねえ」

 結子がぽつりと言った。

 私は結子のそのことばに反射的に、

「うん。残されてると言うより、残っていた自然を崩して造ったホテルだからね」

 私はタヌキの食事姿を見ていて結子に顔を向けずにそう言った。

「なんでそういう言い方なの?」

 語気が強い。結子は私の答えが気に入らなかったようだ。眉を寄せて怒りの表情を見せた。

 私も、少し口が滑った感じはしたが、私の素直な感想だったので、さてそれをどう納得してもらうか、それともなにも言わずに流してしまうか考えた。考えながらタヌキを見ていた。タヌキはもう、ペロリと皿の何かを平らげたようだった。その姿を客たちは物珍しく見ていた。


 それは、空になった皿をあとにタヌキが帰ろうとするときに起こった。

 タヌキが窓越しのわれわれの方を向くとみるみる大きくなり、熊のようになったのだ。そこで客たちに驚嘆の声が上がった。

「すごい。何あれ……」

 呆気にとられていると、タヌキはさらに今度は2本足で立ち上がり、

「ひとが飯を喰ってるところがそんなにおもしろいか?いつもジロジロ見やがって。気分悪い」

 しゃがれた大声でそう言った。そしてタヌキはくるりときびすを返し、暗い森の中へ、ずさずさと分け入って消えた。

 店の中は騒然となった。

 タヌキが背中を向けて去ったのに、窓から離れ、逃げ出す人も数人いた。

 私は立ち上がって、

「すごい自然が残っているね。素晴らしいよ!」

 歓喜してそう言いながら結子の肩に手をかけていた。

 彼女は、ショックで顔が引きつり、涙を浮かべたまま何も言わなかった。

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