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5 濡れ女子(おなご)

 暗かった視界から一転。

 初級クエストNo.2のステージ【バス停(雨)】が、俺の視界に広がった。



 ザアアァァァァ…………


 周囲に田んぼしかないアスファルトの道路の途中に、さび付いた鉄骨で組まれた屋根付きのバス停があった。

 屋根やその辺り一帯には雨が降っている。

 そこに一人、髪の長い人が立っている。

 髪はその人の胸の辺りまであり、横顔はここからではよく見えない。


(なんだよ、またホラーチックな演出が始まってるのか?)


【あのバス停の屋根の下にいる長い髪の人が、敵の濡れ女子です。】


 そりゃあそうだろうな、とは思っていた。

 だって他に誰もいないからな。


 バス停の周囲は、降りしきる雨と霧で視界が悪くなっている。

 バス停と道路、その他は田んぼが地続きにどこまでも広がっているようだが、恐らくステージはそれほど広くないのだろう。


 怪しげなバス停と、敵である彼女を警戒しつつ、徐々に歩み寄っていく。

 近づいていくと、屋根の下だというのに彼女の髪はとても濡れていた。

 さすがに『濡れ女子』などというだけはある。

 ぽたぽたと足元にも雫がたっているようだ。


「あの……、あの……」


「は、はい!!」


 初めて聞く敵キャラクターの声に、俺は少し緊張した。

 敵が喋ったという事に驚きはなかったけれど、その声が、やけに人間っぽくて、動揺しそうになったのだ。

 この極楽浄土には、人間という種族など居ないのだから。


【恐怖や驚きには、注意してください。長時間におよぶ恐怖感などは、血液ゲージの現在値を減少させる大きな理由となります。】


(それはわかってる!……けどシチュエーションの効果もあって、中々平常心保つのが難しいんだってこれ!!)


「わたしの話を、聞いていただけませんか?」


 濡れ女子は、ゆっくりと俺のほうに向き直り、目をしっかり見つめてそう言った。

 その長い長い髪が、彼女の振り向く動作に合わせてふわりと揺れていた。


 美少女とは言えないが、不細工とも言えない。

 以前に街中ですれ違ってそうな、どこにでもいそうな顔をしている。

 それよりも気になるのは、彼女の表情から伝わってくる疲労感だ。


 何かにとても疲れているようだ。


「はい。話してください」


 表面だけでも平常心を保っているように見せかけて、会話を進める。

 疲れた表情の濡れ女子は、ほんの少しだけ微笑んで、話を始めた。


「昨年から、わたしはある方とお付き合いをしていました――――



その方はとても優しい方でした。

村で困っている者を見掛けると、ほうってはおけないのです。

誰にでも手を貸そうとします。

誰にだって優しくします。

そんな方ですから、わたしも好意を寄せ、想いを告げ、交際するようになったのです。


ある日、村で半年に一度の縁日のお祭りがありました。


わたしと彼は、互いに気に入っていた着物を着て、手をつないで、出掛けました。

彼の横にならんで歩いていると、それだけで満ち足りた気持ちになりました。


彼が今、何を思っているのかわかる気がしました。


出店の屋台で何が食べたいのか、神社へのお参りはいつ行こうと思っているのか、わたしの着物姿をどう思っているのか、わたしと何がしたいのか、今日は暑いのか寒いのか。

そんな小さなことも、全てわかる気がしました。


お祭りのその日、彼はわたしの手を一度も放しませんでした。

わたしは、とても心地よくて、彼とひとつになれていると思えて、涙を流してしまいました」



 濡れ女子の話を聞いていると、霧で白んでいた周囲を背景に、その時の状況が思い浮かんでくるかのようだった。


 俺は男だが、女性視点のその投影に、不思議と違和感がなかった。

 この濡れ女子に自分の感覚を重ね、彼との心地良さや、その時々での気持ちの(うつ)ろいに、彼女と同じく酔いしれている自分がいた。


 そんな俺の脳内に、機械的なナビ子の声が横から刺さってきた。



【血液ゲージの減少量に異常が見られます。相応の措置を取る必要があります。】




(…っは。待て、落ち着くんだ俺! 客観的になるんだ。この濡れ女子の気持ちに同調しちゃだめだ。自分の等身大に置き換えて考えるな。全部、誘い込まれてるだけだこれは!)


【快感や高揚感により、血液が著しく減少しています。】


 ナビ子さんの声を聞いて、すぐに血液ゲージを見ると、もうすでに血液ゲージの数値は50を下回っていた。


(これはこの人の話だ。自己投影するな! 想像したらだめだ。血液が下がれば、当然行動不能状態になってしまう! 落ち着け! 考えたらだめだ。話を聞いていても、想像したらだめなんだ!)




 俺の葛藤をよそに、濡れ女子はなおも話を続けていく。


「……でも、そんな方ですから、わたしと交際をしていても、相変わらず誰にでも優しかったのです。


もちろん、その相手が女性であっても、彼は優しく接します。

女性の代わりに荷物を運び、手を貸します。



頼られたら断れないんです。


本当に呆れてしまいます。


わたしの存在を、恋人という存在を、どれほど軽く考えているのかと思いました。



それでも、この気持ちを彼に伝えることはできませんでした。


この気持ちを伝えてしまったら、彼はわたしから離れてしまうはずです。

……決して伝えることはできませんでした。


しだいに、彼の優しさが憎く感じるようになってきました。


誰にでも優しい彼を見ていると、わざとわたしに見せつけるようにやっているのかと疑うようになったりしました。

わたしの心が苦しくなるのを知っていてやっているのかと、そう思うようになりました。





ある日、彼の長い出張が決まりました。

わたしは彼と手を繋いで、このバス停へやってきました。

けれど、その繋いだ手は、ひどく冷たくて、かつての彼の手ではないような気さえしました。

わたしは、またしても彼と手を繋いだまま、涙を流していました。


でも、それは違うんです。


別れを惜しんでいるために流した涙とも、また、あの縁日のお祭りの時流したような涙とも違うんです。


いくら彼のことを想っていると自分に言い聞かせても、どれだけこの繋いだ手があの時の手と同じ手だと言い聞かせても、涙は止まってくれません。


本当はずっとわかっていました。

彼を独り占めにする事など、わたしには到底出来ないのだという事です。


彼に想いを寄せる女性は多くて、わたしはそのうちのたった一人でしかないのです。



これが、どれだけ寂しくて、胸を冷やすことでしょうか。

一度は寄り添った相手に距離を感じてしまうことが、どれだけ自分の心を踏みにじるでしょうか。


哀しいとも苦しいとも言えませんでした。

ただ彼の手を握ったまま、彼が迎えのバスに乗るのを待っていました。


わたしの涙に彼が気が付いても、それは違う涙に見えているはずです。

無言で震えているわたしを、困った女だと彼はあざ笑うでしょう」



【多量の涙により、血液が著しく減少しています。】



 ナビ子さんの機械的な音声も、次第によく聞き取れなくなってきていた。


 血液の現在値は、もう30を下回ってしまい、俺はひどい眩暈に襲われていた。

 目の前の視界は、雨のせいで元から悪かった上に、さらに悪化していた。

 周囲の雨音も、やたら大きく聞こえてうるさく感じるくらいだ。


【警告、警告! 間も…く、アバターが行…不能状態に陥ります。クエ…ト中の場合、行動………態に陥るとクエストか…―――――】



 もうダメだ。



 血液の現在値:17



「――――――。――――――――――――。


―――――――――――――――。」




 濡れ女子の声も、もうなんて言っているのか、わからない。



 血液が無くなるって、こういう感じなのか。



 うずくまっていた俺は、自分の視界に映る自分の膝や足が、ゆがんでいくように見えた。


 頭の中がぐわんぐわんと揺れているみたいだ。

 変な女性の声が聞こえる。



 ダメだ。

 意識が、途切れてい

【作者からのお願い】

作品を読んでいて


「続きが気になる!」

「更新楽しみにしてる!」

「応援してるよ~」


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作者のやる気がアップします。


面白くても、つまらなくても評価は大歓迎です!

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