20 なぐさめ
カァァッ……カァァ、カァァーッ
雑木林を歩く俺達の頭上を、カラスが鳴きながら飛び去っていく。
「しかしなんだか不気味だな…」
「…………」
夕暮れの森は人気がなく、じわじわと追い込まれるような妙な恐怖感がある。
『血液』は恐怖心によっても減っていくから、注意しておかないとな。
平常心、平常心…。
俺の現在の血液ゲージは【最大値:700、現在値:241】
少し減ってしまってるが、それほど支障はない。
レベルが上がるたびに能力最大値が上昇していったため、目まいを起こす30まではだいぶ余裕がある…ように思う。
ただ、クエストの難易度が上がれば上がるほど、敵の攻撃や、精神状態への影響は強くなっていくようだった。
当然といえば当然なんだが。
「あぁ……もう、もう少しで、『置行堀の主』に出会えるんですね…、わたくし、だんだん胸が高まってきました。」
のっぺらぼうは高揚感にドキドキしているらしかった。
テミスは、そんな彼の調子を少しだけ冷たい目で見ていた。
まぁ、あんまり同調できないだろうしな…。
「どうしたんだ? わかるのか? 『置行堀』が近いって」
「ええ…。この森はよく友人と遊びにきていた森ですから……。
わたくし達にとっては勝手知ったる我が家のごとく。右に左にと、遊び歩いた思い出があります。
そして、『置行堀』は近くなると、空気が変わると言われていました。
独特な、あの『主』の水のにおい……」
目も見えないというのに、のっぺらぼうは不思議なことを言う奴だな。
まあ、そもそもこの存在自体が不思議なんだが。
「……以前にも来たことがある場所だったのか?」
「いえいえ。以前でも噂話でしか聞かない存在でした。
実際に見にいった者は、皆口を揃えて“何もいなかったと思う”と、うつろな記憶のままにそう答えますから、不気味で……」
そんな話をしながら足を進めていくと、いきなり雑木林が途切れ、開けた場所へ出た。
「ここ! この辺りに違いありません!!」
「ここが『置行堀』なのか…」
「結構広いですね」
その開けた場所に現れたのは、大きな堀と、それを跨ぐように架けられた木造の橋だった。
橋は人間ふたりくらいが横に並んで歩けばいっぱいになるくらいの幅だった。
なかなか狭い。
ゴゴゥ……ビシャァァッ……ビシャァン……
橋の下に広がる堀の水面は、風もないというのに様々な波を作り出しているようだった。
まるで生きているかのようにうごめいて、うねっている。
(『置行堀の主』による仕業に違いないな。
水で目くらましをするっていうくらいだ。水流操作はお手の物かもしれない)
【その通りです。あの堀には、『置行堀の主』が身を潜めています。】
(ナビ子さんッ!……っと、驚いてる場合じゃない。あいつから、目くらましの攻撃を出させないと!)
それをのっぺらぼうにぶつける。
そして幻覚を見せられることで、のっぺらぼうは願いを叶え、クエストは終了になるはずだ。
「もっと近づけばいいんじゃないですか?」
テミスがそう言いながら、橋のはじまりに近づいていく。
そのすぐ下には、うごめく水面がひかえている。
「待てテミス!! もう少し様子を見てからにしたほうが…!」
ビシャアアアァッ、ビシャアンッ!!!
「!!!」
「な、なんですか!? 何、どうなってるんですかぁ!!?」
テミスが橋の上にその一歩目を踏み出した瞬間、水面から大きな波が立ち、テミスに大量の水がかかってしまったのだった。
水でびしょ濡れになってしまったテミスは、体力をいくらか減らされてしまったようだった。
のっぺらぼうは、その一部始終の音だけしか情報がないため、右往左往している。
「テ、テミス!! 大丈夫か!? ほら、言ったとおりだろ。もっと気をつけて…!」
「何をじろじろと見ているのですか、フラン?」
「!!!」
何って、そりゃあ…。
『置行堀の主』の大波攻撃によってびしょ濡れになってしまったテミスのドレス装備は、水分をたっぷりと含んで、彼女の身体にぴったりとくっついてしまっていた。
そのせいでくっきりとテミスの身体のラインが浮き出てしまっている。
大変だ。
なんてことをしてくれたんだ。
「テミス、とりあえず前を隠せ!」
「…………」
テミスは俺の言葉に返事をせず、ただじっとこちらを見ていた。
俺は思わず顔をそむけた。
テミスが特別、身体の起伏が激しい女の子じゃなかったのがまだ幸いだったかもしれないが、それにしてもエロいことになってる事態は変わりない。
自覚してくれ。
というか、頼むから隠してくれ!!
と、目の前の事態のことで少し手一杯になっていた。
その時だった。
置いていけ……お前たちの欲望……置いていけ……
「うっ……!……なんだ、急に頭痛が‥…」
【フランさん、それは『置行堀の主』の念波による作用です。】
(ナビ子さん……念波だって?)
【敵キャラクター:置行堀の主は、念波によってプレイヤーの欲望を感じ取り、欲望が高まったことを感知すると、今のような、精神状態をかき乱す微弱な攻撃をしてきます。水をあつかった通常攻撃のほか、こうした精神攻撃をくり出してくることがあります。】
血液の現在値:205
(じゃあ、俺の“なにかの欲望”が感知にひっかかってしまったのか!?)
【……そういう事でしょうね、はぁ…】
(…軽蔑してるよな、絶対!! 仕方ないだろ、リアルじゃ健全な男子高校生だしな!?)
俺が脳内でナビ子に反論している間、テミスは橋から急いでこちらへと戻ってきていた。
テミスは感情の『欠損』が関係しているためか、欲望もそれほどなく、念波も届いていなさそうだった。
「フラン…?」
「テミス、どうやらあの主ってやつは【念波】って技を使うらしい。欲望の感情が一定数まで上がったら感知されて、精神に干渉してくる。加えて通常の攻撃か…」
妬ましい……生きてる証……欲望、置いていけ……
脳内に置行堀の主の声が聞こえたかと思うと、波打つ水面から勢いよく黒い水の塊が飛んでくる。
「うわ! あぶなッ!! なんだ? 飛んできた水が黒かったぞ……?」
【注意してください。今の黒い水は、触れた場所に寄生します。
また、顔に触れた場合は、一見ただ水に濡れただけのようになりますが、受けた者に幻覚を見せる作用があります】
これか!
のっぺらぼうの言っていた“顔に寄生する水の目くらまし”
この水だけ色付きとは、わかりやすくて助かるな。
弾の軌道から察して、どうやらプレイヤーの位置を狙って撃っているらしい。
これなら、のっぺらぼうの目の前にいれば、撃たれた水の弾道を誘導できる!
「ちょっと、のっぺらぼうはここで立ち止まっててくれ!」
「フラン…?」
「これなら水の目くらましが来るだろ?」
「おお~、いよいよわたくしに、例の目くらましがやってくるのですね!
これでわたくしも、後悔はありません。
きっと、これから見る光景はずっとわたくしの記憶のなかで輝き続けるに違いないですよ!」
【フランさん。ひとつ、注意点があります。】
(……ん、何? ナビ子さん。このクエストの成功が目前ってタイミングで)
【『置行堀の主』の放つ水の目くらましは、対象の相手に幻覚を見せます。ただし、その幻覚から目を覚ますと、対象者の記憶のうち、その幻覚を見たという記憶は消滅してしまいます。】
(え!? ど、どういう事だ!?)
【『置行堀の主』は、もともと、堀の近くへやってきた者の『欲望』を食らう妖怪です。黒い水の目くらましも、あくまで『欲望』を食らうための手段に過ぎないという事です。】
(じゃあ、幻覚を見た時の気持ちを、食べてしまうってことなのか!?)
【その通りです。主の目くらましは『欲望』をかきたてるための技でもあり、そのかき立てられた『欲望』はエサとなります。プレイヤーの場合、血液を多少失うことになります。】
「…………のっぺらぼう…」
「はい? どうかしましたか?」
ナビ子さんに教えられたこの目くらましの事を、のっぺらぼうに伝えるのか。
…………。
俺のなかで葛藤が沸き起こっていた。
彼にこの事実を伝えたとき、彼はどうするだろうか?
素直に、黒い水の目くらましを受けようとするだろうか?
いやいや、受けたところで、その結果記憶の一部を消されるだなんて……。
「フラン、どうかしたんですか?」
「テミス、のっぺらぼう……あの目くらましなんだが…」
主がちょうど攻撃を仕掛けてこないタイミングだったのか、一呼吸置く時間くらいはあるようだった。
俺はそれから、目くらましの詳細を伝えることにした。
「――――ということらしい。それでも、幻覚を見たいのか?」
「……フランさん、と言いましたっけ?」
「ああ……」
「あなたには、親しいご友人がいらっしゃいますか?」
「ああ、まぁいるが…」
のっぺらぼうは少し間をあけてから、言葉を続けた。
「友人とはいいものですよね。
家族とも恋人とも違う存在。ですが、不思議と自分のそばにいてくれて、人生を楽しくしてくれるのですから。
それもまた、相手だって楽しんでいる。
誰も損をしない。対等で、無二で、替えのきかないものです。
わたくしの友人も、その例にもれません。彼と天の川を眺めた七月七日と、眺めなかった七月七日は、星々の散らばるその天体に影響はなくても、わたくしのその後の日々にちいさな“気掛かり”を与えてしまうんですよね。」
「…………」
「また今度でもいいか、と思うこともありますが、それは違います。
その瞬間の彼と、“今度の彼”とは、同じようで少し変化があった彼なのですから。
記憶が消されるというなら、思い出にはならないという事なのでしょうか?
“思い出”と“今”なら、わたくしは“今”をなんの迷いもなく選ばせていただこうと思います」
「のっぺらぼう、お前の気持ちに従うことにしよう。もう後悔しても遅いぞ……?」
俺とテミスは、特に言葉も交わしていなかったが、同時に彼と置行堀との直線状に立っていた。
「はははははっ。後悔は、思い出があってはじめて成立するはずですが、フランさんはおかしなことを言いますね?」
のっぺらぼうのその笑い声が、妙にそれから俺の耳に残っていた。
ビシャアアアァッ、ビシャアンッ!!!
「きたぞ!!」
俺とテミスに気が付いた置行堀の主が、予測通りに黒い水の弾を放ってきた。
触れたものに寄生する、目くらましのある弾だ。
俺とテミスは、向かってきた水の弾を素早く避けた。
避けた結果、後ろに控えていたのっぺらぼうに弾は向かっていった。
直後、皮膚一枚しかないその独特な顔面に、水の弾が直撃した。
「ぐっ……!!」
彼の顔に当たった黒い水は、すぐに付着面を広げ、その顔に寄生を始めた。
黒い水が、彼の顔全体を覆いつくす。
「お、おお………視界が……何か……見えてきます!!」
「だ、大丈夫か?……ほんとにこれ」
「肌色が、黒い水で見えなくなっていきますね……」
「ああ…!! これです! わたくしが見たかった、光景!
そう、彼と一緒に見たかったんです。
今、横を向けば彼もいます。
懐かしい、間違いなくあの時の彼です。
彼もこの夜空に顔をあげています。
この無数に散りばめられ、きらきらとバラバラに光り続ける星の群れ。
この年はやけに空気が澄んでいたのかもしれません。天の川が、青色にも紫色にも、緑色にも灰色にも見えます。
綺麗だ。とても綺麗ですよ。
こんな星空を、……もう……わたくしは……二度と見られない……なんて……。こんな悲劇が、他にどこにありますか……。
う…うっうっ………どうして、わたくしの目は、彼のいる世界をこんな風に映しだてくれないんでしょう……わたくしだけが…………どうして……ッ」
「……!!」
「フラン。黒い水の中に、透明な水がちょっとだけ混じっているような…?」
「テミス。……それ以上言うな」
のっぺらぼうは、顔に目くらましを寄生させたまま、ひざまずいて、両手を地面につけ、うなだれたのだった。
顔には、目も鼻も口もない。
当然だが、彼はのっぺらぼうなんだ。
その顔に置行堀の主の黒い目くらましを受けても、別に表情なんてものはわかるものではない。
でもその時だけは、表情がどのようになっているのか、簡単に想像できると思った。
クエストがクリアされれば、きっと彼のなかで、この事はなかった事になってしまうのだろう。
もう後悔さえ出来ない穴のあいた記憶だ。
けれど、俺とテミスの記憶には彼が残り続けるはずだ。
彼が、ずっと友人と天の川を見たがっていたという事。
俺達なら思い出すことができる。
それが彼へのせめてもの“なぐさめ”になるような気がした。
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