11 言霊使い
例のごとく、ローディングの暗闇から視界が明るくなると、俺達は広い湖のほとりに立ち尽くしていた。
これが『極楽浄土』の『五色沼』というステージらしい。
おそらく、現実世界の五色沼を模して造られているのだろう。
現実の五色沼とか俺は行ったことないんだが。
時刻は昼下がりくらいだろうか。
太陽が、雲に遮られたり顔を出したりを繰り返している。
俺とテミス、ノセノセの三人は、お互いが近くに立っていることを確認すると、少し離れたところにいる男のほうを向いた。
男は落ち着いた紺色の着物を着て、朽ちかけたベンチに腰を掛けていた。
【あれがこのクエストの敵:言霊使いです。】
だよな。
ナビ子さんに後押しされて、彼が敵だという予想が確信に変わる。
俺達三人は、特に会話を交わすことなく、皆一様にあの男のほうへ歩み始めたのだった。
少し歩いて、まだ数十メートルも彼との距離があるといったところで
「君たちが次のプレイヤーか」
直後、ザスッと小さく音を立てたのは、その男が広げた扇子の音だった。
男は、その扇子で自分の口元を隠すと、細くあけたその眼差しをこちらへ向けて、次の言葉を続ける。
「ふーん、やる気はあるらしい。でも手段がないらしい。
君たちは一度、自分達のことを見つめ直してから私に挑んだほうがいい。
ほら、そこのフランという君。君は、いつまでそうやって【嫌な思い出】に浸っている気かな?」
「!!」
「フラン!?」
「ううっ……あれ、……さっきまで血液ゲージは70あったはずなのに……」
言霊使いの言葉を聞いた直後、俺の視界には、以前失敗してしまったクエスト【濡れ女子の話】の時と同じ景色が広がっていた。
雨の降りしきるバス停で、濡れ女子が話を続けている。
「――――――彼を乗せたバスは、このバス停よりもずっと遠くへ彼を連れて行ってしまいました。
彼の中にいる私は、ただ別れを惜しんで泣いただけの『困った女』でしかなかったに違いありません。
私の苦しみなど、到底彼には届かないのです。
けれど、この想いが気付かれないと知ってもなお、どこか彼を想い続けている自分がいました。
私は気の毒な子でした。
あわれで、救いようのない、間抜けな女でした。
誰かに救いを求めたくても、それはできません。
それは無駄だとわかっています。
きっと心から好きだった彼のことを、私は忘れられないからです。
あなたにも、そんな心を縛り付けるお相手がいますか?
もしいるのなら、こんな後ろめたい気持ちに、涙するようになってはいけませんよ」
俺が途中で卒倒してしまい、最後まで聞けなかった【濡れ女子の話】だ。
確かに俺には、たまらなく【嫌な思い出】だ。
俺は、自分の血液ゲージを確認した。
血液の現在値:35
そう表示されている。
視界に広がる【嫌な思い出】のせいで、俺の血液ゲージはいつの間にか、眩暈を起こす30のラインまであと少しだ。
うう、頭が重い…!
まずい、もう少しで眩暈に襲われる…!
そばに居たテミスは、俺の様子がおかしいと察したようだったが、なぜか<ヘヴンシャニティ>を俺にかける事はなかった。
事態を理解出来ていなかったテミスだったが、とにかく言霊使いが俺に何かをしているらしいという事は察したらしく、すぐさま彼への攻撃にかかる。
「焼き焦がしてあげる」
テミスは静かにそう呟いて、<天雷>を言霊使いに放った!
だが、<天雷>の落ちたそのベンチに、言霊使いはもういなかった。
「どこに向けて撃っているんだ?
今のはもしかして、私を狙って撃ったのか?
だとしたら、君はベンチではなく、すぐ右横に撃つべきだったかもしれない。
テミスという名の君は、ずいぶんとノロマな奴だ。
…ああ、その泥沼のような足元では、ノロマにもなるはずだ」
「……!?」
「テミス!!!」
瞬間、毛足の短い草しか生えていなかったテミスの足元が、急に沼地のようにぬかるんだ地面となり、彼女の足を飲み込んでいった!
それからあっという間に、テミスは肩まで沼の中へ浸かってしまったのだった。
「魔術が……!」
テミスは身体の自由を奪われてしまった。
同時に、それは魔術を発動させる自由も奪われたに等しかった。
なぜなら多くの魔術は、両手や両足を介して発現するからである。
「やっぱすごい厄介だね……いきなりピンチ。あははー、予測しといてよかったけど、できれば使いたくなかったなぁ。…<マージナルリング>!」
ノセノセが<マージナルリング>と口にすると、急に言霊使いの足元の原っぱから無数の蛇が現れ、彼の両足を拘束した。
どうやらノセノセが使えるアクションコマンドらしい。
俺とテミスにはまだその名前さえ教えていなかったが、見たところ敵を拘束できるものだとわかる。
「ふふ~ん? どっちがノロマなんだろうねー?」
「…………」
足が拘束されている言霊使いに、ノセノセが煽りの言葉をぶつける。
(ノセノセのやつ、あんな技持ってたのか! でもノセノセの『発動速度』の欠損はどうやってカバーしたんだ? …あいつ普通にいいタイミングで発動させたように見えたけど)
俺の疑問に、ナビ子さんが無機質な反応で教えてくれた。
【いいえ。彼は確かに『発動速度』の欠損を受けて、発動しています。言霊使いがフランさんに【嫌な思い出】を見せた辺りから、すでに何かしていたようですが】
なるほど。あらかじめ発動時間を考慮してコマンドしていたって事か。
ノセノセも、自分なりにあのアバターならではの戦い方を追求しているらしい。
俺は俺で、頭が重いこの状態をなんとか打破したいものなんだが……。くそっ!
このひどい頭痛のせいで、魔法の一つも発動できない。
「フランという君は、さっきの【嫌な思い出】のせいで、ストレスが溜まっている事だろう。
なら、私も少しくらいは、君に手助けしてあげるよ?」
言霊使いはそう言って、頭痛で動けなくなっていた俺へ向け、細く鋭い三本の管を投げた。
彼は、ノセノセの蛇によって身動きの取れない状況だった。
がしかし、着物の折り目に仕込んでいたらしいあやしげな小道具を投げるくらいは造作もないようだった。
「これで血を抜いてあげよう。気が楽になるはずだ」
言霊使いから勢いよく投げ放たれた三本の管は、ザシュッと音を立てて、俺の身体に突き刺さった。
それから嫌な間があって、その管の中を通った俺の血液が、ボタボタとむごたらしく地面にしたたり落ちていくのだった。
「……うあああああああああ!!!!」
「フラン!!!」
大量の血が一度に三本の管を伝って流れていく。
自分の大量の血に軽いパニックを起こしている俺に、ノセノセも動揺を隠せなさそうだった。
俺の血液ゲージ……血液が!!
「……って、あれ!? 今、一瞬血液の量が53って……?」
目の錯覚か!?
さっきの【濡れ女子の話】の時に見ていた血液の現在値とは、違う現在値が表示されていたが…。
【それは言霊使いの『白昼夢』と呼ばれる技の効果です。】
ナビ子さん!!
いや、あの人の技の話はとりあえず後だ。
それより、今はこの流れ出て止まらない血液をなんとかする必要がある!
「フラン……」
「ん? テミス!?」
慌てふためく俺に、テミスが落ち着いた口調で話しかけてきた。
「私の血液を…吸えば、少しの間は…助かる……」
言霊使いによって、足元から肩まで地面に飲み込まれてしまっていたテミスが、首筋を俺に見せてそう告げる。
身体の八割は埋もれているし、今の状況で一番吸血に適した箇所は首筋かもしれないが…。
相変わらず無表情一辺倒だが、真っ直ぐに俺を見て言ったその言葉は冗談じゃないらしい。
「……テミスの血液を、首筋から吸うのか?」
(これ、大丈夫なのか!? 確かに以前、ナビ子は味方から吸血できると言っていたが、まだ俺一回もやったことないし)
【可能です。
『吸血』は、血液欠乏状態にあるプレイヤーが、血液ゲージに余裕のあるプレイヤーから助けてもらえるもっともポピュラーな手段です。
種族やレベル差を問わず行なう事ができ、魔法やアイテムによる回復よりもやや早く回復できる、非常に手軽な行為だと言えます。ただしデメリットとして――――――】
血液の現在値:33
時間がない!!
これはナビ子さんの説明を聞ききるより先に、欠乏状態に陥りはじめる速度だ。
俺は、血液ゲージの減っていく速さを見て、そう確信した。
俺は意を決し、剥き出しにされたテミスの華奢な首筋に、自分の特に尖っていた八重歯を突き立てたのだった。
一応だが、俺は決して妙な気持ちになどなっていない。
こんな状況下で、なってはならないぞ俺。
…ガプッ
「!!」
テミスの首筋に歯を突き立てた瞬間、彼女の身体が少しだけ痛みに震えたような気がした。
次の瞬間、ナビ子さんが脳内で状況の整理を始める。
【『吸血』を行ないます。
……フランさんは、『吸血行為』により、他者の血液を吸い始めました。
ただし『吸血』のし過ぎにはご注意ください。
『吸血』を長く行うと、吸われた者が完全な行動不能状態に陥る可能性があります。また、吸っている間は、両者ともに一時的な行動不能状態であるという判定となります。】
血液の現在値:36
ふむ。
本当に、吸血でじわじわと回復している。
俺は、テミスの首筋から彼女の血液をもらいながら、頭の中に流れているナビ子さんの説明を心して聞いていたわけだが、……行動不能状態の判定!?
(一時的な行動不能状態の判定だって!?)
【『吸血』を行なう際は、吸う側・吸われる側、その両者が一時的な行動不能状態であるという判定となります。
これが、『吸血』による最大のデメリットです。
クエストの参加者が他にいない場合は、この一時的な行動不能状態により、クエスト失敗となりますので、状況に応じて使うことを推奨しています。】
参加者……。
今回の場合は、ノセノセがいるからまだ大丈夫だとは思うが……。
危なすぎる。
二人きりの時じゃなくてよかった。
「これでフランの血液も大丈夫そうだなー! これなら言霊使いも行けるんじゃない?」
俺とテミスが一時的な行動不能状態になっているとも知らず、ノセノセはのんきな様子である。
「へびの君は、もう少し状況をしっかり“見た”ほうがいい。一体いつから、こんな場面で“両の目を閉じきる”などという酔狂に走っているんだい?」
「は?……って、なんだ!? 全然前が見えないんだが!!??」
言霊使いの言葉を聞いた直後、ノセノセの視界は真っ暗闇になってしまった。
続けて、言霊使いがセリフを吐く。
「暗闇に怯えることはない。
暗闇の中をよく見るんだ。
よく見ると、大きな姿見鏡があるだろう。
そうして、そこに映る君自身を見て、へびの君は思うわけだ。
自分の髪は、なぜこうも邪魔くさいのだろう。と」
言霊使いは、俺とテミスが一時的な行動不能状態であることをいい事に、ノセノセと一対一での勝負を仕掛けているらしかった。
言霊使いの足元は、依然としてノセノセの技によって拘束され続けていた。
がしかし、それでも彼の口をふさがない限り、投げかけられていく言葉が止められることはなかった。
「一番最近、髪を切ったのはいつだろうか。
いつまでもこのまま髪を伸ばしておくのは、うっとうしい事この上ない。
それがわかっているなら、もう答えは一つしかない。
大丈夫。
大丈夫だ。
ほら、ここにハサミを用意した。
君の右手が届く、すぐそこだ。
このハサミで、そのうっとうしい髪の毛を切り落としてしまおうか
きっと気持ち良いに違いない」
ノセノセは言霊使いのセリフに耳を傾けていた。
真っ暗な視界の中に、一枚だけあった姿見鏡。
その目の前に立つ自分と、鏡の中に映るもう一人の自分。
鏡の中に映るもう一人の自分が、鏡の前にいる自分の右手に、ハサミを手渡そうとしてきていた。
「ああ、そういえばずっと髪を切っていなかったかもしれない」
ノセノセはそう思いながら、鏡の中からハサミを受け取った。
確かに手渡され、握った右手のハサミ。
それを使って、ノセノセは自分の髪の毛(蛇達)をハサミで切ろうとしたのだった。
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