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ヒューマンドラマ

獏喰え 獏喰え

作者: くろたえ

お通夜は初めてだ。

お爺ちゃんが死んだとき、僕は喘息が酷くてずっと寝ていたから。

そりゃあ、お婆ちゃんは好きだけれど、泣くとかないし、あんまり思い出もない。

 お婆ちゃんが死んだ。


 お婆ちゃんちで家族も親戚も、皆忙しくしている。

お爺ちゃんが死んだときは、僕の体調が悪くて家で留守番をしていたから、こういうのは初めてだ。

 今夜はお通夜だ。

家族はお客さんのお相手をしなければならないので、僕が2時間だけお線香の番をすることになってしまった。

それは嫌だった。だって怖い。お婆ちゃんは好きだけれど、お婆ちゃんの死体がある部屋に一緒に居なければいけないのは、ただただ怖かった。

僕は、「うん」とは言えなかったけれど、他の仕事は出来なかったから、やっぱりやらなければならないのは判っていた。

お母さんは言った。


「ただ、蝋燭とお線香が消えないように、してくれれば良いのよ。ゲームをしていていいから」


 お母さんは、自分のお母さんだから、そんなに簡単に言えるんだ。

僕は、お婆ちゃんになったお婆ちゃんしか知らないもの。


 僕が線香番をすると聞いて、親戚のおばちゃんが言った。


「お線香はね。亡くなった方のご飯になるんだよ。お婆ちゃんがあの世に逝く旅で、お腹が空かないように、しっかり見ていてやってね」


 蝋燭は足元を照らして、お線香は死者のご飯になるんだそうだ。


 僕は10年生きているけれど、そんなこと初めて知った。


 線香番になると知ってから、お線香がどれくらいで燃え尽きるのか時計を見たら、だいたい40分くらいだった。

つまりは、3回はお線香の交換でお婆ちゃんの傍に行かなければならないのだ。


 3回が多いのか少ないのか分からない。


 でも、蚊取り線香みたいな渦巻の線香が通販で売っているし、それを買えば8時間くらい余裕なはず。なんで、そういったのを取り入れないかな。 蝋燭は、大きな物を用意すれば良いし、良い香りのものもあるから、消毒アルコール臭い部屋の臭いがなくなるじゃないか。


 それらの思いは、一言も言えなかった。

お母さんの目は赤いし、親戚のおじさんやおばちゃんも、皆泣いた後の顔をしていた。


 大人も泣くんだな。


 僕は先に夕ご飯を食べさせられた。

仕出しのお弁当だ。煮物や山菜とかばかりで、お肉もお魚も入っていない。ついでに言うとウインナーも卵焼きも入っていない。全体的に茶色いお弁当をモソモソ食べた。

お婆ちゃんは、もう、何も食べれないんだ。煙だけなんだ。


 僕が食べている間に、慌てて来たみたいな人がお婆ちゃんにお線香をあげていた。

お婆ちゃんに何か話しかけている。人の形に膨らんだお布団をポンポンしている。

怖くないんだな。


 時間が来てしまった。

僕はゲーム機を持ってお婆ちゃんの寝ている仏間に入った。


「トイレとかの時は声を掛けてね」


 お母さんが、お客さんにお弁当を渡しながら言った。

僕はただ頷いた。


 襖が閉まる。

10畳くらいの仏間だ。

前に来たときは、ここに大きなコタツがあって、お婆ちゃんも家族もみんなで入っても余裕だった。

あのコタツを移動させるのは大変だったろうな。


 部屋の上にはぐるりと御先祖様の写真があった。

睨みつけているようだ。

いや、音楽室のベートーベンより怖くないはず。だって、ご先祖様だし。


 僕は閉められた襖に寄りかかって座り込んだ。

お線香も蝋燭も交換されたばかりだ。

暫くは大丈夫。

 奥でワイワイとお客さんの声がする。お通夜って、もっとひっそりしているのかと思っていた。

お婆ちゃんの思い出話をするのが、供養で、生きている人にとってもケジメになるって言っていた。良く分からない。


 ゲームに没頭していたけれど、携帯電話のアラームで35分経ったのを教えてくれた。


 僕は、そろりそろりと部屋の端を歩いてお仏壇に近づいた。

お線香が小さくなっている。

1歩分いっぽぶん離れた場所のお布団がズレた形跡はない。うん。動いていない。うん。当たり前だ。

 お布団に背中を見せないように、お線香を交換した。新しいのに火を点けて火を手で払ってから小さいお線香を灰の中に埋めてから挿す。

お線香が何本もあると、迷ってしまうそうだ。

ついでに、蝋燭の箱を見つけて燃焼時間の確認をする。2時間か。最後くらいに交換しないとな。

 そして、また同じ部屋の隅のルートをたどって、入り口の襖まで着いて座った。

少し胸がドキドキいっている。やっぱり僕は怖かったんだ。

だって、布団から腕が出たり、顔の布が取れたりしたら、普通にホラー映画だ。最初に殺されちゃうモブだよ。


 そんな事を考えながら、またゲームを再開した。


 ふと気付いたら人の気配がなくて、しんと静まり返っている。

 

 なんで、こんなに静かなんだろう。

お婆ちゃんの布団が、なんだか近づいたように感じた。

変だな。なんだか、変だな。

天井のご先祖様の目が、僕を見ている。

気のせいだよね。

背中に冷たい汗が伝う。ゲーム機が手から滑り落ちた。

カシャ

それは小さな音だったけれど、絶対にダメだった気がする。


 お布団が変だ。

静かに寝ていた人の形が、布団の内側からモコモコとうごめいている。

何?腕で叩いているの?沢山の腕で?何かが出ようとしているの?

何が?

布団の端がめくれて、ゆっくりと両腕が真上に上がった。

白い着物は肘で止まって皴だらけの腕が出た。お婆ちゃんの腕のはずなのに、青黒くて爪が長く曲がっている。

お婆ちゃん?

ゆっくりと上半身が起き上がろうとしている。

なんで、こんなにお布団が近くになっているの?

僕の足に布団の端があたる。

嘘だ。

嘘だ。

こんなのは、嘘だ。

お婆ちゃんじゃない!


 遠くから何か聞こえた。


「・・・ばく・・・くえ・・・ばく、くえ・・・」


その声に聞き覚えがあった。


「獏喰え。獏喰え!」


言葉ははっきりと聞こえた。



 はあっ!


僕は眠ってしまっていた。 胸がドキドキしている。

慌ててお布団を見る。お仏壇のそばで僕から離れた場所にある。元々の場所だ。


夢だったのだ。


ふう。息をついた。

お仏壇のお線香はもう少し大丈夫だ。


 僕は小さい頃喘息が酷くて、短い期間だったけれど、お婆ちゃんとお爺ちゃんのこの家に住まわされていた。大きくて古い家は怖かったけれど、田舎なので空気は良いはず。と冬休みの間、預けられた。


 上を見た。あ、お爺ちゃんの写真だ。写真は怖い顔だけれど、本当はもっと優しい顔をしていた。


 喘息で息苦しい夜は、毎晩、悪夢を見た。

息が出来ずに熱が上がれば悪夢も大量に見るもんだ。

その度にお婆ちゃんは

獏喰ばくくえ、獏喰ばくくえ」って呪文を唱えた。

そして

「悪夢は獏が食べてくれたよ。安心して眠りなさい」

って言ってくれた。

汗で濡れたパジャマをお爺ちゃんが取り替えてくれた。

そうだ。

お爺ちゃんも、お婆ちゃんも、優しかったんだ。

あんな悪夢の出来事を僕にするはずがない。


 そろそろお線香が短くなってきた。

もう、部屋の端を通らずに真っ直ぐにお仏壇に向かった。

お線香を交換する。


 その後なんとなく、お婆ちゃんの傍に座った。

もしかしたら寂しいかも知れないと思って。


 それに、さっきの声はお婆ちゃんだったから。


お婆ちゃんの声だったんだ。



 2時間が経っていて、交代の親戚のおじさんが来た。


「おお。良い子だな。怖くなかったか?」


「お婆ちゃんですから」


「うんうん。そうだよな。婆ちゃんだもんな。ちゃんと線香番をしてくれてありがとうな。もうお母さんの所にいって休みなさい」


「はい」


僕はゲーム機を持って部屋を出る。


お母さんが、台所に居た。


「あら、そんな時間なのね。お線香番をありがとうね。そっちの部屋に布団が敷いてあるわ。先に寝なさい」


「うん」


 僕は部屋にいって、パジャマが置いてあるのを見つけ着替えて、お布団に入った。



そして、あの時聞いたお婆ちゃんの声を思い出して、悲しいというよりも寂しい気持ちになって少し泣いた。


「お婆ちゃん。ありがとう」


お布団の傍に居たのだから、その時に言えばよかったと思いながら眠りにつく。



夢も見ずに静かに眠りの世界に入っていった。


獏が本当に悪夢を食べてくれるのか分からないけれど、悪夢を見た時は、いつもお婆ちゃんが唱えてくれた。

僕は元気になったら、それを忘れていた。


お婆ちゃん。僕、喘息が治ったよ。

あと、さっき、助けてくれてありがとうね。

ああ、さっき言えば良かったな・・・



子供が眠りにつくのを見守る影があった。

眠りについたのを確認して、ふっと笑い、消えた。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 子どもの頃の祖母との距離感を思い出し、僕の気持ちと心の動きに共感しました。 遺体が怖いだけで終わらないでよかったです。 [一言] お婆ちゃんの優しさにほろりとしました。
[良い点] 家紋様の夢幻企画より参りました。 『死』に対する心の動きがリアルで、はじめはそこからのホラーかな…とも思ったのですが。タイトルの呪文とお婆ちゃんとのエピソードに胸が熱くなりました。最後の最…
[良い点] 子ども心に家族とはいえ、ご遺体は怖いですよね。 しかし身近で守って貰えると分かるとやはり大事な人だったと感慨深いものでしょう。 企画参加ありがとうございます!
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