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7.首狩り魔神と不幸な俺

アンリの声を契機にしたのかどうかはよくわからないが、チーカマの向こうの『首狩り魔神』の動きが活性化する。

アホみたいな話だが、チーカマ結界は長くはもたない。

風でチーカマがずれたせいではなく、アンリがこの状況に飽きてきたからだろう。

なぜなら俺が先程『首狩り魔神』の距離感を図るため、チーカマぎわで鉄パイプを振ってほこりを巻き上げていても、チーカマは微動だにしていなかったから。


吉二郎は決意した。

俺も彼の代理人として決意しなければならない。

俺は吉二郎に『首狩り魔神』の弱点を問いかける。


「吉二郎、お前が一番恐れるものは何だ。何がお前の正気を失わせた。」


正直、ネズミと言われると困るな、と思った。さすがにチーカマであいつは切れないよ。


コヮぁ ィ

ぼク が クわレ る

ぁアィ や ダ ァぁ ァ


その瞬間、俺の脳裏に吉二郎の記憶がフラッシュバックする。

俺が見た吉二郎の記憶では、一番最初のネズミは恐ろしくはなかった。

吉二郎が恐怖し正気を手放したのは、最初のネズミが去った後だ。

痛みという実感もないまま不可逆的に壊れていく左腕。抵抗もできないまま少しずつ食われていくという自分の行く末を理解してしまった時。

恐怖の根源、吉二郎が恐れるものは彼の壊れゆく左腕だった。


尾ひれはどんなに恐ろしくとも、所詮尾ひれだ。

どんなに歪んでも『首狩り魔神』は基礎となる吉二郎を否定できない。


俺は『首狩り魔神』の左腕を見る。その腕は力強く拳を握りしめていた。

吉二郎が弱点として指定する左腕を破壊するか切り落とす。

それが吉二郎のオーダーだ。


俺は『首狩り魔人』を倒すための作戦を立て直す。

駅のホームはすぐそこだ。都市伝説の外側で今が何時かわからないが、たとえ怪我をしてもホームにたどり着けさえすれば、なんとか治療は間に合うだろう。

それに、俺が『首狩り魔神』を倒せたならば、アンリにとって俺が生きている方が『《《面白い》》』。


俺は2、3度頭を振って切り替える。

方法は選べるほどない。失敗したら俺は死ぬ。ならば、成功のために。

俺は左腕を諦める。


俺の作戦はこうだ。

壊れた俺の足では『首狩り魔神』を捉え切れない。ならば、チーカマ結界が決壊し、『首狩り魔神』が俺に襲いかかってきた瞬間にカウンターをきめるしかない。

『首狩り魔神』の一撃は早くて重い。両腕でないととても受け切れないし、今はもう両腕でも受け切れる自信がない。『首狩り魔神』の左腕を狙うために、俺は俺の左半分を犠牲にするしかない。


鉄パイプを左腕にくくりつけて頭の左前方にかざし、左腕とパイプの強度で頭をかばう。

これまでの傾向から、『首狩り魔神』の攻撃は上からの振り下ろし。

鉄パイプの強度で可能な限り威力を殺してずらし、頭を直接守る左腕で鎌の打ち下ろしになんとか耐えている間に、『首狩り魔神』の弱点である左腕を狙う。

『首狩り魔神』の膂力はまさに魔人に値する。左腕は良くて縦に二つ裂き、悪くて頭まで両断の未来が見える。しかし俺の壊れた左足ではこれにかける以外方法はない。

輪切りでなく縦裂きなら重要な血管が損傷する可能性は低いのかとか、頭に刃が到達するまでに相手の懐に飛び込めれば頭の致命傷は避けられるんではないかとか頭に浮かぶ。

これでも、楽観的に考えようと努めている。それ程に、『首狩り魔神』は強大で、状況は絶望的だ。



そろそろ時間だ。

ピリピリとした緊張感がただよう。吉二郎の力をまとった右腕にナイフを構える。可能な限りの想定は完了した。あとは、なるようになれ、だ。


チーカマがふよりと風に待った瞬間、『首狩り魔神』は鎌を打ち下ろす。

俺は左腕を頭にかざし、動く右足に可能な限りの力を込め、『首狩り魔神』の懐に飛び込む。


そこで、想定外のことがおきた。


「エィッ」


という可愛い掛け声とともに投げられたチーカマ(丸1本、未開封)が『首狩り魔神』の頭にぶつかった。

ビニールで包装されたチーカマは『首狩り魔神』を両断したりはしなかったが、予想外の攻撃に『首狩り魔神』は一瞬動きを止めた。俺はなんとか『首狩り魔神』の懐に飛び込み、右手に導かれるまま、ナイフで『首狩り魔神』の左手首から肘までを切り裂く。


「今だ吉二郎! 『首狩り魔神』を否定しろッ!!」


吉二郎と『首狩り魔神』を隔てる鏡は俺が壊した。吉二郎自身は貧弱でもこの都市伝説のコアだ。その存在はただのうわさより圧倒的に強い。

その時、『首狩り魔神』は確かにゆらぎ、ほこりっぽい風が『首狩り魔神』を駆け抜けた。


俺は、吉二郎が『首狩り魔神』と決別し、箱庭を閉じたことを理解した。




急に音が戻る。これまで感じられなかったざわざわとした人の息遣いが感じられた。

いつのまにか『首狩り魔神』は奇麗さっぱり消えてなくなっていた。

都市伝説がなくなる時は、何もおこらない。都市伝説が消える時は、誰もうわさをしない。いつのまにか、誰もが全てを忘れてしまう。


俺は隣でフンス!とチーカマを掲げるアンリを見遣る。

こいつ絶対『首狩り魔神』を倒したのは自分だと思ってるな。まあいいか。


俺は自分の体を確認する。

左腕と腹の軽い切り傷、それから左足。左足は痛みを無視すればなんとか動きはするが、ヒビが入るか筋を痛めているかはしていると思う。左腕を失うことを覚悟した俺にとっては、上出来な軽症だ。

アンリとチーカマのどちらに感謝すべきだろうか。


アンリの水筒から水をもらい、顔や体の血や汚れを軽く拭き落とす。その辺に落ちていた木切れを添木がわりに、持参した包帯で固定する。


乾いた風が早く行こうと俺を催促する。

アンリはチーカマをしまってチョコを取り出す。カバンにはあと3袋ほどのチーカマが見えた。

どんだけもってきてんだよ。


俺はアンリに先を促すが、左足がうまく動かない。情けないが、1人でうまく立ち上がれなかった俺は、アンリに肩を借りた。

アンリの香りが鼻腔をかすぐる。幸運の匂いだ。


「そういえば、お前、結局願い事なんにするんだ?」


俺はチョコをポリポリかじりながら隣を歩くアンリに問いかける。

俺の左足をかばうように寄り添っていた風が、なんのこと? と言うように流れる。


「えっうーん、面白いこと?」


「そんなこと言われても、魔神だって困るだろ。そういや菊チョコラがどうとかいってたけど?」


「あ、そうそう、菊チョコラ食べたい。」


その瞬間、風はチョコラの袋を駆け抜ける。


「キスチョコラの中に、底の波が16枚ある菊チョコラがあるってうわさでね。そうそうこんな……えっ菊チョコラ!?」


アンリは目を丸くして手に持ったチョコラの底を真剣に点検する。そして、うん、と大きくうなずいて、せっかくの菊チョコラを惜しげもなく口に含んだ。


「えへへ、これで面白いことが起こるかも」


ヘラッと笑うアンリ。

俺はその永久機関の意味と面白いことの定義が知りたい。


「そんで、ハルくんのお願いはどうするの?」


「俺のお願いか……」


都市伝説を生き残るという俺の願いはかなった。

それなら、


「平穏な生活がほしいな」


驚愕したような、申し訳ないような風が俺の周りをくるくると回った。


「ハルくんて、ちょっとおっさんくさい」


そんな言葉を聞きながら、俺たちはアンリの強ラックによって、血塗れにもかかわらずなんの指摘も受けずにホーム上に、日常に戻った。





それからのことは、結構大変だった。

何を血迷ったのか、ホームに戻ったアンリは、駅員に俺が殺人鬼に襲われたと申告した。天然すぎるだろ。

駅員はあまり本気にせず、足を引きずる俺に階段ででもこけたのだろうと、親切に救急車を呼ぼうかと言ってくれた。俺は丁寧に断り近所の病院に行った。

結局、筋挫傷と結構やばいところにヒビが入っていて、3ヶ月ほどギブスで過ごすことになった。

おかげでバイトを辞める羽目になる。俺の不運は勤勉である。


もっと大変だったのはその後だ。

都市伝説がなくなっても、都市伝説の尾ひれによって生じた悲劇はなくならない。

俺が帰還した翌日、大量の死体が辻切センター駅付近の線路内に投棄されていたとニュースになった。死体は新しいのも古いのも合わせて58体に上り、いずれも身元は判明していないらしい。

警察は直前に殺人鬼に襲われたと申告した俺を探しているようだが、今のところバレていないようだ。

わけのわからない不幸に頻繁に巻き込まれる俺は、極力身バレしないことを心がけて生活している。

それとも、吉二郎が頑張ってくれたのかもしれない。


珍しいこととしては、アンリが不幸な目にあった。

俺たちがホームを出たのは火曜の午前だった、

アンリが地下鉄に入ったのは土曜であり、実に3日も地下で過ごしたことになる。

親には日曜に帰ると言っていたため、2日間の無断外泊となった。アンリの時間差トリックは崩壊した。強運のアンリといえど、過去の自分の発言をなかったことにするのは難しい。

ちなみに、アンリの両親には火曜の朝までは全く心配されていなかったとのこと。


もう一つ珍しいことに、俺に幸運があった。

アンリは当然ながら無断外泊をした自覚がない。なぜ私が悪いのかと家族と大喧嘩して、お盆前には寮に帰ってきた。

俺の夏休みは、例年より格段に平穏になった。吉二郎に深く感謝しよう。

でもやっぱり、変なことに巻き込まれたのは別の話。


吉二郎といえば、俺には霊感がない。

都市伝説が影響を及ぼしていた線路からホームに出た瞬間、俺は吉二郎の存在を感じられなくなった。

でも、吉二郎はやはり俺の周りにいるのだろう。だから、俺はまだ『首狩り魔神』のことを覚えている。

アンリは夏の終わりには『首狩り魔神』のことは奇麗さっぱり忘れていた。東矢は……多分認識している。知らないふりを装っているが、わりとバレバレである。


『首狩り魔神』の都市伝説は終了した。基礎となる事件が店仕舞いしたので、もはや尾ひれがつくことはなく、忘れられる運命にある。

もう店仕舞いしたあとだから、俺が『首狩り魔神』のうわさを流しても新たな都市伝説になる心配はない。

それに、吉二郎の名誉のためにも、俺が人に話すことはない。

読んでいただきまして、ありがとうございます。


もともと、東矢一人を主人公にした学園少し不思議ものの話を考えていたのですが、夏のホラー2020のバナーを見つけて、急遽「駅」をテーマに試しに書いてみました。


説明過多でくどすぎるとか、説明下手で意味わからなすぎるとか、率直なご意見いただけるとありがたいです。


今後は同じテイストの短編をいくつか書いて、登場人物のキャラを確定して東矢君か藤友君のどちらかで本編を始めたいな、と思っています。


次回作も読んでいただけると大変うれしく思います。

またのご来店をお待ちしております。


追加:Novel Days用の表紙絵

挿絵(By みてみん)

追加:神津市観光課の職員が作成中のMAPに今回の位置関係を書き入れたもの。

挿絵(By みてみん)

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