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6.首狩り魔人と不幸な彼

ヒロインは最狂。

前々から思っていたことがある。

アンリ自体が何かの都市伝説ではなかろうか。

狂っているだけではなく、おかしな事象を発生させている。




少し時間を戻す。

俺は時間をかけてひと通りの準備が完了したことを確認した後、アンリに呼びかけ、『首狩り魔神』の召喚を依頼する。


「アンリ、そろそろ『首狩り魔神』が来るかもしれない」


「えっほんと!?」


期待に目をきらめかせてアンリは俺を見つめる。

そもそもアンリの強運のもとでは、アンリが真剣に望めば大抵の願いは即座にかなう。

だがアンリは狂戦士であって魔法使いではない。敵がたまたま落ちていたバナナの皮で転んで勝手に死ぬことはありえても、何もない空間から火を作り出すとか人に不可能なことはできない。


今までアンリが『首狩り魔神』を望んでも現れなかったのは、この都市伝説がアンリが望む『首狩り魔神』のプリセットである、見た目も愉快なカンパパ親分を用意できなかったからだ。

都市伝説の尾ひれは、次にうわさする者がありうると考えられるものでなければならない。普通、線路の奥にパンツいっちょの覆面親父がいるとは想像できない。尾ひれが用意可能な常識的な怪異の範囲を超えるのだ。怖がらせる目的で笑わせてどうする。


だが、俺の想定はあり得るものだ。

『身長180㎝程度のヒョロ長体型で人を襲うための棒を持っている』。

恐怖が感じられる怪異のテンプレートとして、実に想像しやすい。


アンリは期待を込めて部屋の入り口を振り向いた。

すると、ザッ、ザッという足音が部屋の外から近づいてきた。

俺が最初に聞いた『首狩り魔神』の足音よりも、気持ち小さい気がする。小型化には成功しただろうかと少し安堵する。


足跡を確認したアンリは、尊敬を込めた目で俺を振り返る。

……なぜそんなに嬉しそうなんだ、坂崎安離(さかざきあんり)。『首狩り魔神』だぞ、首狩られるかもしれないんだぞ。

俺は鉄パイプを握る腕に力を込めた。



やがて、室内から放たれるライトがギリギリ届く場所に『首狩り魔神』の爪先が現れた。続いて膝、腰、そしてやがて全身があらわになったとき、俺は戦慄した。


これが『魔神』か。

まさに異形。


確かに身長は指定した通りの180㎝、しかしその体の半分が足、半分が胴体、頭はなかった。ヒョロ長いというよりは、細身の鋼のような肉体。そして、両腕は膝ほどまでの長さがあり、棒ではなく造林鎌とでもいうのだろうか、150㎝ほどの長い棒の柄の先に鎌をつけた凶悪な武器を握りしめていた。ゆらゆら揺れる鎌は死神の鎌にも見え、首を狩るのにぴったりだ。

まさに人を恐怖させ、正気を失わせるために用意された姿。


俺の内心が叫び声をあげる。

ちょ、アンリ! なんつう凶悪なものを想像してるんだよ! 尺が気に入らないからって頭を省略するバカがあるか! 『首狩り魔神』が首狩られてるんじゃねぇよ。

それにリーチが凶悪だ。長い腕、長い得物、あんなもので斬りかかられれば3メートル隔てても致命傷を負いかねない。

なお、ブリーフではなくボクサーパンツをはいている。


俺は戦略を立て直さざるを得なくなった。

当初の予定では、鉄パイプで生物共通の弱点である頭を横殴りで狙い、ひるんだところでナイフで腹部を刺すという一点突破の作戦だった。

頭はナイフで狙うには接近せざるを得ず危険だ。下手に素人が心臓を狙っても肋骨に阻まれる可能性がある以上、広い腹部を深くさして内臓をかき回す方が効果的だ。

しかし頭がない以上、頭は狙えない。体幹がしっかりしているため、胴体を鉄パイプで殴っても効果があると思えない。胸を突くとしてもリーチは倍だ。届く前に打ち落とされそうだ。ナイフで飛び込む? あのリーチでか?

なお、チーカマは結局有効な攻撃方法が思いつかなかった。


正直手詰まりだ。どうすればいい? どうしたら、ああッ畜生!


俺がパニックに陥りかけた一瞬の隙をついて、アンリが前に出た。


「なッ! アンリ戻れ!」


アンリは素早く『首狩り魔神』の正面に立ち、なにかを投げつけて、なぜか小さくガッツポーズをしている。


『首狩り魔神』の胸板から、白いものがヘナヘナと落下した。


あれは……細切りチーカマ……。


チーカマはチーズ入りの魚のすり身だ。どんな物理法則を用いても、さすがにすり身で魔神を切り裂けたりしないだろう……。


一瞬頭が真っ白になったが、俺は急いでアンリの襟首をつかんで引き下げ、代わりにアンリの前に出る。

『首狩り魔神』との距離は2メートル強。こちらの攻撃は届かないが相手の攻撃は届く距離だ。

振り下ろされた『首狩り魔神』の鎌が俺の左腕を軽く薙ぐ。鋭い痛みが走り、シャツが切れ、血が滴る。


「ハルくん!?」


「下がれッ!!」


前に出ようとするアンリを背中で押しとどめる。

チラリと傷口に目を走らせる。大丈夫だ。軽く表面を切られただけで問題はない。


「アンリ! お前は大丈夫だ! 何があっても死なない! だがお前が死んだら俺は確実に死ぬ! だから絶対前に出るな!!」


背後でアンリがうなずく気配がした。

俺が死んでもアンリは無傷なんだろうな……。

そんなことより目の前の『首狩り魔神』だ。

こいつは危険だ。一撃受けて痛感した。俺の力では何合打ち合えるか。


考える隙も与えず、『首狩り魔神』は次の一撃を振り下ろす。俺はかろうじて両手の鉄パイプで受けとめるが、同時にミシリ肩がきしむ。何という膂力。受け止めた腕と背中が悲鳴を上げる。

相手が引いたと思えばすぐさまに次の一撃が襲いかかる。

なんとか受け流しを試みたが、3撃目に膝が折れ、俺は情けなくも大きく体勢を崩し、後ろに倒れ込んだ。ストンという音とともに、鎌はそのまま円弧を描いて俺の腹の薄皮と左足を切り裂く。鋭い痛みが走る。致命傷ではないが足の筋をやられたかもしれない。左足が動かない。


焦る俺は無理やり右足で一歩下がり、鉄パイプを構え直す。切られた部位が焼けるように痛む。粗い呼吸はおさまらない。全身から汗が噴き出る。口から洩れる息が熱い。

『首狩り魔神』は悠然と鎌をかまえる。

次は防げない。左足は壊れ、避ける事はできない。受け止めても、腕が持たずそのまま頭を割られるだろう。


限界だ、ここが俺の精一杯だ。

これ以上、俺に打てる手はない。

逃げるか? この足で?

ここで俺が逃げてもアンリはかすり傷も負わない気がする。情けないが、俺の存在はアンリの安全にとって無意味だ。

いや、逃げても俺の運じゃ、どの道死ぬだけだな。

なら、アンリのラックが期待できるここの方がまだマシか。

アンリは俺の生存を願ってくれるだろうか。

坂崎安離は狂っている。こいつだけは本気でわからない。アンリの判断基準は面白いか面白くないかだ。

都市伝説の犠牲者として、俺が死んだ方が面白いと思うかもしれない。面白いと思えばより悲惨な末路が待っているかもしれない。


……なるべく痛いのは嫌だな。友達が痛がるのは、普通嫌がるよな? アンリは人が痛がるのを喜ぶたちでなかったと思う。その辺は願ってもらえないかな。

俺の希望はシュルシュルと縮小し、情けない後ろ向きな考えが頭を駆け巡る。

俺は諦めて軽く目を閉じた。




静寂。

数秒待っても痛みは襲ってこなかった。死んだという感触もなかった。

そしておもむろに喜びにあふれたアンリの声が聞こえた。


「やった! ハルくんやったよ! チーカマ効いてる! チーカマ!」


恐る恐る俺は左目を開けた。

目の前では、『首狩り魔神』が鎌を振り上げ、その後構え直し、また振り上げるという奇妙な動作を繰り返していた。


呆気にとられた俺は、アンリが指差す方を見た。

俺の足のほんの少し先に、細切りチーカマが奇麗に二列で並べられている。




ここで話は冒頭に戻る。

アンリは、都市伝説をこじ開け、『チーカマの内側に『首狩り魔神』が入ってこられない』という法則を発動させた。口裂け女のポマードと同じように、荒唐無稽なサイドストーリーを作り上げたのだ……。

よほど投げチーカマが効かなかったことが腹に据えかねたのだろう。アンリの頭はいかにチーカマを発動させるかしかなかったに違いない。きっと、俺の命も頭になかったんだろうな……。

やるせないような、気恥ずかしいような微妙な気持ちに襲われる。


アンリは満足そうにニコニコしている。

俺は鎌を上げたり下ろしたりしている『首狩り魔神』を観察する。

なんだかハメゲーみたいだ。

俺が死にそうになったのは何だったんだろう……。


しかし、これは千日手だ。

試しにナイフで刺せるか痛む足でチーカマぎわまで近づいたが、『首狩り魔神』はサッと間合いをとった。素早く動けもしない俺に、『首狩り魔神』は倒せない。

このままでは俺たちは『首狩り魔神を倒す』事はできない。今までの経緯でも、アンリは普通の攻撃や防御に関してはかけらも期待はできない。


ここで助けをまつか? こんなところで助けを?

第一俺たちがここに『いるかもしれない』ことを知っているのは東矢(とうや)だけ……


藤友(ふじとも)君、そういえば』


突然、倉庫内に東矢の無機質な声が耳元で聞こえた気がした。

東矢の声は話を続ける。


『都市伝説っていうのは、わりとわかりやすい類型の怪異なんだ。なぜって、どんなうわさを人は好むのか、それを追っていけば割合簡単に中身を解析することができる。うわさは人の希望を反映してどんどん増殖するけれど、大抵の場合、特定の強い意志は介在しない。何かの意思の力で、都市伝説が想定外の方向に無理やりねじ曲げられることは少ない』


そうだ、確かに以前、東矢がそう言っていたことを思い出す。


『でも一点だけ注意してもいいことがある。都市伝説はだいたい、何かの事件とその被害者の感情が基になっている。でも、その基となった事件の被害者は、面白おかしく改変された都市伝説の結末を喜んでいると思う?』


そんなことはない、と俺は首を振る。

事故や事件で口裂け女の元になった女性は、自らの傷を悲しむことはあっても無関係の他人の口を裂きたいと考えるとは思えない。もしそう思うのだとしたら、その女性自身が既に都市伝説に飲み込まれている。

東矢の問いに、俺はそう答えた記憶がある。

記憶の中の東矢は、少し寂しそうに微笑んで話を続ける。


『そう、だから都市伝説による事象を最も憎んでいるのは、基本事件の被害者である事が多い。彼ら、彼女らは都市伝説の中心で、都市伝説の牢獄に囚われている。自分の意思を離れて悲劇を繰り返す都市伝説を、目の前の特等席で止めることもできずに見続けるしかない。しかも、うわさはそれが、さも彼ら、彼女らの意思、望みであるかのように吹聴する。』


東矢は一旦口を閉じ、微かに俯いたあと、真っすぐに俺の目を見つめた。


『藤友君、君は、僕と違った方法でいろいろな怪異に巻き込まれている。もし君に余裕があったら……、多分ないことが多いだろうけど、できれば都市伝説が最初に何を望んでいたか、耳を傾けてもらえると嬉しいな。彼ら、彼女らも都市伝説を止めるために、君に力を貸してくれるかもしれないから』




東矢……。

俺は東矢の言葉をもう一度かみ砕く。


彼が望んでいたのは何だった?

人を殺したかったのか?

否、彼が欲したのは彼の苦痛の身代わりだ。

彼はすでに正気を失っていた。彼の頭に死体は人であるという認識はなく、ただの身代わり肉だった。生てるか死んでるかは関係ない、スーパーの肉だって問題ないだろう。


とすれば。俺の目の前にいる『首狩り魔神』は何者だ。

『首狩り魔神』の犠牲者の死体は線路のあちこちに無造作に転がっている。『首狩り魔神』は彼の欲した肉を用意しているのでなく、死を用意しているだけだ。彼の望みとは交わらない。


竹房吉二郎(たけふさきちじろう)ッ!」


俺は大声を張り上げて、彼の記憶の中で聞いた彼の名を呼ぶ。

ここは都市伝説の震源地。彼の死んだ特等席だ。


「お前の慣れ果てがあいつで満足なのか!?」


俺は彼を挑発する。

言いながら、カンパパ親分もあの首無しもちょっとないよなと思う。アンリはいろいろな意味でひどい。


しばらく後、ふわりと空気が揺れ、乾いた土の匂いが漂った。どこか、瓦礫を思わせる匂い。

吉二郎が最前列、俺の隣にいる気配を感じる。


「吉二郎。お前の望みはなんだ」


俺は吉二郎に問いかける。

空気が微かに、ゆっくりと震える。俺は声にならない振動を受け取る。


死ヌの は ィや だ ……


 こコ、ハ きラ ィ

ァれ、ハ コゥ ヮい……


「吉二郎、お前はもう死んでいる。だから最初の望みはかなえられない」


空気が悲鳴をあげるように強く震える。

だが、俺は彼に意味のない嘘をつきたくなかった。

彼は不幸に絡めとられて死んだ。田舎にいられず上京し、ろくでもないまま人生を閉じた。きっと騙されることも多かっただろう。一番苦しいのは、信じた言葉が嘘であることだ。不幸な俺は、それをよく知っている。

だからせめて、俺は彼に嘘をつきたくない。


「二番目ならば検討の余地がある。俺も大概不幸だから、ろくな人生を送れるとは思っていない。それで良ければ、俺と一緒に外に出よう。俺がお前を背負い込む」


乾いた風が疑わしそうに俺の周りを巡る。本当に自分を連れて行ってくれるの、と。

俺はいつもは幽霊は見えない。だから背後霊が一人増えたところで問題はないし気にもならない。

そもそも俺の運は0かマイナスで、たとえ吉二郎が悪霊だったとしてもこれ以上下がりようがないからな。

だから全く問題ない。

俺は頷いて、構わず話を進める。


「ただし、問題は三番目だ。お前も都市伝説に囚われている。お前が俺と外に出たいのであれば、目の前のこいつを打ち倒して都市伝説を店仕舞いする必要がある」


本当にできるのかと、戸惑うように埃っぽい空気がゆれる。

目の前の『首狩り魔人』は強大だ。貧弱な彼本体ではかなわないのは自明だ。

それに……都市伝説の基礎事実と尾びれという関係はあっても、ここでは彼と『首狩り魔人』は同一のものだ。


「お前がこいつを倒せないことは分かっている。歪んだ鏡であっても、鏡の向こうの自分には攻撃できないからな。だがしかし。この箱庭を外から見ると、お前とこいつは同じものだ。吉二郎、お前はこれが許せるのか」


空気がわななく。

吉二郎は人を殺したかったわけではない。都市伝説の最前線で見守る吉次郎は、さも自分であるかのように振舞い死をまき散らす『首狩り魔人』を許すことはできないだろう。

そして、俺も簡単に諦めることを許容できない。


「だから外から来た俺はお前に手を貸す。鏡は俺が割ってやる。俺がお前の代理として、お前の名前でこいつを倒す。そしてお前は、お前以外いなくなったこの箱庭を引き払え!」


少しの間の後、返事の代わりに、倉庫内のほこりがブワッと舞い上がり、俺の右手に巻きついた。




「あっ、私のチーカマ!」


風の余波でチーカマが少しずれたらしい。

俺が吉二郎と話をしている間、どうやらアンリは俺との約束の通り、『首狩り魔神』を写メろうとしていたようだ。フラッシュたかないと無理だと思う……。

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