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公爵令嬢「理想の殿方を見つけましたわ!」

前世がお風呂のアヒルちゃんだった為に、太った方が好きになった美少女令嬢の話です。


温かい目で見ていただけると幸いです。

突然ですが、私の前世の話をさせてください。

私、前世はお風呂のアヒルちゃんでした。黄色いピヨちゃんをしていました。


どういうわけか気がついたら二足歩行の人間として生を受けていましたが、アヒルちゃんの頃の記憶もバッチリあります。



お風呂のアヒルが前世だと言えば、この世界の人たちは「お風呂のアヒル?陶器の置物か何かかしら」と高貴な勘違いをぶちかましてくれることに間違いはないでしょう。

だって無いもの、アヒル。お風呂に浮かべるビニル製のぴよぴよピヨちゃんなんて、素材からして存在しないもの。


…さて、鎖骨のあたりの皮膚ばかり見てきたアヒル生でした。

つやつやふにふにのお肌とお肉が忘れられない。年頃の娘様の豊満な胸元、ふにゅりと柔らかいニアミスの記憶。


途中、中年のお父さんのお腹でも幸せになれることに気づいてしまってからは、もうお湯の流れ行くままお腹にダイブすることが幸せになっておりました…。



そんな性癖を抱えていたから、すらっとしていて筋肉質であることが美徳とされる今世で、男の人に興味をかけらも抱けない。


私自身が、王族に系譜を引く公爵家の令嬢であったから、紹介される男性はそれはもう高ランク高スペックの人材ばかり、というのもあった。

残念なことに、世間一般的な価値観において良しとされる男性は、私のストライクゾーンから遥か遠くに離れているのである。



「第三王子 スラート殿下のお誕生日が近く、お祝いの席が設けられるそうだ」

「まあ、そうなのですね」

「パーティは私たちが出席するが、今回、成人前の子供向けのお茶会の招待状が来ていてね…行きたいかい、アビー?」


お父様は、もう四十歳になるのにも関わらず、未だ三十にも届いていないような容姿をした、金髪碧眼の紳士。

先代王弟殿下の息子であり、今の国王陛下とは従兄弟同士の間柄。

若かりし頃は黄金の貴公子なんて呼ばれていた人で、当然のように精悍な顔立ちと程よく鍛えられた肉体が、この歳になっても淑女の心を容赦なく奪ってしまう、罪な人。


そんなお父様が、情けなく眉を八の字に下げて、泣きそうな顔をしていた。捨てられたアヒルより哀れっぽい顔だった。


「行ってきたら?ついでに良い人を見つけてくるべきよ」

「いや、アビーにはまだ…」

「そんなことを言って、八歳になるのに婚約者の一人も決めないわけにはいかないでしょう」


お父様に釘を刺したお母様は、茶髪だからお父様と並ぶと少し地味に見えるけれど、その顔立ちは非常に整っているし、よく見たらルビーのように紅い瞳をしている。

おっとりしたように見せかけて、今みたいに容赦がない。

お父様は可愛い盛りの娘に婿なんて考えたくないのだろうけれど、そんな甘ったれたことは許さないのがお母様だ。


「…そうですね。良い人がいないか、まずはお友達から探してみようと思います」


そんな美形夫婦の遺伝子を受け継いだ私アヴェレッタ・スカーレットは、当然のごとく美少女だ。


お父様と同じ金の髪に、お母様と同じ紅い瞳。ぱっちりお目めにすっと通った鼻梁、ふくりとした唇は前世アヒルちゃんの名残か普通よりもやや厚めではあるけれど、そのおかげで年に似合わぬ色気が漂ってしまっている。


実年齢より大人びて見えるのだ。ちょっと危うい魅力がある、とでも言っておこうか。


「ああ…心配だ。アビーはこんなに可愛いから、変な男に目をつけられないかと…」

「何を言っているの、むしろアビーに見る目を養って貰わなくちゃいけないのよ?」

「し、しかしだな…」

「この年ですもの。多少の冒険や失敗、初恋は経験しておいた方がいいわ」

「なんてことを言うんだ、ヘンドリッサ!初恋だなんて!!」


お父様が顔を覆い、お母様はため息を吐いた。私はメイドに紅茶のお代わりをお願いした。湯船より熱いお茶はこの生で手に入れた娯楽の一つだ。

スカーレット公爵家の日常である。


スカーレット家には四人の子供がいる。三人の令息と一人の令嬢。


兄たちとは少し年が離れていて、三番目の兄は私の七つ上、今年、成人の儀を迎える。


一番最後に生まれたのが私で、末っ子として、それはもうベタベタに甘やかされて育ってきた。特に父や兄は私を目に入れても痛くないというほどに溺愛している。多分、国が欲しいとか言ったら領地を独立させてアヴェレッタ女王国くらい作れそう。

母がバランスを取るように厳しい淑女教育をしてくれていなければ私はもっと我儘な娘になっていただろうし、前世のアヒルの記憶が無ければ、きっと嫌味の上手な貴族らしい令嬢になっていたことだろう。




そんなこんなでお邪魔した王太子殿下のお茶会。

令嬢たちのほとんどは第三王子であるスラート殿下の婚約者の座を狙い、令息もその友人となることを目論み、集っていた。


スラート殿下は第三王子ではいらっしゃるけれども、正室である王妃様のお子でらっしゃる故に、その生まれ順に反して王位継承権は第1位。

スラート殿下の覚えが良ければ、将来的に出世もしやすいし、家も豊かになるかもしれない。

そんな各家の期待を背負って、みんな来ているのだ。


多分、王太子殿下に一番関心がないのは、きっと私だ。

なにぶん、前世がアヒルだったもので、結婚をしたいと思えない。今は人間だけれども、我が公爵家はこれ以上ないほどの権力を持っているのだ。ここで第三王子の婚約者なんかに収まってしまったら、国内のパワーバランスが一気に崩れてしまうことだろう。

もとより父も母も、私にそんなことは望んでいない。


だから、何とか友人くらいは…と思うのだけれど、私はご令嬢方の大好きなドレスに肌を覆う以上の意味合いを見出せないし、お菓子や嗜好品などを欲しいとも思えない。お茶は刺激的で好きだけれど、好みの香りも何もない。教育の結果、違いがわかるようになっただけ。…あら、これってもしかして、詰んでる?


…けれど、まあ。

お母様の教育のおかげでニコニコ笑顔で場を乗り切ることは容易かったし、その場の空気を悪くしないように立ち回るのも苦ではなかった。

前世の記憶もあるので、多少出来ない子が居ても年相応で可愛らしいと思えたし、生意気なことを言われても背伸びした子供の発言に目くじらをたてることもない。


人間は裸になると無防備になるし、お風呂のアヒル相手だと素直な気持ちを話すこともできる。ビニルの固い体を、この年代の子供達は喜んで突くし遊ぶ。アヒルの兵隊ごっこだってやる。

それを知っているから、服を着ている人間に寛容になれる、とも些か妙な話だとは思うのだけれど。


私はお茶会で、スラート殿下とはあえて距離を取っていた。

理由は単純。全く好みではなかったからだ。

ユニセックスな服装をすれば女児にも見まごう美しさではあったけれど…いかんせん、細すぎた。


これで『実は王子様が甘やかされて育った結果、非常に丸っこいお身体をしていた』という妄想は続けられなくなってしまった。

ああ、残念…。


そう思って、はあ、と溜息をついた、その時だった。



「た、大変申し訳ございません。道が悪く、遅れてしまいました」



トトトトト、と。

丸くて白い塊が、可能な限りの早足で、お茶会の行われている庭にやってきた。


「スラート殿下の生誕の会に遅刻だなんて、信じられませんわ」

「まあ、ご覧になって、あの身体」

「豚のように丸いわね」

「あれでしょ?あの、辺境の…」

「嫌だわ、田舎者が王太子殿下に拝謁するなんて…」


ぼそぼそと扇子の下で囁かれる悪口に、先ほどまでの私であれば真っ先に注意を入れていただろう。


けれど、そんなことをしている余裕が、私には無かった。


白くて丸い顔や体はたしかに、子豚のようだった。

彼の胴体は子供特有の体型であることを差し引いても丸々として、ぷくぷく膨れていた。

その体に、元々は整っているのだろうけれど、人より多めのお肉でぱんぱんに膨れたお顔。さらさらの銀髪と円らな瞳。


……ああ、なんということ。


どきん、どきん、と。

先ほどから、痛いくらいに胸が高鳴っている。

生まれ変わってから今までかけて、アヒルにはなかった鼓動を刻む感覚に慣れようとしていたのに。

こんな、こんな風に脈打たれては、変な気持ちになってしまう。


周囲が騒ついている。

スラート殿下が彼と二言三言話している。

その内容も、耳を通っても頭に全然入ってこない。


やがて、殿下が、彼から離れて、彼が友人らしき男の子と隣り合ったとき。


気づけば私は立ち上がり、その少年のすぐそばに迫っていた。


「あなた、お名前は?」

「へ……?」

「私はアヴェレッタ・スカーレットと申します。あなたは?」


目の前の彼は、ぽかん、と口を開いて、唖然として私のことを見た。

かわいい。アヒルよりかわいい。薄い唇は今世にも前世にも縁がなかった。


隣の男の子が何か喋っていたけれど、私の視線が彼から離れないことを知って、その男の子は口を閉じた。


じっと彼を見る。


彼の瞳もよく見たら色素の薄い銀色だった。

驚きから、まん丸に見開かれていて……もう、もう、胸が苦しい。心なしか息も上がってきた。どくんどくんと響く心臓の音。ちょっと静かにして、彼の声が聞こえなかったらどうするのよ。


「ええっと…ハムレット・ボンレス、です」

「…ハムレットさま?」


頭の中の貴族名鑑がパラパラ開く。

ボンレス家、と言えば、国の防衛を司る家。国境間近の辺境伯の一家。

私と同い年の令息が一人で、その彼が後継として目されている…と、言うことは。


「ハムさまとお呼びしても?」

「え?」

「私のことはアビーと」

「は、あ、いや…俺は、そんな……」

「嫌がられてもお呼びいたしますわ」


彼は跡取り、私は末っ子令嬢。

父も母も兄も、私には甘い。

だからきっと、許してもらえる。そんな計算が、瞬時にはじき出された。


逸る気持ちを抑えきれず、私はハムさまに顔を寄せた。


「ハムさま、スカーレット家と縁続きになりませんか?」

「は?!」


「えっ、スカーレット様?!」

「アヴェレッタ嬢、お考え直しを!」

「こんな豚に何を仰っているのですか?!」

「そ、そんな奴より、俺と…!」


周囲が、先ほどとは比にならないほどに騒がしくなった。


うるさいことこの上ない。


普段であればキッと睨みつけて黙らせていたかもしれないけれど、今の私は外野なんて全く目に入らなかった。

私は目を逸らさず、ハムさまの一挙手一投足すべてに注意を払うことに、全身全霊をかけていた。



「私の、婚約者になってくださいませ!」



ハムさまの顔が、徐々に赤くなっていって、白い子豚がピンクの子豚になった。


ああ、なんて、可愛らしく、素敵な人なんだろう。


思わず表情が緩んでしまう。

あれだけ厳しく躾けられていたのに、感情を抑えることが出来ない。


柔らかな身体、ふくふくとした手足、まん丸のお顔に…その、可愛らしい反応。


先ほどからきゅんきゅん胸が痛いのだ。

こんな理想の人を前にしたら、強固に作り込まれていた公爵令嬢の仮面が、どろどろに溶けて落ちてしまう。


ああ、黄色いアヒルだったあの頃には、こんなお風呂のお湯より熱い心を知らなかった!


「む、無理…」

「無理じゃありませんわ!私、ボンレス家に嫁ぎますから!」

「え、そ、その…考えさせてくださいー!!!」

「あっ!」


ハムさまが、だっと俊敏に駆け出した。座ったばかりのお茶会の椅子をひっくり返して逃げていく。


「ま、待って!お待ちになって、ハムさま!!」


私もまた逃すまいと、ドレスのまま駆け出した。





その晩、お茶会の場を騒がせたことで、いろんな人からお叱りを受けた。


当然である。

王太子殿下主催のお茶会だ。ましてや彼の将来のご学友、婚約者を見初める目的もあった。

特にお母様は怖かった。淡々と説教された。顛末と相手を知ったお父様は卒倒した。お兄様たちも学園や仕事場で倒れたと聞いた。


「多少の冒険や失敗をしろと言いました。初恋もしてこいとは言いました。ですが…他人に迷惑をかけて良いとは、言っていません。分かりますね?」

「はい…申し訳ございませんでした」

「こんなことになっては、仕方ありません。国王陛下にお詫びに行きましょう。ちょうど、顔を出せと勅命もいただいております」

「はい…あの、ハムさまは……?」

「ボンレス家の子息さまは王都のタウンハウスにて謹慎中です。謁見が終わるまで、会いにいくことも手紙を出すことも許しませんからね」

「っ…」


しょんぼり俯く。いつもなら助けてくれるお父様も、今回ばかりはダンマリだった。





国王陛下との謁見は、騒動を起こした次の日の昼だった。

案内された謁見の間には、父と私の二人で向かった。

気分は出頭する罪人だ。


陛下の隣には王妃陛下、反対隣にはスラート殿下が居た。


私は父の隣で淑女の礼をし、精一杯頭を下げた。


「この度は、我が娘が大変申し訳ないことをいたしました」

「本当に申し訳ございませんでした」

「良い。事情は聞いている。面を上げよ」


言葉に従い顔を上げれば、陛下はハッと息を飲んだ。


「これはこれは…正しく、君の娘だな、クラウス」

「は」

「これほどの美しさで…」


うむむ、と陛下は唸ってから、大事な茶会を乱した私を、今度は国王としてではなく、親戚のおじさんとして優しく見つめた。


「ハムレット・ボンレス…そんなに彼と婚約したいのかい?」

「…はい」


こくん、と頷く。となりのお父様からは血を吐くような声が聞こえたけれど、陛下との問答中だ。余計なことはできない。


「アヴェレッタ・スカーレット、私は君を、スラートの婚約者の第一候補として考えていたのだがね?」


同席しているスラート殿下が、じっと私を見ている。

私はあえてそちらには目を向けず、国王陛下に深く頷いた。


「…恐れながら、我がスカーレット家は既に力を持ちすぎています。この上、王家と婚約を結べば、我が国のパワーバランスは崩れてしまいます」

「それ故に、断ると?それにしても、どうして辺境伯の令息に…」

「それは…それは私がハムさま、ハムレット様を、一目で好きになってしまったからです」


彼はまさしく、私の理想の男性だった。

あの柔らかな体つきが世間一般では醜いものだと一蹴されるとしても、私は彼がいい。

彼が好き。


それに。


彼は追いかけている途中でみっともなく転んでしまい、ヒールが壊れて歩くことも立つことも出来なくなった私を、助け起こしに戻ってきてくれたのだ。


あんなに嫌がって逃げたのに、私が困っていたからと、助けてくれた。


大して身長差も無いのに、子供なのに。

ハムさまは私をおぶってくれて、人目につかないように王城のメイドたちのところまで運んでくれて。



『もう、あんなこと、しないでくださいね』



柔らかな背中に私を乗せた彼はそう言っていたけれど、耳はアヒルの口みたいに真っ赤になっていて。


思い出しただけで、ぼん、と顔が熱くなってしまう。


「おやおや…これはもう、完敗じゃないか、スラート」


国王陛下が面白そうに言ったのを、どこか他人事のように思いながら、私は再び、淑女としての限界まで、頭を下げたのだった。




その後、国王陛下の後押しもあり、私とハムさまの婚約は決まった。


お父様とお兄様は、しばらく郊外のタウンハウスに出かけてしまい、中々家に帰って来なかった。

帰ってきたときはボロボロになっていたが、ハムさまとの婚約を認めてもらえたので、私は四人の心配をすることを忘れ、淑女らしさも放り投げて、飛び上がって喜んだのだった。





「ハムさま、ハムさま」

「なんですか、アヴェレッタ嬢」


婚約者として初めて顔を合わせた日。私は決意を口にした。


「早く結婚しましょうね?」

「ぶふっ」


だって、こんなステキな人、前世アヒルの情緒が薄い私じゃ、誰かにとられてしまいそうなんだもの!



この後、アヴェレッタは14歳で学園に入学し、15歳の成人に合わせてハムレットと結婚。

16まで人妻として学園に在籍し、卒業後辺境に渡ったアヴェレッタは、彼女の前世のことを誰にも知られることなく、幸せに暮らしました。


次のハムさま視点で終わります。お付き合いいただけると嬉しいです。

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