水04 千里の道も一歩から
冒険者3人組と別れた俺は、南の海岸へ向かうことにした。
ちなみに、お金は返した。持っていても使うところがない。代わりに、穀物や野菜の種や苗を持ってきてほしいと頼んでおいた。食糧の自給自足をするためだ。
南の海岸へ向かうのは、土地が干からびた原因を探るためだ。中国でもオーストラリアでもアフリカでも、海岸から離れて内陸部へ行くほど乾燥するという話を聞いたことがある。水は川を流れて海へ行き、海で蒸発して雲になり、陸地へ流されて雨が降る。降った雨が川になり……という循環をしているが、海に近いほうが降水量が多い。
それが、土地が干からびるほど水がなくなるということは、海から来るはずの雨が来ないということだ。そこに何か原因があるのだろう。たとえば急に山ができたとか。日本でも日本海側は降雪量が多くて、太平洋側は降雪量が少ない。日本海側から来る雪雲は、山脈にせき止められて、みんな雪になって降ってしまうからだ。急に山ができるなんて考えにくいが、干からびた土地を急に草原にしてしまった俺がいるんだから、急に山を作ってしまう人がいてもおかしくないだろう。
うまく干からびた原因を解決できたとしても、本当にそれでうまくいくのか経過観察をしなければならない。場合によってはさらに手を加える必要があるし、原因が1つだけとは限らない。うまくいかない可能性もある。どう転んでも長期戦だ。だから草原にした土地のどこかに住んでしまうのがいい。そのために食糧が必要だ。冒険者3人組が種や苗を持ってきてくれるまでに、畑を整備しないといけない。
聞くところによると、冒険者3人組が種や苗を持ってくるまでには急いでも2週間ほどかかるという。海岸までは20kmだというから、俺は畑作りを後回しにして、先に海岸を見に行くことにした。20kmなら3~4時間も歩けば到着する計算だ。
「……と思っていたんだが……。」
4時間歩いても、俺はまだ森の中に居た。
森の歩きにくさを嘗めていたとしか言い様がない。予想以上に時間がかかっている。
足下が悪いだけじゃない。銀色のイノシシとか、角が生えた兎とか、真っ黒な狼とか、色々と怪物が出てくる。水牛の怪物と戦った経験がなければ死んでいた。あの戦いで水魔法でも色々できると分かって、だいぶ助かっている。
考えようによっては、これだけ怪物が多いなら肉の確保には困らない。家畜を飼う必要はなさそうだ。それに、森があるということは、ここまでは豊富に水が来ているということだ。そして、ここまでに山はなかった。山によって雨雲がせき止められているという仮説は間違っていたようだ。
「飛べば早いのに。」
と水の精霊が空を飛んでいる。
魔法で水を作り出し、その水を操って浮かべているのだ。その水の中を泳ぐというか、浮かぶというか、そうやって空を飛んでいる。
やってみたが、俺はまだ魔力のコントロールが不安定で、すぐに形や動きが乱れてしまう。魔力は見えているのに、実際に操作するのはまた別だった。ハンドルは見えていても車が思い通りに動かない、みたいな感覚だ。
これで空を飛んだら、いつ墜落するか怖くて仕方ない。海まで行ったら、海上で練習してみるつもりだ。しかし怪物との戦いを繰り返しているおかげで、だんだんと上達している気がする。肉に困らないことも発見できたし。何事も無駄にならないものだ。イジメられた経験も、あれがあったからこの状況にストレスを感じないというメリットになっている。異世界で未開の荒野に放り出されて訳の分からないことを頼まれて……普通ならストレスが半端ない状況だろう。それに、ラミナー噴水とか、水圧カッターの原理とか、役に立たない雑学に過ぎなかったが、こっちに来たら知識チートだ。本当に、何事も無駄にならないものだ。
「うーん……。」
氷の鎧を作ろうと思えば作れるだろう。それで防御力は上がるはずだ。しかし上空からの落下に耐えられるかどうか。たとえ氷の鎧が無事でも、中身の俺が耐えられないだろう。電車とかでたまに話題になるが、弾丸みたいに加速して東京から大阪まで30分で結ぶとかいうのは無理だ。真空のトンネルやら浮遊式リニアモーターカーやらの技術を駆使すれば、加速することはできるらしい。だが、減速することができないとか、急激な加速で乗員乗客の内臓が潰れて死ぬとか聞く。上空からの落下で地面に激突したら、氷の鎧が無事でも俺が死ぬかもしれない。
問題は、水の精霊みたいに水をまとって飛んだとき、うっかり水の外にはみ出してしまうことだ。泳いで出て行ってしまう心配はないが、水の制御を失敗して急に形が変わることはあるだろう。泳いでいたら突然水がなくなった、なんて事になりかねない。制御が下手すぎて、文字通り綱渡りなのだ。
「ああ、でも水のサイズを大きくすれば、安全マージンが増えるか……。」
綱じゃ心配なら、平均台とか橋とかを使えばいい。デカくすればいいのだ。
コントロールの練習をかねて、やってみよう。
水の精霊はバスタブ1杯分ぐらいの水で飛んでいるから、俺はその3倍ぐらいの水を用意しようかな。
「水よ、あれ。」
1000リットルほどの水を出して、その中に入り、水を浮かせてみる。
水泳は好きなほうだ。得意と言えるほど速く泳げるわけじゃないが……あ、でも今はこの筋肉だし、けっこう速く泳げるかも? そういえば4時間も歩いてきたのに疲れないし。
まあ、とにかく浮いてみよう。
「おお……!」
水を空中に浮かべても、俺が水から受ける浮力は変わらないようだ。普通に水に浮いている感じになる。空中プールだな。ビルの屋上とかにガラス張りのプールがある感じだ。
しかし水の形が安定しない。フワフワと形を変えてしまって……端のほうへ行くのは危険だな。
「呆れた魔力量ですね……。
とんでもない無駄使いです。」
水の精霊が戸惑った顔をしているが……仕方ないじゃないか。怖いんだから。
それに魔力が減っていく感覚がない。魔力を使っている感覚はあるが、たとえば鉛筆や箸を使っても疲れないのと同じように、魔力を使っている感覚はあっても、疲れは感じない。
ああ、そうか。鉛筆や箸を使うための筋力はごくわずか。体力の総量に対して消費する体力が少ないから疲れを感じない。魔力も同じということだ。総量に対して消費量が少ないから、減っていく感覚がない。
まあ、そんな事はどうでもいい。
「いい景色だなぁ……!」
壁や柱などの遮るものがない状態で、木より高い場所に来ている。
スカイダイビングはやった事がないけど、こういう感じなのだろうか。