水03 兎を獅子に変える、勝利とはそういうものだ
この土地が干からびた原因を探り、解決する。
そう簡単にはいかないだろう。無能だと思われないように努力するが、長期戦は必至だ。
とりあえず住む所を作らないといけない。
水魔法でどうやって住居や食糧を確保するか……と考えているところへ、遠くから声と物音が聞こえてきた。
「いーやー! 誰か助けてー!」
俺と同年代ぐらいの女の子が、水牛みたいな怪物に追われていた。体格は水牛だが、その体の表面には所々に岩が生えているように見える。
防御力は高そうだな……。
いやいや、そんなゲームみたいな事を考えている場合ではない。
「ど、ど、どうしよう……!?」
大変な状況だ。助けてやりたいが、俺なんかがどうにかできる相手じゃなさそうだ。
女の子は身軽な格好で、その体からは緑色の光が溢れている。俺と水の精霊は青い光が溢れているから、あの緑色の光は女の子の魔力なのだろう。色が違うのは、使える魔法が違うのだろうか? 女の子は、ちょっと信じられない速度で走っている。まるで自転車に乗っているような速さだ。加速とか身体強化とかの魔法だろうか?
水牛みたいな怪物は、茶色の光が溢れている。あの怪物の魔力だろう。問題はその光の強さだ。直感的に、光の強さが魔力の強さだと分かるが、水牛の怪物は女の子の何倍も光が強い。だいたい体格が水牛相応に大きくて、体の表面に岩が生えているなんて、当たったら大怪我だろう。
「落ち着いて。
魔法はイメージですよ。
助けたいと思うなら、助けるための方法をイメージしてください。」
そうか、俺は魔法が使えるんだった。
……とはいえ、水でどうやって女の子を守ればいいんだろう?
あ、そういえば消防車の放水は、しっかり構えていないと体が吹き飛ばされるぐらい強いって聞いたことがあるな。
「水よ、あれ!」
手をかざすと、そこから勢いよく水が出た。力強い反動を感じる。
水は水牛の怪物に命中して、少しだけよろめかせたが、大した影響がない。飛んでいく間に水が散ってしまうため、半分ぐらい水牛の怪物に当たっていないのが問題だろう。
なら、ラミナー噴水だ。水を整流してから噴出させる噴水で、ガラス管のような美しい噴水になる。ガラス管類似の性能があり、ライトアップすると光ファイバーみたいに光が水の中を通る。着水に際して音が出ないのも特徴で、静かな空間を演出するのに向いている。
つまり、遠くまで飛ばしても水が散らないということだ。いわば水のレーザー光線。
「喰らえッ!」
水流が完全に命中し、水牛の怪物が横へ押されて転倒する。
しかしダメージがないのか、すぐに起き上がってきた。
さらに悪いことに、俺に向かって突進してくる。
「あわわわ……!」
ど、ど、ど、どうしよう!? どうすれば……!?
「いでよ、氷の壁!」
水の精霊が叫ぶと、水牛の怪物の正面に氷の壁が現れた。
あんな事――氷を作ることもできるのか。
水牛の怪物は氷の壁に激突して、クラクラしている。チャンスだ。
「水よ、あれ!」
再び水を噴射。今度はマッハ3で噴射し、その水の中に氷の粒を混ぜておいた。
ウォーターカッターの原理だ。
水牛の怪物、その頭部に命中してドリルのように削り穿つ。周囲に飛び散る水が赤く染まったかと思うと、水牛の怪物はぐらりと倒れて動かなくなった。
「や……やった……!」
自分でやった事が信じられない。
俺が……イジメられてばかりの俺が、水牛の怪物を倒したのだ……! こんな大きな怪物、赤木や風間なんか目じゃない。こんな怪物に、勝ったんだ……!
うおおおおっ! と、心の中で勝ち鬨を上げる。高揚した気分に反して、しかし体は腰が抜けたようにへたり込んでしまった。こういう所が俺だよなぁ……。だんだん冷静になってきたら、怪物の死体がスプラッターだし。頭が割れたように変形している……おええっ。気持ち悪い。
「あっ……! そ、そうだ……!」
立ち上がるのに苦労しながら、俺は女の子に近寄った。
女の子は、追われて走ったことで疲れたのか、安全を確保して気が抜けたのか、その場にぺたんと座っていた。
「大丈夫ですか?」
「あ……はい。ありがとうございました。」
女の子がぺこりと頭を下げる。
俺が手を差し出すと、女の子はその手を取って立ち上がった。
「あっ! そうだ! 仲間が倒れてるんです!」
そう言って女の子が走り出す。
俺たちはその後を追った。
1kmほど離れた場所に、男の子が2人、倒れていた。どちらも同年代だ。
「水神様、彼らの延命を乞い願います。」
祈って魔法を発動すると、霧吹きをシュッとやったように水が飛んで、男の子2人に降りかかった。すると、たちまち彼らの傷が治った。
さすが延命を司る水神様だ。
「うっ……。」
「お、俺は……。」
「お兄ちゃん! ヨハン!」
気がついた男の子2人に、女の子が抱きついた。
彼らは自分の体の調子を確かめ、問題ないことを確認した。
「あなたは……?」
男の子の1人、剣を持った少年が言う。
杖を持った少年も、同じ目で俺を見ていた。
「この人が助けてくれたんだよ。」
女の子が言うと、彼らは頭を下げた。
「ありがとうございます。」
「おかげで助かりました。」
それから女の子が自己紹介と仲間の紹介をしてくれた。
「私はリラ。魔法弓士だよ。
こっちの戦士はジェフ。私のお兄ちゃん。
こっちの僧侶はヨハン。私たちの幼なじみなの。」
なるほど。少なくとも魔法弓士リラと僧侶ヨハンは魔法が使えるのだろう。
3人とも動きやすそうな格好だが、防具を身につけている。革製のようだが、何の革だろう?
「……その……冒険者というやつですか?
あ、俺は早川秋水といいます。」
俺が名乗ると、3人は驚いた様子で片膝をついて頭を下げた。
「え? ……え?」
突然どうした? なんで俺に向かって跪くんだ?
「苗字をお持ちでいらっしゃるという事は、貴族様かと思います。」
「助けて頂いて、深く感謝申し上げます。」
「たいして差し出せるものもございませんが、こちらをお納め下さい。」
そう言って、3人は革袋を差し出した。
膨らんだ革袋の表面にいくつか突起のようなものが見えている。中に何かブロック? のようなものが入っているのが分かる。いや、この場合は……たぶん、現金だろう。中身はコインか?
ていうか、苗字があったら貴族なのか。そういえば日本でも、苗字帯刀は武士の特権なんていう時代があったもんな。我が家は3代前から農家で、その前は知らないけども。
とはいえ、ここで「貴族じゃないです」と打ち明けるのはマズそうだ。これが赤木や風間あたりだったら「だましやがって!」とブチギレするのが目に見えるような気がする。
「頭を上げて下さい。
我が家は爵位などもありませんので、そんな平伏して頂くほどのものでは……。」
没落貴族という言葉がある。たぶんこの世界でも、貴族が存在するなら没落貴族も存在するだろう。
嘘じゃないが真実でもない。平民だとは言ってないが、爵位がないのは事実だ。俺の事を貴族だと思い込んでいる彼らは、いい感じで勘違いしてくれるだろう。
「ともかく、あなたたちを助けることができてよかったです。
見かけた相手に死なれるのは寝覚めが悪いですからね。」
イジメられていた側だから、他のイジメられている側を無視はできない。助けられるかどうかは別だが。助けられる力があるなら助ける。