水01 青天の霹靂、水中の異世界転移
俺は早川秋水。18歳、高校3年生。大学進学を機に、地元を離れようと思っている。
理由は、イジメだ。
こども園に2年、小学校に6年、中学校に3年、高校に3年、合計14年。1学年が30人の田舎で、中学校までは「地区に他の学校がない」という理由でエスカレーター式である。高校からは10人ほどが別の学校へ進学したが、20人は同じ高校へ進学。これも通学距離の都合で、どこの親も子供に同じ高校を薦めるのだ。そして、そこそこ真面目に勉強していれば入試には受かるため、ほとんどが同じ高校に進むことになる。
というわけで、この14年、俺はイジメられていた。もう何がきっかけだったのか忘れたし、俺をイジメる連中も何が気に入らなくて俺をイジメるのか、自分でも分からなくなっているのではなかろうか。ただからかって楽しむ、そんな感覚で俺をイジメるのだろう。内容は暴力・恐喝・所持品の破壊など、ひどいものだが。
教師に相談したが、事なかれ主義の教師は役に立たず、熱血漢の教師だと説教して終わりになってしまい逆効果。お前、先生にチクったろ、とイジメはひどくなる。
ならば両親に相談して転校を、と思ったが、両親は「そんな事もある」と取り合ってくれなかった。ひどい親だとも思うが、仕方ないとも思う。両親はいつも生傷が絶えない。2人とも介護職で、暴力的な年寄りの相手をしなくてはいけないらしい。2人して目が死んでいる。たまに「あの人が死ぬまでの辛抱さ」「長くても10年もないはずだ」とか言って慰め合っているようだ。
そんな状況で迎えた高校3年生の冬、帰宅途中にある神社で、池が凍っていた。
「おい、早川。お前、ちょっと乗ってこいよ。」
「え、でも……。」
「大丈夫、大丈夫。行けるって。滑ってこい。」
赤木と風間が俺を突き飛ばすように池へ追いやる。
抵抗してもそのまま池へ突き落とされるだろう。そうなると氷が割れるのは確実だ……たぶん。それなら逆らわずにそーっと乗ったほうがいい。危なそうならすぐ引き返せばいいだけだ。
片足を氷の上へ乗せてみる。少しずつ体重をかけて……氷がミシミシ音を立てている。
「おら、早く行けって!」
「はい、ドーン!」
後ろから赤木と風間が俺を突き飛ばした。
足が滑って転倒し、尻餅をついた衝撃で氷が割れる。
「うあばばば……!」
俺は池に落ちた。それも斜めに落ちたせいで、氷の残っている場所へ滑り込んでしまう。
清らかで透明度が高い水だから見通しはいいハズなのに、割れて穴があいている場所がどこなのか分からない。氷は押しても叩いても割れないほど分厚かった。水中だから満足に力も入らない。おまけに池の底に足が付かないほど、意外と深かった。もっと浅いと思っていたのに、氷が溶けている間に見た深さは、光の屈折で実際より浅く見えていたのだろう。
ここのままじゃ死ぬ――そう思った時、俺の体はどこかへ吸い込まれるように流された。
排水装置が作動したのか、と思ったが、そうではなかった。
何が起きたのか分からないが、気づけば俺は干からびた荒野にいた。
「はじめまして。」
声を掛けられて後ろを振り向くと、そこにガラス細工みたいに透明な姿の少女――いや幼女がいた。
目が合うと、幼女はにっこり笑った。かわいい。
「あ……どうも……。」
とりあえず頭を下げておく。
それ以外に何をどうしろと? 突然の事態すぎて頭が働かない。
「私は水の精霊。名前はありません。
あなたの名前は?」
透明な幼女が尋ねた。
精霊? 何そのファンタジー。いや、もう、見た目がファンタジーだけども。
「早川秋水です。」
俺が名乗ると、幼女は満足げにうなずいた。
「あなたは、聖なる水にその身を浸しましたね?」
「え? あ……ああ……神社の池に落ちました。ごめんなさい。やりたくなかったんですけど、仕方なくて……。」
「責めているわけではありません。
あなたがそうしてくれたおかげで、私はチャンネルを開くことができ、あなたをここへ召喚することができました。」
俺は眉をひそめる。
召喚? というと、別の場所から呼び出す魔法みたいなアレだろうか。王が臣民を呼びつけるのも「召喚」というが、この場合は魔法的なアレだろう。確かに、さっきまでいた神社とは似ても似つかない場所だ。
とはいえ、あまりに荒唐無稽な状況だ。いや、実際に我が身に起きている事なんだから、動かしようのない事実ではあるんだけども。我が目を疑うというのは、こういう事か。起きている事が信じられない。
「ご覧の通り、このあたりは水が乏しく、干上がった土地です。
あなたに、この土地をなんとか潤してもらいたくて、呼び出しました。」
「え……そんなこと言われても……。」
どっかから水路を引いてこいとか? どんだけの大工事だよ。そんなの俺1人でできるわけない。周りに人も居ないようだし。
「私は水の精霊。あなたと契約を結びましょう。そうすれば、あなたは水を操る魔法を使えるようになります。
魔法を使うには魔力を消費しますが、あなたには計り知れない量の魔力があります。あなたがその身を浸した水が、よほど高位の存在に祝福されたものだったのでしょう。」
「あー……。」
確かに、あの神社が祀っているのは水神様だったはずだ。名前は忘れたが、雨乞い、浄水、延命などに御利益があるとか。
だんだんと頭が回ってきた。
とんでもない状況だが、むしろ俺にとっては喜ばしい。周りに誰もいないのだから、もう俺はイジメられなくて済むということじゃないか!?