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9/11

Episode:09

 ― side:Nova ―


「で、では、僭越ながら私が……」


 カンナ女王様が倒れたと聞いて行ってみれば、赤子よりも薄い生気を放っていたのだから驚いた。

 成人の何倍も少ないそれは、今にも死にそうな老人と同じだ。

 どういう理由でそうなっているかはわからないが……この神聖な気配がする()はなんだろう。妖精族であるヨシュルダには見えていないようだが、このおかげでかろうじて生気が留められているようなので悪いものではなさそうだ。

 しかし、早急に生気を分ける必要があるだろう。

 そしてその手段といえば……


「…………」


 ああ、この桜色の唇に……


「…………」

「…………」

「…………」


 わ、わ、私の、私の唇が――


「…………」

「早くやれよ!!」

「いっ……!」


 誰が殴ったのかと涙目で振り向けば、二人が拳を振り上げていた。


「私だって心の準備が……!」

「ならやらなくていいよ、僕がやるから」

「ふざけないでください! くじ引きで一番を引き当てたのは私です!」

「お前が遅いのがいけねぇんだろうが!!」


 額に血管を浮かしてチンピラのように巻き舌で怒鳴られ、身がすくむ。

 前々からこいつのことは怖いと思っていたが、そうしていると本物のチンピラのようじゃないか。

 このような男がカンナ女王様のそばにいていいのか迷うが、この中で一番生気に溢れているのは獣人だから仕方がない。


「では」


 目をギュっとつぶり、恐る恐る近づく。

 顔の表面が熱くなり――これは熱源(カンナ女王様)が近づいてきているというのがわかるという話で、私の顔が熱を持っていると言いたいわけではない。いや、実際赤くはなっているのだが、そうではなく――


「だから早くやれって言ってんだろ!!」

「んぐっ!?」


 どんと押され、私の唇に柔らかい感触が――


「うっ……あっ……」


 気がついたら私は地面に座り込み、真っ赤な顔で荒い息をつきながら生唾を飲み込んでいた。


「え、キスだけでそんな状態になるの?」


 汚らわしいものを見る目で見下され、思わずマントを引き寄せる。


「……見るな」


 呆れたようなため息をつき、ヨシュルダが耳に髪をかけた。


「で、生気渡せたわけ?」

「ええ……接触は一瞬でしたが、それだけで十分ですから」

「なら次は僕だね」


 そう言ってベッドに上がりカンナに覆いかぶさったのを見て、テオと共にヨシュルダを引きずり下ろす。


「痛いな!! 何するんだよ!」

「それはこっちのセリフだ馬鹿」

「全くです。けだものめ」

「うるさいな、そこで見ていろよ」


 ヨシュルダの目が黄金色に輝いたかと思うと、体が少しも動かせなくなった。


「なっ……妖精の檻か!!」

「……ここまでするか?」


 テオは呆れたような顔をしながらため息をつく。


「何を悠長なことを言っているのですか。我々を押さえつけて動けないご婦人の側に(はべ)るなどあってはなりません!」

「治療だろう? 別にたいした――」


 水音。

 即座にカンナ女王様の方を見れば、あの男、舌……舌を……


「何やってんだテメェは!! 誰が舌を入れていいって言った!!」


 ヨシュルダが顔を上げ、いやらしく笑顔になる。


「お前もやったら?」

「おっ……! 俺は……」

「やりたいくせに。ほら、やれよ」


 そう言って手を振り、恐らくはテオの拘束だけ解いたのだろう。ふらつくテオはわずかに顔を赤くしたまま、カンナの側へとよっていく。


「テオ! 恥を知りなさい!」

「いや、俺は……」


 ゴクリとつばを飲み込む音がした。

 わずかに開いたカンナ女王様の唇は濡れて光っていて――


「……カンナ」


 テオはそこに吸い寄せられるように口づけ、舌を入れ――

 私の意識があったのは、そこまでだった。



 ↑ → ↓ ← ↑



 ― side:Joshuluda ―


「では、あとは各自やることをやるということで」


 血のついたテッシュを鼻に押し込めたノヴァは、真面目な顔で一礼すると家をあとにした。

 ノヴァは貴族への働きかけを開始し始めて、テオは獣人国への連絡、そして僕は今日これから来るであろう奴隷たちの対応。

 カンナが起きたときには全て事が終わっているくらいにはしたいけど……そんなに長い間寝ていられても困るかな。

 キスできるのは嬉しいけど。


「あいつこれからも治療しに来るって言ってたけど、本当に来る気なのかな。僕たちだけで十分だと思うけど」

「言ってやるな。童貞だからこういうのが気になるお年頃なんだろう」


 全く興味がなさそうなテオに鼻で笑う。

 あれから少し顔色が良くなったのを見て「あ、この方法って正しかったんだ」と驚いた。ただキスがしたいだけだろうと思っていたけど、あの童貞もたまには役に立つ。

 それを認めたからこそ、テオはこれからも来ると言ったノヴァを邪険に扱わなかったのだろう。


「さあて……そろそろ動くか。俺らの女王様のために」


 たぶん、カンナが一般的な“ご主人様”だったら僕もテオも……それからノヴァもこうは動かな方だろう。

 ちょっと変わった世間知らずの女。

 言っていることは理想論が多く、頭も良くない。

 それでも、一生懸命動き回っているのを見るとどうしても手を差し伸べたくなる。

 この気持は本当に作られたものなのかな――僕は、開放されたときにどんな気持ちを抱いているんだろう。

 願わくばどうかこのまままで――



 ↑ → ↓ ← ↑



 ― side:Kanna ―


「……あれ」


 真っ白な空間に立っている。

 どこを見ても何もない。

 足の裏に感覚があるので、下側が地面であることは疑いようがない。

 それでも足の裏に感覚がなければ、上も下もわからずただ漂っているだけになっただろう。


「誰かいますかぁ……?」

「はい、後ろに」

「うわぁ!?」


 飛び上がるのと同時に振り返れば、見覚えのある男の子。

 私をこの世界に連れてきた子だ。


「あ、驚かせちゃいましたか? すみません」

「……いえ。久しぶりだね」

「ええ、お久しぶりです。お元気そうで。あ、風邪ひいて寝てるんでしたね! あはは、結構間抜けですよね」


 もう何も言うまいと胸を押さえて細く息を吐く。


「体調の悪いときに申し訳ないのですが、言い忘れたことがあってお呼びしました。そろそろ色々と聞きたいこともあるかなあと」

「ああ、それは助かる」

「ではそちらからどうぞ」

「いいの? ありがとう。まず聞きたいのがテオとヨシュルダに呪いをかけたのってあなた?」


 そう聞いた瞬間、男の子は一瞬驚いたような顔をしてニタリと笑った。


「そうですよ。僕が奴隷商のふりをしてあちこち回って使えそうなのを選んだんです。上手くやれているようで、一安心ですね」

「じゃあノヴァは?」

「いや……あの人は真性の方ですね……」

「そうなんだ……」


 凄く残念な情報を聞いてしまったが、人の性癖は変えられない。諦めよう。


「その呪いってちゃんと解けるんだよね?」

「ええ、奴隷を解消すれば。紋のところに触って“解呪”と言えば解消されます」

「そっか」


 安心した。

 全てが終わった暁には奴隷から開放してやらないと。


「他に聞きたいことはありますか?」

「えっと、あのお金のことだけど、あれ全部使っていいの?」

「はい、大丈夫ですよ。あれ見栄え重視で適当に並べておきましたが、消費しただけ増えるのでご安心ください。あ、食べ物の倉庫もそうです。残念ながら冷蔵庫の中身は違いますが」

「え、そうなんだ!?」


 知らなかった……テオもヨシュルダも使っているのに減らない気がするって首を傾げていたけど、勘違いじゃなかったんだ。

 家のことに興味がなさすぎたのは問題だな。私、もしかしたらあの人達がいなくなったら生活できないかもしれない……


「他にはありますか?」

「ああ~、いや、取り敢えず今はそれだけかな」

「そうですか、では僕から」


 手をあてて咳払いをし、緊張したように居住まいを正す。

 そして私から五歩離れた。


「え、どこ行くの?」

「あ、近づかないでください」


 男の子は追いかけた私が近づいた分だけ離れ、冷や汗をかき始めた。


「……何」

「えーっとですね。奴隷ですが、頻繁に欲を満たしてあげてください。じゃないとストレスが溜まって襲われますよ」

「…………」


 ん?


「鞭で叩くとか言葉攻めとか、好みは色々とあると思うので話し合ってください。じゃあ、僕はこれで」

「待て待て待て」

「さようなら」

「待たんか……!! 欲を満たすってどういう――」


 しゅんと音を立てて男の子は消えた。


「…………」


 つまり、プレイを……?

 ……め――


「目覚めたくねぇ~~~~~~~~~~~~~~~~~!!」

「痛ぇ!!」


 ガツンという衝撃。

 目の前に星が散る。


「いった……!? 何!?」


 おでこを押さえて目を開けば、そこには同じポーズをしたテオがいた。

 しかしテオはすぐに立ち直ると、顔をクシャッとして私の両頬を手で挟んだ。


「カンナ……!」


 周囲には驚いた表情を浮かべる男たち。

 全員集合して何をやっているのだろうと思っていると、テオに思いっきり抱きしめられた。


「ぐあっ……苦しいよテオ……!」

「カンナ……心配した……」


 一体何なのだと他の人達を見れば、ヨシュルダもノヴァも顔を覆ったり額を押さえてため息をついているところだった。


「何……? どうしたの?」

「全く心配かけて……呑気でいいね」

「あなたは風邪をひいたまま一ヶ月も寝ていたのですよ……心配しました」


 憔悴した顔で涙を浮かべるノヴァにそう言われ、そんなに寝ていたのかと目を見開く。


「そう、なんだ……ごめんね、心配かけたみたいで」

「謝ることじゃない」


 あの空間にいたせいだろうかと考えるが、答えが出なさそうなのですぐに考えることを放棄する。

 取り敢えず食事だとか、水分を取れとか、甲斐甲斐しく世話を焼いてくれる男たちに恐縮しつつ、フッと胸に湧いたのは「これが呪いじゃなくて仲間としての行動だと良いな」という思いだった。

 ――呪いで縛り付けているのは私なのに。


「どうした?」


 心配そうな表情を浮かべて手で熱を測るテオに苦笑する。


「なんでもないよ」


 私は、ずいぶんと都合のいい女だ。

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