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Episode:08

「ヨシュルダ、遅くない?」


 家に帰ってご飯を作って、なかなか帰ってこないなあと思っていたらもう二十二時だ。

 流石に遅いとテオも思っていたらしく、窓の外を見てため息をついている。


「私、ちょっと外見てくる」

「は!? いや待て待て。危ないだろうが。駄目だ」

「玄関のとこにいるだけだから」


 止めるテオを振り払い、玄関扉を開ける。

 そこには誰も立っておらず、街の方に伸びる道路にも人っ子一人いない。

 この国に季節があるのかはわからないが、薄着だと結構寒い。ヨシュルダはワイシャツしか着ていなかったけど、大丈夫なのだろうか。


「……ヨシュルダ、帰ってくるよね」


 ――ボウっと立っていたら、いつの間にか一時になっていた。なのにヨシュルダは全然帰ってこない。

 私、もしかしたらとんでもないことをしてしまったのではないだろうか。

 まさか殺されてないよね……?


「帰ってくるさ」

「…………」

「俺が起きていてやるから、お前は寝た方がいい。人間は体が弱いんだから、ずっとここにいると風邪をひくぞ」


 どうしよう、ノヴァに相談した方がいいかな。


「……カンナ」


 でも誰にも知られたくなさそうだったし、言わない方がいいのかもしれない。


「――おい、カンナ!」


 だけどもし本当に危ない目にあっていたとしたら――


「……カンナ」


 後ろからギュッと抱きしめられ、太陽のような匂いがする。


「テ、テオ……? なに、どうしたの?」

「ヨシュルダが心配なのはわかる。だけどあいつのことだけを考えるのはやめろ」

「え、どういうこと……? なに、なんで……」

「……くそっ、なんでもねぇよ!!」

「ひっ……!! 大きな声出さないでよ……!」


 どうしたんだ、情緒不安定か?


「……わかってる、これが呪いだって。でも、な。頑張っているお前を見ていると……こう、俺の気持ちが……」

「テオ……?」

「嫉妬してんだよ、わかれよそのくらい!!」

「だから声がデカイ!!」


 こんなのは呪いだ、絶対にそうだ、と顔を覆ってブツブツ言うテオは、見たこともないくらい赤い顔で。


「テオ……」

「…………」


 呼びかけに手を外し、ブスッとした目で私を見る。

 そしてすぐに眉根を下げた。


「……なんちゅー顔してんだ」


 呆れたような顔で私の頭を撫でるテオ。

 そう、すっかり忘れていたがこの男イケメンだ。


「…………」

「…………」


 私、どうしてイケメンたちと普通に暮らせていたんだろう。

 こんなイケメンが近くにいたのに、私はあの寝起きの酷い顔を平気で晒して――あれ、なんか顔近くない? いや、絶対近い。


「テオ……私――」


 ああ、待って、このままだと――


「僕が頑張っていたのに、お前たちは何をやっているんだよ」


 私とテオの間に突然現れた手に、心臓が止まるかと思うほど驚いた。


「ぎええええええ!!」

「うるさ」


 そこにいたのは不機嫌そうな顔をしたヨシュルダで。


「ヨシュルダ!!」


 反射的に抱きついた私を、ヨシュルダは戸惑いながらも抱きしめてくれた。


「ヨシュルダ! ヨシュルダ!!」

「わかったよ、うるさいから静かにしてくれる? 今何時だと思っているのさ。周辺に家はないけど、少しは静かにしてよね。というか、なにこれ。凄い体冷えてるじゃん。いつからここに――」

「ヨシュルダ、おかえり」


 私はそのあとヨシュルダの胸に顔を押し付けてワンワン泣いていたので、知らなかった。

 真っ赤な顔をしたヨシュルダが顔をおさえていたことも、目に涙を浮かべて私を見つめていたことも。



 ↑ → ↓ ← ↑



「カンナって本当に馬鹿だよね」


 お熱を出しました。


「あまり責めてやるな。お前の様子を気にして外に立っていたんだ」

「止めろよ馬鹿犬」

「ぐっ……」


 自分でもわかる高熱具合。

 久々にぐったりするこの感じは、インフルエンザのとき以来ではないだろうか。


「あ、そうだ。昨日言うのを忘れていたけどさ、奴隷は今日中にここに届けてくれるって。もうすぐ来るんじゃないかな。ついでに旅の用意もお願いしていたから時間がかかっちゃったんだけど」

「旅の用意?」

「すぐ送るだろう? 獣人の国まで。あの店だけで三十人くらいいたから、この家には入らないでしょ。食料と護衛を付けてすぐ移動できるように準備しろって言ったんだ」


 あ、そうか。

 確かにそのとおりだ。


「ヨシュルダ凄いね」

「べ、別に……」


 いや、本当に凄いと思う。

 全然そんなこと思いつきもしなかった。

 というかあの狭い店に奴隷がそんなにいるとは思わなかった。もしかしたら別の場所にもいたのかな。


「ねぇ、獣人の国って何人くらいいるの?」

「そう、だな……」


 顎に手をあてて宙を見るテオ。

 しばらく考えたあと、少し困ったような顔をする。


「俺が国にいた頃は五百人くらいか? 規模的に国というよりは集落の方が正しい。店に三十人くらいいたなら、既に買われている奴隷は二十人くらいのはずだ。残りは……既に死んでいる」

「そう……なんだ……」


 まあ、そうなのか。闘技場送りだってあるって言ってたもんね。


「……まあ、そう落ち込むな。助けられたやつはいるんだ。それだけで十分凄い。すぐノヴァに連絡しようぜ」


 そうか、ではそれをノヴァに手伝ってもらえばいいわけだ。

 全部思い通りとはいかないけど……思いのほか上手くいっている気がする。

 それもこれもみんなのおかげかと思うと自然と笑顔になった。


「そっか。じゃあ早くやらないと――」

「馬鹿なの?」

「お前は寝てろ」


 起こした体を二人に押さえつけられベッドへ逆戻り。


「また僕の前で倒れるつもり? やめてよね、心臓に悪い」

「全くだ。風邪が完全に治るまで絶対に起き上がるな病人め」

「だるいだけでたいしたことないよ。お医者様も疲労だろうって言ってたじゃん」


 そう言った瞬間、部屋の空気がぐんと重くなる。


「たいしたことない?」


 ぞわりとしたのは熱のせいではないだろう。


「あのね。僕ら妖精や獣人からしたら、人間なんて赤子も同然なんだよ。お前、なんで自分が弱いってわからないの?」

「いや……風邪は何度もひいたことあるけど、別に今まで一度も死んだことは……」

「たまたま死ななかっただけだろうが。いいから寝てろ」


 二人に諭され、布団へ潜る。


「他のことはやっておくから、絶対に起きるなよ」


 目を吊り上げた二人に小さく「わかったわかった」と言えば、ギロリと音がしそうなほど睨まれた。

 風邪なんか大したことない。

 ――そう思っていたのに、私はこのあと一ヶ月ほど意識不明の状態に陥るのだった。



 ↑ → ↓ ← ↑



 ― side:teo ―


「ねぇ、あいつ全然起きないんだけど」


 ベッドに寝かせたその日の夜、カンナは寝ているようだったので晩ご飯は食べさせずに寝かせておいた。

 薬は一日一錠飲めばいいものだったのでそうしていたが……異変に気づいたのは、翌朝薬を飲ませるために起こしに行ったヨシュルダが、少し焦ったような顔で戻ってきたのがきっかけだ。

 慌てて俺も主寝室に向かう。


「カンナ」


 真っ赤な顔で汗をかいているカンナは、呼びかけに応えない。

 肩を揺すって呼ぶが、反応は全くなかった。


「……もう一度医者を呼ぶか」

「そうだね」


 そうして医者を呼んで診てもらったが、原因は医者にもわからず。今は寝かせておくしかないと言う。

 役に立たない医者を追い出し、テオと二人で見つめ合う。


「あいつ、すぐ良くなるよね」

「当たり前だ」


 しかしどこか本当に起きるのだろうかと言う思いがジワリジワリと広がっていく。


「そ、そうだ。あいつ呼ぼうよ。ノヴァ。エルフなら何かわかるかも」

「童貞を? カンナの寝室に?」

「僕らが立ち会うに決まっているだろう。何かあれば切り落とす」


 まあ、悪くない意見だ。エルフは治療術にたけているし、何かわかるかもしれない。

 そう思い、俺たちは緊急連絡先だと言われていた電話に連絡を入れたのだった。



 ↑ → ↓ ← ↑



「し、しょ、しょう、召喚に、お、お、応じ、いいいま、今、参上いたしました」


 真っ赤な顔で物凄いどもりながら現れたのは、荒い息の男。


「お前、何を期待しているのか知らないけど、真面目に診ないなら帰ってくれない?」


 何かを察したヨシュルダが低い声で言えば、ノヴァは勢いよく首を振って否定する。


「私ならばきっと役に立つでしょう」


 意を決したようにそう言って家の中に入るが、いざカンナの寝室に入ろうとドアに手をかけて止まる。


「…………」

「なんだよ。早く入れよ」


 苛立ったようなヨシュルダの声に、ノヴァは情けない顔で振り向いた。


「未婚のご婦人の部屋に、同じく未婚の男が軽率に入ってもいいものでしょうか……」


 俺がドアを開け、ヨシュルダがノヴァの尻を蹴り上げて部屋の中に押し込む。


「ぐあっ……くそ……お前たちに蹴られても全く嬉しくない……」

「うるさいよ。これだからこじらせた童貞は」


 やはり呼んだのは失敗だったかとため息をついたその時だった。


「これは……」


 真剣な眼差しになったノヴァがカンナに駆け寄り、その体に手をかざす。

 しばらくそうして何かを診ているが、何をしているのか一向にわからない。


「何なのさ」


 焦れたヨシュルダがそう言えば、ノヴァは若干青くなった顔をあげた。


「生気の量が著しく低下しています」

「は? どういうことだよ? わかるように説明しろや」


 反射的に鼻にシワを寄せて詰め寄れば、ノヴァは「唸るのはやめてください」と押しのけた。


「な、なぜかはわかりません。しかし……まるで何かに吸い取られているような……いや、これは生産できていないのか?」

「なにそれ、よくわからないんだけど。それでどうしたらいいの?」


 そう言った瞬間、ノヴァの顔が今まで見たどんな赤よりも赤くなる。


「……OK、その反応だけでわかった」

「なな、な、何をですか……!」

「抱けばいいんだろう? カンナを」


 そう言ってシャツのボタンに手をかけるヨシュルダに、ノヴァはカエルを押しつぶしたような声を出す。


「いや、待てなんでお前なんだ。俺がやる」


 俺も焦って服に手をかければ、ノヴァはこれ以上ないくらい赤くなって俺たちを怒鳴りつけた。


「キスだけで結構です!!」


 時が止まる。

 あまりにも静かな部屋、外にいる鳥の声すらはっきりと聞こえた。

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