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Episode:07

 ― side:Nova ―


「じゃあ、まあ取り敢えず各自行動ってことで」


 カンナ女王様は素晴らしい。

 この国でここまで獣人奴隷解放に対して強い思いを抱いている者がいるとは。

 初めて会ったときは適当にだまくらかして鞭で叩いていただこうと思っていたが、深く話を聞いてみれば己が常々思っていたことを実現しようと真剣にやろうとしていると言うではないか。

 貴族社会で異端者とされている私は肩身の狭い思いをしながら奴隷開放を訴えていたが、それが実現できそうな機会が回ってきたとあらば、手を貸さずにはいられない。


「じゃあ、取り敢えず具体案を提案してくれて、これからも手伝ってくれるノヴァにはご褒美かな?」


 ――そして何より、鞭で叩くのが非常に上手い。

 劣情を煽りつつ、私の中にある少なくないプライドを刺激する。

 力加減も最高だ。


「おい、何脱ぎ始めてんだテメェは。仕事にいけ、仕事に。カンナもさっきまで嫌そうにしてたのに、何普通に馴染んでんだよ」


 あっ、クソ、馬鹿! 余計なことを言うな……!


「いや~~~~~~!! 本当だ!! なんで!? 今すごくナチュラルに言っちゃったんだけど……!!」

「やめろ。ご主人様がご褒美をくださると言うのに、仕事なんかしている場合ではないだろうが」

「お前、マジでやばいやつじゃん。これだから童貞は。カンナ、気をつけたほうが良いよ。こいつちょっと笑いかけただけで惚れるから」


 結局私は追い出されてしまったが、帰るときにしつこく「成功したら叩いてくださるのですよね」と何度も確認したから大丈夫だろう。

 きっと叩いてくださるはずだ。

 そうしたら……そのときは私の――


「い、いかんいかん……! カンナ女王様に(よこしま)な気持ちを抱くなど……!」


 ご褒美のことを思うと体が熱くなる。

 早く事を進めて褒めていただこう。



 ↑ → ↓ ← ↑



「はあ、奴隷を盗賊に」


 善は急げとやってきたのは、この国にある唯一の奴隷商店。


「そう。こいつを残して全部殺されたんだよね。使用人も何人も死んじゃってさ。残っているのはこれだけ」


 私は必死に悲壮そうな顔を作り、訝しむ商人の前にいた。

 犯罪奴隷は首元に奴隷の印があるのでヨシュルダには高襟のワイシャツを着せ、ちょっと裕福な坊っちゃんが着ていそうな服を着せている。


「とは言いましても……こちらも獣人奴隷を全部買いあげられるとなると営業に支障が出ますのでな。今は犯罪奴隷も取り扱っていませんから、商品がなくなってしまう」


 そりゃそうだ。


「獣人は馬鹿だからまたすぐ補充できるだろ?」

「それが最近は数が減ってきていましてなあ。あとは国に直接乗り込むくらいしか方法がないと言われています」


 いやあ、参った。

 渋られるような気はしていたが、やはりあの方法しかないのか。


「旦那様」


 後ろからヨシュルダをつつけば、ヨシュルダは心底嫌そうな顔をしてため息をつく。


「仕方ないな。いいよ、出して」

「はい」


 私は持ってきていた鞄を開けると、商人の前に金貨の入った袋を置いた。


「……これは?」

「相談料でございます」


 商人は何度も私と袋を見比べる。


「もらってくれると嬉しいな。全部あんたのだからさ」


 退屈そうにそう言うヨシュルダに、商人はようやく袋に手を付ける。

 そうして中を覗き小さく悲鳴をあげた。


「……こ、これは」

「ただの相談料だよ。何せそっちもしばらく営業ができなくなるだろうし、当分は営業できなくても問題ないくらいの金は必要だろう? 僕と契約してくれそうなら()()()()で奴隷を買うから、悪い話じゃないと思うけど」


 適正価格とはよく言ったものだ。

 この男の言い値がそうなるだろうが、恐らくは相当ふっかけられるだろう。

 しかし私にはそれを何とかするだけの()がある。

 袋の中にはこの奴隷商店の年収三年分を詰めておいたので、商人の期待は膨れ上がっているはずだ。ちなみに年収についてはノヴァが内緒の書類を見て確認してくれたので間違いないだろう。

 盗賊に襲われたのになんで現金は持っているんだろうなんてことも考えられないくらいには頭が悪い――失礼、動揺しているようだし、きっといい取引ができると思う。


「し、しかし、これだけではね」

「は?」


 ――なるほど、そうきたか。

 がめついな。

 三年分の年収を渡しておいてそれか。奴隷を集めるのは大変だということを言いたいのかもしれないが……この商店、どこのつてを使っているのか毎月しっかり奴隷を入荷しているようだからその手には乗らないぞ。

 でもどうやって交渉したらいいのか……


「はあ~」


 悩んでいると、ヨシュルダが大きなため息をついた。


「カンナ、奴隷を連れて先に帰って」

「え、どういう――」

「いいから早く」


 少し迷い、私は店の外に出る。

 扉が閉まるのと同時にテオを見上げれば、テオは難しい顔をしていた。


「……ヨシュルダ、大丈夫かな?」

「お前は気にしなくていい」


 え、なにそれ。

 テオはヨシュルダが何をするつもりかわかっているのだろうか。


「ヨシュルダはどうするつもりなの?」

「あいつが店を追い出したんだ。聞いてやるな」


 まさか……何か危ないことをするつもりじゃないだろうな。

 犯罪はごめんだ。そんなことをするなら今すぐにでも飛び込んで――


「待て待て待て……!!」

「離してよ!」

「良いからジッとしてろ!」


 ぎゅうぎゅうと抱きしめられ、もがく。


「だってヨシュルダが……!」


 そう叫ぶと、テオは苦い顔をした。


「危ないことも犯罪もしない。だがお前には見せたくないんだろうよ」

「なにそれ……?」

「いいからお前は今すぐ俺と帰るんだ。終わったあとも、あいつには何も聞くな。わかったか?」

「…………」

「納得できなくても“わかった”と言え。そして絶対に守れ」


 なんだそれ。

 よくわからないけど、私は結局奴隷を奴隷らしく使ってしまったということなのだろう。


「あいつだって覚悟の上でここに来てるんだ。こうなるかもしれないことは考えていただろうよ」


 なんだ、それ。



 ↑ → ↓ ← ↑



 ― side:Joshuluda ―


「し、しかし、これだけではね」


 商人の男がそう言ったとたん、カンナの眉間に皺が寄る。

 全く。人間ってのはどうしてこうも醜いんだろうね。うちのご主人様を見習えよ。

 あーあ、眉間に皺なんか寄せちゃってさ。

 ――僕、人間なんかには全く興味がなかったのに、呪いにかかってから心が縛られてしまっているようだし。

 そんな顔されると、どんな手を使ってでも願いを叶えたくなっちゃうんですけど。


「カンナ、奴隷を連れて外に出ていて」

「え、どういう――」

「いいから早く」


 全然納得していない表情のままテオに連れられて店を出ていったのを確認し、商人の男を見る。

 商人は期待したような顔で僕のことを上から下に見ていた。


「その顔は知っているようだね、僕たちのこと」

「我が商店でも妖精族の奴隷を扱ったことがありますので」


 ああ、心底良かった。僕がこの国の奴隷商に扱われていなくて。


「使用人を待たせたくないから早くしろよ」

「はい、もちろんでございます」


 触るな。背中に手を回すな。自分で歩ける。

 言いたいことはいくつもあったけど、僕は全て飲み込んで席から立ち上がった。

 少しだけ我慢すればいい。

 僕のご主人様が笑顔になるなら、安いもんだ。

 ――だけど、これから起こることは絶対にカンナには知られたくないな。

 僕の汚い一面を見ないでほしい。

 嫌いにならないでほしい。

 捨てないでほしい。

 どうか、また会ったときも同じように接してほしい。

 じゃないと僕は――……

 ねえ、カンナ。絶対に僕のこと、捨てないでよね。

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