Episode:04
「そもそもお前、ご主人様に対して生意気すぎるんだけど。普通ならとっくに呪いで死んでいるレベルなんじゃないの」
そう言いながらお茶を飲んでいるのは、未だに鼻の頭を赤くさせた男の子だ。
名前はヨシュルダと言うらしい。さっき聞いた。
「えっ、そうなのか……?」
不安げに私を振り向くテオに、気にしないでと手をふる。
「まあ、私堅苦しいの苦手だしいいよ」
「ご主人様がよくたって、他の人が見たら“躾のなっていない奴隷を飼っている”って言われるんだよ。僕たち奴隷のミスはご主人様の評判につながるんだから気をつけてよね。特にお前は獣人なんだから」
「なんだから? 獣人だとどうなの?」
些細な言い回しが気になって聞いてみれば、テオは困ったような表情を浮かべて鼻の頭をかく。
「ご主人様の国がどうだったかは知らねーけどよ。獣人は差別されることが多いし、ましてや奴隷となると襲われても殺されても訴えが聞き届けられることは少ない」
言葉が出なかった。
そういう日本の感覚で言えば非現実的な国があるのは知っていたが、当然のことながら日本で奴隷なんて公に聞いたことはない。
恐らくそう言った犯罪に巻き込まれていない限りは存在すらしていないはずだ。
だから平和ボケした頭で、どこか物語を見ているような感覚になっていたが、この国の奴隷というのは文字通り命が危ぶまれる状況にあるらしい。
「……テオ、私すぐみんなのこと助けるからね」
真剣な顔でそう言えば、一瞬目を見開いてから嬉しそうに口角を上げた。
「カンナがご主人様で良かった」
初めて呼ばれた名前。
思いのほか嬉しくて少しだけ笑う。
「ご主人様ってやめて、できれば今みたいに環奈って呼んでほしいな」
きっと無意識に呼んだのだろう。
一瞬焦ったような顔をした後、テオは頭をかきながら「いやマジでお前がご主人様で良かったわ」と言った。
「……ねえ、僕も名前で呼びたいんだけど。僕は呼んだら駄目なの?」
ぐいっと私の方に顔を近づけて頬を膨らませている。
「いや、いいよ好きに呼んでくれて」
小さい男の子は可愛いなあ。
年をとってからこのあざとさの良さに気づいた。
昔は年上のおじさま一択だったが、最近になって年下まで守備範囲が広がったのだ。特に年若いアイドル、あれはとても良い。課金し続けて成長を見守り、その子が大きくなって成功をおさめるたびに「この子は私が育てた」と思ってニコニコするのだ。
――と、私が推しのアイドルを思い出してニコニコしていたときのことだ。
「いや、よくないだろう」
鼻にシワを寄せて唸るテオ。
尻尾は警戒するよに尻尾を振っている。
「なに、どうしたの」
あまりにも攻撃的な態度に驚いていれば、テオは私の腕を引いて自らの後ろに隠した。
「カンナは忘れているようだが、こいつは犯罪奴隷だ。犯罪の種類によっては、いくら主人に忠実になるとは言え警戒するに越したことはないだろうが」
「え、でも奴隷の呪いで管理されているんでしょう?」
「それも魔力の強い者だと跳ね除けることができるからな」
なんだそれは。
国はそんな危ない者を奴隷に落として放逐するだろうか。
でも私はこの国の常識を知らないし……というかそもそもヨシュルダはこの家のオプションということでいいのかな。
……駄目だ、なんか急に不安になってきた。
「ごめん、ヨシュルダ。差し支えなければその犯罪とやらについて教えてほしい」
「……命令?」
こちらを見る目は冷たい。
本当に奴隷の呪いは効いているんだろうなと訝しみ、ゆっくり頷きながら生唾を飲み込む。
「安心しろ。何かあったら俺が守る。俺はこう見えて獣人国の近衛騎士長だから強いぞ」
「お前に僕が止められると思っているわけ? 僕を誰だと思っているのさ。獣人の国の近衛隊長だかなんだか知らないけど、僕は――」
「す、ストーップ!! そこまで!」
ゆらりと風もないのに揺れる髪。ゾっとするような気配を感じ、思わず二人の間に飛び出す。
口から心臓が飛び出してきそうなほど緊張しているが、その甲斐あってかヨシュルダは鼻を鳴らすと大きなため息をついて視線をそらした。
「……魔王のいる国があるんだけどさ」
「はい」
そんなのあるんだ。
なんでもありだな、この世界。
「人間が地面で転がってたから、ちょうど良いやと思ってスライムに変えて魔王のスープ皿の中に投げ込んだんだよね」
「…………」
待って。
ちょっと情報処理が追いつかない。
「人間をスライムに?」
「うん」
「でそれを魔王様のスープ皿の中に投げ込んだ?」
「そう」
「……その人はどうなったの?」
ヨシュルダは心底面白いといった表情で「知らないよそんなの」と笑う。
呆然としている私の横でテオがため息をつく。
「こいつは耳が尖っているから妖精族だな。妖精は悪戯好きが多い」
「いやそれ悪戯ってレベルでは……」
「まあ、そんなこんなあって魔王のやつに見つかっちゃってさ。殺されそうになっているところを通りがかった奴隷商に買われたんだよね」
悲愴な面持ちでそういうが、全部自分のせいである。
「それは縛られても仕方ないねぇ……むしろ生きていて良かったよ……」
なぜ殺されなかったのかが不思議なくらいだが、その魔王とやらの機嫌がよほど良かったのだろう。
奴隷に落ちた獣人と、魔王に悪戯してお仕置きされた妖精、か……果たして今後の生活はどうなるのか、心配の尽きない私であった。
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― side:teo ―
「取り敢えず腹ごしらえしようよ~、あなたたちいつからここにいるか知らないけど、ご飯食べてないでしょ?」
新たに俺の主となったのは、人間の女だった。
俺たち獣人は敬語もろくに使えず頭が悪いので貴人が連れ歩くような奴隷には向かず、肉体が頑丈だからという理由でストレス発散のために使われることが多い。
そのため警戒をしていたが、話に聞いていたような主人特有の傲慢さもなく、初めて会ったときから獣人を嫌がる様子も怖がる様子もない。
世間知らずなところはあるが、ここに俺を連れてきた奴隷商が言っていた脅し文句のような人間じゃなくてよかった。
「うわ、冷蔵庫めちゃくちゃ食材入ってるじゃん。よくわからないけどラッキー」
……いや、世間知らずなんてもんじゃねぇか。
いざという時は首の骨を折って逃げてやろうかと思っていたら、獣人奴隷を全部買うときたもんだ。
あまりにも突飛すぎて冗談かと思ったが、本人は本気らしい。
金はあるようだが、そんなことしてみろ。あっという間に悪いやつにたかられて丸裸だろうに。
そんなことにも思い至らないとは俺より馬鹿なんじゃねーの?
――でも、もしそれが可能なら……俺は……
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― side:Joshuluda ―
「んも~、仕方ないでしょう? 服従したとしても無茶言わないから安心してよね。それより動き回ると変なところ切っちゃ――あっ」
次の瞬間、僕は地面に叩きつけられていた。
いつもの僕ならこんな使いをしたやつなんか絶対に木か何かに変えていたのに、その時に思ったのは「あ、こいつだ」だった。
「ごめん、ごめん。大丈夫?」
駆け寄ってきた女が肩に手をかけた瞬間、甘いしびれが全身に走る。
そして、気がついたらお礼を言っていた。
「これ……が、呪い……?」
そう小さく言った声は聞こえていなかったようで、女は特に反応しない。
しかし僕の体は意に反してどんどん熱くなり、じんわりと汗をかき始めた。
心配そうな顔を向けられ、僕に関心が向けられていることがゾクゾクするほど嬉しい。
カンナ――君は知らないと思うけど、妖精はこの人だと決めた人に一生付きまとうんだ。
たとえこれが呪いのせいだとしても、いつかお互い本気になるからいいよね?
ああ、そうか。獣人の番ってこういう感じなのかな? 前は強制的に相手を好きになるなんて気持ち悪い、偽物の想いじゃんって思っていたけど、悪くないね。
ふふっ……大丈夫だよ、カンナ。優しくしてあげる。僕は妖精の中でも一番力が強いから、どんな悪いやつが来ても守ってあげられるよ。
そうしたらカンナも僕のこと好きになるよね? 犬っころなんか捨てちゃうかも。そうなるといいなあ。
「…………」
あの犬――薄っすら笑ったその裏側の意味に気づいたのかな。
鼻っ面にシワを寄せて僕を睨んでいるけど、すぐにカンナにばれて「威嚇しないの!」と怒られていた。
馬鹿なやつ~。
カンナはもう僕のものだって決めたんだ。
もう遅いんだよ。