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Episode:03

「この世の獣人の奴隷を全部買うだぁ!?」


 私が稼いだお金じゃないけどね。

 だからあまり偉そうに言えないけど、やらないよりはマシだ。


「お前そんなに奴隷を増やしてどうするんだよ」

「いや、全員開放して国に戻すけど。もちろん、帰るために護衛を付けて旅のお金も持たせる」

「はあ!?」

「だからアンタも――待って、ごめん、今更だけど名前なに?」


 男は少したじろぐと、本当に今更だなと言って頭をかいた。


「テオ。悪いが真名は言えねぇ」

「うん、真名がよくわからないけどいいよ。私は宮野環奈。環奈って呼んで」

「わかった」

「それでさっきの続きだけど、全てが終わったらテオも開放する」


 そう言うと、テオは目を見開いて喉の奥から変な音を出す。


「……俺は馬鹿だが、お前がやろうとしていることがどれほど馬鹿なことかわかるぞ」

「でも、全員開放したい」


 ポツリとそう言えば、テオの眉間にシワが寄った。


「はあ~……お前、平和なところから来たんだな」

「えっ、なに」

「そんな馬鹿なことができると思ってんのか? 確かにあの金庫の金は全員奴隷を買うことができるくらいあるだろうさ」

「なら別に――」

「ただしこの国の、今いるだけの奴隷をな」

「…………」


 確かにそうだ。


「これから増える奴隷は? 奴隷から開放されて、行く先が無い者は? お前の親切の押し売りで苦しむやつがいるかも知れない可能性だってあるんだ。少しは頭を働かせろよ。金があるやつはいいなあ。考え方が単純で。平和なところから来たんだってすぐにわか――え、おいなんで泣くんだよ」


 馬鹿すぎた。

 私はどこかで今自分の身に起こっていることを、フィクションだと思っていたのだろう。

 人のことを馬鹿にしておきながら、本当の馬鹿は私だったというわけだ。

 奴隷は辛いだろう、だから開放してあげよう――そうやって目先のことばかり考えて短絡的にそう思ったが、確かに奴隷であることが救いになっている人もいるかも知れない。

 それに今後増えるであろう奴隷のことなんか考えてもいなかった。

 お金はいずれ尽きる。その前に私が死ぬかもしれない。そんな時「何故あの人は助けられて自分は助けられないのか」と絶望する人がいたら――


「ごめんなさい、短絡的でした。私、とても失礼なこと……」

「待て待て待て。いや、お前の気持ちはとても嬉しい。それで救われる者の方が多いだろうしな。でも俺は世間知らずすぎるお前が心配なんだ。だってそんなことやったら目立つだろう? 絶対に金目当てのやつがやってくるぞ」

「でも、そういうときは守ってくれるんでしょう……?」

「ぐっ……!!」


 胸を押さえたテオが項垂れる。


「守る……が……俺が死んだりしていなくなったらどうするんだよ」

「それは……そうならないと良いと思うけど、もしそうなっちゃったら用心棒を雇うよ……」

「そんときにゃ金が無くなってるかもしれないんだぞ。それにそいつが良いやつとは限らねーだろ」

「…………」


 じゃあどうすればいいんだろうと黙り込む。

 目の前に立っているテオは可哀想なくらいにオロオロしていた。

 軽率に言ってしまった発言を猛省していたときのことだ。


「ちょっとぉ~!! いい加減に僕のこと見つけてくんない!?」

「うわ、びっくりした」


 頭を跳ね上げて反射的にテオを見れば、テオは「知らない、わからない」とばかりに首を横に振る。


「地下……?」

「だろうな」


 険しい顔になったテオが部屋を出る。


「待ってよ……!! 置いていかないで」


 慌ててその背を追いかけると、テオは振り向きざまに手で私を制した。


「誰がいるかわからないからここにいろ」

「置いていかないで、お願い……!! 怖いんだってば」


 腕に抱きついてギュウギュウ握り込む。


「痛ぇな離せ!!」

「やだ! 置いていく気でしょう!!」

「わかったようるせー! 耳元で叫ぶな! お前、獣人の耳の良さを知らねぇのか……!!」


 ひぃひぃ言いながら二人で地下室に向かい――まあ、主にひぃひぃ言っていたのは私だが、とにかく地下に向かい恐る恐るドアを開ける。

 テオはいつの間にか手に火かき棒を持っており、何かあればそれで戦う気のようだ。


「もー!! 遅いっての!」


 そして保存食のたくさん詰められた棚の間にいたのは、亀甲縛りのまま天井から吊るされた恐ろしく顔の良い男の子だった。

 肌は透けるような白、ショートボブの髪は白金というのだろうか。とにかく色素が薄く、目の色も髪と似たような薄い金色で非常に神々しい。

 亀甲縛りになってさえいなければ、伏して拝んだだろう。


「何やってんだよ。僕がこんな目にあっているって言うのにさあ」


 その男の子は物凄く怒っていた。

 いや、わかる。私も同じ立場だったら怒る。


「早く解いてよね」

「ごめんね。ちょっと待って――」

「待て」


 近づこうとしたその時だった。

 テオの顔は真剣そのもので、目の前に吊るされた男の子を睨みつけている。


「何……? 早くあの子をおろしてあげないと」

「いや、おかしいだろう。俺はお前が家に来る二日前からここに派遣されたが、こいつがいた気配はなかったし誰も訪ねては来なかった」

「えっ……」


 この男、二日も主寝室のあそこで裸のまま立っていたのだろうか。

 いや、じゃなくてつまり……


「……物凄くコアなプレイがお好み?」

「違うよアンタ馬鹿?」


 大人しく話を聞いていた男の子は黙っていられないとばかりに口を開く。

 テオも若干呆れたような表情のまま、大きなため息をついた。


「この縛りは高い魔力を持った罪人を捕縛するためのものだ。この紐を解いた者が主として認められるが……そんときゃこいつはお前の奴隷になるってことだな。さっき言った“基本的に奴隷は獣人”ってのは例外もいるってことで、その例外が犯罪者奴隷だ」

「犯罪者……? こんな可愛い顔をしているのに?」

「それは関係ないが……ただまあ、これ以上奴隷を増やすって言ってもなあ……」


 そう言ったまま顔をしかめて言い淀むので、何か駄目なことが起こるのだろうかと恐れおののく。


「何……? 言ってよ……」

「いや、見た目通りならお前そう言うタイプじゃなさそうだし……」


 不躾にも上から下までジロジロと見られ、居心地が悪い。


「濁さないでよ怖いでしょ……」

「……じゃあ言うが……この紐を解いたが最後、こいつは――その、と、とんでもない状態になって……ご主人様はそれを満たしてやらなければならなくなる」

「はあ?」


 これは私ではない。

 男の子だ。

 顔をしかめても美しいとは末恐ろしい。


「なにそれ聞いてないんだけど僕。あいつそんな罠仕掛けていたわけ? ムカつくんだけど……!!」


 ひときわ大きな声を上げ、男の子が焦ったように暴れだす。


「何が起こるか知らないけど、嫌な予感しかしないじゃん……! おいそこの、おばさん!! 絶対に僕に触るなよ!」


 ――おばさん、ね。OKOK。


「それってつまり服従するってこと? ほぼ強制的に」

「まあ、そうとも言える」


 うん、なるほどOK。


「ちょっ……来るなよ! 触るな!!」

「いや別におばさんって言われたのを怒っているわけじゃないんだけど、あなた一生そこで生活するつもり? 無理でしょう。下ろすよ」

「寄るなよ!!」

「わかったわかった」


 とは言えそう簡単に縄は解けず、格闘しているとどこから出したのかテオがナイフをくれた。手渡されたナイフで削り取るようにして縄を切る。


「わかってないだろ!! さわるなってば!」

「んも~、仕方ないでしょう? 服従したとしても無茶言わないから安心してよね。それより動き回ると変なところ切っちゃ――あっ」


 しかし切る場所を間違えて手も足も中途半端に拘束されたまま落ちてしまい、男の子は顔面を強打したようだった。

 呻き声をあげる男の子に慌てて駆け寄る。


「ごめん、ごめん。大丈夫?」

「あ……」


 地面に頭を擦り付けるようにしてこちらを見た男の子の顔は真っ赤になっており、目には薄っすら涙が浮かんでいる。


「ありゃ……ごめんね、赤くなっちゃっ――」

「あっ、ありがとう……ございっ……ます……ご主人様……」


 ハアハアと荒い息。

 その顔はどこか恍惚としているような気がした。


「…………」


 私は、何を間違えたんだろう。


「テ、テテ、テ、テオ」


 男の子を見たまま、後ろ側にいるであろうテオを手招きで呼ぶ。


「テオ、この子、様子がおかしい」

「いやだから正常だっつの」

「何どういう事」

「奴隷の呪いってのはそういうもんなんだよ。呪いが発動するキーは何かを外すことだ。そうした途端、痛いのが良くなる。まあこいつの場合この縄がキーだな」

「ば、馬鹿言ってんじゃないわよ! そんな呪いがあるわけ――」


 バシン、と思いっきり腰の辺りを叩けば、それは腰ではなく尻尾にあたってしまったようで……


「キャイン!!」

「ああ……! ごめん、大丈夫!?」

「ぐぅ……!」


 薄っすら涙を浮かべたテオは、真っ赤な顔をしながら何かを言おうと口を何度も震わせている。

 声も出ないぐらい怒っているのかとビクビクしながらテオを見上げた。


「ごめんて……尻尾にあたるとは思わなかったんだよ……痛かった? よね……」

「……あ、ありがとうございます、ご主人様……」


 なんでそんな嬉しそ――ギャグボールか……!


「うわ~~~!! ごめん!! 本当にごめん……!! あれもそうだったの!? 先に教えてくれるそういうの!? あ、違うあれ私が強引に取ったんだ……! 本当にごめん……!!」

「う、うるせぇ!! だから耳元で叫ぶなって言ってんだろ!!」


 パニックになった私が大声で叫んだ瞬間、羞恥でいっぱいになったテオの怒声が響き渡った。

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