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Episode:02

「ひあっ……!?」


 なにかの見間違えだろうと扉を開いたすぐそこに、それはいた。


「おふぁえりあはいあへ、おふいんはあ」

「わかんないわかんない……!!」


 ふんどしとギャグボールしか装備していない、眼光鋭い男。

 明らかに歓迎していないといった表情で私を見ている。


「…………」

「…………」


 叫んだ表情のまま見つめ合う。

 しかしこのままでは事が動かないので、私は仕方なく口を開くことにした。


「……あの、どちら様ですか」

「おえ……えあ、わはへあ――」

「わかんない、わかんない……!! まずそれ取ってくれますか……!!」

「はえうひ――」

「いや、だからわからんて……!! 喋る前に取って……!!」


 結局身振り手振りでわかったのは、このギャグボールは噛みつき防止――つまり牙が鋭いので雇い主に逆らって牙をむかないように付けているもので、私が取る以外に方法はないらしい。

 恐る恐る涎にまみれたそれを取れば、男は忌々しげに唸ると口元を手で拭う。唸り声など本物の獣のようだ。


「……あの、それで……どちら様ですか……」

「オメーに……いや、ご主人様の身の回りの世話をしろって言われて、ここに派遣された」

「……ごしゅ……? ――あっ」


 使用人ってこいつのことか……!!

 いや、こんな敵意丸出しの牙や爪がある者を使用人として使えと言われても。

 裸だし、絶対に私より強いし、一緒の家で生活するなんて無理すぎる。いらないとしか言えない。


「チェンジってできますか……? できれば私より弱そうな女性が……」

「ぐっ……!! 俺の何が駄目なんだよ!」

「あ、無理だったらいいんですけど……」

「……お前、俺に拒否権があると思ってんのか……?」


 ですよね。

 でもめっちゃ偉そうだしガラ悪そうだし、一緒に住むのは怖いなあ……申し訳ないけどチェンジで。


「そもそもこの国の奴隷は基本的に獣人しかいねーし、獣人奴隷にも雌はいるがお前なんかより弱い獣人の雌がいてたまるか」

「奴隷!? 使用人じゃないの……?」


 失敬な口の聞き方に思わずつられてタメ口になる。


「はあ? あんたこの家の権利ごと俺を買ったんだろう。なんでそのときに俺が奴隷かどうか気づかなかったんだよ」

「いやだって権利書には使用人って書いてあったんだもん」

「はっ……なら騙されたんだな。使用人の方が単価が高ぇし。奴隷なら二束三文で買えるんだ。大方“使用人付きです”とでも言われて騙されたんだろう」


 ぐうの音も出ない。

 しかしそこに魅力を感じて家を買ったわけではないので別にいいが、ちゃんと使用人について確認しなかったのはこちらの落ち度だ。


「まいったなあ……奴隷は……なんか人間的に駄目な気がするから嫌なんだけど……え、ていうか生活費ちゃんとあるよね? 入れてくれたよね?」


 あの男の子が言った“この国のお金”とやらはどこだろうか。

 そもそも一日分の生活費しかなかったらと思うと血の気が引いた。

 慌てて部屋を見渡すと、壁に埋め込まれた金庫を見つけた。その扉に手をかけると電子音がして扉が開く。


「げえっ!?」


 大声を上げてしまい、慌てて口を押さえる。

 そして慌てて扉を閉めた。


「……見間違え?」


 そっともう一度扉を開けて、中を覗き込む。

 どういう構造をしているのか体育館並みの広さの金庫の中は所狭しとばかりに金貨が敷き詰められていた。ところどころ崩れたそれは、まるでアラビアンナイトの宝物が収められた洞窟のようだ。

 建築構造を無視したその広さは魔法としか言いようがない。


「つーか空間どうなってるの……? 魔法……?」


 しばらくキラキラと光るそれを眺めた後、私では判断がつかずにあの男を呼ぶことにした。


「ねー、ちょっと来てくれない!?」


 大声で呼べば、ムスッとした顔をしつつも男が来る。


「あのさ、これ見てくれる? どう思う?」

「あ?」


 興味なさそうな顔で金庫を覗いた瞬間、男の目が見開かれる。


「おっ……こっ……!!」

「だよね。やっぱ大金に見えるよね。それともここの物価は高い?」

「なわけねーだろ!! こんなん一生遊んで暮らしても余りあるわ!」

「だよねぇ……」


 どうしよう、と頭を抱える。

 根っからの貧乏人というのはいきなり大金持ちになると碌なことがないのだ。


「あなたお金の管理できる?」

「……得意ではないが、できなくもない」

「得意ではないか……やっぱり使用人にチェンジするしか……」


 私が解雇する方に気持ちが傾いていると察したのだろう。

 男はバタバタと手を動かすと、どもりながら必至にアピールをしてきた。


「言っておくけどな! こんなにお金があるなら泥棒とか強盗とかくるぞ。俺は頭は悪いが力はあるからな。そいつら全員、追っ払うことができる」

「いやでも一人で毎晩見張るのは無理でしょう?」

「ならあれだ。これだけ金があるんだから、魔法が得意な頭のいい使用人を追加で雇えよ。いいか、追加だぞ。俺を首にするなよ。そんでそいつに留守セキュリティを任せた上で、使用人をやらせて――」

「もしかしてだけど留守セキュリティっていうのがあれば、あなたいらないんじゃない?」

「…………」


 いらないらしい。


「ま……」

「…………」

「待ってほしい」

「はい」


 なんと言えば私が解雇しないだろうかと考えているのがありありとわかる。

 もしかして解雇って大変なことになるのだろうか。


「あなたを解雇した場合、あなたはどうなるの?」

「……まず奴隷商に戻される。それで戻された奴隷は使えない奴隷だということで、闘技場の前座として魔物と戦わせるだろうな……」

「魔物!? ……それって……」

「事実上の死刑だ。特に戦闘が得じゃない子供とかは、すぐに魔物の餌になる。まあ俺はそこそこ生き残ると思うが、治療無しで連戦させられるからな……いずれは……」


 重い……!!


「じゃあ駄目だ……! 別にあなたのこと嫌いじゃないし、強い人がいてくれるのは助かるからこのままいてください……!」


 そう叫ぶように言えば、男は安心したようにため息をついた。


「でもお互い生活する上でルールを決めよう」

「ルール?」

「まず、男女間の間違いがないようにしたいです」


 そう言った瞬間真顔になったので、慌てて付け加える。


「あ、ブスが余計な心配をするなとかそう言うのはわかるんだけど、そもそも――」

「いや、そもそも奴隷には呪いがかけられているからな。主人に絶対服従だ。お前の美醜がどうのは知らねーよ」


 そんなことも知らないのかと呆れたように言う男に顔をしかめてみせながら、主人が嫌がる範囲とはどこまでかと尋ねた。


「例えば攻撃なんかはもっての他だ。あとは機嫌が悪いとかも。とにかく主人の好みや気分で嫌がることが決まる」

「なにそれこっわ」

「奴隷なんていうのはそんなもんだろう? 俺たちは都合のいい商品だ。わりと常識だぞこれ」


 お前だって買っただろうが。

 そう言われているような気がして、ごくりと生唾を飲み込む。


「……そもそもなんだけど、なんであなたは奴隷に……? あ、いや、言いたくないならいいです」


 空気を変えるつもりで最悪な質問をしてしまった。

 後悔して両手をふれば、男は緩く首を振りながら窓の外を見る。


「獣人は馬鹿だ。知能が低い。いずれそのせいで国が滅ぶのを恐れた俺たちの王は、人間の国で学ばせてもらおうとしたんだ」

「留学ってやつね」

「ああ。それで何回かに分けて派遣され、誰一人として帰ってこなかった」


 ん……?


「最初は都会のことが気に入って帰ってこないんだろうと言われていたが、国の半数が消えた頃に流石におかしいと思ってな」


 いやそれはだいぶ遅くないか。


「人間たちに問い合わせたら“そんなことはない。みんな元気にしている。疑わしければ軍隊など強い者を送って確認し、嘘だったときには攻撃してくれていい”と言われたんだ」


 凄く嫌な予感がする。


「そこまで言われたら嘘じゃないだろうと思ったが、念の為に俺たち近衛が二十名ほど留学生として派遣された」

「二十人も!? しかも近衛を!?」

「結果はご覧のとおりだ。通された部屋には発情を促す香が焚かれていて、全員床を転がっている間に捕まった」


 あまりにも馬鹿すぎる。

 しかしなんて不憫な……


「可哀想!!」


 大声を上げる私に、男の肩が跳ねる。


「馬鹿すぎて可哀想!!」

「う、うるせえ! 俺らだってそれを気にしたから頑張ろうと……!」

「わかってるけどあまりにも馬鹿!!」


 駄目だ。

 こんな可哀想なことがあってたまるか。

 この男は私の家にオプションとしてついてきた。つまり私の家族同然。

 家族が困ったときに助けるのは当たり前だ。


「任せて! 私がなんとかする!!」

「はあ……?」


 待っていろ、間抜けな獣人たち。

 私があの大金(他人の金)で助けてあげるからね……!

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