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10/11

Episode:10

「あのあと、どうなったの……?」


 恐る恐る聞いてみれば、全員呆れたような顔でため息をついた。


「すぐ他人の心配か……まあ、カンナらしいけどな」

「買い取れた奴隷は全員国に戻したよ。今はテオと僕が獣人国と電話でやり取りして、ノヴァが作った怪しい人撃退マニュアルを送って詐欺にあわない方法とか細かく指導しているところ」

「そうなんだ……良かった……」


 あれ、でもこれ私がいなくても上手くいったんじゃ……

 私が寝ている間にほぼ全てが終わっているじゃないか。

 そう思って青くなっていると、ベッドの傍にあった椅子を引き寄せてヨシュルダが座る。


「勘違いしないでよ。僕らはカンナがいなければ動かなかったんだから」

「ええ、そうですよ。現に私は、心の中で思うだけ思って何もせずに生活していましたから……」


 顔を伏せるノヴァ。


「ですから、こうやって今お手伝いできるのが本当に嬉しいんです。あなたは本当に素晴らしい女性だ」


 率直に褒められて顔が熱くなる。

 そう言えば寝起きの顔汚いなとどうでもいいことを思い出し、鼻のあたりまで毛布を引き上げた。


「あと何人くらいの奴隷が残っているかわかる?」

「……あとは十人ですね」


 あと十人! もうそこまで来たのかと驚きながらも、嬉しくて笑顔になる。


「あとは貴族所有の奴隷だよね? すぐ売ってくれるといいな。誰が所有しているかわかる?」


 浮き立ってそう聞けば、ノヴァは何かを迷っているような表情を浮かべていた。


「……どうしたの?」

「こいつ何かを知っているくせに、カンナが起きるまでは言わないって何も言わなかったんだよね」


 えっ、それって難しい相手なのだろうか。

 お金があっても駄目だと言われたらどうしよう……


「……難しい?」

「いえ、その……実は、私が個人的に買った奴隷なのです」

「えっ……」

「いずれ国に返そうと思い、少しずつ買っていたのですが……」


 なら話が早いじゃないか。


「その程度の話を黙っていたわけ? 何を考えているんだか」

「お金は出すから、譲ってくれない?」


 呆れたようなヨシュルダの声を無視して、きっと良いと言うだろうと思いそう言う。

 しかし……


「お金はいりません」

「いらないの?」

「ですがそのまま渡すには……」

「テメェ……」

「テオやめて。等価交換だから。違うものならいいってことでいいんだよね?」


 一体何を渋っているんだろうともう一度ノヴァの顔を見る。

 するとノヴァは困ったような迷っているようなぐちゃぐちゃの表情を浮かべ、そしてついに意を決したように口を開いた。


「私と、一夜を過ごしていただければ、全ての奴隷をお譲りいたします」


 同時に二方向から拳骨が落ちる。


「いっ……!?」

「馬鹿? 元から馬鹿だ馬鹿だと思っていたけど、お前本当の馬鹿なんだね。最悪」

「拳骨だけで済んで良かったな。とっとと奴隷を出せ」

「い、いやです……!」


 また二方向から拳骨。


「殴らないでください……! 今この場で最も強いのは私ですよ……!?」

「うーわ、最悪だなこの童貞」


 本当に最悪だ。

 何も私で手を打たなくても店に行けばいいのに……


「あー……まあ、私でいいならいいよ」


 そう言ったら部屋の温度がぐっと下がった。


「ほら、お金は私のだけど私が稼いだわけじゃないし、何より私は何もできていないからさ……まあ、このくらいは……あはは」


 私みたいな綺麗でもなんでもない女が言うのはかなり恥ずかしいが、本人が良いと言うなら良いんだろう。

 逆に私くらい普通の……いや、見栄を張った――ブスの方が安心するのかもしれない。


「……カンナ! そんなことはねーよ!」

「本当だよ。おいお前、カンナにここまで言わせるのか?」


 テオとヨシュルダが難しい顔で慰めてくれるが、それにゆるく首を振る。

 私は本当に何もしていない。寝ていただけだ。


「ちょっと、ノヴァ。お前本当にこんな状態のカンナを利用する気? 童貞もこじらせるとろくなことがないな」


 音がしそうなほど睨みつけられ、ノヴァは動揺したように一歩退く。


「……私だってこのような形で……ですが私も……私も、奴隷の絆と同じくらい、カンナ女王様と強い絆を持ちたいんだ!!」


 大きなため息をついたのはヨシュルダだった。


「そこでなんで一夜を過ごすって考えになるのかは全く理解できないけど――奴隷と主の関係が絆? 馬鹿だろ、お前。奴隷のことを案じながら、結局のところ本当には理解していなかったんだよ」

「な、なんだと……」

「奴隷と主は絆なんかで結ばれていない。一方的に搾取する側と搾取される側の関係で、そこに愛情なんかはないのさ。だって呪いなんだから」


 その言葉に、何故か私が傷ついていた。

 いや、当たり前だ。

 よく考えたらそのとおりだ。

 こんな簡単なことに考えが至らなかったとは。


「むしろお前の方がカンナとはいい関係を築けんだろ。俺らは……俺は、カンナと対等な関係になりたいと思ってもなれねーんだよ。この気持が嘘なんじゃないかと疑ってしまってな」


 今まで自己保身で呪いを解く気はなかった。

 でも、テオのこの一言で私は決意することができた。


「ちょっと二人ともこっち来てほしい」


 不思議そうにする二人を呼び寄せ、首元に手を突っ込む。


「な、なんだ!?」

「動かないで――“解呪”」


 パシュッと短い音共に光の粉が舞い上がる。

 それと同時にテオの尻尾は二倍に膨れ上がり、ヨシュルダは大きく目を見開いた。


「……なんで」

「今まで縛っていてごめんなさい」


 許してくれなかったとしても、仕方がない。

 結局私だって利用していた側の人間だから、これで関係が切れてしまったとしても――


「――馬鹿だな、お前」


 心底呆れたような表情を浮かべ、テオが大きなため息をついて座り込んだ。


「なんでそんな簡単に……いや、俺のせいか……? だが全てが終わってからでも良かったじゃねーかよ……頼むからもっと上手く利用してくれ」

「そうだね。カンナはもう少し僕たちを利用しても良かったと思うけど」


 ヨシュルダは同じく呆れたようにため息をつき、頭を抱える。


「……だって、誠実じゃなかったと思ったから」


 少なくとも怒ってはいないようで、少しだけ安心している。


「あの、それで……もし、嫌じゃなければ……」


 手伝ってほしい。

 しかし、その言葉が言えない。


「手伝うよ、最後まで」


 顔をあげたヨシュルダは困ったような笑みを浮かべている。

 テオもニヤリと口角を上げると、立ち上がって私の頭を撫でた。


「俺は狼の獣人だ。狼は忠誠心に厚い。国への忠誠は捨てていないが、俺の心はお前にもある。つ、つまり――」

「それよりもだよ」


 不機嫌MAXといった声色でヨシュルダがテオの言葉を遮る。


「どうしてくれようか、このクソ童貞」


 ノヴァの息を呑む音。

 全員の視線が集中し、じんわりと涙目になっている。


「大丈夫、いいよ。気にしないで」


 私がそう言えば、テオとヨシュルダは不満げな顔で私を見た。


「取り敢えず一度お風呂に入らせて? 話はそれからにしよう」


 そう言って私は余裕の表情で部屋を出た――


「…………」


 ――んだけど、どうしよう~~~~~~~~~~私処女~~~~~~~~~~~~!



 ↑ → ↓ ← ↑



「…………」


 あれからお風呂に入り、丁寧に体を磨き、みんなでご飯を食べ、すったもんだの末、ようやくテオとヨシュルダを説得して……

 今、私とノヴァは寝室にいる。


「…………」


 お互い全く動けず、視線も合わせられない。


「…………」


 ただ時間だけが経過していき、そして時間が経過するごとにノヴァの顔色は悪くなっていっている。


「……やめる?」

「やめません」


 なら早くしろよ。

 そう思い、いやいやと頭を振る。

 しかしもう二十四時だ。

 お互いベッドの上で正座したまま、なんと四時間も経っている。


「……仕方ないなあ」


 取り敢えずなんとかしないとと思い動いたら、ノヴァは凄い勢いで手を差し出して私を制し、真っ赤な顔で怒鳴った。


「動いてはなりません!!」

「ひっ……」

「動いては、なりません……」

「……はい」


 そっと腰を下ろし、バクバクと暴れる心臓の上を撫でる。


「…………」


 どうしろと……


「……カンナ女王様」

「はい」

「こんな卑怯なことをして、私を軽蔑しているでしょう」

「……いや、そんなことは。他の人はお金って手段だったのが、ノヴァはたまたまこうだったってだけの話だし」


 まあ、正直こじらせているなと思ったけど。

 でも嫌ではなかった。あ、いや、なんというか、愛情なのかと言えば違うと思う。

 でも、この年になって好きな人と……なんて考えは捨てたというか……

 私の身に起こった色んなことを考慮した結果、これから先現れるのかわからない好きな人を待つくらいなら、今ここで少しでも役に立てることの方が嬉しいと思ったのだ。

 それにこの人だったらまあ良いかと思えた。悪い人じゃないし、私なんかを望んでくれるなら、こういうのもありなのかなって。


「ねえ、ノヴァ」

「……はい」


 少しずつノヴァの方へ移動する。

 それと同じだけノヴァが逃げるのを手首を取って制すれば、ノヴァはビクリと肩を跳ね上げる。


「……触らないでください」

「でも、ずっとこのままでいるつもりなの?」

「……私は……私は、とても、卑怯なことを……」

「ノヴァ、もういいんだよ」


 頬に手を添え口を寄せ――


「わっ、えっ、あっ……! ぐえっ……!!」


 大きく身を反らしたノヴァはベッドから転げ落ち、タンスに頭を打ち付けて動かなくなった。


「……ノヴァ……? ノヴァ!」


 慌てて駆け寄るも、ピクリとも動かない。


「た……た、たた、大変だー!!」


 私は大声を上げて部屋を飛び出し、助けを呼びに行ったのだった。

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