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Episode:01

馬鹿話が書きたくて後先考えずに書きました。

深く考えずにお読みください。

毎日22時更新です。

「ええ~~~~~!?」


 とうとうこの日が来てしまった。

 宮野環奈(みやの かんな)、三十歳です。


「異世界トリップです」

「マジか……今……? もう三十なんだけど……」

「マジです」

「こういうの普通、若い子が来るものなんじゃ……」


 彼氏ナシ。仕事は不況のあおりを受けてクビ。両親や親戚ゼロ。

 そんなテンプレな状態になってしまった私は、天上の現実逃避委員会により選抜されて“可哀想な女を異世界に永住させて、楽しく過ごしてもらおうキャンペーン”の当選者になったらしい。


「いえ、あなたほど可哀想な方はなかなかいなかったので」

「結構辛辣」


 会社にクビ宣言をされてからは早かった。

 呼び出しが終わって自分のデスクに戻ったら、すでに話がいっていたのだろう。同僚と上司がダンボールに私の少ない荷物を詰めていたのだ。

 ああ、でも使っていない有給を全部使えるのは良かったな。

 たまりにたまった有給は一ヶ月分とちょっと。この間に次の職場さえ見つけられれば、収入ゼロの月が無いままノーダメージで次の職場に行けるはずだったのだ。


「全てを失った今、あなたにピッタリのお話かと思います!」


 しかし、取り敢えず帰ろうと会社のエレベーターに乗り込んだ私が連れて行かれたのは、観葉植物が並ぶエントランスではなく太陽が照りつける灼熱の大地。草なんか一本も生えていないし、木だって見渡す限りの視野にはない。

 遠くでは陽炎が揺れ、雲ひとつない空は嫌になるくらい青かった。

 閉まるも開けるも階数も……どのボタンを押しても全く反応はなく、ついフラッとエレベーターの外に出てしまったが運の尽き。

 エレベーターはパッと消えてしまいましたとさ……


「全てを失ったって……いやまあ正しいんだけど……」


 そこに現れたのが今目の前にいる男の子だ。色の白い――比喩ではなく本当に紙のように白い肌をした子供くらいのサイズの子。

 お誕生日の人がかぶる三角帽子に赤ちゃんのつなぎみたいな不思議な格好をしたそれは、私の顔面十五センチのところで「おめでとうございます!! 当選者の宮野環奈さん!」と言ってクラッカーを鳴らした。

 それが彼との出会いだ。


「でも住むところがないのに、こんな荒野に放り出されても困るんですけど……」

「住む場所はご用意しています! お金も! それに凄く格安で購入できるんですよ」

「売るんだ。買わなきゃいけないんだ、私」

「すみません、そこはさすがに無料というわけには……」


 了承もなく勝手に連れてきておいて随分な話だと思いながらため息をつく。

 財布を鞄から取り出してチラッと中身を見ると、その中にはお昼ご飯を買ったときのレシートと五百円玉が一枚しか入っていなかった。


「えっ……五百円だけですか……?」

「……いや、いつもはもう少し入っているんだけど、給料日前だったから……」

「本当に可哀想……」


 その顔は心底可哀想と思っている表情で、見ているこっちが辛くなる。


「まあ、その五百円だけでいいか。それいただけますか?」

「え、五百円の家って怖いなあ」

「いやいや、販売額はお気持ち代ということになっていますので。良い家ですし、街から近いし、すぐ生活できるようにこの国のお金や使用人も用意していますからお得ですよ!」


 怪しすぎる。

 そんなうまい話があるだろうか。

 さすがの私も騙されないぞと思い、目を細めた。


「いや本当です、本当に」

「いわく付きとか?」

「いえ、誰も亡くなっていませんし、家の中で犯罪も起こっていませんし、市場に近くて治安もいい王城のお膝元ですよ」

「なんかあなた達にとって利点がない」

「疑り深い人だな」

「なんて?」

「いえ、なんでもないです――そうですね、強いて言うなら我々の利点は“観察”でしょうか?」


 観察?

 私生活を誰とも知らない者に見られながら生活する趣味は無いが。


「あ、またそんな可愛くない顔をして。駄目ですよ、女の子なんだから」

「いや変な顔にもなるわ。見られながら生活するってどんな拷問? お断りだわ。元の世界に返して」

「…………」


 男の子の笑みが深まる。


「元の世界に返して」

「えへへ」

「元の世界に返せって言ってるんだけど」

「んふふ」


 ――ああ、なるほどね。

 OK、OK。


「……貴様やりおったな!!」

「うわあ……!? ごめんなさい……!! でもこれ僕のせいじゃなくて上の者が決めたことなので僕に言われても――」

「天誅!!」


 絹を裂くような悲鳴が響き渡り、岩場の影からは鳥が飛び立った。



 ↑ → ↓ ← ↑



「いい? こういうときにまず怒られるのは現場なの。それは林檎が赤いのと同じくらい当たり前のことなの」


 仁王立ちする私と正座する男の子。


「こっちだって“僕のせいじゃない”とか言われても困るわけよ。実際に被害をこうむっているんだから。それにこっちはその“上の者”とやらに会えないんだもの。直接文句を言えないんだから、あなたに言うしかないでしょう? わかる?」


 困ったような優しい表情を浮かべてそう言えば、男の子は泣きはらして真っ赤になった目で何度か頷く。


「まあいいわ。はい、五百円」

「……ありがとうございます。では家の前まで送りますので……あ、これは家の鍵と、家と使用人の権利書です」


 受け取った紙切れには色々と書いてあるが、特に私に不利になりそうなことは書いていない。

 じっとその紙を眺めていると、やや早口で男の子が続ける。


「これ、サインして国に届けてください。使用人にお願いしたら提出場所はわかると思いますので」

「ふうん……わかった」

「ではこれで」


 男の子は逃げるようにしてお辞儀をし、パチンと指を鳴らした次の瞬間、私は庭付き一戸建ての前に立っていた。


「……わお」


 小さな畑と果樹がある。

 家はそこそこ大きく、祖父母の家の大きさから判断すると部屋数は四から五といったところだろうか。

 花のアーチを通ってカントリー風の家を眺め、渡された鍵で家のドアを開けた。


「うーわ、中も凄い。これ本当に五百円……? 怪しいな」


 絵に描いたような“良い物件”だ。

 あの男の子が言っていたように、ちょっと離れた場所には街のようなものが見える。恐らくはあそこに市場あるのだろう。

 遥か彼方には城のようなものが見えるが、それも数十分歩けば城門前くらいにはたどり着けるだろう距離である。


「……取り敢えず探検しますか」


 お財布を入れた鞄くらいしか持っていない私は、玄関マットで軽く靴の裏を擦ると恐る恐る扉を締めて鍵をかける。

 外装もそうだったが、家の中も相当綺麗に整えられていた。まるで映画のセットのようだ。

 あちこちに飾られた植木鉢、玄関を入ってすぐのリビング、台所には大きな冷蔵庫とたくさんのスパイスが並び、使い勝手も良さそうである。

 食事用テーブルは六人がけになっているが、残念私は一人なので使う機会はないだろう。

 リビングのソファも座り心地が良さそうで、テレビなど現代機器的なものはないが大きな暖炉があった。冬場はここでチーズでも炙ろう。


「えーと……」


 家の権利書によると、庭の畑だけではなく地下室までついているらしい。

 地下には“食料庫(長期保存食補填済み)”と書かれているので、きっと完全に倉庫扱いなのだろう。


「贅沢なこと。本当に五百円でいいのかな……」


 取り敢えず二階でも見に行くかと階段を昇ると、左右に四つの扉がある。


「おお……」


 ひとつひとつ扉を開けていく。

 中は簡単な作りだがすぐにでも使えるように寝具やカーテン、チェストが備えられていた。

 そして最後の扉を開くと――


「わあ!! 主寝室かな? 凄いでかいベッドが――」


 部屋の中央にはベッド。

 そのサイドにクローゼットとドレッサー。

 そして壁際には、ふんどしを締めただけのギャグボールを咥えた男がいた。

 短く刈られた灰色の毛、真っ青な目は鋭い眼光を放っている。犬のような耳と尻尾まで生えていた。


「…………」


 心臓がヒュンッとなり、そっと扉を締める。

 そして一気に階段を駆け下りると、玄関扉を飛び出して鍵をかけた。


「あっ……あっ……おぉ……?」


 首をかしげ、ドアノブを強く握る。

 一体今、私は何を見たのだろうと荒い息を整えながら考え、数歩扉から下がってから家全体を見上げた。


「…………」


 のどかだ。

 小鳥の声が聞こえ、風が優しく木の葉を揺らす。

 うん、きっとさっきのは何かを見間違えたのだろう。

 大丈夫、大丈夫。私はきっと、これから最高の日々を過ごせるに違いない。

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