防人
「これ……」
目の前に広がる景色に、ゆうなは口に手を当てたきり絶句した。
立ち昇る煙と炎。
微かに香る血の匂い。
よく見れば誰かが倒れている。
その隣で親戚を取り囲む白ずくめの集団。
何者なのかは分からない。
だが、怯えるような子供達の表情や父に刃物を突きつけている様を見れば恐らく白ずくめの奴らが何かをしたのだろうとは容易に想像ができた。
「ゆうなさんは隠れていて」
「でも……」
「大丈夫。なんとかするよ」
まだ不審者達は大和とゆうなには気づいていない。
取り囲んでいる人数もたったの五人。
なんとかなるような気がした。
「任せて」
「……うん」
ゆうなに笑顔を向け、そして大和は動き始める。
茂みから茂みへと身を潜めながら位置を変え、やがて場所を定めて大和は手に小石を五つ握った。
(だいたい……50メートルか。親戚のみんなに当てることなく倒せるのは……)
「ふっ!」
父に刃物を突きつけている奴から順番に石を投げつける。
殺すことのないように力を調節しながら投じた石は、見事狙い通りに足に命中した。
「な!?」
「よし」
突然の出来事に動揺する残りの四人。
だが、まだ大和には気づいていない。
「ふっ!」
同じように足を狙って再び石を投げる。
「ちっ!」
今度は残りの四つを連続で投げるも、二つ外して残りは二人。
それを見るや、大和は素早く駆け出して近い方の一人に殴りかかる。
「しっ!」
膝を蹴って体勢を崩し、顎に掌底を叩き込む。
「ぐぅ……」
「うらっ!」
崩れ落ちる敵の服を掴んで持ち上げ、最後の一人に投げつけた。
「いてっ!」
「ふっ!」
体勢を崩した敵に足払いをかけ、地面に転がすと腹に拳を叩き込む。
「よし……みんな、大丈夫?」
「やま……と?」
一瞬。
ピクリとも動かない二人と呻きながら地を這う三人にとどめを刺しながら声をかけると父が驚きの表情を浮かべた。
「今のは……」
「親父、みんなは無事?」
色々と聞きたそうな父を遮り、大和は父に問いかける。
「あ、いや。爺さんが刺された」
「ひいおじいちゃん!?」
ハッと振り返ると、曽祖父が倒れて目を閉じている。
慌てて駆け寄ると、血は流れているが呼吸も脈拍もある。
予断は許さないが、とりあえずまだ息があることに胸を撫で下ろし父を振り返る。
「家を……村を焼いたのはこの白い奴ら?」
「そうみたいだ」
「他に仲間は?」
「見た限りではこれだけだ」
「どうしてこんなことを……」
「分からん。けど、なんだったか……。『力の持ち主はどこだ』とか言ってたな……」
「なんだって?」
とてつもなく嫌な予感がした。
襲撃者の言う、『力を持つ者』。
その『力』というのは、疑うべくもなく大和の得た力のことだろう。
そう考えると、大和は背筋が凍る思いがした。
それは、力を狙う者がいることに対してか、はたまた力を得たことで関係のない人達を巻き込む事になったことに対してか、それともたったそれだけのために村まで焼かんとする者がいるほどの力を持つことの責任の重さに対してか。
そんな大和の葛藤や不安に気づかぬまま、父が立ち上がる。
「とにかく、救急車と消防車を呼んで早く火を消さないと……」
そう父が呟いた瞬間、村のあちこちで水柱が立ち上がった。
「アレは……?」
「放水銃……」
目を凝らすと人影が一つ、村中を駆けずりまわっている。
「ゆうなさん……隠れていてって言ったのに……」
古民家の多いこの村には各所に放水銃が設置されている。
個々を手動で起動する必要はあるが、起動後は射程範囲内で任意の火災を自動で鎮圧する。
ゆうなはそんな放水銃を起動して回っていたのだ。
やがて村のあちこちで立ち上がる水柱に太陽の光が輝き、各所に美しい虹を掛けた。
***************
***************
「お爺ちゃん、痛む?」
「多少はな。だが、最近刺激がなかったからいい塩梅だ」
「もう……」
困ったようなゆうなの顔を見て、静かな部屋に老人の笑い声が響いた。
障子の一部にはめられたガラスの外には緑の野原が見え、その片隅には今が盛りと鈴蘭がちんまりと小さな花をつけている。
射し込む西陽は夏が近いことを示すように、五時前にも関わらずまだまだ暑く、高い。
「それよりも家が燃えなくて良かった。ゆうな、ありがとう」
「そんな……私は……」
「ご先祖様から受け継がれたものだ。わしが絶やしていたならあの世で顔向けが出来なかっただろう」
かつては大地主だったという古い日本家屋の坂本家本邸。
幸い、煙の割に火は小さく、家屋自体の損傷は軽微なものだった。
そんな日本家屋の中の一室で、ゆうなの曽祖父は横になっていた。
腹と頭に包帯が巻かれた百寿のご老公は、しかし生気に満ちた目で傍らに正座する曾孫を見つめている。
「大和は?」
「少し外に出てるって。森においてきた荷物とかもあるから取ってくるって。一人にして欲しいみたい」
「そうか」
そう呟き曽祖父は目を閉じる。
「ゆうな。大丈夫か?」
「え?」
ゆうなは思いもしない問いかけにハッとした。
「な、何が?」
「ずっと、楽しみにしていたんだろ? 大和との再会を」
「!」
「忘れるものか。四年前、あんな出来事があって、それ以来ずっと君は『大和大和』って言いつづけていたんだ」
「そんな昔のこと……」
「それでどうだ? 四年ぶりに会った感想は」
思いもしない口撃にゆうなは少し身を硬くする。
昔の話をされることも感想を問われることも全て予想外で、何を言っていいか口ごもる。
しばらくの沈黙を経て、やがてゆうなは震える声で語り出した。
「……私、ダメかもしれない。大和君に何もしてあげられなかった」
「さっきの襲撃の事かい?」
「違う。その前から。大和くん、昨日の夜からずっと力のことで悩んで怯えて助けを求めていた。それがわかっていたのに私はどうしていいか分からなくて、結局何も出来なかった……」
ギュッと手を胸の前で合わせながらゆうなは抱えていた思いを零す。
「……大和のことが怖かったのかい?」
「ううん。怖くなんかない。ただ、どこかに行っちゃうような気がしたの」
瞳に涙を浮かべてゆうなは曽祖父の顔を見る。
「四年前、私は大和くんにこの村で出会った。一緒にいたのはたった三日だけどとても楽しく過ごせた。でも、最終日に『あの』事件があって私は彼に救われた」
「……」
かつての夕陽に照らされた景色をゆうなははっきりと思い出していた。
四年前の美しく、そして儚く切ない『あの』日の夢を。
「それから四年間。四年もの間、私はずっと大和くんの事を考えてた。守られた四年前の私から変わりたくて、隣に立つに相応しい女の子になりたくて、今度こそ大和くんの力になりたくて、ずっと四年間頑張ってた」
それは目を閉じたままの曽祖父に向けての……いや、今はそばにいない大和への言葉。
溢れる想いを隠さずに滔々《とうとう》と語り続ける。
「同じ高校に通う事になった時、やっと自信がついたんだ。でも緊張して学校では声をかけられなくて、ずっと影から見ていた。この親族会議でも、家に着いてすぐは緊張して声をかけられなかった。先についていたのに、森に隠れてしまったの。でも、大和くんはそんな私を見つけてくれた」
その時のことを思い出し、ついに一筋涙が零れた。
「記憶がない事は分かってた。私のことを覚えてないんだろうなって。それでも、『あの場所』で私を見つけてくれた。それだけで幸せだったの。幸せだったのに……」
「ゆうな……」
曽祖父は薄く目を開ける。
その目を見ることができず、ゆうなはついに顔を俯いてしまった。
「私は大和くんの力になれなかった。大和くんは苦しみを全部一人で引き受けようとしている。そしてやっぱり、私はまたその背中を見ているだけだった! やっぱり私は私のまま! こんな想いをするくらいなら、会わなければよかった!」
慟哭。
想いを吐き出し、ゆうなは曽祖父の布団に顔を埋める。
泣き続けるゆうなの頭を撫でながら、曽祖父は静かに口を開く。
「ゆうな」
「……うん」
「あの子と話をしてどう思った?」
「…………嬉しかった」
「そうか……」
そう言って曽祖父は怪我をしている身体を起こす。
「お爺ちゃん!?」
「大丈夫。少し手を貸してくれ」
驚くゆうなの手を借りて座りなおすと「ふぅ」と息をつく。
「ゆうな。君は、たしかに大和の背中を見ていた。君だけじゃない。さっき白ずくめの奴らに襲われた時、みんながただ大和の背中を見ているだけだった」
「……」
「でも、君はその背中をただぼんやりと見ているだけではなかった。大和の心の葛藤に気づき、あの子が戦っている間は君も駆けずり回って戦った。それは君が無力では決してないと言う事だよ」
「そんな……」
ゆうなは胸を突かれたような気がした。
足りないところばかり見ていて、そんな見方は思いもしなかった。
予想だにしない所から優しく心を温められて、思わず目から雫が溢れる。
「わしらも一緒に過ごしていたのにあの子の変化には何も気づかなかった。ゆうなだから気づけた事だ」
「うん……」
ぼんやりと、ただ涙を浮かべるだけだった瞳に光が宿る。
頬に血の気が差し、少し紅く染まった。
そんなゆうなをチラリと見て、曽祖父はフッと頬を緩める。
「そんな、大和を一番見ている人間がこんなところで弱っていていいのかい?」
「え?」
「今大和は一人きりだ。昼まではずっと君が一緒にいたが、今は一人きり」
「でも……一人にして欲しいって……」
戸惑うようなゆうなの頭を曽祖父は再び撫でる。
「一人にしてほしい時もあるだろう。でも、一人にしてはいけない時もある。みんなの前で力を見せた大和は、きっと今頃自分を責めている。わしらが何を言おうと、きっとその言葉は届かない。そんな彼のそばに行くことが出来るのは一人だけだろう」
「……!」
「『どこかに行ってしまうような気がした』。そう言っていただろ? ゆうなはそれでいいのかい?」
「ううん」
「なら、見つけておいで。あの子をここに引き留めるのは君の仕事だ」
「うん!」
パッと顔を明るくしてゆうなは立ち上がる。
その目にもう涙は見えない。
「ありがとう! 行ってくるよ!」
「うむ。気をつけてな」
パタンと襖を閉じ、とたとたと廊下を走る音が遠ざかっていく。
それを遠目に聴きながら、痛む身体を動かして曽祖父は棚の上から写真を手に取る。
「結……これで良かったのかのぅ……」
セピア色の写真の中で微笑む女性に笑いかける。
「ポンコツなわしの頭ではひ孫にこの程度しか助言が出来ない……わしではなく、頭の良かったお前さんが生きていたら……」
二度とこの世で逢う事の叶わない妻に、彼はただ問い続けた。
「あれで……よかったのかのぅ……」
***************
***************
「あれで良かったんだろうか……」
太陽が西に傾き、少しずつ暗く静かになる森の中。
そんな中を、大和は鞄を手に提げ一人歩く。
思い返すのは昼間のこと。
「どうするべきだったんだろう……」
手にした力を早速使った。
親戚一同の目の前で。
「あいつらは俺の力を狙って来て、そのせいでひいお爺ちゃんは怪我して、親戚のみんなも危険に晒した」
大和は右手を強く握りしめる。
全て自分のせいだと己を責めながら。
「あ……」
気がつけばひらけた場所に出ていた。
崖のそびえるその広場は間違えるべくもない。
「俺が……落ちた場所……」
そこは、この村に来て最初に大和が足を踏み外した崖の下だった。
「全てが始まった場所だ」
ゆっくりと歩みを進め、やがて足を止める。
「ここか……」
そこは血を流し、大和が倒れていた場所。
目が覚めた時と同様に、その痕跡は見当たらない。
そこに横になり、大和は目を閉じる。
頭を占めるのは相変わらず、力のこと。
(天賦の才でも、努力の賜物でもないこの力……)
そんな力を自分の力と言っていいのだろうか。
「いや、言えない……」
だとしたら、自分は何者になってしまったのだろうか。
見た目も代わり中身も代わり、残ったものは何なのか。
まぶたの裏の闇に取り込まれそうになりながら、大和は何かに問いかける。
「俺は……一体、誰なんだ……」
「君は坂本大和、だよ」
「え?」
闇夜のように真っ暗な世界に、りんと一つ鈴のような声が響いた。
目を開けると眩しい夕陽が射し込む。
その光の中に一人の少女が立っていた。
「女神……」
「見つけた。大和くん」
後光がまるで羽のように輝き、少女を包み込む。
ルネサンス絵画のように美しいその情景に、ただ呆然とする大和。
女神は彼に微笑みかける。
「あなたは坂本大和。私の……」
何かを言いかけて躊躇うゆうな。
一瞬の間が出来て、そして再び彼女は微笑む。
「見た目が変わろうと、その身体にどんな力を秘めていようと、大和くんは大和くんだよ」
「うん……」
涙が溢れた。
それは大和自身が見失っていた『坂本大和』を彼女が見つけ出してくれた事への涙。
理屈ではない。
好きな女の子の言葉だから、胸に染み渡る。
「一緒に帰ろ」
「あぁ……」
やがて陽は山陰に沈み、空と雲が紅く染まる。
気がつけば女神はもうおらず、ただ一人の可愛い少女がそこに立っていた。
「よく、ここにいるってわかったな」
「えへへ……」
ゆうなはヘラっと笑う。
「ちゃんとどこにいても見つかるよ」
「あ……あぁ」
「でもね、探すのって結構大変なんだよ。私も迷うし、どう探したらいいか分からなくなったりもする」
「……」
「だからね……」
ゆうなは手を差し出す。
「もう迷わないように、二人で歩こ?」
目の前に差し出された手。
大和はその手を掴もうと手を伸ばし、触れる直前で止めた。
(壊してしまうかもしれない)
この幸せな時間を。
大切な彼女を。
そんな恐怖と不安が彼の手を躊躇わせる。
「……はい」
「!」
宙を迷う大和の手を、温かいものが包み込んだ。
「ひとりで迷子は……もうだめだよ」
「ゆうなさん……」
「私がいるから。そばにいるから。迷子になる時も一緒に迷うから……だから……」
泣きそうな少女。
その懇願にも似た涙に、大和は救われた。
「ありがとう……」
掴まれた手。
その手を握り返す。
「俺は……強い人間じゃない」
「うん」
「たくさん迷子になる」
「うん」
「きっと沢山寄り道する」
「……二人なら、その寄り道の先でも新しい景色が見れるよ」
「あっ……」
思いもしない言葉に、思わずゆうなの目をまじまじと見つめる。
「たしかにそうかも。天才かな?」
「あはは! ポジティブシンキングはお手の物だよ!」
「それなら迷っても楽しめそうだな」
そう言って大和は立ち上がる。
天を仰げば、満天の星の海。
「月は出ていないけれど……」
ゆうなが同じように空を見上げて呟く。
「その代わりに……星が綺麗ですね」
「っ!」
呟くだけ呟いて少女は歩き出した。
その手に引かれ、大和も足を踏み出す。
二人は手を繋ぎ、ゆっくりと家へと足を向けた。
やがて遠くに家が見えてきた頃、ゆうなが手をパッと離す。
「……明日でこの村ともお別れだね」
「あぁ」
「帰ると、また学校だ……」
「予習進んでない……」
「私もだよ」
二人で顔を見合わせて「はぁ」とため息をつく。
「学校でも、仲良くしてね」
「こちらこそ」
大和の言葉にゆうなは満面の笑みを見せた。
「よし! じゃあ、最後の晩餐だ!」
突然そう叫んで、ゆうなは駆け出した。
それをみて大和は仕方がないなぁと呆れ、しかしそのその頬は緩んだまま大きくため息をついて後を追う。
ぐんぐんと迫る家の扉。
二人は並んでそこに飛び込んだ。
「「ただいまー!!」」
「「「おかえり!!」」」
明るい声。
一日目と同じ客間を覗くと、すでに親族のほとんど全員が集まっていた。
「おっ! 今日の主役の二人だ!」
「いよっ! お二人さんようこそ!」
思いもしなかった歓声を受けて二人は固まる。
そんな二人を、おばさん連中の口撃が絶え間なく襲った。
「ほらほら! そんなところで固まってないでこっちにお座り!」
「あ、その前に手を洗いなさいよ!」
「はい、お茶出しておくわね! ほら、二人とも早く手を洗っといで!」
急かされるように二人で洗面所に向かう。
ギシギシと廊下を鳴らし、洗面所の扉を開けると途端に二人は顔を見つめ合った。
「な……なな……なにこれ……」
「わ、私が聞きたいよ!」
大和は怯えていた。
お前のせいだ、と非難されるのではと恐れていた。
お前さえいなければ、と凶弾されるだろうと不安だった。
そうされるべきだと、自罰的に考えていた。
覚悟など固まっておらず、けれども自分のせいで襲撃された以上逃れることのできない責任が自分にはあると大和は思っていた。
そんな予想を抱えた上での、この歓迎ぶりである。
「責められる事はあっても……あんな……。いや、もしかしたら縁切り前の最後の晩餐とか……?」
目の当たりにした状況を信じることができず、大和の考えは悪い方へと転がっていく。
「大丈夫。きっとそんなことはないよ」
「でも……あんなのを見て怖がらないはずが……」
「大丈夫。大丈夫だよ」
血の気の引いた大和の顔から目を逸らさずにゆうなが呟く。
「もし、何かあっても私は一緒にいるから」
「……」
「とりあえず、戻ろ?」
その言葉を皮切りに、大和は覚悟を決める。
『何かあっても一緒にいる』、そんな言葉を女の子にかけられて、男として立ち上がらないわけにはいかなかった。
いつまでもうじうじとしているわけにはいかない。
手洗いうがいをすませ、部屋に戻ると一斉に親戚達の視線が大和に集まった。
「お……おまたせ」
ゆうなと二人で席に着くと、祖父が口を開いた。
「えー……今日はみんな大変だったと思う。防ぎようのないことだったとはいえみんなには怖い思いをさせてしまったことを謝らせてもらいたい」
「そんな……」
「大和くん」
謝罪を聞き、思わず口を開きかけた大和の手をゆうなが掴む。
思わず振り向くと、ゆうなは静かに首を振った。
「親父は大丈夫。幸い傷は浅い。歳も歳だから少し用心はしなければならないが……」
そう言って、祖父はしばらく口を閉ざした。
少しの沈黙の後、祖父は大和とゆうなに目線を向けて破顔した。
「まあなんにせよ、だ! 大和とゆうなの二人のおかげで難を逃れた! 大和の火事場の馬鹿力とゆうなの機転。まさに見事!」
そう言って祖父はビールの注がれたコップを持ち上げる。
「今日のMVPは大和とゆうなだ! 二人の勇気を讃えながら、親族集会の最後の晩餐を楽しもう! 乾杯!」
「「「「乾杯!」」」」
音頭に合わせてあちらこちらでグラスのぶつかる明るい音が響く。
そんな中でただ二人、大和とゆうなはあんぐりと口を開けて固まっていた。
「ほらほら、二人ともどうした! 乾杯だ、乾杯!」
「あ……ああ、かんぱい……」
「かんぱい……」
恐れられているような空気もなく、むしろ感謝されているような雰囲気。
流されるまま、ただ大和とゆうなはその晩餐の席に座っているだけだ。
そんな二人に、一人の影が忍び寄る。
「よう、お二人さん!」
「きゃっ!」
「うわ、親父か……酒くっせ!」
音もなく近づいた大和の父にゆうなは小さな悲鳴をあげた。
顔を見ると真っ赤で、すでに相当出来上がっているようだった。
「ようよう、お二人さん! 今日は大活躍だったな!」
「あ、あぁ……そうだったかな?」
「そらそうだべ! おれぁ、嬉しかったよ! お前みたいなひ弱な奴も、やっぱやるときゃやる男なんだなって!」
「そーかいそーかい、そいつはどうも」
「ゆうなちゃんも、よく走った! 大手柄だ!」
「えへへ……ありがとうございます!」
心の底から嬉しそうな笑顔を見せるゆうなに、父はうんうんと頷く。
「いやぁ、可愛いなこの子! 素直な良い子だ! 毒舌を吐く息子と取り替えてぇよ」
「同じ学年同じ高校なので今ならお安くしときますよ?」
「おし! 買いだ!」
「何が『買い』や! 酔いどれはどっかいけぇ!」
わちゃわちゃとした掛け合いにゆうなは一層笑顔を輝かせる。
それを横目に見ていると、大和の抱えていた不安や葛藤はなんてことの無いもののように思えていた。
「おっ……酒がなくなったな。替えは向こうの机か。取りに行かねぇと……」
「あ、近いので私が取ってきますね」
小さな父の呟きにゆうながすぐさま反応して席を立つ。
こういうところがゆうなのいいところだな、とその気配りの良さに大和が感心していると父が突然彼の頭に手を置いた。
「大和。恐怖や不安もあっただろうに、本当によくやってくれた。ありがとう」
山菜の天ぷらを食べようとしていた大和は思わず固まる。
「えっ……?」
「ありがとうな」
聞き間違いではない。
真っ赤な顔で、しかし座った目とはっきりとした言葉が優しく大和を包み込む。
「……うん」
それだけで十分だった。
親戚達は、父は自分を恐れていない。
責めようなどと思っていない。
決して見放そうなどと思っていない。
その事だけで、十分だった。
「この村での最後の晩餐だ。楽しめよ」
「うん!」
そう言って頭をポンポンと軽く叩く父。
そんな彼に、大和は満面の笑みで答えた。
ありがとうございます!




