人形の恋
書き終わって、あれ?こいつ(ヒーロー)非道くない?と思いました。ヒーローに格好良さを求めないであげてください。そしてぜひ、感想など、お願いします。拙い文ですが最後まで読んでみて下さい。
「壊れてくれ。」
嗚呼、私は、私たちの日々は、彼にとって、あくまでも、戯れだったのか。
私の囁いた愛を、密かに滑稽だと笑っていたのかもしれない。
替わりのきく、安い言葉だと思っていたのかもしれない。
私という存在は、彼にとって、人形の域を出ることがなかったのだ。
だから、愛しいその声で、私が愛するその声で、そんなことが言えるのだ。壊れろ、なんて。
「あなたは・・・・・・、非道い人です。あなたがそう在れと言ったのに、私の願いは聞いてはくれないのですね。」
私が傷つかないなんて思っているのでしょう?私がお人形だから。
非道い、非道い、非道い人。
「ねえ、あなた。」
涙なんて、流れない。
制限された私の言動は、あなたのためにしか変わったりしない。
でも、あなたのためだけのお人形だけれども、最後くらいは、私のために言葉を紡いでも、許される気がした。
「愛しているわ。」
彼が目を見開く。
「愛してる。」
その顔が、歪んだ。
「愛してる。」
彼が手に、斧を持った。
「愛してる。」
目を瞑った。
彼の手で逝けるのならば、それ以上の終わり方はきっとない。
自然と笑みが浮かんだ。
「愛してる。」
すさまじい衝撃が脳を襲い、身体の機関が緩やかに停止していく。
「愛してる。」
赤褐色の温かな液体に身体を沈めた。
何も考えられない。考えたくない。
緩やかな微睡みに意識のすべてを傾けた。
「壊れてくれ。」
玩具のようなこの日々を終わらせるために。
目の前に、寸分のぶれもなく美しく立つ彼女に、願った。
今は亡き妻マリーシャの姿を模した、機械人形。それが彼女だ。
マリーシャは、明るい人だった。すべての人に、等しく優しかった。その優しさ故に、気の触れた男に刺されて死んだ。
結婚して、二ヶ月後のことだった。
ずっと想い続けて、やっと想いが通って、結ばれて。その矢先のことだった。
マリーシャを忘れるなんてことはできない。本気で愛した人なのだから。
それでも、いずれは忘れるのだ。
その声を、匂いを、姿を。
思えばおかしくなっていたのだ、あのころの自分は。
それをおかしいと思わなかった。
マリーシャの姿を忘れないうちに仕上げるために、何日も寝ずに作業を続けた。
出来上がった機械人形は、マリーシャそのものだった。優しい声も、抱き締めたときのかすかに甘い匂いも、柔らかな栗色の髪も、淡い青の瞳も、全部。
それなのに、違う。
人形の容姿がマリーシャに似ていれば似ているだけ、その差違が際立った。
すべてのものを愛したマリーシャと、創造者だけを愛する彼女。
その動作に、誰よりも、何よりも俺を慕うその姿に、少しずつ、マリーシャを亡くした衝撃や悲しみが薄れていった。
ある日、ふと、マリーシャのことを思い出し、戦慄した。
自分が彼女を忘れていたことに。
いつの間にか、自分の中の愛する人が、彼女になっていたことに。
このまま彼女を側に置けば、自分はマリーシャを忘れてしまう。
それは、焦燥だった。
いつものように買い物から帰ってきた彼女を出迎える。
よほど硬い表情をしているのだろう。彼女が不思議そうに首を傾げる。
一人分の呼吸の音が、沈黙で満ち、乾いた部屋にやけに大きく響いた。
「壊れてくれ。」
彼女が息をのみ(呼吸など必要としないのに)、かすかに震えた声で答えた。
「あなたは・・・・・・、非道い人です。あなたがそう在れと言ったのに、私の願いは聞いてはくれないのですね。」
壊されたくないという意思表示だったのか、別の意味を持っていたのか、自分勝手に彼女を創り、身勝手な理由で壊そうとしている創造者への糾弾なのか。
「ねえ、あなた。」
不意に、彼女が呼びかける。
今にも泣きそうな声なのに、その眼差しは涙で濡れることなく真っ直ぐこちらを見つめていた。
「愛しているわ。」
想像していた、どの言葉でもなかった。
「愛してる。」
嗚呼、何故。
「愛してる。」
どうして。
「愛してる。」
俺は。
「愛してる。」
彼女を創ってしまったのだろう。
彼女を動かしていた液体燃料が流れ出す。
「っ・・・・・・・・・・・・!」
「愛してる。」
ふっと、機械臭い液体に浸ったその四肢が力をなくす。
「ああ、ああぁぁぁぁぁあぁぁぁぁぁッ!」
何故、どうして。
恨み言を一つでも吐いてくれれば、少しはこの苦しみだって薄れたかもしれないのに。
嗚呼、俺は今どうしようもないほど身勝手で非道いことを考えている。
すべて俺が悪いのに、誰かにこの苦しみを和らげて欲しいと願っている。
誰かが、燃料の付着した斧を持つ俺を見て、あれは機械だったのだから、と言った。
必要のなくなった、生活を妨げるようになった、そんな機械を処分しただけだろう、と。
その言葉に縋ってしまえれば、どれだけ楽なのだろう。
自身の行為を正当化して、痛みや苦しみを見ないふりして、今までのように生きていくとしたら。
でも、もう、何かにすがることはしない。
マリーシャとの日々も、彼女との日々も、何かで隠すことはやめよう。
身勝手に壊した彼女を、俺はいつか忘れてしまうのかもしれない。忘れてしまうそのときまで、この痛みと生きていく。
それが、俺の抱えていく業であり。
ーー彼女への恋心だ。
「あなた?」
今し方誕生したばかりの娘が、首を傾げる。
「どうしたの、あなた。また、寝ていないの?」
どこかうつろな瞳の青年の頬に手を伸ばして、目を瞬かせた。
「泣いているの?」
娘の手をぬらすのは紛れもない涙。
青年が、隈と疲労が濃く表れた顔を、娘に向けた。
「愛して、くれ。愛しているんだ、マリーシャ。同じだけなんて言わない。少しでいい。俺だけを・・・・・・」
愛してくれ。
睡魔に負け、吐息に混じって告げられたその言葉で、娘は理解した。
己がマリーシャを求めて創られたものであることを。
「あなた。私は、私です。あなたの愛したマリーシャには、なれません。それでも、あなたは私にそう在れと言うのですね。」
青年が聡明であることなど、自身を創り出せた時点で明白だ。
そんな人物が正気でそんなことを言うはずがない。
娘は青年が正気ではないことを知っていた。
それでも、その言葉に縋りたかった。
愛している。
愛して欲しい。
「私はあなたを、愛してもいいのですね。」
意識のない青年のくすんだ金髪を撫で、娘は小さく笑った。
「愛してる。」
その想いは青年の願いという刷り込みなのか、元からプログラムされた物なのか。
創り物だったのか、娘に生まれた物なのか。
ただ確かなのは、娘は青年を愛していたという、その一点だけだった。
最後まで読んでくださりありがとうございました!




