プロデューサー
おれが台所に入るとAKO47たちの前に荒巻宙二と並んで信楽焼の狸のような男が立っていた。年齢はおれの父親くらいか。男は話をしていた。
ちなみにRYOZAN PARKプロダクションで場所がないため、奈落荘で一番広い部屋である台所はAKO47の練習場兼ミーティングルームになっている。おれは他人の行いを嗅ぎまわる趣味はないが、家事をやっているとAKO47の活動は全部筒抜けなんだよね。おれが入って行くと男はちら、とおれの方を見たが何も言わなかった。
おれはやおいにたずねた。「だれ?」
「プロデューサーの荒巻桂」やおいはささやく。
「いいか。だからお前たちの期限は年末までだ。それまでに結果を出せなければ、契約解除。デビューもできない」
「話がちがいますわ。必ずデビューさせてやるって……」リーダーが血相を変えて抗弁した。
「必ずデビューできるように頑張る、じゃないのか」荒巻宙二が横から口をはさんだ。「スカウトのやつら、口上手いからな。契約書にちゃんと書いてあるぜ。「事務所はアイドルのデビューを保証するものではありません」ってな」
荒巻宙二は紙のたばを渡したが、リーダー猫目はそれをちょっとめくるとぽうんと放った。紙の束はおれの方にすべってくるとおれの足元で止まった。おれはそれを拾い上げてなんとはなしに目を通した。
「いいか。HHKの朝ドラでも主人公のオークションには五千人が応募するんだ。その中で選ばれるのはたった一人。残りの四千九百九十九人は落とされる。それがこの世界では当たり前だ。プロダクションに所属しているから、もうユニットを組まされたからデビュー確実、なんて甘い考えはこの世界では通用しない。わかったか」
荒巻桂の説教をAKO47の面々はあるものは不満そうに、ある者は眠そうに聞いていた。
「なんだ。その眠そうな顔は」
「うち低血圧やもん。最初からそう言うとるやろ。朝は苦手やねん」こめかみをもみながらたけちんが答えた。
「お前。ええと猫橋だったな。キャラ作りはやってるのか」
「いやです」はなちゃんがぶすっとしたまま答えた。
「そんなんじゃだめだ。今時、ハーフの芸能人なんてはいて捨てるほどいる。いくらルックスが良くて背が高くてもそれだけじゃだめだ。テレビに出ているようなのはみんな陰ですごくがんばっている。とにかくキャラ作れキャラ」
はなちゃんは答えなかった。
「おい、お前。お前だお前。ちょっとこっち来い」荒巻桂は台所のすみにいたくのいっちゃんを手招きした。くのいっちゃんはしぶしぶという感じで寄ってきた。
「ええと、名前はなんだっけ。猫波か。本当に猫並みだな。もうちょっと笑顔とか、ファンにサービスするとかいう気はないのか。髪の毛も乱れているし、暗いし、それじゃファンがついても塩対応とか言われて終わりだぞ。今は悪い噂はネットですぐ広まるからな」
言いながら荒巻桂はくのいっちゃんこと猫波の髪を直そうとした。くのいっちゃんは素早く身をかわすといつの間にか手にしたはしを逆手に構えて荒巻桂の首筋にあてた。
「お、お、おれを傷つけるとクビだぞ」荒巻桂の声が震えた。
「くのいっちゃん!」
「それだけはあかん。ここにおられんようになるで」
やおいとたけちんが間に割って入ってくのいっちゃんを引き離した。くのいっちゃんはは下がったが構えを崩さない。
荒巻桂は椅子に座りこむとネクタイを緩め大きく息をついた。目がきょろきょろとあたりを見回す。
「と、とにかく。気合を入れろ。わかったな」
そう言い捨てると荒巻桂は出て言った。荒巻宙二がそのあとをつきそう。AKO47のだれも見送らなかった。
*
旧家を改装したアパートだけに、奈落荘の居間はかなり広い。
その広い居間の家具もかたづけ、場所いっぱいにAKO47の六名はダンスの練習をしていた。全員がまちまちの色のジャージを着て、すでに全身汗びっしょりだ。部屋のすみに置いたソファーにはマンジュウが座っている。横には少し白髪の混じった振付けの先生がAKOたちを見ながら指導する。その指揮についてAKOたちは踊っていた。
「ちょっとちょっと」振付けの先生がはなちゃんを指して言った。「そこ、また違ってる」
全員が動きを止めるとはなちゃん―猫橋は一人、前に進みでた。
振付師はうんざりしたように言う。「あなたねえ。いちにぃさんしぃの振りが丁度逆よ。序奏が終わってすぐ右右左左、こうだから」
言いながら先生は振りをやってみせる。
「あなたは半テンポ遅れるからみんなとちょうど反対の方へ左左右右って振るのよ」
「すみません」はなちゃんは礼をした。
「かれこれ一時間もやってるのに全然治らないんだから、あなたリズム感がないのよねぇ」先生はうんざりしたような顔をする。「ちょっと休憩しましょ」
「まあまあリズム感はないけど、お前が踊ってると目立つよな」唇のはしに火のついていないマイルドセブンをくっつけたまま立ち上がった荒巻宙二が寄っていった。
「SKO108にいたときもそれで目立ちすぎてみんなにハブられたんだっけ」
「はい。そうです」はなちゃんは固い表情で答えた。「目立とうとしてわざとやってるって言われました」
「ま、お前は素材はいいんだからさ。背も高いし目立つからセンター最有力候補なんだけど」
「ありがとうございます」
「いやそのしゃべり方、なんとかなんねえ? ほら、もう少し馬鹿っぽく話してよ。ファンはそれを期待してるんだからさ。ハーフの芸能人って言ったら、誰ともタメ口で話すちょっと頭悪い感じでないとダメなんだから、そこんとこうまくやんなよ」
「わたし……やです」はなちゃんはマンジュウの目を見たまま言った。宙二さんはちょっとたじろいで目をそらし、再びはなちゃんの顔を見据えると言った。
「そんな覚悟じゃデビューできないぜ」
はなちゃんは無言でマンジュウをにらんだ。クールビューティー。目線に力があるみたいだ。譲るつもりはないらしい。
「それからあと猫崎」マンジュウははなちゃんをスルーして今度はたけちんを指さした。「なんだ、また座ってるのか。顔色悪いし」
「うち、低血圧やもん。しょうがないやろ。ここ暑いのにエアコンもないし」
「贅沢言うな。エアコンつきの練習場が欲しければ奈落から出て上へ上がれ。人間、なにごとも努力だ」
「お前が言うな」
たけちんの関西弁によるツッコミを無視してマンジュウは後ろを振り返った。
「猫波。お前はダンスは一番うまいな。そのずっとうつむいたままなの、どうにかならないか」マンジュウはすっとくのいっちゃんに近づいて顔を上に向けようとした。くのいちの反応は素早かった。一瞬でバク転し、身を低くして構えた。いつの間にか灰皿を手にしている。
「ま、まて。おれを傷つけるとここに居場所がなくなるぞ」
マンジュウはわざとらしく目をむいて言ったが、くのいっちゃんは油断なく構えを崩さなかった。
「かー参ったな。おだててもだめ、すかしてもだめ。ま、いいけどな。おれが困るわけじゃねえし」
「で、こっちは」マンジュウは疲れた表情でまおりんを横目で見た。まおりんはトレーナーのフードを顔が見えないくらいに深くかぶり、ぶつぶつ言っている。
「萌えれ、萌えれ」「森ねずみ、森ねずみ」
「なんだそれ」脱力したマンジュウが問う。横からやおいが答えた。
「バイオハザード4《ふぉー》のガナードでしょ。こんなの一般教養よ」
「分かるか! どこが一般教養だ。お前らオタクと一緒にすんな」
「オタクを馬鹿にするなかれ。オタクは将来きみの上司になるかもしれない、とビル・ゲイツも言ってるよ」やおいがさとす。
「アイドルになる気あんのか!」
「ネトゲこそわが人生。ふっ、人生はゲームにしか過ぎない。こっちの世界には出稼ぎに来てる」
「そんなんでいいのか。デビューできないぜ」
「わが人生に一片の悔いなし」
マンジュウは深いため息をついた。
「やれやれだぜ」
「あらっ! いまのじょーたろーの真似?」
「じょうたろう?」
「空条承太郎」
マンジュウはいやーな顔をした。
「あら、そのいやそうな顔、承太郎が花京院典明にレロレロレロレロって言われたときにそっくり」
「やだっほんと」
まおりんとやおいは二人で盛り上がっている。
マンジュウは両手で髪の毛をくしゃくしゃにして正面に立つとくるりと振り返った。
「あのな。この際だから言っておく」AKO47全員を見る。
「お前ら、本当は予備軍じゃなくて脱落組だ」
「その証明は? シャケ(プロデューサー)がそう言ったの?」やおいが問う。
「おれが担当になった、という事実で十分だ」
「お前ら素材はいいが、個性が強すぎる。回りに合わせられなきゃ今後デビューはおぼつかない。こっちも契約中はお前らをデビューさせるためにある程度の努力はするが、今のままじゃ話にならないな」
「それは本当ですの。約束が違うじゃないですか」顔色を変えたリーダー猫目がマンジュウに詰め寄る。
マンジュウはふてくされてソファーに腰掛け、ここで初めてくわえていたマイルドセブンに火をつけた。
ふー
紫煙が空中にただよった。マンジュウは脱力した姿勢のまま言った。
「お前らスカウトマンに必ずデビューさせてやるから、とか言われて梁山泊に入ったんだろ。でもな……世の中そんなに甘くないぜ」
「いや」
「そうでもないけど」
AKOの少女たちが口々に言ったが、マンジュウはそれを聞いていないように一人で話し続けた。
「スカウトマン。あいつらみんなホスト上がりで女たらしのプロだからな。でもおれは違うんだ。おれはこんな世界に入ったのが間違いだったんだ。芸能界は魑魅魍魎の跋扈する世界だ。うそつきがあふれている。だがおれは違う」
「おれの将来の夢は……ニートになることだ!」
それ、こぶしを構えて言うようなことか。
「働いたら負け。これがおれの座右の銘。明日できることは今日するな。明日間に合わなくても土下座すればなんとかなることなら明日もするな」
「おれの小学一年生のときの作文はな、こうだった。「ぼくのしょうらいのゆめ。ぼくはおおきくなったらニートになりたいです。ニートになればはたらかなくてすむからたのしいです。それでたくさんゲームをしたりマンガをよみます」どうだ」
どうだ、とドヤ顔で言われても……
ちなみにおれの中学三年生のときの作文はこうだった。「科学が発展し、すべてがコンピューターと機械によって自動化されるようになると労働は人間の美徳ではなくなる。人間は美食、ゲーム、コミック鑑賞、ネット放浪などのもっと高貴な作業に従事する。現在そのさきがけとして高等遊民をめざすわたくしは、未来の人間像を具体化する先進人間像であるといえるだろう」
同じ内容をちょっと高級めかして言い換えただけじゃねえか。
「それで高校の三年間はバンドをやっていた」
「ところが息子の将来を案じた親父がおれを叔父貴にあずけて世間の厳しさを教えようとしたんだ」
「叔父さん」
「そっ。それがこのRYOZAN PARK PRODUCTIONの社長荒巻桂というわけだ」
AKO47たちは全員部屋から出て行った。
居間兼食堂はしばしおれと荒巻宙と紫煙で満たされて沈黙した。マイルドセブンがこれ以上短くならないくらいまで短くなってから、マンジュウはくのいっちゃんが落としていった灰皿を拾いに行き、フィルタを押し付けた。
「宙二さん」おれは話しかけた。「あのう。AKOって本当に才能ないんでしょうか」
「才能!? そんなもの芸能界で役に立つか」
「え、でも歌を歌うんだから」
「純粋に歌唱力だけで決まるんならあんなやつやこんなやつがステージに立てるわけがない」荒巻宙二は有名なタレントの名前をいくつか挙げた。「コネや金、プロダクションの力関係で決まるのさ。後、汚さや貪欲さとかな。ああ、これも才能っちゃ才能かな」
「ま、とにかくこのままじゃAKOは駄目だ。なにか突き抜けないと契約切れまで二軍で終わるぜ」