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まおりん

 おれが台所で夕飯のしたくをしているとまおりん・やおいコンビがやってきた。

「どーも、どーもご苦労さん。はっはっはっ」まおりんがオヤジのような口調で言う。またなにかアニメのキャラの真似だろう。

「今日の夕飯はなに?」やおいが聞く。

「きょうはブリの照り焼きに菜の花の茎のおひたし、それから味噌汁だ」

「今日の味噌汁の具は? ズバリ」

「今日……大根だ。大根の味噌汁」

「キャー!」突然やおいが叫んだ。両手で胸を押さえ腰を落として絶叫した。

「なんて言ったの。なんて言ったのよ!」

「え、今日……大根のみそし……」

「いやあー!」やおいは顔を紅潮させておれの胸をどんどんと叩く。今の発言のどこに腐女子こいつが反応するような失言があっただろうか。

「危険よ! 危険だわ!」

「おい。忙しいのにいいかげんにしてくれ! 今日大根の味噌汁だったらなにが危険なんだ」

「南部くんにそんな願望があったなんて」

 なにか気づいた様子のまおりんがさりげなくおれの腕に自分の腕を回した。

「おにいちゃん。あたしと一緒にデートしない」

「はあっ!?」

「やだ。おにいちゃん。エッチなことしないで」まおりんはくねくねする。

「するかっ! お前、なんで急に妹の真似なんだよ」

「まだわからないの」やおいが冷たく言う。「分からないふりをして自分の失言を糊塗しようなどとは、見下げた根性だわ」

「なにが失言だっ! おれが言ったのは「今日大根の味噌汁」ってことだけ……」

「その言葉をもう一度ゆっくり繰り返してみなさい。ひらがなで」

「は? ひらがな? えっと」

 おれは考えだした。

「きょう・だいこん・の・みそしる」

「その「・(なかぐろ)」をとってゆっくりと発音してみなさい」

「きょうだいこん……兄妹婚?」

「ようやく気づいたようね。いやらしい」あおいは腕組みをしておれを冷ややかな目でにらむ。

「偶然だ! 偶然なんだ。おれはそんなこと考えたこともない!」

「あなたの無意識の願望が思わず口をついて出てしまった、ということかしら。このように完全犯罪はほころびてゆくものなのよ」

「いや、完全犯罪って、おれまだなにもしてないし」

「まだ、ということはこれからするつもりなのね」

「いやいやいや。単なる言葉のあや、もののはずみだ」

「おにーいちゃん。あたし、おにいちゃんのお嫁さんになってもいいよ」まおりんがおれの腕につかまってすりすりする。おれは思わずぞくっとして固まった。

 あおいが「ほら」という目つきでまおりんと顔を見合わせた。二人はくすくすと笑いながら台所を出て行った。

 廊下で「あー面白かった」という声が聞こえた。どうやら二人は暇でわざわざ邪魔をしにきたらしい。


     *


 夕食後、おれが明日に足りない分を買い足しに行ってから戻ってくると台所兼食堂にはまおりんが一人でいた。


 まおりんが「ただいまー。台湾からのおみやげだよー」と言って台所のテーブルにどかんと大きな紙袋を乗せた。紙袋はところどころ敗れてそこから大きなとげが見え隠れしている。

 まおりんは笑顔だ。こいつがこんなに機嫌がいいときはなにか企んでいるときだ。またこいつなにかロクでもないものを持ってきたんじゃあ……

 おれの態度には構わずまおりんはにこにこしながら袋をガサガサいわせて開けると中から機雷か未開人の投擲武器のようなものを取り出した。

「こ、これは?」おれは思わず引いた。台所の中にぷん、と異臭がただよう。ラグビーボールほどの大きさ。全身強力なとげがとびだしている薄緑色の果物。

「じゃーん! 南洋名物ドリアンでーす」

「でーす、じゃねえよ」

「あら、嫌い?」

「他国の文化に偏見はないつもりだが、ちょっと臭いが生理的に……」

「そんなこと言わずに食べてみて。三回食べれば臭いにはなれるよ。その後は病みつきになって、これなしにはいられない体に……」

「そんな中毒性が高いのかよっ!」

「まあまあ」そんなおれには構わず、まおりんは包丁を取り上げると、ドリアンのへたを切り落としてからとげに刺されないように気をつけ、そのドリアンのへたのついていた部分を上にしてテーブルの上に立たせた。こいつ器用だな。とげだらけのドリアンはつかむところもないのに。

「はっ!」まおりんが包丁をへた部分に突き立てると、あれほど固く頑丈そうに見えたドリアンの皮にぴきっ、と割れ目が走った。そのまままおりんはとげとげを避けてドリアンを二つに割った。

 中からはちょっとクリームがかった白い実が現れる。見かけはきれいだが臭いは強くなった。ざくろのように硬い殻の内側に柔らかい実がついているタイプの果物だ。

「うーん。東南アジアの果物って見かけは悪いけど中身は真っ白なのが多いな」

「でしょ。これも臭いにさえ慣れれば美味しいよ。それに栄養満点だから、受験生の体力増進には格好だし」

 え、こいつ、受験生のおれに英気をつけるために持ってきてくれたのか。

「ここ、ちょっと押さえてて……」まおりんはおれに皮の一方を押さえさせてもう一方に力を込め、ぱきぱきと皮を割ってゆく。中の白くて柔らかい実を手で取り出し、次々と皿の上に乗せた。

「だからドリアンは「果物の王様」って言われてるんだよ」

「ふーん」おれは距離をとったまま素直に感心してみせた。

「それにね……」まおりんはあたりを見回してから顔を近づけて声をひそめた。「ドリアンの香りには嗅いだ人間の潜在能力を引き出す、特別な成分が入っているそうだよ」

「ま、さか」おれは本気にしなかったが、まおりんの真剣な顔につられて顔を近づけた。

 かぽ

 突然まおりんは左手でおれの頭を押さえ、右手に持っていたドリアンの皮をおれの顔にかぶせた。

「く、臭い!」おれはもがいたが、身を乗り出していたため体勢が悪く、テーブルの反対側にいるまおりんをふりほどけない。

「おれはもう人間をやめるぞ」まおりんが作り声で言う。

「石仮面かよっ!」ドリアンの皮をはずしたおれは叫んだ。

「ああディオ様!」まおりんは両手を胸の前に組んで目をうるうるさせた。「あなたのおそばに仕えることのみがわたくしの望みですじゃ」

「苦しいじゃねーか! 本当にあっちの世界へ行くかと思ったぜ」

「ごめんなさーい。きゃいーん」

「可愛いキャラ作っても駄目だ!」

 おれは怒鳴ったが、実の所、可愛い子を演じるまおりんは本当に可愛くてちょっとどごまぎした。だから必要以上に怒鳴ってしまった。

「ご、めーん。じゃあこれ罪滅ぼし」まおりんは皿の上にあったドリアンの果肉を一切れ取り上げると、言った。「はい、あーん」

 余りに予想外だったため、おれは無意識に従ってしまった。呆けたように開いたおれの口にまおりんは白い果肉を押し込んだ。

「う、むっ」

 臭い。臭いがついさっき皮をかぶせられたばかりでちょっと臭いに慣れたせいか余り気にならない。おれはそのまま果肉を噛んだ。柔らかく、ねっとりした果肉が口の中でとろける。果物にしては濃厚だ。栄養満点感がある。確かに「果物の王様」と言われるだけある。おれはそのままほぐほぐと初体験のドリアンを飲み込んでしまった。

「ふむ。悪くない」

「そうでしょ。臭いに慣れるまでだから。慣れたら平気だから」

 その笑顔を見ていたらなんか変なことを考えた。

 こいつはもしかしたらおれに英気をつけさせるために、苦手なドリアンの臭いを克服させるため、わざと皮をかぶせるような強引なことをしたんじゃないだろうか。こいつはいたずらだけど、どうも悪意があるようには見えないんだ。

 そんなことを考えていたら、なんか変なものが見えた。まおりんの頭の上に霞がかかったように透き通ったような変な物体が見えた。

 これ、猫耳かな。

 明らかにまおりんがよくするような猫耳のつけ耳のようなものがホログラムのようにぼっと透けて見える。

 おれがそれを見つめているとまおりんはいぶかしげに聞いた。

「なあに? あたしの顔になにかついてる?」

 おれはそれでも目をこらした。そこにあるようで実態が見えない。

「や、やだな。そんなにじろじろ見ないでよ。じゃあもう一つ。あーん」

 ドリアンを差し出したまおりんは突然はっと気がついたように身をこわばらせた。その時、おれが見ているまぼろしのような猫耳がぴくっと横に動いた。幻覚じゃない。

「今日のご飯はなにー?」

 やおいが突然台所に入ってくると同時におれの口に差し入れられるはずだったドリアンはおれの鼻の穴にねじこまれた。

「ふがっ、ふがっ!」

「あら、あんたたち、なにやってんの?」

「鼻からドリアンが食べられるかの実験」平然とまおりんは言う。

「食えるかっ! ちょうどねっとりしていて窒息するわ!」

「へーえ」やおいは腰に手を当て、そんなおれたちを細目でながめた。

 

     *


 おれが忙しく家事をこなしていると二階からおばさんの呼ぶ声がした。

 二階は通常男子禁制でおれは呼ばれなければ上がって行くことはない。

「はやくはやく。里己ちゃん。早く来て」

 おれは洗い物をしていた手をタオルでふくと階段を駆け上がった。おばさんの声はまおりん&やおいの部屋から聞こえた。

「はやく」

「はいはい」おれはそのままドアを開けた。

 中には23インチテレビの前でゲームの真っ最中のまおりんが一人いるだけだった。狭い部屋を見回してみたが、まおりんとやおいの二段ベッドのほかには誰もいなかった。

「あれ。おばさん?」おれは振り返ってそのまま部屋を出ていこうとしたが、それをおばさんの声が呼び止めた。

「こっちよ里己ちゃん」

「こっちよって、おい。おばさんの声出したのお前か!」

「フフフ。まおりんは声優志望だから他人の声色をまねることなど猫飯前だにゃん」

「朝飯前だろ。邪魔したな」おれはそのまま出てゆこうとした。

「待つのだ! スネーク」今度はキャンベル大佐の声で言った。「任務だ」

「なんだよ。おれ今忙しい。それが終わったら相手してやる」

「自ら死亡フラグを立てることもなかろう。緊急の用事があるのだにゃん」

「なんだ」

「このコントローラーを頼むにゃ」まおりんはおれの手にプレイ中のコントローラーを押し付けた。

「頼むって、お、おい! これボス戦じゃねーか。うわっ! 連続攻撃してくるし、つ、強い!」

「こんなときにナウシカネタを振るとはなかなかのオタクと見た。ちょっとトイレ行ってくるからボス倒しといてにゃ。死んだら死刑だにゃん」

「死んだら死刑って、もはや意味不明だぜ」

 おれはそうは言ったものの、敵ボスの連続攻撃をかわすとわずかな合間を見てボタンの動作を確認した。おれの知らないゲームだが基本操作は他のゲームとそう変わらない。おれは休憩するためにオプション画面を開こうと様々なボタンを押してみたが、ボス戦の間はできないようだ。

 で、結局そのままおれは座り込んでボスと戦うはめになった。

 ちょっとトイレ行ってくる、と言い残したまおりんがすっきりした顔をして戻ってきたのはそれからたっぷり15分はたった後だったが、そのとき丁度敵ボスの最後の攻撃ターンをかわし切り、とどめを刺そうというところだった。まおりんは当然という顔をしておれからコントローラを取り上げると、一番おいしいフィニッシュブローを決めた。

 画面で敵ボスがはでに爆発し、イベントが行われているのを見ながらまおりんは言った。

「おい。もう行っていいにゃ、受験生」

「な!」

「後ろの方にある四角い木の板がドアだにゃ」

「ふざけやがって。二度と手伝ってなんかやるか」

 おれは憤然と立ち上がったが、まおりんは全く動じなかった」

「ふふん。どうせキミは「Would you kindlyウジュ・ユー・カインドリィ?」という言葉で頼まれると嫌とは断れないようにプログラムされている身体なのだにゃ」

「おれジャックじゃねえから」

「おおお」まおりんの眼差しは感動に見開かれた。「『バイオショック』をやりこんでいるとは、筋金入りのゲームおたくと見たにゃ。しかし受験生がそんなことをしてていいのかにゃ?」

「う」そんなことをしてたから受験に失敗したのだった。しかし目の前にゲームがある状態で誘惑を断ち切って自力で勉強するとかほとんど不可能。ああ、おれって駄目だ。

「ま、息抜きもたまには必要だがにゃ、ゲームは時間泥棒だから気を付けるにゃ。これからもおいしいところにきたら少しやらせてやるにゃ」

 え? それだとこいつ、受験生のおれに適度な息抜きをさせてくれたってことなのか。こいつの本心がわからねえ。

「さあ、用事がすんだらさっさと下に行くにゃ。まごまごしてるとまた痴漢容疑で告発されるにゃ」

 おれはそのまま押し出されるようにして部屋を出た。


     *


 おれはその夜、深夜勉強をしていた。

 皆寝静まり、AKOの連中が騒いだり邪魔したりしないこの時間帯は一番はかどる。しかし昼は買い物や料理に忙しく、かつAKOの連中が入れ替わり立ち代わり邪魔をしに来るのに対応しているので疲れる。ちょうど始まって1時間くらいで眠くなってきた。

 いかんいかん。この程度の勉強量では全くメニューを消化できない。

 時計を見るともう深夜0時だった。おれは眠気覚ましにコーヒーを飲むことにした。

 台所兼食堂に入ると64インチテレビがつけっぱなしになっていた。ソファーの背もたれから猫耳が二つ、はみ出ている。またなんかおれを陥れようとするトラップか。

 おれは最初用心して近づかなかった。湯を沸かしている間、食堂のテーブルにマグカップやコーヒードリッパーをセットする。ドラマはとうに終わっていた。

 テレビ見ながら寝ちまったのかな。

 静かな夜にどうでもいいコマーシャルが流れるのがうざい。テレビを消そうとソファーの前に回り込んだ。

 あれ

 ソファーには放心状態のまおりんが座り込んでいた。目はうつろにテレビ画面の方を見たまま、おれが近づいたことにも気づかないようだ。

「おい。こんなところにいると風邪ひくぞ」

 おれの言葉にぴく、と反応してまおりんはおれを見た。だが身体は寝そべったままだ。

「もうためある。おしまいある」

「おい。いいかげんにしろ。おれこれから勉強あるし、お前の冗談に付き合っている暇はないんだよ」

 おれの非難にもまおりんは態度を変えなかった。

「すべての希望がくずれさったある。ぽこぺん。ためある。ためあるよ?」

 まおりんは両手で顔をおおってしまった。どうやら冗談ではないらしい。

 おれは仕方なくまおりんの横に腰掛けた。まずまおりんの手からコントローラを取り上げてテレビを消した。

「どうしたんだ」

「ロキ様が」

「ロキってヒロキのことか?」

 まおりんのはまっている深夜アニメの主人公だ、確か。

「結婚してしまったある」

「ほう」

「わたしが結婚しようと思っていたのに、先に結婚してしまったある」

「お前が結婚ってむりじゃん」

「それもよりによってあの嫌な女と。もう絶望あるよ」

「そうか。じゃ」事情が分かったのでおれは立ち上がろうとした。

 まおりんはおれのズボンを引っ張った。

「もう生きる希望がないある。もうためある。死ぬよろし」

 おいおい

 おれは座りなおした。さすがに死なれちゃいやだ。

「そんなにロキのこと好きだったんだ」

「そうある。あちらは高貴な二次元のお方でわたしは卑しい三次元の人間。でも身分違いの恋に燃えたある」

 それ身分というより次元が違うけど。

「まあでもいつかきっとお前にふさわしい相手が見つかるよ」

「そうあるか」

「きっと望みが叶うよ」ああ気休め。

「まおりんの望みはいつか二次元に行くことある」

「だってお前、いつだってネトゲで二次元に入り込んでるじゃないか」

「しかしまおりんのこの体はお腹がすいたりトイレに行きたいときにはいったん三次元に戻ってこなければいけないある。そのときは現実を見て覚めるある」

 馬車はカボチャに戻り、プリンセスのドレスもジャージに戻る。

「そりゃま、そうか。いや、お前みたいのをリア充って言うぞ。ネトゲじゃアバターはすごい美女だが実態はデブだったとかあるが、お前はけっこうグレード高いじゃねーか。そんなに落ち込むほどのことないと思うぞ」

「そんなお追従をもらってもうれしくないある」

「いやほんとだって」

「いっそのこと、まおりんは永遠に培養槽の中で電極を付けられて二次元の夢を見ていたいある。そして体の微弱電流でPCを動かしていればお互いさまて共存関係ある」

「いや。お前くらい目立つやつは仮想世界マトリックスでも黒服サングラスの男に粛清されると思うぞ」

 まおりんはおれの言葉にちょっと黙った。目に生き生きとした感情が一瞬戻ったが、数秒すると再びうつろな表情になった。

「あるいはナーブギアをつけたまま、永遠にアインクラッドの階層をさまよい歩きたいある」

「いや。それ肉体の方はチューブにつながれてるし、介護する人間が大変だぜ。おれ、お前のおむつ取り替えたりするのいやだからな」

「うわあ。南部くんは人の夢に水を差すのうまいあるね」

「まあ、でもおれもときどき異世界へ逃げ出したくなるぜ。そんなものがあれば、の話だが。でもおれ思うんだけど、異世界も行けないうちは幻想を抱いているけど、実際に行ってみたらそんなにいいところじゃないかもしれない」

「いやある。そんな大人みたいなこと言ったら。夢がなくなるある」

「現実的すぎるかな。でも現実の大変さをクリアしなけりゃ、仮想世界のゲームだって楽しめないんじゃないか。こっちとあっちの世界両方で充実できれば最高だな」

「まおりんもそう思うある」

「おれの現実は当面受験だな。お前の現実はAKOでデビューすることだろ」

「梁山泊はまおりんの期待していたものとはちょっとちかったある。声優事務所と思って入ったある」

「そうなんだ。どうやって間違えたんだ」

「声優事務所を探していたら梁山泊のスカウトに会ったある。その人が「大丈夫、大丈夫」と言って契約書にサインさせたある。大丈夫じゃなかったある」

「お前、世間知らず」やばかったんだな。

「まあ、アイドルデビューしてから声優になってもいいと思ったある。今はそのあたりはっきりと分かれていないあるからね」

「なるほど」

「プロダクション内オーディションでコスプレしたらすぐにSKOの予備軍に入ったある」

 さすが。

「でもSKOでは孤独だったある。アニメネタを振ってもだれも理解しないある。これだから教養のない女はためあるね」

 ダメだしするし。

「アニメを知ってなくちゃいかん、ということはないだろ」

「おや。アニメは日本か世界に誇るいたいな文化ある。て、いうか、それ以外の文化ってあったあるか?」

「お前、今、右翼を全員敵に回したぜ」

「まおりんはネトゲでいそかしいあるから、3ちゃんで毒吐いてる暇ないある」

「お前、本当にアイドルっぽくないよな」

 まおりんは話題を戻した。忘れていたわけではないらしい。

「それてSKOの連中と会わなくてとうとうAKOに落とされたある。ても、やおいたんと会えたから結果として良かったあるよ」

「でもデビューが遅れちまうな」

「まあ仕方ないある」まおりんは首を振った。

「でもいつか必ず声優になるある。まおりん声の技なら得意あるよ」

「さっきのおばさんの物まね、うまかったな。完全にだまされたぜ」

「コスプレもうまいあるよ。こんと、付き合ってくれたお礼にメイドのコスプレしてあげるか」

 え、いいのか。

「ご主人様。メイドはお嫌いですか」突然まおりんは表情を変え、甘い声を出した。

 う

「南部っち、今すごくやらしい顔したある」

 正直、ど真ん中のセクシーさだった。

「か、かわいい」

「そうあるか。まおりんちょっと自信てたある」

「お前いつも自信満々じゃねーか」

「それはキャラを作っているあるよ。本当のまおりんは憂いを帯びた内向的な少女ある」

 ぷっ。(内向的って自分で言うか)

 おれは思わず噴き出した。いつものこいつがぜってー「地」だろ。

「いま笑ったあるね。やっぱりまおりんは表裏があるからロキ様にも見放されたある」

 再びまおりんはブルーになって顔をローテーブルに伏せてしまった。

「お、おい。笑ったのは悪かった。気をしっかり持て」

「もうためあるよ。死ぬよろし」

「死なないでくれ。じゃ、じゃあなんか楽しいことしよう」

「エロいことはしないあるよ」

「ちげーって。お前おれのことどう思ってんの?」

「普通にエロい浪人生ある」

「さすがに傷つくぞ」

「でもなんでもしてくれるあるか」

「お、おお」

「じゃあメタルギアソリッドごっこするある」

「は?」

「まおりんが箱に入ってスニーキングするから、南部っちは警備兵の役をするある」

「わかった」

 まおりんはそのまま箱を取りに行った。おれはちら、と壁の時計をながめてため息をついた。

 まおりんが箱に入ってそろそろと居間に入ってきた。おれは巡回する警備兵のようにほうきを突撃銃に見立てて持っていた。箱が近づいてきた。おれは口で効果音を出して頭の上に「?」マークを出すアクションを演じた。わざとらしいセリフを言う。

「この倉庫にミカン箱が……おかしいな」

 ゆっくりと箱を持ち上げる。中に入っていたまおりんスネークは素早く飛び出しておれの後ろに回り、首を締めあげた。

「くくく、苦しい。ちょっと手加減しろ」

 本来おれは崩れ折れてそのまま消えるはずだが、予想外の首絞めの強さにのけぞった。そのままおれとまおりんはソファーの上に倒れこんだ。

 あっ

 気が付くと、まおりんはおれの下に倒れ、おれがぶつからないようにとついた手はまおりんの胸の上に乗っていた。それなりの弾力を感じた。やばっ。

「あああ?」まおりんは胸を押さえて大声を出した。

「す、すまん! わざとじゃないんだ」このまままおりんが声を立てて奈落荘を起こすと、おれは前科一般(痴漢)になってしまう。

「今の、今のほんとうにわざとじゃないあるか」

「本当だ。信じてくれ。偶然だ」

「すごい。すごいある。アニメのお約束事たけと、実際にはほとんど起きない確率のイベントを体験できたある。これはラッキーある」

 どうやらアニメなどである主人公の男とヒロインがぶつかって転ぶイベントのことを言ってるらしい。

「一つだけ残念なのは、これが初対面ではちょっと嫌なところもあるイケメンの主人公タイプではなく、セバスタイプの南部っちに押し倒されたという点ある。返す返すもそこが残念ある」

「くっ。そこが残念かよ」

「そうある。てもこのまま少女マンガではなく、凌辱物になりそうなシチュエーションあるね」

 そうだった。痴漢で訴えられたら受験どころではない。

「すみません。これは事故です」

「わかればいいにゃん」

「にゃん?」語尾が変わってる。

「い、いや、いいある。ああー、まおりんは激しく傷ついたあるねぇ」

 本当かよ。

「わびを入れたらゆるしてやるある」

「わびってどうすればいいんだ?」やくざかよ。

「拷問ごっこするある」

 拷問って。

「さあ、シャツを脱いでそこに横になるある」

「いや、それは勘弁してくれ。他の奴に見つかったら今度こそおれ、おしまいだから」

「つまらないあるねー」

「連射パッドを使おうなどと思うなよ」突然まおりんはリボルバーオセロットの声色を出した。

「ああ、あの拷問シーン」

「そうある。「A」ボタンを連打しないとメリルが死んでしまうある」

「お前、もうちょっとヒーローシーンごっこにしない?」

「まおりんはどっちかと言うと悪のキャラの方が好きある。裏のある方がかっこいいある。リボルバーオセロット最高ある」

 なるほどね。

「『バイオハザード4』ならオスマーン・サドラー様がいいある。悪の魅力ある」

「え、あの最後巨大な化け物になっちゃうのがいいのか?」

「あの、後で改心してシリーズ次回作で主人公の味方になったり絶対にしなさそうな感じがいいある」

「ふーん。そんなものかね」

「まおりんはなんでも好きなわけじゃないある。アニメにも美学があるあるよ」

「そうなんだ」

「悪が強ければ強いほど、個性があればあるほど、主人公が光るあるよ。主人公は原則正義の味方が多いからつまらないある。やっぱり、悪のヒーローといえばロキ……」

 調子に乗りかけていたまおりんは突然固まった。自分が落ち込んでいる理由を再び思い出したらしい。目の光が失われ、うつむく。

「ロキ様」ぽつんと言った。

「まあまあまあまあ」おれはまおりんの肩をたたいてなぐさめた。「まだリアルがあるじゃないか。三次元が」

「それは新手のナンパあるか」

「い、いや」こいつ、落ち込んでても頭はさえてるな。

「リアル世界ではまおりんは日本一可愛いコスプレーヤーになって、億万長者のイケメン漫画家と結婚するある」

「欲望丸出しだな」

「新たなる希望ある」

「エピソード4か」

「おおおー。南部っちは守備範囲広いあるね」

「て、いうか、お前二次元だけじゃなかったのか」

「おたかい様ある。ても受験生がそんなことしてていいあるか」

「うるせえよ」

 そんな風にしておれは朝までまおりんとアニメやゲームのオタトークを繰り返した。


 翌日、目をはらして昼頃起きてきたおれの背中をいきなりどやされた。

「ほーい。エロ受験生。元気かにゃ」

 振り向くと猫耳メイドの恰好をしたまおりんが立っていた。本当に鼻血、出そうになった。

「おおおお前! 朝から心臓に悪いぜ」

「今日はまおりん全開だにゃ。『悪魔王子』のシーズン2が始まったにゃ。バブ様ー」

 どうやら新しい二次元キャラに惚れたらしい。

 昨日は全壊だったくせに。

 まおりんはおれの前に回るとおれのほっぺたをつねり上げた。

「ふん。やっぱり三次元の男はつまらんにゃ」

 そうして昨夜の勉強全壊のおれを残して楽しそうに去っていった。


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