クリスマス公演
「にゃん、つー、にゃんつーすりーふぉー」
まおりんのかけ声でBGMが始まった。デビューしたてのAKO47にはまだ「ディセンバー」とその他二曲の持ち歌しかない。
しかし屋外ステージはすでに満席だ。立ち見と座席の区別がつかないのはすでに観客全員が総立ちでスティックライトを振っているからだ。
「みんなー。乗ってるかい!」はなちゃんがどこかはにかんだような顔で叫ぶと「ウオオオオー」と反響があった。それだけで舞台なれしていないAKO47は今にも気絶しそうな表情になった。
りょー一人だけは落ち着いて背筋をぴんと伸ばし、舞台用の笑顔でたたずんでいる。右手にはしのぶ、左手にはくのいっちゃんの手を握っている。
しのぶは舞台衣装を着たままサングラスをかけてうつむいている。今にも泣き出しそうだ。奈落の扉が開いたあの夜の動画を見たおばさんが一週間かけてこんこんと説得し、とうとうしのぶにAKO47の一員としてデビューすることを承諾させたのだ。ちなみにおばさんはそのときの動画を千回以上見た。動画を見ながら顔を上気させ、ため息をついて「いいわあ、若い人たちは」とつぶやいていたのをおれは聞いている。ステージを歩くときに転ばないようにりょーが手を握っている。くのいちの手を握っているのは、勝手にどこかへ行かないようにだ。
「みなさん。今夜はわたくしたちのライブ1《ワン》を見に来てくださり、ありがとうございました」リーダーがあいさつすると会場のあちこちでばらばらに応援の掛け声が響いた。
「わたくしたち、一生懸命歌って踊ります。合言葉は「ラブ・シンクロナイズ」です」
「雅子ちゃーん」客席から声が響いた。すでにAKO47メンバーの名前は知れ渡っている。個別のファンもついているようだ。
「ではいきます」
リーダーの合図でAKO47のメンバー全員がそれぞれの珠を握り締めた。あるものはポケットに入れ、あるものは首飾りに、あるものはシュシュにして手首につけている。BGMも期待を持たせるように引き伸ばした。
「「「「「「「「ラブ・シンクロナイズ!」」」」」」」」
AKO47の声が会場の声と唱和した。ただちに鬼火がAKO47のまわりに燃え広がり、冷たい火が渦を巻いて彼女らを光で包み込む。輝きで彼女たちが見えなくなった。
「「「「「「「「にゃーん!」」」」」」」」
数瞬後、光が晴れるとそこには最初のとは異なる衣装に身を包んだAKO47、いや八猫士たちの姿があった。剣はマイクのように伸びている。全員猫耳と猫の尻尾がついている。
大歓声が会場を包み込んだ。フラッシュがいくつもたかれる。ライブ中はフラッシュ禁止だが、この屋外ステージで完璧に管理することはできない。みな、この変身シーンを待っていたのだ。鬼火もありえないほど早すぎるステージ衣装の変更もステージエフェクトと思われて誰もとがめない。
「さーて今夜もあばれるにゃん」別人のように元気になったしのぶが最前列へ出てレイピアを斜に構えるとまおりんが中国剣を構えて剣と剣を交差させた。
チュイーン。
前奏が流れる中、金属音が響き、しのぶとまおりんの二人は剣で模範演技を見せる。両者とも目にもとまらない速さで互いに剣を繰り出し、払い、突き、切るが、実力の十分の一も出していない。猫化した二人にとってはカタツムリのように遅いだろう。
二人が剣を交わしながらサイドステップし、後転し、ムーンサルトすると再び場内は沸いた。猫剣士化した二人のしなやかな体がうねり、跳躍する姿はモスクワ国立劇場で踊るプリマ・ドンナのようだし、そのアクションはスタントマン養成学校JAPのスタントマンも真っ青だ。ときおり、剣が二人の体をかすめ、そのたびにあっあぶない! と観客が身を固くするのがわかった。その一瞬後にはきわどい剣の一撃をどちらかが奇跡の動きでかわし、観客はいっせいに胸をなでおろすのだった。その剣戟が一合二合と行われたあと、どのようにしても剣は二人の体をかすめもしないのだと悟って観客席から怒号のような歓声が聞こえた。
前座の剣舞が終わり、いよいよ歌が始まった。曲は「ディセンバー」。前奏が始まり、AKO47は輪になる。今夜のクィーンはりょー。最初からみんなでそう決めた。AKO47は輪になってステップを踏みながらだんだんと輪を大きくした。
Yah Yah! 遠からんものは音に聞け~ 近くばよって目にも見よ~
お・ま・え・のハートを射抜いてやるぜ~
フォーティーセブン!
そうよ(こ・れ・は)真剣勝負
待ったなしの 血みどろの戦い
負けたらだめよ 乙女
傷ついても 歯をくいしばり
笑顔で相手に カウンター・アタック!
間奏が始まった。他のメンバー七名がバックコーラスのように体を揺らす間、真ん中に一人立つりょーはダンスを披露した。最初は体を驚異的なやわらかさでくねらせ、みなの視線を釘付けにした。と思うと今度は中央で片足立ちで連続回転をはじめた。普通の人間なら目をまわすような速度で、右足をぴん、と水平にのばし、左回りにまわった。5回、10回、20回、30回。どんなバレリーナもそんな回転には耐えられない。ミストフェリーズも真っ青だ。人間の三半規管の限界を超えている。観客も心配そうに見ている。りょーはちょうど47回まわって優雅に右足を着地させた。一瞬彫像のようにポーズをとり、それからマネキン人形の呪縛が解けるかのように普通に立ってスカートのすそをつまみふらつくこともなく優雅にお辞儀した。
会場が水を打ったように静かになっていたが、その一瞬後、拍手が始まった。拍手はあっという間に会場を満たし、BGMをかき消すほどだった。
目立たない お化粧
はにかみやの しゃべり方
無理して キャラを作って
でも 小細工は おまえに効かない
最後には 有効なのは 真実のハートだけ(愛・誠意・真実)
ああ敵はおまえじゃない
失敗したらどうしよう そのおそれ
巨大な自分に負けそう
鏡の中の自分に 指先つきつけて 言うの
おまえなんか 目じゃない
でも脳は蒸発寸前
足はガクガク ハートはバクバク
なにも聞こえない~
観客たちも熱くなっていた。十二月の木枯らしが吹きつけたが、誰も気にしない。
ふとほおが冷たくて空を見上げると、クリスマスの前夜に雪が降り始めていた。暗黒の中からライトに照らされて急に現れる雪片はしかし会場に美しさを添えたがその熱気を冷ますことはかなわなかった。
二番目の間奏では、突然AKO47は輪になったまま剣を上向きに構えて敬礼をした。再びダンスを見せるかと思われたりょーは突然体をリズムに合わせて揺らすのをやめると、直立不動で立ち、ステージを向いて遠くを見る目で言った。
「ライブ中にごめんなさい。でもAKO47のみんなも賛成してくれました。一つ私個人のメッセージがあります。どうしてもこれをとどけたいの」
一瞬のことでみななんのことかわからない。会場はざわめき、それから静まった。
りょーは深く息を吸ってからマイクを握りしめると言った。
「とらー! 愛してる」
「とらー! もうすぐ迎えに行くから待ってて!」
「ありがとうございました」りょーは深々と礼をした。
おれは知っていたが、AKO47で続けることを条件にみんなは最初の公演の売り上げを全部、りょーの妹を救い出すために使うことを決めたのだった。
「いきなりチャリティー公演って、どれだけ大物なんやろな。うちら」たけちんはそう言っていた。
雪が激しくなり始めたころ、会場はまだ熱気に包まれていたが、おれはトレーナーのフードをかぶり、両手をジーンズのポケットに突っ込むと振り返った。
「さ、そろそろ行くか」
「いいのでござるか。最後まで見なくて」ヒデマルが肩に乗ってくる。
「おれは受験生だからな。あと少しでセンター試験だし」
おれたちはAKO47の声に見送られながらライブ会場を後にした。澄み切った夜空に瞬く星はAKO47とおれの前途を祝福してくれているような気がした。
了
この作品はフィクションであり、実在の個人・団体とはなんの関係もありませんですにゃ。




