ブレイク
RYOZAN PARK PRODUCTIONの社長室に荒巻宙二が駆け込んできた。
「叔父さん。やばいっす。やばいっすよ」
荒巻桂は普段よりももっと厳しい視線で甥のことを見つめた。
「うるさいな。社長と呼べ、と言っとるだろう。こっちはそれどころじゃないんだ。昨夜のSKO108のステージをめちゃめちゃにされたことで、どこに賠償請求したらいいか悩んでいる。あの狗の面をかぶった連中のゆくえがどうしてもみつからないんだ。あのハプニングを計画した黒幕もわからん。うちの事務所をつぶそうとする対立事務所のしわざかと考えたが、わざわざそんな手間かけてあの演出をするとか考えにくいしな。とにかく責任をおしつける相手がおらんのだ。賠償金はあの貧乏娘たちの親じゃ払えきれんだろうし、困った困った。だが、しかし。勝手なことをやったからにはそれなりの制裁を加えんことにはな」
「社長。それどころじゃないっす。大変なんすよ」
「なんだ」
「AKO47のファンが事務所の前に押しかけてます。AKO47を出さないとただではすまない雰囲気っす」
「なに? えーけーおーのファン? SKO108のファンの間違いじゃないのか」
荒巻桂が甥に連れられて正面玄関まで駆けつけると、ガラス戸の向こう側にはびっしりとファンが詰めかけていた。警備員二人でなんとかガラス戸を押さえているが、今にも群衆に押し切られそうな様子だ。怒鳴り声がいくつも響き、ものすごくやかましい。
「これはなんだ」
「AKOっす、AKOがフレイクしちゃったんすよ!」
「なにが壊れたって?」
宙二は叔父の耳に口をあてがって大声で叫んだ。
「AKOが討ち入りっす!」
ガラス戸が群衆の重みに耐え切れず、警備員たちを押しのけて開いた。群衆がどっと事務所の中に入ってきた。先頭にはカメラを首から三つもかけたパーマの男がいてするどく事務所内を見回す。
「おい。いい加減にしなさい。ここは会社だ」荒巻桂が立ちはだかる。
そこに数名の男が詰め寄った。
「呼ぶなら呼べばいいよ。こちとらアイドルに命かけてんだから」
「隠し立てするとただではすまないよ」
「そうだそうだ」
形成不利と見るやただちに荒巻桂の表情はにこやかになった。
「まあまあ。君たち。なんの用事ですか。ファンならきちんと受付を通してきてくださいな」
「AKOをだせ!」後ろから誰かが叫んだ。
「えーけーおー?」荒巻桂はすっとぼける。
「この事務所に所属しているアイドルグループがいるだろう。昨夜サプライズデビューした」
「確かにAKO47はいますが、まだデビューはしていません」
「じゃあ確かにいるんだな」
「デビューしてないってどういうことだよ!」怒号。
EXCITEソウルブラザースのようなアフロヘアの男が大げさに両手を広げて叫ぶ。
「おれさあ。アイドルなんてどっちかって言うと馬鹿にしてたわけ。でさ、昨夜はウー・チューブ巡回してたらトップの動画があってなんだろって見てみたら……もうこれがすごいのなんのって。おれ生まれてからアイドルのダンス見て涙流したの初めてなんだよ。鳥肌が立つってああいうことを言うんだな」
周囲の数名がうんうんとうなづく。
「ヘコヘコ動画のサーバー、ダウンしたんだってよ」
「当たり前だろ。昨夜だけでアクセス100万突破だぜ」
「おれたちAKO47のこともっと知りたいんだよ。メンバー全員の名前とか生年月日とか、スリーサイズとか」
「それで次のライブの予定とチケットどこで買えるのか」
「おれ、前夜から並ぶぞ」
「おれは三日前からだな」
「音楽配信はいつ発売ですか」
「うむむむむむ」荒巻桂は頭をかかえた。たった今まで制裁を加えようとしていた小娘たちがそんな人気を博すとは。
ちょうどそこに人混みをかき分けしのぶがやってきた。男たちがぎっしりと群れていたが、さすがにアイドルファンだけあって、少女には優しい。みな道をゆずってくれた。しのぶはいつものように顔半分を隠すサングラスをかけ、うつむきながら、正面玄関から入ってきた。ものすごく芸能人っぽい。
「あれ、猫塚さん。今日はどうしてここに?」荒巻宙二がたずねた。
「あ、あのっ。昨夜のお弁当の重箱をとりに……」しのぶは消え入りそうな声で顔をあげるとこわごわと回りのファンたちを見た。
メガネをかけた男がメガネを手で直しながらまじまじとしのぶを見つめていたが、疑い深そうに言った。
「あのう、すみませんが、あなた昨夜のステージに出てませんでしたか」
「えっ、いえっ!」しのぶはあわてて手を振ったがその仕草にますますメガネ男は疑いを深めたような表情をした。
「そうですかあ。ぼくの頭の中にはアイドル全員のスリーサイズとスタイルがインプットされているんです。あなたは昨夜レイピアを持って踊っていた子にすごく似てるんだけどなあ。胸をのぞいて」
「いえ、違います。人違いです」しのぶは消え入りそうな声で言う。
「申し訳ありませんが、ちょっとサングラスをはずしてもらえません?」
「おい。それは失礼だ。本当に警察呼ぶぞ」荒巻宙二が割って入り、メガネ男に加え数名ともみあった。そのはずみに荒巻のひじが当たり、しのぶのサングラスが床に落ちた。
「あっ」しのぶが言ったがおそかった。長いまつげ、泣きそうな大きな目。超絶美少女だ。
「あああー!」回りのファンたちがどよめいた。「発見! レイピアの娘だ」
「きみっ名前は?」
「あ、あのっ。ね、猫塚しのぶです」
「しのぶちゃーん。おれ、ファン第一号」
「待て、おれが発見したんだ」
「お願いです。握手してください」「握手してください!」「おれも!」
「まてまてまて握手は今度握手会を設けるから」荒巻桂が思わず言った。
「はあっ?」荒巻宙二が思わず叔父の顔を見る。「やるんすか……握手会」
荒巻桂はなにか憑き物が落ちたような晴れやかな顔で宣言した。
「AKO47は当社の次期アイドルです。今まで秘密にしていましたが、必ずきちんとデビューさせますから今日はお帰りください」
「このままじゃ帰れねーよ」
「せめて次のライブはいつか教えて」
「ふむ」急に欲得ずくの顔になった荒巻桂は考え込んだ。
「それでは秋の朝焼けライブで……」
「むりむり社長。それは無理っすよ。AKO47《あいつら》朝は弱いっすから。絶対無理っす」
「そうか。じゃあ」
荒巻桂はぱっとひらめいた顔をした。
「ではAKO47の次回ライブはずばり、クリスマス・イブ」
「クリスマスはSKO108のライブ予定入ってますけど」
「分かってないな。ちゅーじ。赤穂浪士といえば討ち入り、討ち入りといえば夜。SKO108は昼の部にしてAKO47は夜の部にすればいい」
「いやしかし」
「クリスマス・イブでしかも雪が積もれば最高だな。想像してみろ。雪の降り積もる屋外ステージでライトアップされたAKO47が踊る姿を」
「はあ」
荒巻桂は宙を指差して夢見るような顔つきになった。仕方ないような表情で新巻宙二もその指先でさされた方を見た。
荒巻桂と荒巻宙二は二人して遠くをみつめた。
「AKO47はの夜の部です」
改めてRYOZAN PARK PRODUCTIONのエグゼクティブ・プロデューサー荒巻桂はそう宣言した。




