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ステージの戦い

 おれが階段を使ってステージまで駆け上がると、すでにSKO108たちは舞台下に追いやられた後だった。舞台の向かって左側にはアヌービスを筆頭とする狗族軍団。右側には八人の猫剣士が並んでいる。これが出しものでないのが信じられないほどだった。

「どちらから始める」アヌービスが言う。

「そちらからどうぞ」リーダー猫剣士猫目雅子が軍刀を床に突いて不動の姿勢で言った。一人だけ背中にマントをせおっている。マントが風もないのにひるがえった。

「それでは参る」アヌービスの合図とともにBGMが鳴り出した。これは明らかにラップ・ミュージックだ。狗族の数名がアヌービスを囲んでブレイクダンスを踊りだした。



 おれたちゃ妖界のはぐれもの

 妖界にも差別も区別もある

 働いても働いても高貴な生まれじゃなければ王族にはなれない

 おれたちゃしょせん傭兵契約社員

 正社員とは身分がちがう

 サービス残業しても査定にはつかない

 時給で計算経理の姉さん

 はやく正社員になりたい

 はやく人間になりたい

 一緒の事務所で仕事でも身分は違う

 レストランには書いてある「犬と外人おことわり」

 そんなこと書いてない法律にもどこにも書いてない

 でもみんなの心の中に書いてある

 おれたちゃ上にあがるには兵隊かスポーツ選手しきゃない

 でもだれもがスポーツ選手になれるわきゃない

 だからとりあえず安泰な兵隊になる

 それで戦場行って死体になる

 世の中よくしたい、でも選挙権もない

 十八のガキでも投票できる、でも世の中なにも変わらない

 政治はどろどろ、池は血みどろアオミドロ

 OH!OH!ダークサイドフォース

 OH!OH!ダークサイドフォース

 暗黒な妖気がたちこめる、残酷な空気清浄機

 フォースが覚醒したらどうする

 覚せい剤なしに覚醒する学生



 ラップのネガティブな波動が押し寄せ、なにかとても嫌な気分になった。観客席も静まり返っている。おれは心に圧迫感を感じた。妖界の住人はより感受性が強いのだろうか、ヒデマルや猫剣士たちも苦痛を感じているようだった。


「つぎは、わたくしたちの番ですわ」ようやくラップが終わるとリーダーが叫んだ。

 前奏が流れる間、おれはヒデマルに聞いた。

「なあ。歌ってる最中にあいつら襲って来ないの」

「それはありえないでござる。仮にも戦士がそのような卑怯なまねをすれば末代までの恥でござるからな」

「そうか」ハリウッド映画なんかでは、ヒーローも物陰から敵を撃ったり汚い手もありなんだが、やはり妖界の住人たちは少し時代が古いようだ。

 AKO47が前に進み出て並んだ。BGMがかかる。曲はAKO47の持ち歌「ディセンバー」だ。

 猫娘と化した八人の少女たちはぴったりと息を合わせて踊った。あのはなちゃんまでもが大柄な身体をばねのようにはずませて完璧についてくる。すごいリズム感だ。「太鼓の達人」を鬼モードでフルコンボとるくらいに。

 最初ははなちゃんがセンターで歌った。背が頭だけ飛び出た彼女はよく目立つ。人差し指を狗族軍団に突きつけて彼女のハスキーな声が響いた。


     

 Yah Yah! 遠からんものは音に聞け~ 近くばよって目にも見よ~

 お・ま・え・のハートを射抜いてやるぜ~

 フォーティーセブン!

 そうよ(こ・れ・は)真剣勝負

 待ったなしの 血みどろの戦い

 負けたらだめよ 乙女

 傷ついても 歯をくいしばり

 笑顔で相手に カウンター・アタック!


 目立たない お化粧

 はにかみやの しゃべり方

 無理して キャラを作って

 でも 小細工は おまえに効かない

 最後には 有効なのは 真実まことのハートだけ(愛・誠意・真実)

 ああ敵はおまえじゃない

 失敗したらどうしよう そのおそれ

 巨大な自分に負けそう

 鏡の中の自分に 指先つきつけて 言うの

 おまえなんか 目じゃない

 でも脳は蒸発寸前

 足はガクガク ハートはバクバク

 なにも聞こえない~



 間奏が入った。八人は激しく回り、踊りながら少しづつ広がってゆく。センターの交代、いや、これはおれたちが考えたセンターをもっと目立たせる方法だ。名づけて「クイーン」。新しいセンターとなったりょーを中心に各メンバーが輪になって距離をとる。あたかもりょーをのぞくメンバーがバックコーラスと化したようだ。それで集団から離れたセンターはもっと注目を浴びるわけだった。



 今夜 雪降るディセンバー

 命をかけて 告白するぜ

 フォーティーセブン!

 そうよ(こ・れ・は)真剣勝負

 待ったなしの 血みどろの戦い

 泣いたらだめよ 乙女



 観客席から大歓声が上がった。それまで狗族の異様なラップに何事かと固唾を呑んでいた観客たちは、今までのがすべて演出だと思ったらしい。初めて見るAKO47の華麗な歌と踊りに全員総立ちでオベーションを送っている。

 AKO47の、いや八猫士の名乗り歌が終わった。観客は次になにが始まるのかと一瞬静まった。

「ウオオオオーン」

 アヌービスの遠吠えとともに狗族の戦士たちは一斉に槍を低く構えた。猫剣士たちも一瞬で緊張し、手にしたマイクを振るとそれはするすると伸びて剣に変わった。


 両陣営は一瞬静まり返った。猫娘たちは口の中でチェッと舌打ちし、それが戦闘の始まりの合図だった。

 狗族は槍を構えたまま一列になって前進する。槍ぶすまというやつだ。そのまま行けば一本や二本の槍を払ってもどれかに串刺しにされてしまう。

 しかしそのまま猫剣士たちは前進した。彼女たちには戦略的撤退という言葉はないようだ。

 狗族の突撃に全く怯むことなく猫剣士たちは突撃する。突然、狗族の前列がブレイクダンスの技を使って足払いをかけてきた。猫剣士たちはそれをかわして宙に飛び上がる。

 それを待ち構えていたように狗族二列目が槍をつきだした。空中で方向が変えられない猫剣士たちを串刺しにしようという二段構えの攻撃だ。おれは思わず目を覆った。観客のああっという声が聞こえた。

 一瞬後に歓声が聞こえた。おれは目をおおっていた手をどけた。

 猫剣士たちは全員狗族が構えていた槍の穂先に立っていた。あの歩きにくそうなハイヒールの靴で。絶妙なバランス感覚。剣先は下にいる狗族の喉元に向けているのが槍の位置を操っているのが実は上に乗っている猫剣士たちであることを物語っている。

 りょーを始め猫剣士たちがゆったりと旋回した。三列目の狗族戦士が突き出す槍をかるく払いそしてそのままやりと槍のすきまから狗族軍団の中に突入した。

 後は大乱戦だった。しかし猫娘たちはよく目立った。狗族軍団が黒ずくめの服装だったこともあるが、猫娘たちのきらびやかな衣装とその動きまわる動作の素晴らしさに誰もが目を奪われ続けた。ワイヤートリックの中国映画を見ているみたいだった。猫剣士たちは華麗に舞い、切り、なぎ払い、回転し、相手を投げ飛ばし、剣の柄で突き、後方にジャンプし、キックした。


 しのぶが戦っていた。左手の短剣マン・ゴーシュで同時に複数の槍を器用に受け流し、踏み込んでレイピアの一撃を正確に相手につきこんでいた。大きなゆれる胸がじゃまそうだったが、それをものともしなかった。顔は輝くばかりの笑顔だった。

「きもちいー!」


 りょーが戦っていた。半月刀は一瞬も休まず回転し続け、上から下から敵の槍を払い、後ろからの攻撃をさばき、しかもついでにしのぶが後ろから攻撃されそうなときは手助けしていた。目は怒りに燃えていた。


 まおりんが戦っていた。まおりんは……そのままだった。いつもやっているディープなギャグをかましていた。猫耳もいつもつけているからよく分からない。

「最初に言っておく。わたしはかにゃーりつよーい」

 その宣言の通り、諸刃の中国剣を振り回し、チャイナドレスをモチーフにした猫剣士の衣装を着たまおりんは一番中国映画の登場人物に近かった。


 やおいが戦っていた。「ビスカス・カップリング!」やおいが技名を叫んでふっと息を飛ばすと、巨大な「腐」という文字が狗族戦士の顔について取れなくなった。その戦士は叫んだ。

「やめてくれ! おれはノーマルなんだ。うわあああああ!」

 どんな幻影を見せられたか分かる気がする。合掌。

 相手がひるんだすきにやおいはタルワールで切り裂いていった。

 

 はなちゃんが戦っていた。はなちゃんは全身を覆う白い甲冑に金色のロングヘアーをなびかせて巨大な十字剣を振り回していた。狗族のすばやい動きに剣はなかなか当たらなかったが、巨大剣の威力に誰も近づけなかった。それになにより、ジャンヌ・ダルクみたいなはなちゃんは美しかった。


 リーダーはリーダーらしくアヌービスと切り結んでいた。指揮軍刀を左右に振り回し、ふたまわりほど背の高いアヌービスと対等に切り結んでいる。アヌービスの槍は柄の両端に穂のついた特別のもので、それを両方使い、どちらから攻撃が来るか分からない厄介なものだったが、リーダーはそれをさばいていた。アヌービスが声をかける。

「なかなかやるな」

「『日経ソード』読んでいますから」

 どんな雑誌だろう。

「さすがはコビー・アトランティスカ・ド・ラ・ムー。だが負けぬぞ」

 二人の剣戟はより激しさを増した。


 たけちんが戦っていた。たけちんは別式女の衣装をモチーフにした着物に居合刀を左手に下げていた。

「うち、病弱やのに。元気スポーツ少女のキャラやあれへんのに」

 いや。明らかに元気武道少女のキャラだった。

 狗族の戦士が近づいてきた。たけちんは敵の刃物が近づくぎりぎりまで待ち、最後の一瞬で刀を引き抜いた。

浮世柄比翼稲妻うきよづかひよくのいなづま」たけちんはそう言うと刀を収め、ちゃりん、とつばと鞘を当てて音を立てた。同時にたけちんの背後で狗族戦士がどっと丸太のように倒れた。高速すぎて見えない剣さばきだった。


 くのいっちゃんが戦っていた。くのいっちゃんは忍者装束をモチーフにした衣装だが、それよりはずっとひらひらした衣装で走り回っていた。胸に「忍」と大きく縫い取りがある。両手には猫爪(というのか? 短剣がそれぞれ三本ついた武器)をはめ、敵の腰より低い姿勢で高速に走り回り、狗族のアキレス腱を切ってまわっていた。ときどき仲間が危機に陥ると、遠くからクナイを投げて援護していた。

 突然、狗族戦士が四人でくのいっちゃんを囲み、どこからか巨大な鏡をいくつも取り出して自分の前に置いた。鏡は狗族の姿を隠し、少しずつ角度をずらした鏡にはどこかにいる狗族の姿が映っているが、その実体が正確にはどこにいるのかよくわからない。鏡の中心にいるくのいっちゃんは動きを止めて構えた。

「くっくっくっくっ」「くっくっくっくっ」

 どこからか狗族の笑う声が聞こえる。鏡にさっと横切る影が通った。くのいっちゃんは一歩前に踏み出したが、そこには敵はいなかった。

 突然、影が背後から来た。くのいっちゃんは驚異的な反射神経でこれをかわしたが、間一髪で槍の穂先が体をかすめた。影が通り過ぎたあとにくのいっちゃんの服が切れてはらりと垂れ下がり、肌についたかすかな傷から赤い血が一筋、にじみ出している。

「くくくくく」

 笑い声はさらに焦りを誘うように高まった。くのいっちゃんは両手をだらんと下げ、目を閉じた。

 次の瞬間、鏡の陰から狗族戦士が現れ、前後左右から同時にくのいっちゃんに襲い掛かった。

 キーン!

 刃物と刃物がぶつかる音は一つに聞こえたが、狗族の黒い体は四体、床に転がった。全員アキレス腱を切られている。

「考えるんじゃない、感じるんだ」猫十字剣を残心の位置に構えたくのいっちゃんはそうつぶやいた。


 狗族の戦士は後から後から出てきたが、猫剣士たちの敵ではなかった。アヌービスは自らも戦いながら戦況をしっかりと把握していた。

「うむ。このままでは敵わぬ。やむを得ん。者ども! 引け! 引けい!」

 ステージの床がしずしずと下がり、ナラクに通じる穴が開いた。そこには先程の霧がかかった空間が出現し、お囃子のようなヘビメタの音が漏れでている。

 アヌービスがさっと手を振ると戦っていた狗族は傷つき倒れた仲間を担ぐと次々にその穴に飛び込んだ。

 りょーが後を追って飛び込もうとするとヒデマルが鋭くそれを押しとどめた。

「またれい! 今あちらに行くと今度はいつ戻って来られるかわからんでござる」

 黒い本流のように狗族軍団が穴に飛び込んだ後、ナラクの舞台は持ち上がり、閉じた。


 戦いは終わった。とりあえず。猫剣士たちが血振りをして剣を回転させてからさやに収めた一瞬後、大歓声があがった。観客たちだ。今までの戦いをずっと見ていたおれもわれに返って観客席を見たら、どんな大変なことになっているのかわかった。

 観客の全員が立ち上がっている。多くの者がスマホで録画・激写している。中には望遠レンズつきのカメラを構えている者もいる。

 アンコール! アンコール! の絶叫にとまどうAKO47猫剣士たち。

 おれはいそいで下の控室に降りてノートパソコンで確認した。

 ネットの動画サイトにはやくもAKO47の噂が画像つきでアップされていた。

 動画はAKO47の歌う場面、戦闘の場面が載っていた。動画をアップした観客は一人や二人ではなかったらしい。動画のコメントは次のようなものだった。


 だれこれ? SKO108じゃねーの?

 SKO108目じゃない

    <<<ありえない! 全員美少女! ワロタ

       ていうか歌も踊りもアクションもS級ってないでしょ、普通

  RYOZAN PARKの最終兵器

 <<あのレイピアの少女かっわいー(♥ω♥)

 おれは甲冑娘推し

    日本美人がいい

      <<<<<<誰か名前を教えてクレー!!!!!


 動画サイトのアクセスカウンターがみるみるうちに上がっていった。100。500。1000。1300。4500。

 おれはノートパソコンを閉じて深く息を吸った。なにか大変なことが始まろうとしている。それだけは間違いなかった。


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