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奈落の戦い

「あんたさ、あたしたちにいつまで付き合ってくれるの」やおいが舞台衣装の詰まった箱を持ったままおれにたずねた。「あたしたちはいわば死刑宣告を待っている容疑者だからさ。まおりんとも話し合ったんだけど、あんたまであたしたちに付き合う必要はないと思うんだ」

 おれも同じような箱を持ったままやおいの隣を並んで歩いていた。

「じゃあ、それこそ今夜が最後になるかもしれないんだろ」おれは正面を見たまま言った。「AKO47が解散したら奈落荘にもいられなくなる。いままで散々手間かけたんだから最後くらい付き合わせろよ」

「そのことはあたくしからも言わせてもらいますわ。というより本来リーダーのあたくしが言うべきことでした」リーダー―猫目雅子が胸を張る。「マンジュウ、いえ荒巻宙二さんより解雇の内定をもらっていますから、あたくしたちは今夜の仕事を最後にRYOZAN PARKプロを去ります。とうとう最後までナラク勤めでステージに立つことはありませんでしたけれど、練習にお付き合いいただいた南部さんには本当に感謝しておりますわ」

「解雇の場合「内定」って言うかな」おれが首をかしげると猫目はちょっと顔を赤くして手を振り強調した。「と・に・か・く。あたくしたちに関わっても南部さんにはなんの得にもなりませんし、もういいんですのよ」

「そうさびしいこと言うなよ」

 おれはいったん箱を床におろして額の汗をぬぐった。浪人生活が続いて体力が落ちている。

「たまの息抜きになるしさ。もうすぐしのぶが特製弁当差し入れてくれるぜ」


 おれを巻き込まいとするAKO47たちの気持ちはわかったがここで引くのはおれが納得いかない。できれば彼女たちをデビューさせてやりたいものだが、プロデューサーにここまで嫌われてしまっては控えどころか永遠にデビューはおぼつかない。

「せっかくあんなに練習したのにな」

 神社の境内で巫女の衣装をまとって行った剣舞がいまでも目頭に焼き付いている。葬儀屋から借りてきた照明器具でライトアップされたAKO47たちは本当に美しかった。もはやあれを見る機会はないのだろうか。


「はやく! 本番十分前よ。もたもたしないで!」いつのまにかナラクに降りてきたSKO108のメンバーがAKOを叱咤する。

「はい!」梁山泊内のヒエラルキーは絶対だ。AKO47たちは即座に緊張した。SKO108のメンバーが二十人ほどやって来て鏡の前で自分たちの衣装や立ち姿を確認すると配置についた。半数はすでに幕の降りた上のステージに並び、残りは舞台装置でナラクから持ち上げられるてはずだ。

 壁の高い位置に取り付けられた大きな電光デジタル時計が開演までのカウントダウンをしている。

 おれは心地よい緊張感を味わった。大学受験の試験開始前みたいだ。AKO47と関わっていることで開演前の緊張を自分のことのように感じた。

 つと目を上げるとりょーと目が合った。りょーは妖艶に微笑んでおれにうなづく。目を合わせていられなくなり、他に目線をそらせたが、おれの目線は台上のSKO108には行かず、奈落荘の仲間にのみ向く。リーダー、やおい、まおりん、たけちん、くのいち、はなちゃん、そしてりょー。

「あ、あのっ」

 どもりがちな声に振り向くとそこにはサングラスに隠した顔をさらにうつむけたしのぶがいた。こんなに人が多い所は苦手なはずなのに、AKO47の応援に巨大な重箱を包んだふろしきを下げて来てくれた。

「これ、おばさんからです。今日は来られないけどよろしくねって」

「ありがとう。隅においといてくれ」

 おれが笑顔で言うとしのぶは無言でうなづいてそのまま隅のベンチに座った。


 開始時間になった。開始前の無音の溜めた一瞬。

 その直後、大音響とともにSKO108のライブが始まった。ナラクのここまではくぐもった音にしかならないが、上のステージでは七色の照明がまたたき、きらびやかな揃いの衣装を身にまとったSKO108たちが登場しているころだ。幕があがるのが観客の歓声でわかった。

 壁のランプが青に変わった。第二フェーズだ。ナラクで待機していたSKO108の残りのメンバーが台の上に乗る。ナラクの天井がしずしずと開いた。その後メンバーを乗せた台は油圧で上に持ち上がられる……はずが……動かなかった。

「故障か!?」大道具係が叫ぶ。

 いや。なにか変だった。ステージに上がるためにぽっかりと開いた穴からは本来聞こえて来るべきSKO108のバンド音楽ではなく、奇妙なお囃子のような音が聞こえてくる。それも微妙にヘビメタだった。なんじゃこりゃ。

 おれは上を見上げた。台の上のSKO108メンバーたちも不安げに上を眺めている。穴から霧のような風が吹いてきた。空気が重い。どこか別の国の空気のような臭いがする。隣にいるヒデマルの総毛が逆立った。

 そう感じた一瞬後、無数の黒い影がSKO108たちの乗った台の上に飛び降りてきた。黒い影は悲鳴をあげるSKO108の少女たちを蹴散らし、押しのけ、台を占領した。彼らはみな皮革製品のように黒い肌をした人間の身体に口の長い狗の顔を持っている。手には槍をさげている。

「狗族!」ヒデマルが叫び声をあげた。「アヌービスの軍団でござる。プリンス・アハーン(ダークサイド)の軍団でござる」

 台から転げ落ち、なるべく遠ざかろうと這いずるSKO108の少女たちをかきわけ、おれとヒデマルは台に近づいた。

「アヌービス!」ヒデマルが後足二本で立ち上がり、ひときわ背の高い狗族を指さして言った。

正念院札付しょうねんいんふだつきか。まだ生きておったとは」アヌービスと呼ばれた狗族が耳まで裂けた口を開いて笑った。「今宵はのがさぬぞ」

「ふっ、それはこちらのセリフでござる」ヒデマルは不敵に笑って言った。「われらとともに伝説の八猫士がおるのでござる。ほれ!」

 ヒデマルはさあ、と手(前足)をAKO47の少女たちに向けて振ったが、みなぽかんとしているだけだった。

「なにあれ。着ぐるみ?」

「でもあれだと頭はかなり小さくないと入らないよ」

「まおりんの知っている限りのアニメキャラにはいないにゃん」

「なんのサプライズかしら。でもステージに上がらなきゃお客さんには見えないし」

 たがいにささやくだけである。それでも普通なら悲鳴をあげるところ、この反応はさすがAKO47。

「なあ、ヒデマル。なんでここなんだ」おれはヒデマルにたずねた。「黄泉の裏木戸ゲートウェイは奈落荘じゃなかったのか」

「うかつでござった」ヒデマルは深刻にまゆをひそめて言った。「「ナラク」という名のついたあらゆる場所に妖界からの道がつながるのでござる。ここも十分可能性がござった」

「とにかくあなたたち、今本番中ですから出て行ってくださいません?」物怖じせずにリーダーが言う。「ファンの方でしたらきちんと受付を通していらしてくださいね」

「なんだこいつは」アヌービスがゴミを見るような目つきでリーダーを見た。

「八猫士の一人でござる」真面目くさってヒデマルが言う。

「なに」

「ここで会ったが百年目。いまこそ伝説の八猫士の力を見せてくれるでござる」

 ヒデマルは見えを切ったがAKO47の誰も動かない。

「みんな変身して戦うにゃん」ヒデマルは調子を変えて言う。

「いや、キャラ変えてもだめだし」やおいがツッコんだ。

「もし語尾に「ミル」をつけてくれたら聞いてやらんでもないにゃん」とまおりん。

 ヒデマルはしばらく固まっていたが、やがてかすれるような声で言った。

「み、みんな、変身するミ、ル……」

「よく聞こえないにゃん」

「変身してくれでござるミル」

「キモっ」即座にやおいが突っ込んで、ヒデマルを瞬殺した。

「と、とにかく変身するでござる。変身しなければ戦えないでござる」

 ヒデマルが乗せようとするが、AKO47たちは無情にことわる。ヒデマルはおれを期待のこもった目で見つめた。

「そんな目で見るな」

「いや。ここは国士無双カントリーマン・ライク・ノー・アザーである南部どのが仕切っていただかなくては猫剣士たちは動きませぬ」

「やれやれ、どうしろって言うんだ」おれは立ち上がった。なぜかみんなの注目をあびておれは緊張する。

「ええと。みんなっがんばろーぜ!」

 沈黙。だれも相手にしない。そうそう、こういう正攻法じゃ猫娘たちは動かないんだったな。おれは考えながらこほん、と咳払いをした。まず猫空にむく。

「まおりん」

「なんだにゃ」

「後でメタルギアソリッドごっこに付き合ってやるから、変身してくれないか」

「うわー、秘孔を突かれたにゃ。なんと魅力的なお誘い……だが断る」

 肩を落としておれは猫海をむいた。

「やおい。お前の前ではいつもメガネかけることにするから、変身してくれ」

「あら。命をかけるんだから、せめていつもバトラーの服装でいるから、くらいは言ってほしいものね」

 この暑いのに白手袋かよ。

 構わずおれは猫橋に言った。

「はな。今度秘伝のチーズケーキ作ってやるから、変身して」

「い、いいけど。わたし運動神経にぶいから」

 猫目をむいて言った。

「リーダーとして、あなたにしか任せられない。お願いだ、変身してくれ」

「暴力事件で変に傷がついて政界へ進出できなくなると困りますわ」

 猫崎にたのんだ。

「毎日手もみしてやるからさ」

「や、やらしいな」

「え、いやらしくないだろ?」

「うるさい、うるさい!」

 猫波は。

「変身して」

「……」無言。

 猫ヶ谷。

「りょー」

「やだー」

 おれは途方にくれた。消沈したおれを肩を後ろから誰かがとんとんと叩いた。振り向くとしのぶがうつむいたまま立っていた。回りの注目を浴びて真っ赤になっている。

「あ、あの。ぼくでよければお手伝いしますけど」

「あ、ありがとう。でも猫剣士でなければ変身はできないんだ」

 そのときずっと気になっていた違和感が脳裏に電光のようにひらめいた。そういえば、猫塚忍。この娘なにかなかったか? あれはお風呂事件のときだった。おれは巨大な盛り上がりに目を奪われてよく覚えていなかったが、この娘、すごい美人だということの他になにかなかったか?

 おれはゆっくりと言った。「しのぶ。頼みがある」

「なんですか」

「サングラスをはずしてくれないか」

「いやです」

 やっぱりだめか。おれはがっくりした。そんなおれたちのやりとりにしびれを切らしたアヌービスがすぐそばまで来て立っていた。いきなり槍の柄を横薙ぎに払った。

「だめっ!」どこにそんな力が潜んでいたのだろう。しのぶが飛び込んできておれの盾となった。槍の柄はそのまましのぶの顔に音をたてて当たり、しのぶはその衝撃で転がった。

「しのぶ!」おれは尻もちをついたまま叫んだ。

 周囲の雰囲気が一瞬で変わった。ふと気がつくとAKO47の面々がおれを取り囲むように立っている。

「許さないにゃ」まおりんが人差し指をアヌービスに突きつけて言う。

「「「「「南部くんに手を出したらただではおかない」」」」」「……」

 五人がハモった。

 りょーがしのぶに駆け寄って抱き起こした。サングラスのとれたしのぶの顔を見て、みな思わずはっとする。超絶美少女。そのほおがみるみるうちに紫色に腫れてくる。そしてその目の端には……

「猫剣士でござった」

 しのぶの目の端には肉球型の痣が浮き出ていた。

 りょーが立ち上がった。目は怒りに燃えている。鬼畜の伯父の話をしたときと同じ表情だ。

「女の子の顔をぶつなんて許せない。ヒデマル。珠、貸しなさい」

「心得た」ヒデマルが「義」の珠を放るとりょーははっしとそれをつかんだ。

「ラブ・シンクロナイズ」りょーは鬼火に包まれ、一瞬で猫剣士に変身した。

 にゃーん!

「愛する者を守るため、天界妖界人間界。黄泉の裏木戸潜りぬけ、行ったり来たり戻ったり。義の珠を持つ八猫士、アビシニアン・ブラック!」


「かっわいー!(ハート白)」まおりんが叫んだ。こんな可愛い服着られるなら猫でも剣士でもなったにゃん。そういうことは早くいうにゃん」

「ヒデマル。あたしにも珠を」やおいが言った。

「わたしもやってみる」はなちゃんが手を差し出す。

 ヒデマルはそれぞれに珠を放った。

「「「ラブ・シンクロナイズ!」」」


 まおりんが変身した。

 にゃーん!

「仮想世界に生きるため、天界妖界人間界。黄泉の裏木戸潜りぬけ、行ったり来たり戻ったり。聲の珠を持つ八猫士、ベンガル・レモンイエロー!」


 やおいが変身した。

 にゃーん!

「愛の世界に浸るため、天界妖界人間界。黄泉の裏木戸潜りぬけ、行ったり来たり戻ったり。恥性の青き泉。腐の珠を持つ八猫士、黒髪ロングだけど、アメリカン・ショートヘア・ブルー!」


 はなちゃんが変身した。

 にゃーん!

「名前の呪縛を解き放つため、天界妖界人間界。黄泉の裏木戸潜りぬけ、行ったり来たり戻ったり。華の珠を持つ八猫士、メインクーン・シルバー!」


 予想通りというかまおりんは両側が大きく割れたチャイナドレスで両刃片手の中国剣を下げていた。

 やおいはアメコミヒーローのようなスーツ姿にインドのタルワールを下げている。

 はなちゃんは純白の甲冑を身に着け、巨大な十字剣を持っていた。

 それぞれの個性に合わせたスーツと剣、しかし猫剣士の証に全員が猫耳としっぽを備えている。これおたくが見たら憤死するな。


「あたしにも珠貸しなさいよ」「わたしも」「あたくしにも」AKO47少女たちの白い手が次々とヒデマルに向かって伸びて、ヒデマルはそれぞれに珠を渡してゆく。

「これを握ってあの文句を言えばいいのね」

「そうでござる!」

「「「ラブ・シンクロナイズ!」」」


 リーダーが変身した。

 にゃーん!

「この世の不正を正すため。天界妖界人間界。黄泉の裏木戸潜りぬけ、行ったり来たり戻ったり。リーダーは必ず赤と決まっている。正の珠を持つ猫剣士、ペルシャ・レッド!」


 たけちんが変身した。

 にゃーん!

「生きた証を残すため、天界妖界人間界。黄泉の裏木戸潜りぬけ、行ったり来たり戻ったり。パクルクーラルクーメクルメクー。霊の珠を持つ猫剣士、ミケ・トリコロール!」


 くのいっちゃんが変身した。

 にゃーん!

「傷つけることなく生きるため、天界妖界人間界。黄泉の裏木戸潜りぬけ、行ったり来たり戻ったり。拳法家は奇声を上げると誰が決めた。忍の珠を持つ寡黙な女忍者。ターキッシュバン・ピンク!」


 リーダーがたけちんがくのいっちゃんが次々に変身すると、それぞれ異なったデザインのスーツと武器を携えて猫剣士となった。

 リーダーは中世フランスの軍服にマントをはおっていた。右手に指揮軍刀―サーベルを立てている。

 たけちんは武士のような男装をしていた。日本刀をさやに収めたまま左手で持っている。

 くのいっちゃんは、これは当然と言うべきか忍者服だった。ただし色はピンクだった。短剣が三本づつ着いた猫十字剣を両手にはめている。


「これは御身が親衛隊長でござったか。人間の姿だったのでわからなかったでござる」

 ヒデマルは変身したリーダー、猫目の前に片膝をついて言った。

「親衛隊長?」リーダーは不審そうな顔だ。

「御身の真の名は「コビー・アトランティスカ・ド・ラ・ムー」妖界における貴族の筆頭にして、もともとの王親衛隊長の家系でござる」

「あたくしが! あたくしが貴族!」

「さようでござる」

「やっぱりお母さんは正しかった。あたくしは高貴な生まれだったのですわ」

 リーダーは花が咲くような笑顔になった。


「「「「「「「にゃーん!」」」」」」」」

 七人の猫剣士たちは雄たけびをあげた。その響きにナラクの天井が震えた。

 リーダーが一歩前へ進み出て軍刀をアヌービスにつきつけ、高らかに言った。

「足元見る乙女の底力、受けてみなさい!」

 いや足元見るって、あんた。

 しかし変身した後のAKO47たちはやる気のなかったアイドル残党よりもはるかに生き生きとしていた。そのとき、おれはなぜグレードの高いAKO47の少女たちが奈落に甘んじていたのか理解した。いるべき場所を与えられなかったAKOたちは人間の備えているオーラというか、生きる喜びが感じられなかったのだ。

 ヒデマルは当然のごとくしのぶにも珠を差し出した。

「おい、こいつは怪我をしてる……」

「いいんです。ぼくも戦います」おれを押しとどめてしのぶが珠を受け取った。珠の中には「羞」の文字が見える。

「ラブ・シンクロナイズ」

 鬼火がしのぶを取り巻くと、しのぶの表情が変わった。なにかに耐えているみたいだ。

「あ、くぅ」目をつぶって歯を食いしばる。

「おい、大丈夫か」

「あああ、なりたいぼくになるぅ」

 そんなわけのわからないことを叫んでしのぶが両腕を天に向かって伸ばしたとき、しのぶの全身が光に包まれた。

 鬼火の輝きの中から現れたのは猫剣士しのぶ。右手にはレイピア、左手にはマン・ゴーシュを携えている。しかしその全身をぴったりと包んでいるスーツの胸を押し上げているのは!

 爆乳だった。

 おれが猫剣士しのぶの胸に目を奪われていると、しのぶは大きくのびをしてホール中に通るような大きな声で言った。

 にゃーん!

「抑圧から自由になるため、天界妖界人間界。黄泉の裏木戸潜りぬけ、行ったり来たり戻ったり。羞の珠を持つ八猫士、シャム・ホワイト!」


 しのぶはくるりとターンするとおれを笑顔で見て言った。

「にゃーん。声が出せるって気持ちいい」

「そ、そうか」

「そうなんです。今までは下着で胸を押さえつけていたから声が出なくって苦しくて苦しくて。でも変身したらなんだか恥ずかしくてうつむいていたのが馬鹿見たい。ああ、サングラスがないと世界には色がついているんですね。猫剣士になれてよかった」


「お前たち。いつまで話を続けている」しびれを切らしたアヌービスが槍の穂先をおれに向けた。「八猫士がそろったようだな。しかし今宵は一〇〇年に一度の妖気満ち溢れる夜。われら一歩も引かぬぞ」

 そう言うとアヌービスは槍を床に着くと大きな声で唱えた。

「アヌビス・ダムニス・オムライス・タベニス・ノムニス・ホリウチ われとともに来たり われとともに騒ぐべし」


 その言葉をきっかけにナラクで一斉に乱戦が始まった。猫剣士と化した少女たちの動きは常人の何倍も速く、体躯にまさる狗族を圧倒した。五十名以上いる狗族の戦士たちははやくも劣勢になった。

「いったん上へゆけ! ここは狭すぎる」アヌービスが叱咤する。狗族の一人が操作盤をさわると、さきほどまで動かなかった台の油圧装置が動き出した。狗族軍団はあわてて台に乗って上へ登る。しかしなにか変だった。

「黄泉の木戸ゲートウェイが閉じている!」狗族の一人が叫んだ。「隊長。このままでは戻れません」

「ライブが休憩に入ったのだろう。もともとゲートウェイは不安定なもの。われら不退転の覚悟できておる。なにをためらうことあろうか」

 狗族軍団を乗せた台は、そのまま上の本番ステージへ登って言った。狗族たちは妖界へ戻る代わりに今まさにSKO108の公演真っ最中のステージへ押し上げられた。

 上では大きなどよめきと、一瞬遅れて悲鳴が上がった。最初のは演出と勘違いした観客があげたもの、その後のはなにかおかしいと気づいたSKO108のメンバーが上げたものだろう。

「まずい。一般人が巻き込まれますわ」リーダーが叫ぶ。

「みんな。階段を登って舞台のそでからステージに行ってくれ」思わずおれが叫んだ。

 猫娘たちは全員、おれを振り返って見つめてから目をそらした。やっぱりおれじゃだめか。

了解ラジャー南部博士」猫剣士まおりんがにこやかに言う。

「「「「「「ロジャー!」」」」」」

 猫娘たちは全員しっぽをたなびかせ、風のように階段を駆け上って行った。



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