奈落荘に着く
スマホを片手にして、おれは生まれて初めて訪れた東京の住宅街を歩き回っていた。
春のそよ風がおれをやさしくなぶり、新天地がおれを歓迎してくれるようだ。
おれは一度立ち止まって首をぐるりと回した。
参考書や辞書類はすべて宅急便で送ったから荷物はデイパックひとつだが、おれの肩は重い荷物をおろしたばかりのようにこっている。
世田谷区のこのあたりはいい。
なにがいいって、都会とは思えないくらい閑静な場所だ。先ほど東京駅の雑踏をかき分けるように歩いていたおれには東京にもこんな場所があるとは意外だった。
ときおり遠くで車のエンジン音が聞こえるほかは、昼間だというのにほとんど物音が聞こえない。都会なのに風にそよぐ木々のしなる音や雀の鳴き声が目立つなんて、ちょっとない。
小さな神社があり、樹齢300年以上は間違いのない桜が大きく枝を広げ、若葉の薄緑にくるまれている。
受験勉強には最高の環境といえた。
おれはスマホのマップを確認した。目的地を示す丸と現在地を示す矢印が重なりそうなくらい近くに並んでいるが、目的地の『奈落荘』はまだ見つからなかった。
かあさんに聞いたことがある。
世田谷区のこのあたりは戦時中の空襲を免れた数少ない幸運な場所だそうだ。
それだから区画整理も行われておらず、歩いていると急に道幅が狭くなったり、車道としてはありえないくらいくねくねしていたりする。マップでは近くにみえるのになかなか目的地につけないのはそういったわけもあるのだろう。
やはりそうだった。
壁と壁の間の狭い道をぬけると建物の正面側の道路に出た。
木造の古い大きな建物だ。
『ナー・ラック荘』と白木の表札に墨書してある字のみが新しい。建物は先ほどの桜の木くらい年代ものだ。
(今日からここで新しい生活が始まるんだ)
かといって素晴らしい未来が約束されているわけでもない。
おれの名は南部里己。十九歳の浪人生だ。
わけあって昨年の受験に失敗し浪人となった。
「わけあって」は余計か。
言い訳はしない。でも説明はさせてくれ。
おれの実家は店をやってる。両親はおれが後を継ぐと思っていたらしい。おれが大学へ行きたい、と言ったら表立って反対はしなかった。だが、家庭環境が・・・・・・あまりにも・・・・・・あまりにもうるさくて、忙しくて、ほとんど受験勉強なんてできなかった。
おれには年老いたおばあちゃんがいて、おばあちゃんは口は達者だったが寝たきりだった。
店で忙しい母親に代わって、おれがほとんどおばあちゃんの世話を焼いた。
おれが入試を終えて戻ってくると、発表を待たずにおばあちゃんはこの世から去っていた。
寝たきり老人という存在は表には決して出てこなかったが、南部家の人間にはとても重かったようだ。
おばあちゃんが生きているときにはテレビの音量も気を使って下げていた父が、大音量でテレビを流すようになった。
母は化粧がはでになった。
おれも家族のみんなも悲しかったが、悲しいのとは別にやはり正直ほっとした気持ちになった。
喪があけたらみな家族が一人減ったことなど忘れたように騒ぎ出した。
おれも本格的に来年を目指して受験勉強を始めたが駄目だった。
おれの家は本当に気が散るんだ。
忙しい母に頼まれて料理や洗濯、掃除などは毎日だし、その他にも高校時代の友人やら近所の付き合いでしょっちゅう呼び出される。
おれが受験生だって言うとみな面白い冗談を聞いたみたいにガハハと笑うんだ。
え、おれが不合格だった説明になっていないって?
まあ、自慢話になるけど、おれの家系で大学へ行った者はいない。でもおれは鬼っ子だったみたいで、ちょっとした能力を神様に授かった。
おれは見たもの聞いたことをほとんど記憶できるんだ。
暗記中心の現代の受験システムには最適の能力だ。
でもそれってどういうことか理解してもらうのは難しい。
おれはそれが無駄な知識だろうとノイズだろうと何でも記憶してしまう。
だから勉強中に余計なことが起きるとそれを覚えてしまう。
あるときおれは参考書と思って親父がデスクの上におきっぱなしにしておいた『裏帳簿大全ー基礎編』というハウツー本をせっせと暗記していた。夜が明けるころには覚え終わってあとがきを読んでいたら初めてこれが数学とはなんの関係もないことに気づいた。
うあああああー!
おれは頭を机にがしがし打ち付けて叫んだ。
「忘れろ! 忘れるんだ! おれの時間と記憶容量を返してくれー!」
母がやってきて言った。
「まだやってたの? 熱心ねえ。どうせいい大学出たってあんたの性格じゃお父さんみたいに出世競争に敗れていつまでたっても時間対効果の薄い仕事にしか就けないんだからあんまり無理するんじゃないわよ」
それが受験生の息子に対する言葉か!
予想通りおれはどこにも合格しなかった。
世間では入学式が終わったころ、おれは決心した。
本当に集中して勉強し、目標の大学へ入るためならこのままの環境では駄目だ。
孟母三振の教えにもあるように、環境というのは勉強のために非常に大事だ。
だから、このままで駄目にならないように、おれは決意した。
東京へ出て、激しい競争の緊張感を肌で感じながら、静かな環境で勉強する。
そして来年こそは、目標の大学へ合格してやる!
*
というわけでおれは今東京でアパート経営をしているおばさんを頼って上京したのだった。
おれはスマホにメモした住所とアパートの表札を見比べて確認した。
せまい路地を抜けて四トンの引越しトラックがアパートの前に止めてある。後ろの貨物室ドアが開けてある。
誰かが越してきたのだろうか。
おれはトラックを横目で見ながらおずおずと玄関をくぐった。まぶしい陽光から薄暗い結界の中へ入り、一瞬おれの目は何も見えなくなった。古い家屋の匂いがぷん、とした。
「あのう、こめんください」
おれは一応他人のようにあいさつした。
おばさんとはもう何年もあっていない。おれの母親の妹で、おれの母親が地方人と結婚してさっさと家を飛び出したのとは対照的に、地元東京で結婚し、親から継いだアパートを夫婦で経営していた。若くして夫を亡くし、今は一人だ。母の話だともともと派手で遊び好きだから夫が亡くなったあとは再婚もせず、自由にやっているということだった。
「あのう、誰かいませんか」
おれが少し大きめの声で言ったとたん、中から運送業者二人が大きな箱を運んで出てきた。おれは玄関の脇にどいて箱をかわす。
箱の直後に運送業者のつなぎとは違う普段着を着た人が現れて運送業者に指示を出した。
「これは向こうに着いたら一番先に出すから、最後に積んで。ああ、あとそれからきみ」
その男はおれを指さすと言った。
「きみはこの箱を運んで」
「はあ」
おれは業者じゃないんですけど、と言おうとしたがそれより先に体が動いた。
業者と一緒になって箱を積み終えたトラックが発車するのと入れ替わるように今度は小ぶりの赤帽トラックが到着した。ばらばらと作業員が降り立ち、今度は女性が指示を出して荷物を積み込む。おれもごく自然に指示されて手伝った。
小ぶりのトラックが走りさるのをおれは見送った。
みな奈落荘から出て行くようだ。
おれはもう一度玄関に入り、改めて言った。
「ごめんください」
若い男が出てきた。
「あ、はじめまして」
おれがあいさつするとその若い男はうっすらと微笑して言った。
「あ、ぼく、今日ここを出ますから」
「そ、そうですか」
なんだ。
何が起きているんだ。
おれが到着したその日にアパートの住人が三人も出てゆく?
確かに入学や就職や転勤が決まる春ではあるが、ちょっと多すぎないか?
そんな風に考えていたところ、すっきりとやせてまぶしいくらい黄色いひまわりの柄がプリントしてあるワンピースを着た女性が現れた。
「さあさあ、早く行った行った」
その女性は柄のひまわりにも負けないくらい輝く笑顔で言った。
「早くしてちょうだい。次のにゅう……いえ、解体業者がくるから」
その女性は土間に立ちつくしているおれを見るとぱっと顔を輝かせ両手を広げておれを抱きしめた。
「まあー。さとみちゃん。大きくなって」
え、え、え?
その女性はおれをぐいぐいと抱きしめる。成熟した女性の胸がぐりぐりとおれの体に押し付けられる。大きい。いや、ここはそんなこと考えてる場合じゃない。
「待ってたのよ。この場所ややこしいでしょ。道すぐにわかった?」
え、じゃあやっぱりこれがれおれのおばさん!?
子供の時に会ったきりだったから印象が……いやそれにしても若すぎる。年齢の離れた妹だとは聞いていたが……
「こんなに背が高くなっちゃって。でも面影はそのままね。ハンサムなところなんか。なんだか死んだ夫を思い出すわぁ。誘惑しちゃおうかな。うふっ」
いや、うふっじゃないすよ、うふっじゃ。
おれ、受験勉強のためにここに来たのに。
もしかしておれ的貞操の危機?
おれは言った。
「それよりちょっと聞き捨てならない言葉が耳に入ったんですけど」
「なにかしら」
「さっき解体業者が来るって……」
「あっそれね」
おばさんは急に慌てたようにあたりを見回して作り笑いを浮かべるとおれの背中を押した。
「ま、ま、とりあえず中に入って。お茶でも出すわ」
おばさんはおれを押しながらどんどん奥へ入った。玄関からまっすぐ入った廊下の突き当りが台所兼食堂だった。一般家庭のものに比べるとかなり広い。アパートの共同食堂のようだ。
ちょうど台所では中学生くらいの少年がまな板の上で野菜を切っていた。もさっとだぶついたジャージの上下を着て、この薄暗い屋内でご丁寧に顔の半分も隠れるような大きさの濃いサングラスをかけているから表情もわからない。すっぱりと長めに刈り上げた髪が清潔だ。スポーツ系男子かな。にしてはずいぶん色白だが。
「しんくん。すまないけどお茶いれてくれる? ほうじ茶がいいわ」
おばさんが言うとサングラスの少年は無言でこくりとうなづき、南部鉄器のやかんに水を入れてレンジの上に乗せた。家族だろうか。おばさんに子供がいるという話は聞いていないが。それとも住み込みで働いている人かな。
おれの実家も店で住み込みの人がいるから別に不思議には思わなかった。
お湯が沸く間、おれはさっきまでなにを言おうとしていたのか思い出そうとしていた。
なにかを途中で中断されるといつもこうだ。
記憶力が優れているだけでは人生うまくいかない。
雑音を避けなければ、おれ本来の能力を発揮することができない。
おれが迷っているうちにおばさんは自分のペースに戻した。
「本当にひさしぶりねー。前会ったときはこんなにちっちゃかったのに」
おれは小学生だった。
「そのせつはどうも。ずっと無沙汰してたのに、無理を聞いていただいて本当にありがとうございます」
距離が離れていたとはいえ、ほとんど交流もなかった親戚なのに、自分の都合ができたとたんに連絡したことを恥じるくらいには、おれも常識があった。
「いーえー。そんなこと気にしなくていいのよ。わたしも夫に死なれてから男手がなくて色々と不便だったのよ。最近世の中も物騒だしね。ほら、このあたり静かでしょ。アパートでもやってなけりゃ辛気臭くて夜なんか寂しいわー」
その「寂しい」という言葉に含みがないことを願います。
「でもさとみちゃんが来たからもう大丈夫。おばさん元気元気!」
おばさんは細腕でガッツポーズをしてみせた。このおばさん、容姿のせいで若く見えるのかと思っていたが、心も若い、というか幼いようだ。
「これからお世話になるのでおれのできることならなんでも遠慮無くおっしゃってください」
ガチャン!
瀬戸物の砕ける音がしておれたちが振り向くとさっきの少年が盆をひっくり返したところだった。床に裏返ったお盆と急須やお茶碗が散らばり床は淹れたてのお茶が流れて湯気が立っている。
少年はサングラスをかけたままで表情は見えないが、ほおや首がピンクに紅潮している。体が硬直してつっぱり、口は小さく「お、お、お……」というようにぴくぴく動いている。
「あらあら大変しんくん、大丈夫? やけどしなかった?」
おばさんがそう声をかけたが、少年は数秒間かたまっていたあと、急にわれにかえるとそのままものも言わずに後ろを向いて奥に駆け込んだ。
「あのこもおばさんの親戚ですか?」
このおばさんに息子がいたという話は聞いたことがないが。
「いえ……そうじゃなくて……あ、ほら、そこに雑巾がかけてあるから。ほら、このビニール袋に割れた食器を入れて、燃えないゴミはあそこの黄色いポリ容器の中。こちらは雑巾やモップ用の洗い場。食器のところで洗わないでね。ほら、そこにもかけらが跳んでる」
早速おばさんに使われているおれだった。ま、なんでも言ってくれと言ったのはおれだが。でも、おばさん、人を使うのがうまいや。
「で、あの少年のことですけど……」
キ、キー
表で大型車がブレーキをかける音がした。
おばさんははっと顔を上げた。「来たわ!」
それでおれはようやく思い出した。さっきからおれの知りたいことの質問はすべて中断されている気がする。
「そういえば、さっきおばさん解体業者が来るって……」
「ああ、あれね。このアパート建て替えるからってみんなに出てってもらったのよ」
「え、建て替えるんですか?」
おばさんは片目をつぶって言った。
「嘘よ。建て替えるお金なんてないから」
「え、じゃあなんで……」
おばさんはおれの質問にも上の空だった。ふらふらと立ち上がりそのままスリッパの音をぱたぱたさせながら玄関へ向かった。おれも釣られてそれに続く。
玄関をくぐって再び眩しい陽光の下へ出るとそこには新たな引っ越しトラックが止まっていた。いや、引っ越しトラックにしては側面に派手な色が塗ってある。その上にひときわ大きな字が書いてある。
RYOZAN PARK PRODUCTION
りょうざん・・・・・・パーク。梁山泊か?
おれは理解できずに固まっていた。トラックの運転手が窓から顔を出し、おばさんと会話してる。
「ええ、ええ、はい。ここです。ナー・ラック荘です。はい」
運転手と助手が降り立った。後部を開けて荷物を下ろし始めた。
「ほら、そこ持って」
ごく自然におばさんに指示されて、おれは今日三度目となる引っ越しの手伝いをした。
おれが手前から2つ目の箱に手をかけたとき、箱の中から声が聞こえた。
「着いたみたいよ」
「もーちょっとどけてよ、あんたの足!」
「思ったよりきつかったね」
おれはぎょっとして箱にかけた手をとめた。なんだ! 中に人がいる!?
一歩下がって硬直しているおれの目の前で、ダンボール箱の蓋が自動的に開き、それとともに二本の白い物体が生えてきた。
それはおれの前でにょきにょきとのびると、かくんと折れて箱の手前に先端が着地した。続いて残りの部分、ありていに言えば上半身が現れてひょいとおれの前で立ち上がった。
それで混乱したおれはようやく二本生えてきたのが、女性の足だとわかった。箱の中にいるだけでも大概だが、足から出てくるとは。
「ほい、脱出」
おれの前に立ち上がったのはミニスカートをはきタンクトップを着た少女だった。
髪の毛と目の色はぞっとしないショッキングピンク。明らかにウィッグとカラーコンタクトだ。ピンクの頭の上に白いもふもふの猫耳がついている。
しかし顔はかわいい。いや、ちょっとその辺の女子高生の比じゃない。
少女はおれに気づくと両手の親指とその他の指を全部同じ方向へそろえて、つまり親指を無理に下方へ曲げてこぶしを作り、胸の前で構え、腰を振って踊りながら言った。
「国はーせまいが心は広い、勇気凛々まおこんりん。通称「まおりん」てーす。よろしくにゃん」
いや、よろしくにゃん、と言われても。
おれが固まったままいると猫娘の後ろから声がした。
「あー苦しかった。やっぱりトラックの荷台は暑いね」
「せまいです」
そういった声と同時に猫娘の出てきた箱からさらに二人の少女たちが出てきた。
一人は肩までの茶髪をのばした気の強そうな女性、そしてその後ろで目立っているのは、おおっと外人、いやハーフか。金髪をポニーテールにまとめている。他の二人と比べて頭一つ背が高くグラマラスな体型をしている。ちょっと冷たい印象。
三人はさっさと荷台から降り立つと体を伸ばした。
「あー、やっぱりきつかったわ。あたし。電車にすればよかった」と強気少女。
ハーフは黙ったままつんとすまして立っている。
おれがあっけにとられていたのは少女たちが箱から出てきたからばかりではない。
出てきた少女たちが三人ともなかなかそのあたりではお目にかかることのないレベルの美少女だったからである。
なんだ。
何が起きている。
*
そのうちトラックの運転席の方からばたん、とドアの閉まる音が聞こえ、さらに二人の女性たちが現れた。
先頭に立っているのは三つ編みおさげの一見学級委員長風少女。さらに一人はロングの黒髪を持った典型的な日本女性。しかし顔が青い。気分が悪そうだ。
彼女たちも最初の三人と比べてもまったくそん色ないほどの美少女たち。
なんだ。
なにが起きるんだ。なにかのイベントか。
「えーと。これで全員そろった? いち、にい、さん。あら、猫波さんは?」
「……」
数を数えた学級委員少女の背後にいつの間にか無言でプリンボブの少女が立っていた。忍者の着るような服をまとっている。
「うわっ! いつの間に」学級委員が引く。
「相変わらず、くのいっちゃんは急に現れるね。どうやってここまで来たの」
「……」強気少女の問いにジャージ。いや忍者服を着た少女は答えない。
「じゃあ全員集合」
全員というからにはこの少女たち六名は仲間らしい。
おれが立ち尽くしていると、委員長風少女がおれを指差して言った。
「あ、あなた。ちょっとこれ運んでくださる?」
「はあ」
おれはその命令しなれた威圧感につい手伝ってしまった。少女たちも手分けして小さな荷物を運んでゆく。ふと気づくとおばさんが感極まった様子で少女たちを一人ずつ抱きしめてあいさつしている。
おれは荷物を運びながらおばさんにたずねた。
「あのう」
「なあに、さとみちゃん(ハート白)」
「これはどういうことでしょう」
おばさんは両手を胸の前で組んで思いのたけを吐き出すように言った。
「よくぞ聞いてくださった」
いやそれいつの時代のセリフ。
「今、AKO47《えーけーおーふぉーてぃーせぶん》が熱いのよ」
「いえ、これはどういうことでしょうか」
「今日からここをAKO47専用寮にするのよ」
「は?」
「長年の夢だったのよー。派手で生きのいい女の子たちと一緒に暮らすのが。芸能プロダクションRYOZAN PARKが新人のために寮を探しているって聞いたから申し出たの。そしたらぜひともって言われて・・・・・・それで立て直すなんてうそついて住人を全員追い出したのよ」
「と、いうことはつまり・・・・・・」
「そーよ。今日からナー・ラック荘はAKO47の専用寮でここの住人はわたしたちとこの子たちになるのよ!」
どさっ
おれの手から段ボール箱が滑り、土間の上に落ちた。
「日常が退屈っていやよねー。毎日がアドベンチャラスじゃなくちゃ。うふっ」
おばさんはうれしそうに笑った。
ようやく事態がわかってきた。
これから美少女たちと一つ屋根の下で毎日いやっほーい!
・・・・・・いやいやいやいや。おれそんなことしてる場合ではないって。
おれ受験生なんだって。勉強が恋人なんだって。
「ナー・ラック荘へようこそ! みんな。今晩は歓迎会をかねてパーティーにしましょう」
「おばさん、話せるぅ」
少女たちが歓声を上げる中、おれは呆然としていた。
閑静な住宅街にあるさびれたアパート。
そこで静かに暮らしている未亡人との静かな生活。
雑音に弱いおれが心乱されることなく受験勉強に打ちこめる環境。
それら全ては幻想だった。
おれの思惑は完全にはずれた。