ラブ・シンクロナイズ
りょーが去った後、AKO47のメンバーはしばし呆然としていたが、一人また一人、修羅場だった居間兼食堂を去って二階へ登っていった。後に残されたのは立ち尽くすおれとソファーにへたり込んだままの荒巻宙二だけだった。
荒巻は落ちつかないようすでマイルドセブンを口に加え、何度も百円ライターで火をつけようとし、ライターのガスが切れているのにも気づかず、いらだたしげにカチカチとライターを鳴らした。
「荒巻さん。あの……荒巻さん」
おれは何度か声をかけたが、荒巻宙二は聞いているのかいないのか、おれの方を見ようともしなかった。おれはふと感じたままを言った。
「チュージン」
荒巻さんははっとしたようにおれを見てから数秒後、われに返ったようにライターをしっかりと握り直し、今度は慎重に点火した。しゅぼっ、という音とともに小さな火が薄暗い室内を照らし、荒巻さんは胸に深く吸い込んだ紫煙を吐き出してこちらを向いた。
「チュージンか。その呼び名、なつかしいな。おれがバンドをやってたときのあだ名だ」
「あ、いえ。荒巻さんがおれと同じくらいの年だったらそんな呼ばれ方をしていたのかなって、ふと思って呼んでしまいました。すみません」
「いや。いいぜ。今おれ最悪の気分だから。「クズ野郎」って呼ばれてみたい気がするくらいだ」
「ああ、そうですよね。せっかく育てた新人アイドルに裏切られたんだから」
「いや違う」荒巻宙二は暗い目をして言った。「そういうことじゃない」
換気の悪い室内の空気が重くなった。
「それって、どういうことです?」
荒巻宙二は目をそらした。なんども立て続けに煙を吸ったり吐きだしたりする。
「おれもさ、AKOくらいの年齢のときにはプロ目指してたんだ。ベースひいてさ。バンド仲間がいた。高校の時から一緒だった。同じ県の別々の高校だったけど、それぞれギターにボーカル、ドラム、才能のある奴らだった。県の大会で注目されてスカウトされて、それで高校中退して東京出てきて、本格的にデビュー目指してた」
「ところが一番才能のあったボーカルの奴が引きぬかれたんだ。そいつ一人だけ勝手にデビューしやがった。いやさせやがったんだ。それはおれたちを東京に連れてきたプロデューサーさ。やつは最初からボーカルをねらってやがったんだ。田舎にいるときにはおれたちの結束が固かったから、バンドをまとめてセットで東京へ連れだしといて、その気にさせて、それからおれたちを分解しはじめたんだよ」
「おれは熱かったから抗議に行った。一緒に頂点目指そうぜって誓い合った仲間をなんで引き裂くんだ、汚えじゃねえかってな。徹底抗戦する腹だった」
荒巻宙二はさびしそうな顔になった。
「でもなあ、そんな熱いのはおれ一人だったんだよ」
「なにがあったんですか」
「おれ以外のメンバーはみんな……もう買収されていた。それぞれ旨い話を振られて、互いが互いに隠し事をしていたんだ。知らなかったのはおれだけさ。プロデューサーの前でおれ一人が恥をかいた。大人になれよ。そう言われた。そのときだ。おれの身体からなにか力が抜けちまったんだ。もう生きてるのが、まじめに生きるのが嫌になった。あのときの仲間の顔、今でも忘れない。恥ずかしそうな、後ろめたいって言うんだろうな。裏切った人間の卑しい、悲しい顔だ」
「そうだったんですか」
「おれも今そんな顔をしてるんだろうなって」
「いや。そんなことないです」
「南部くん。きみになにが分かるんだい。猫ヶ谷はだまされてんだぜ」
「え? 抜け駆けしたのはりょーじゃないんですか」
「いや、裏切ったのはおれたちだ」
「契約書の相手は「ギャラクシー企画」。知る人ぞ知るAVメーカーだ。即デビューさせてやるって言われて猫ヶ谷はよく調べもしないでサインしちまった」
「そんな! どうしてそんな所にりょーを渡したんですか」
「梁山泊だって芸能プロだ。アイドルの卵をやすやすと渡したりしねえよ。あそこの会社はヤクザとつながっててな、おやじ(荒巻桂)は昔弱みを握られたらしいんだ。どうしようもねえってさ。跳ねっ返り娘一人ゆずって手打ちにしましょうってさ。おれたち地獄行きだな」
そんな。
おれはなんと言っていいかわからなかった。りょーは両親と悪魔のような伯父から自分と妹が自由を取り戻すために自ら小悪魔を演じていた。キャバクラでもしつこい男たちをあしらい、決して最後の一線は越えなかった。それは全て妹と二人だけで平和に暮らすという目的のためだ。一年の間に一億円を稼がなければならない。でもそれは自分も清くなければならない。妹を守るために自分が汚れてしまったなら、そもそもなんで小悪魔を演じていたのかわからなくなってしまう。演技ではいくら妖艶な少女を演じても、りょーの本質は「義」に準じるさむらいのような人間だ。
でもそれが今汚されようとしている。
おれは立ち上がった。チュージンがそんなおれを呆けたように見ていた。
「りょーの行き先を教えてください」
「ギャラクシー企画か? 住所ならネットに載ってる。それよりどうすんだ。それを知って」
「助けに行かなきゃ」
「はあっ!? きみ、気は確かか? あいてはやくざだよ」
おれは振り返った。
「あいつは、りょーはAKO47に必要な人間ですから」
「ヒデマル。行くぜ」
ヒデマルはおれの肩に飛び乗った。
「おい。相手はヤクザなんだよ。無理だって。怪我するぞ。おーい」
荒巻宙二の声を後ろに聞きながら、おれたちは飛び出した。
*
大通りでタクシーに飛び乗ったおれはスマホで「ギャラクシー企画」を検索した。
「ヒデマル。珠持ってきたか」
「いつでも携帯してるでござる。でもなぜでござるか」
「必要になりそうな気がする」
「ほう」
タクシーの運転手は背後でのおれたちの会話を聞きとがめ不審そうにバックミラーで見た。いや、不審そうなのはおれ一人だ。ぶつぶつとひとりごとを言う客と思われている。
「ギャラクシー企画」は奈落荘からそう遠くない世田谷区の高級住宅街にあった。三階建ての瀟洒な邸宅をそのまま使っている。看板がついていなければ会社だとは信じられない。ましてやアダルトビデオの会社だとは。
おれがタクシーから降り立つと運転手は無表情で精算したが、向かい側で竹箒を手に門前をはいていたおばさんはおれの方を嫌悪のこもった表情で見た。きっと近所はここにAVプロダクションがあることを嫌がってるんだろう。
扉が開いたままだ。おれはそのまま中に入った。玄関からすぐに居間になっており中が見渡せる。ヤクザの若い衆みたいな兄ちゃんが暇そうにソファーに寝転んでマンガ週刊誌を読んでいた。おれは素早く部屋内を見回した。りょー、どこだ。
おれはそのまま土足で上がった。兄ちゃんがつと目を上げておれを咎めるような目つきで見る。
「おい。おめえ」
「ヒデマル。りょーはどこだ」おれは構わずささやいた。
「二階で声が聞こえるでござる」ヒデマルもささやき返す。
「行くぞっ」おれはそのまま居間を突っ切って奥の階段を駆け上った。
「おいこらっ、待て!」後ろで怒鳴り声が聞こえる。
おれより先に階段を駆け上ったヒデマルが廊下に並んだドアの一つでこちらに振り向いた。おれは考えるより早く、そのドアを開いて中に駆け込んだ。
いた。スタジオのように天井から照明がさがった部屋には男たちが五名。その真ん中にりょーがいた。顔を羞恥と悔しさで真っ赤に染め、涙目になっている。ブラウスが引き裂かれて白い肩が大きく露出している。そしてその真ん中にとまる一羽のアゲハチョウ。いや! その中央には!
「八猫士の印でござる!」
あらわにされたりょーの肩に入っているアゲハチョウの刺青の中央に、それまで目立たなかった肉球型のあざがくっきりと浮き上がっていた。前には見えなかった。おそらくりょーはあの痣を隠すために刺青をしていたのだろう。それが興奮することで痣の部分だけピンク色になってアゲハチョウの真ん中に模様として浮き上がっている。
「なんだおめえ」一番貫禄ありそうな男が静かに言った。「誰が入っていいと言った。いま撮影中だ」
「りょーを返してもらいに来ました」おれは自分の声が平静なのに少し驚いた。普段ならこの五人の中の一人でもおっかないのに。
「はあっ? おめえなに言ってんの」右手に立っていた若い男がすごむ。「うちはちゃんと契約してやってんだよ。帰れ」
「すみません。納得できませんので、今日は連れて帰ります」おれは物分かりが悪い人間のように言った」
「きみ、この子のカレシ?」太った男が言った。「残念だねえ。彼女は納得して来たんだよ。ほれここにサインした契約書もある」
「助けて」さえぎるようにりょーが言った。「助けて。お願い」涙が一筋ほおを伝う。
こんな状況でいけないことだが、打ちひしがれて助けを求めるりょーはどきっとするほど美しかった。
「おれは助けることはできない。きみが自分で助かるんだ」
おれは手のひらを横に差し出した。ヒデマルが心得たように珠を俺の手に乗せる。ぼっと鬼火がクリスタルの中をめぐり、「義」の文字が浮かび上がった。
「これを」おれは義の珠をりょーに向けて差し出した。「これを受け取ってくれ」
りょーは胡散臭げに珠を見る。「なにそれ」
「きみは八猫士の一人だ。猫剣士に変身して戦うんだ」
「やだ……こんなときにアニメオタクのネタ? 笑えない。笑えないよ」
「おれを信じてくれ」
太った男が一歩前に来てものすごい平手打ちを見舞い、おれは吹っ飛んで床に転がった。
「痛え」手をついて起き上がったがだらだらと鼻血が止まらない。
「おい。小僧。仕事中の大人の邪魔をすんな。さっさと帰らないと本当にただですまねえぞ」
太った男の恫喝も聞こえなかった。おれは繰り返した。「頼む。おれを信じて、受け取ってくれ」
りょーは蒼白になっておれを見ていたが、やがてしっかりととうなづいた。
おれはやっとの思いで起き上がり、りょーに向けて珠を放った。りょーははっしと珠を受け取った。
「これをどうするの」りょーが聞く。
「その珠を握りしめて「ラブ・シンクロナイズ」と言うんだ」
「やだ」りょーはしれっと横をむく。
男たちが笑い出した。誰も本気にしていない。
りょーはがっかりしたように言った。
「あんたはいい人ね。それは分かってたけど。痛い、残念な人だったなんて」
「違うのでござる」たまりかねてヒデマルが叫んだ。「信じてくだされ。御身はまこと妖界の戦士なのでござる」
男たちがおおっとどよめく。「腹話術まで使いだしたぜ」「はやりのAIか」「おれにも一つくれよ。こういうの」
おれとヒデマルにとって男たちは眼中になかった。二人で必死にりょーを見つめた。そのうち無視された男たちがいらいらしてくるのを感じた。
ふっとりょーがあきらめたように力を抜いた。ふてくされたように言う。
「ラブ・シンクロナイズ」
部屋中が輝きに包まれた。鬼火が珠からほとばしり、渦をまいてりょーの身体をぐるぐると包み込んだ。目の前の超常現象に男たちも声を失い見ているだけだ。全身を冷たい炎に包まれたりょーは最初は服が変わり、それから猫耳と猫しっぽが生えた。見ている間の数秒のことだった。
「にゃーん!」
部屋をふるわせて変身したりょーが雄叫びをあげた。いつのまにか右手にはアラビアの半月刀を手にしている。全身はちょっとそのあたりを歩けないようなかっこいい戦隊物のコスプレみたいのを着ている。
「愛する者を守るため、天界妖界人間界。黄泉の裏木戸潜りぬけ、行ったり来たり戻ったり。義の珠を持つ八猫士、アビシニアン・ブラック!」
変身したりょーが回るように踊りながら口上を述べている間、半月刀は激しく振り回され海の魚のようにぎらりぎらりと光った。
「お控えなすって。お控えなすって」いつの間にか半月刀を後ろにまわしたりょーは、腰を低くし、左手のひらを差し出して言う。
「お、お控えなステ」気を飲まれたボス格の男が仁義を切りかえそうとしてはっと気づいたように固まった。
「なんだとこら」つい釣られて反応してしまったボス格の男が、怒りに怒声を発したが身体は驚きに硬直したままだ。
そんなことどうでもいいとばかりにりょーは片足のつま先でくるくると回りながら叫んだ。「にゃーん。きもちいー! 身体が自由に動く」
どうやら猫剣士に変身すると身体能力が気持ちよくなるらしい。
りょーは半月刀で宙を切りさき、決めポーズをとると朗々とした声で言った。
「か弱い少女をたぶらかす悪徳AV制作会社のごろつきども。天に代わって成敗いたす。神妙にせよ」完全にキャラ変わってる。
気を取り直した男たちが顔を見合わせてにやにやする。まだ信じられないようだ。
「これはちょっと驚いたが、こういうのもいいかも知れないぜ。美少女戦隊もののAV」太った男がいやらしそうな顔で言った。
「おい。そこのデブ」半月刀の切っ先で太った男を指してりょーが言った。「もうお前らの思い通りにはならない。頭をまるめて会社をたたむか、戦って散々にやられるかどちらか選びなさい」
「なに言ってんだ。こっちには契約書があるんだ。これがある限り、お前はおれたちのいいなりだ」パンチパーマの男が契約書をかざし金歯をむき出して笑った瞬間。りょーは風のように動いた。いや動きが見えなかった。
一瞬後、りょーは元の位置に戻っていたが、その手には契約書が握られている。パンチパーマの男は空っぽになった自分の手を見てあっけにとられていたが、次の瞬間には猛然と怒りだし、りょーに飛びかかった。
それには構わずりょーは契約書を宙に放ると半月刀が一閃して契約書を十文字に切り裂いた。
「猫又ファイア!」
ちょっといかがなものか、という感じの必殺技名を唱えるとりょーの左手から炎がほとばしった。炎は契約書を火に包み、契約書は床に落ちる前に灰となって散った。
「あ、燃えた」
灰を両手でかき集めようとしていたパンチパーマがうつろな目をしてつぶやく。
「終わった」ついおれが言ってしまう。
男たちの雰囲気が変わった。全員背後からかげろうのような陽気がただよっている。怖い。
「てめえー、おとなしくしてりゃなめやがって」
「やっと本気になったじゃない」猫剣士りょーはにやにやする。
男たちは部屋のすみのロッカーから金属バットやゴルフクラブを出してきた。全く合法に所有でき、持つ者によっては凶器になる武器。
男たちは手に手に武器を構えてりょーを囲んだ。
「やくざって失敗すると指を切るんだってね。でも剣士に武器をむけるからには、それ相応の覚悟をしなさい。あたしは今日、かなーり機嫌が悪いから」
男たちはかなり喧嘩慣れしているらしく、中央の男がバットを振りかぶって牽制すると同時に左右からゴルフクラブでりょーの足をねらって攻撃してきた。
しゅん。
なにが起きたか見えなかった。りょーがしなやかに身体をくねらせるとバットとゴルフクラブは空を切り、その一瞬後に手首つきのバットやゴルフクラブが床に音を立てて落ちた。
「ぐああああー!」「に・か・ら・ぐ・あ!」「ででででで!」
三人の男たちが手のなくなった手首を押さえて床に転がる。血がどくどくと吹き出てベッドを汚した。
その次の瞬間にはなにかが宙を飛んで天井にべた、と張り付いた。よく見ると二つの耳だった。一瞬遅れて残った二人の男が耳のあった場所を押さえてうなる。
「大丈夫よ。きれいに切ったから急いで病院へ行けばくっつくわ」りょー。いや猫剣士りょーが猛獣の笑を浮かべた。
「早くなさい。一週間あげるから、今までのビデオを全部回収して焼きなさい。一週間くらいしてまだ営業していたら、今度こそ皆殺しだから。いいね」
床には血だまりとその間でうめく五人の男たち。
りょーとおれ、ヒデマルは堂々と玄関から出て行った。だれも止めなかった。
*
珍しく荒巻桂が奈落荘に来ていた。荒巻宙二はその後ろで小さくなっている。
荒巻桂はその脂ぎった額に青筋を立てていた。
「お前、とんでもないことをしてくれたな」
りょーに人差し指を突き付けて言う。
「ギャラクシー企画はRYOZAN PARKプロを告訴する、と言っている」
AKO47のメンバーが全員そろって入って来た。荒巻桂をにらみつける。
「話は全部くのいっちゃんから聞いた」とやおい。
「告訴するならしたらええ。裁判で返り討ちや」とたけちん。
「猫ヶ谷さんにああいうことをした、ということは、場合によってはわたくしたちにもやる、ということですわね」とリーダー。
「そ、それは」
「許せない! 女の敵!」珍しくはなちゃんも怒っている。
「全面戦争よ」まおりんがにゃんを付けずに話している。
「うるさい! うるさい!」荒巻桂は両手を振った。「お前たちには関係ない」
「関係ある」「関係あります」
「とにかく」リーダーはりょーをかばうように前に立ちふさがると言い放った。
「わたくしの目の黒いうちは、猫ヶ谷さんに指一本ふれさせませんわ」
「みんな。そんなにりょーのことを」
「妹さんがAVに売られそうなんやろ。くのいっちゃんから聞いたわ。なんでもっと早くうちらに打ち明けてくれへんねん」
「そんな事情があるのでしたら話は別ですわ。この猫目雅子。一肌脱がせてもらいますわ」
「わたしも同意見」
「あたしも」「わたくしも」
「……」くのいっちゃんは無言でうなずいた。
「お、お前たち、事務所に逆らえばどうなるかわかっているのか」荒巻桂は激昂して唾を飛ばしたが、みなは冷ややかな目で事務所の社長を眺めるだけだった。
「全員クビだ! 契約解除だ。」
「!」
「とにかく、お前たちはもういらん。すぐにここから出て行け!」
「そんな勝手な言い分が通るとでも」
「通るのだ。それが大人の世界、契約書は絶対だ」
AKO47たちは互いに視線を交わしあったが、誰も法律のこととなると無知で反論しようがなかった。
「あ、ちょっとすみません」おれは口をはさんだ。「それはちょっと違うと思います」
「なにを言っとる」荒巻桂は目をむいた。
「契約書によるとですね、「双方は一か月の猶予を持って相手に通知し契約を解除できる」とあります。ですから即時解雇は契約違反ですよ」
「なんだ貴様、弁護士か」
「いえ、でも一度契約書を読んだんで間違いないです」おれははっきりと言った。
おれには覚えようと思ったことはなんでも覚えることのできる特技がある。一度目を通したAKO47の契約書は全文をそらんじることができた。
(おい。本当か)荒巻桂は甥にささやいた。
(ええっと、はい、そうっす。一方的な解雇の場合、一か月待たないといけないっす)荒巻宙二は耳打ちした。
「ぐぬぬぬぬ」荒巻桂は歯ぎしりしたが、突然割り切ったようにネクタイを直すと言い放った。
「ふん。契約書の条項によると最短一か月で解雇できるから、お前たちにはSKO108の次の公演まで働いてもらう。それまではしっかりと働けよ。後はどうなろうとしらん!」
荒巻桂は捨て台詞を残すと奈落荘を去っていった。




