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魔女裁判

 台所で緊急魔女裁判が行われていた。

 いや、裁くのはAKOの魔女たちで、被告席に正座させられているのはおれとヒデマルだった。

 いや、ヒデマルは正座できないから普通に座っているだけだ。おれよりずっと楽なはず。

 でも少女たち全員の厳しい視線を浴び、ヒデマルはだらだらと汗を流していた。

 おれがつと目を上げるとやおいのきつい目つきにぶつかった。

 すぐに目を右にそらすとそこには悲しみをたたえたはなちゃんの茶色い目がある。

 さらに左に視線を転じるとけいべつしたようなまおりんの視線があった。

「とにかく」リーダーが腕組みをして前に出る。「この動物がしゃべるのはまあいいですわ」

 え、そこスルーするとこ?

「でも、わたくしたちの脱衣した所をのぞいていたことは万死に値しますわ」

「「「異議なし」」」AKOたちは声を揃えて言った。

「まあまあ、みんな。そこまで……」

「あばさんは黙っててください!」

 普段ばらばらのくせに、どうしてこんなときは団結するんだ、こいつら。

 意を決したようにヒデマルが進みでた。

「みなの衆。この度のことはすまなかったでござる。このヒデマル、腹を切ってお詫びしても良い。しかし今は死ねないのでござる」

「なに、かっこつけとんねん。この痴漢」たけちんがにべもない。

「あ、はい。すまないでござる」ヒデマルは潔く頭を下げた。「しかし、この度のことにはふかあいわけがござった」

 ヒデマルは妖界の現状と八猫士の話を繰り返した。AKO47たちはとりあえず最後まで聞いてくれた。

「で、あたしたちがその八猫士かどうかを調べるために着替えをのぞいたの?」

「誠に申し訳ないでござる。しかしすでに四人までは確認できてござる。まず猫空鈴まおこんりんどの」ヒデマルはまおりんを指して言った。「あなたは腕のつけねに肉球の痣がござる」

 まおりんが腕を押さえた。

「次に」ヒデマルは続けた。「葵殿。あなたには足の裏に痣がござる」

「よく見つけたねー」やおいが物憂げに言う。

「それから猫崎たけ殿は肩に猫橋はな殿は胸に痣がござる」

「えええー! 見たの!?」はなちゃんが大きな胸を押さえて叫んだ。

「み、見たでござる」

「いやらしい!」

「ま、ま、猫だからいいじゃない」おれがフォローする。

「あんたは黙ってて!」

「はい」

「りょーはどうだった?」

「猫ヶ谷どのは確認できなかったでござる」

 ヒデマルはあくまでおごそかな様子で言った。

「このように八猫士とおぼしき方々が揃ってござる。猫目雅子殿。御身は確認とれておりませぬが、ここまで八猫士がそろっているからには、御身もその可能性大でござる。ささ、言ってしまわれよ。御身の身体のどこかに肉球型の痣はござらんか」

「こいつ、やけに偉そうだね。のぞきでお白砂の裁きを受けてんのに」

「さあ、猫目殿。いかが」

 リーダーはちょっとためらったが、ヒデマルに即されてというよりは、みなの好奇の目を受け、しぶしぶと言った。

「あれね。まあそういったものがないわけじゃないんですの」

「では、ある! と」

「あああ、ありますわ」

「肉球型の痣が?」

「ええ」

「どこに?}

「それは……もうしあげられませんわ」

「うちらみんな痣があるから自分もないとあかん、とかやないやろね」

 たけちんがさりげなく牽制する。

「そそそ、そんなことございませんわ。確かに肉球型のあざがございます……と思います」

「歯切れ悪いねー。どうしてはっきり言わないのさ」

「それは……少し見えにくい場所にございますから、自分ではっきりと確認したことは」

「ほう」ヒデマルはずい、と前に進みでた。「その見えにくい場所、というのはどこでござるか」

「そ、それは……」リーダー猫目は赤くなってもじもじした。

「さあ、どこなの。その「見えにくい」場所というのは」にやにやしながらまおりんとやおいが迫った。

「それは……」リーダーはうつむいて赤くなる。うさぎの鳴くような小さな声で言った。「お、しりですわ」

「本当かしら。お尻なら鏡に映せば簡単に確認できるのに。やっぱりはったりじゃない?」

「ほら、AKOのほとんどがその八猫士とやらなのに自分だけ違うと沽券に関わるから」

 まおりんとやおいコンビの絶妙な挑発にリーダーは簡単にひっかかった。

「そ、そんなことは決してございませんわ。私が嘘つきだとおっしゃるの?」むきになって反論する。

「でもねー」にやにやするまおりん。

「はっきりと言えないし」目をすがめて不敵な微笑を浮かべるやおい。

「おしりの下の方です!」突然耐えかねたようにリーダーが叫んだ。「その……自分では見えにくい下の方になにかそれらしきあざが……あるのを……見たことが……間違い……ありませんわ」最後の方では声はほとんどかすんで聞き取りにくいほどに小さくなった。声が小さくなるのに反比例して顔はどんどん赤くなる。

「それでは確認いたす……ぐわっ!」

 前へ進み出てリーダーのパジャマに手をかけようとしたヒデマルをおれが最大級の力でふんずけたための声だ。

 とたんにAKOの魔女たちの態度が変わった。

「そういえば、こいつらのぞきで」

「あたしたち痴漢を裁くための私設裁判をしていたのに、いつの間にかこいつのペースのはまったみたいね」

「あぶないあぶない。油断ならないわ」


「おまちなさい!」

 凛としたリーダーの声で一同黙った。こんなときにはさすがにリーダーだ。リーダー猫目雅子はまだ顔を赤くしたまま腕組みをして前に進みでた。

「確かに二匹は迷惑防止条例違反ぎりぎりのことをしたかもしれません……」

 二匹! おれも動物扱いなんだ。

「でも猫がしゃべるという異常事態を前に、もっと詳しく聞いてみたいという気持ちもおさえきれませんわ。だってわたくしにも肉球型のあざが確かにあるんですから」

 異常事態、というのは認識してたのね。

「えー異常事態?」まおりんが唇をとがらせる。

「普通じゃない?」やおいが首をひねる。

 お前らどういう常識の持ち主なんだっ!

「とにかく」リーダーはおれたちの前に腕組みをしたまま仁王立ちとなった。「最後まで説明してくださる? 仮にわたしたちがその八猫士だったとして、あなたたちはなにを期待していらっしゃるの?」

「よくぞ聞いてくださった」ヒデマルは再び元気を取り戻した。「御ん方々にはぜひともプリンス・アハーンの代理であるそれがしと契約を交わし、猫剣士となっていただきたい」

「それやるとなんかいいことあんの?」

「猫剣士になればなんでも一つ望みが叶うのでござる」

「あーその設定やばいにゃ」急にまおりんが割り込んだ。

「やばいやばい」やおいもうなづく。「それで際限なくバトルさせられるような制約があるんじゃない? 戦い続けなければ人間に戻れない、とか」

「まみったり」とまおりん。

「なにまみるって」はなちゃんが聞く。

「頭部切断されること」

「こわーい」

「そ、そんなことはござらん。それはもちろん剣士でござるから、多少の危険はござるが」

「やっぱり危険なんだ」

「う」ヒデマルはつまったが、意を決したように続けた。

「しかし、これは世界を救うためでござる。妖界と人間界を救うには、御身たちの協力がなければかなわぬのでござる。御身たちは最後の希望なのでござる。お願いいたす!」

 ヒデマルが必死に熱弁を振るっている丁度そのとき、台所でつけっぱなしになっていたテレビでドラマをやっていた。丁度場面はラブホテルの前で、いかにも性悪そうな男が美少女の肩に手をかけて言っている。

『な、ええやろ、ええやろ』性悪男のセリフがヒデマルの熱弁とかぶった。

「お願いでござる。このヒデマル、一生の頼みでござる」

『たのむわ。一生のお願いや』

「悪いようにはしないでござる」

『悪いようにはせえへん』

 ゆらり、とたけちんが立ち上がった。「悪いようにはしない、って言うやつに限って、絶対悪いようにするやつやもんね」そう言って台所を出て行った。

「さて」数名が立ち上がった。「寝よ寝よ」

「ま、話のネタとしては面白いかも」

「お願いでござる。お願いでござる」必死に土下座して頼み込むヒデマルの前をAKOの少女たちは来た時と同じようにどかどかと出て行った。

 後に残されたのはおれとヒデマルだけだった。

 ヒデマルは頭を上げ、おれをちょっと期待に満ちた目で見た。

「さて」おれも立ち上がりジーンズのすそをはたくと自室に向かった「勉強勉強」

 ヒデマルははためにもわかる「が・っ・く・り」した様子で肩を落としていた。

 おれはそんな様子を見て、ちらと済まない気持ちになったが、そのまま台所を出て行った。


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