巫女巫女
台所でAKOたちと荒巻宙二が話していた。
「やっと歌がもらえたのに、振り付けの練習ができないんじゃ」
「とりあえず練習しないとだめっすよね」
「練習って、こんなせまい場所で新しい振り付けは無理よ。荒巻さん」
ダンスの先生が割って入った。「しかも剣舞ですって。この三倍は広くないとね」
「と言ってもっすね」宙二さんは無精ひげをひっかいた。「梁山泊プロの練習場はSKO108のメンバーでごちゃごちゃっすから、AKO47を入れるのは到底無理っすね」
おれの頭にちょっとひらめいた。
「あのう、すいません。広い場所ならあります」
「どこ?」
「この近所に神社があります。あそこなら十人で剣舞をやっても余裕です」
「神社かぁ。使わせてくれるわけないだろ」
「頼んでみます」
*
「ああ、いいよ」神主さんはにこにこしながら言った。「北川さんには世話になったからなぁ」
「え、ほんとですか。ありがとうございます」
「でも、うるさくするのはやめてくれ」
「はい。音楽は小さくします」
「ごみはきちんと片付けて」
「了解です」
「あとたまにホームレスも寝泊まりしとるけど、本来聖域だから露出した服はだめ」
「ジャージなら大丈夫ですか」
「いいけど、そうだ。巫女の服が大量にある。これを使いなさい」
神主さんは巨大なつづらを出してきた。
「いや、間違って注文してしまってなぁ」笑う。
「AKO47のことは近所でも噂してるよ。まあしっかりやんなさい。この町からアイドルが生まれたら面白いわな」
「ありがとうございます」
おれは礼を言って神社を辞した。あとはセッティング。おれは町内会に掛け合って、お祭り時用の携帯用発電機とアンプ・スピーカーなどを借りてきた。
「許可もらいました。移動の準備してください」
おれが食堂へ入ってゆくと、おれが出て行ったときのままのかっこうでソファーに寝そべっていた宙二さんは「へっ」という顔をした。
「へえ、やるじゃん浪人生」
「マンジュウよりマネージャーっぽいね」
「南部くん。なんできみ、そこまでしてくれんの」
「えと、まあ快適な受験勉強空間の確保のために」
「結局それか」たけちんが口をとがらせる。
「でも、静かに勉強したかったら図書館へ行けばいいだけなのにね」やおいがフォローしてくれた。
自分たちが騒々しいことは自覚してたのね。
「えー、奈落荘だって十分静かにゃん」「よく眠れますわ」
自覚してないやつらが若干名。
白い上着に赤い袴という巫女姿でプラスチックの模造刀を持って並んだAKO47は迫力あった。
リーダー、まおりん、やおい、はなちゃん、たけちん、くのいっちゃん。
六輪の花のようだ。
「おうおう」神主さんが出てきて目を細める。「華やかだなあ」
「巫女さんのコスプレできて気分がいいにゃ」とまおりん。はなちゃんは和服でご機嫌なようだ。やおいとたけちんは着物姿がドはまり。リーダーもすがすがしい表情をしている。ジャージを着て奈落荘の狭い食堂で練習していたときとは雰囲気が違う。
もしかしたら、こういう形から入った方がAKO47たちのやる気を引き出したのかもしれない。
「ま、後はまかせたっす」宙二さんはそう言い残すとさっさと事務所へ帰ってしまった。この人本当にやる気ない。
「はいっ、イチ、ニー、サン、シッ……」ダンスの先生も熱が入る。
AKO47は模造刀を持って一斉に回った。赤い裾がひいらりと広がる。
おれはアンプの調節をして、スピーカーの音量を迷惑にならない程度に絞った。神主さんの好意でうるさい発電機は使わず、社務所の電源を引かせてもらうことになったのだ。
音楽に合わせてAKO47たちがステップを踏む。それつれて、衣擦れの音と、模造刀が空を切る音が静かな境内に響いた。
「ゴー、ロク、シチ、ハチ……」
髪がひるがえり、汗が飛ぶ。
無垢の白がくねり、袴の赤が回った。
AKO47の練習は夜半まで続いた。日が沈むとおれが葬儀屋に掛け合って借りてきた野外照明をともした。模造刀に塗られた蛍光塗料が反射し、ライトセーバーのようだ。
大きな樹木の陰、昼でも暗い境内の中でステップを踏む六人の少女たちだけが激しく動いていた。
こいつら、夜は強いんだ。
昼は不機嫌そうなAKO47の連中は、夜になると見違えるように元気になった。おれも勉強は夜型だからまあ同じか。もしかしたら、今までのやり方が間違っていたのかもしれない。
「ミコミコカワイイ!」まおりんの叫び声が聞こえた。
*
練習が終わってもしばらくAKO47たちは境内に腰掛けておしゃべりしていた。彼女たちから陽気が伝わってくる。こんなことは初めてだった。
おれが発電機やアンプをカートに載せていると、はなちゃんが叫んだ。
「お月様!」
見上げたが、木立に阻まれて月の姿が見えない。
くのいっちゃんがするすると鳥居に登り、投げ縄を投げると天をおおう茂みをからめとり、引っ張った。
幕が開くように空が見え、巨大な月の姿が現れた。
「大きい」
「スーパームーンかな」
おれも立ち上がって見た。
月はその涼しい光をおれたちに注いでいた。暗い境内で、おれたちの立っている場所だけが、ちょうどスポットライトのように照らされていた。
*
次の日は雨だった。
AKO47たちは昨夜の疲れか静かで邪魔をしに来ない。
おれは自分の分の洗濯物を干していた。しのぶが女性とわかったからには、さすがに洗ってもらうのは気恥ずかしかった。
奈落荘には濡れ縁があり、軒がおおいかぶさっているところに物干し竿がかかっていた。おれはわずかな衣類を竿にかけ、洗濯ばさみで留めていた。
ふと足元を見ると、何かが落ちていた。
いや、動物が倒れていた。茶色の毛皮がところどころ血と泥で汚れている。
どうせけんか好きな猫がよその猫と戦って負けたのだろう。でも昨晩は鳴き声は聞こえなかったし、猫どもがみゃーみゃーうるさいさかりの季節はとうに終わっている。
おれは下駄をつっかけると庭に降りた。
茶色い毛皮に近づき、手のひらで触れてみる。
まだ温かかった。
おれの手の下で、小さな胸が隆起を繰り返している。
まだ生きてる。すぐに手当すれば助かるかもしれない。
おれはその毛皮をひっくりかえしてみた。どこにでもいるような普通の猫だった。ただ、やけに大きくて重い。
(飼い猫かな。にしてはこのあたりで見かけたことはないが)
おれはそう考えながら両手で猫を抱え上げ、奈落荘の中に運んだ。
途中でやおいとすれ違った。
「あらあ。南部。いえ、エロ浪人生。どうしたの、それ」
「いや、猫が倒れてたから」
「ふーん。古典的な「猫を救え」ね」
「へ、なにそれ」
「映画とかで邪悪な登場人物が実はいいとこもあるんだって示すためにはそいつに車にひかれそうな猫を助けさせるのが常套手段なのよ」
「なるほど。っておれ邪悪なのかよっ! おれそんな下心で助けたわけじゃねえ」
「ふーん。信じるわ」
そんな全然信じてない目で見ながら言われるともっと傷つくんですけど
「あら。不満そうな顔ね」やおいは腕を組んで傲然と胸をそらした。
「ま、警察を呼ばれたら前科一犯になるところを、正座一時間くらいで済んでいるのだから、本来感謝するべきよね」
「いいからあっち行っててくれ」
おれは猫を台所へ運びこむと古ダンボールをつぶして敷き、その上に泥だらけの猫を載せてまず濡れぶきんで全身を拭いてやった。途中でふきんが傷口に触れると猫はびくっと体をひきつらせて目を開いた。
真っ黒な目がおれを見る。
賢そうだ。
「ちょっと待ってな」
おれは猫が言葉をわかるかのように言い聞かせると全身を拭き終わり、それから救急箱を出して傷の手当をした。消毒液を塗って軟膏を傷口に刷り込み、包帯をまいた。意外にも猫は暴れなかった。
全身にほうたいを巻き終えると茶色の猫はほっとしたように息を吐いた。
台所に置きっぱなしの灯油ストーブをつけてみた。去年の灯油は臭い煙を吐いたがとりあえず火はついた。
猫の雨に打たれて冷えきった体は徐々に温まり 毛がふんわりとしてきた。二三度シャンプーして洗ってやればもっと良くなるだろう。
おれはミルクを電子レンジで軽く温め、不要な皿に入れて猫の前においてやった。
猫はよろよろと立ち上がると、自分でミルクを舐め始めた。
これくらい元気があれば大丈夫だ。
ミルクをなめ終わると猫はそのまま体を丸くして眠った。
おれはそっと猫を乗せたダンボールをテーブルの下に移動し、足音を忍ばせて去ろうとした。
(かたじけない)
誰かに声をかけられた気がして、おれは思わず振り返った。
台所には誰もいなかった。猫がおれを見ているだけだった。
猫はおれを真っ黒な目でみつめると、すぐに頭を伏せて目を閉じた。




