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リーダー

「毎日の地道な努力を積み重ねてこそ、成功につながるんですのよ!」

 おれが台所兼食堂に入るとちょうどAKO47たちがミーティングをやっている最中だった。

「一日で成功はならず。千里の道も一歩より。天才は一パーセントの霊感と九十九パーセントの汗!」

 正面のホワイトボードの前で力説しているのはリーダー、こと猫目雅子で、他のAKO47の三名はソファーでくつろいでいる。まおりんは携帯用ゲーム機をかかえ、たけちんは青い顔をしてこめかみをおさえ、はなちゃんはしょうゆせんべいをおいしそうに噛みしめていた。リーダーの方を見ている者は誰もいない。いや一人いた。台所兼食堂の隅にはくのいっちゃんがくないを研ぎながら部屋中に油断なく目を配っている。

「二宮尊徳は昼は薪取り、夜は草鞋作りをして生計を支えながら勉学にいそしんだのですのよ!」

 どうやらリーダーの要点は努力をしよう、ということらしい。しかし例えが古い。おれの親父年代くらいの時代を感じさせる。

「まおりんも夜を徹してレベル上げに努めてるにゃん。極めて地道な努力が必要にゃん」まおりんが答える。

「少年よ、大志を抱け、と言いますわ」

「あたしら少女やし」

「大体、荒巻さんはどこへ行ってしまわれたの!?」

「マンジュウはいつも通り飲んだくれてた。まだ寝てるはず」

「証拠は? だれか荒巻さんを呼んできてくださる?」

 くのいっちゃんが音もなく現れ、持っていたデジタルカメラをすっと差し出して64インチテレビに接続した。モニターにビール缶の山と、その真ん中でひっくり返っている荒巻宙二の姿が映し出された。

「あいつ、本当にマネージャーの自覚ねえなあ」

「あ、ど、どうぞ」しのぶが急須を持ってきて、テーブルに並べた湯飲みにお茶をそそぐ。

「騒々しいわね」やおいが悠然と現れ、ソファーの端に腰を下ろすと爪にマニキュアを塗り始めた。

「猫海さん。昨日言いましたわよね。ミーティングは十二時からですって」

 やおいは視線を合わさずに平然とマニキュアを塗り続けた。

「猫海さん!」

「マスカラの乗りが悪かったんだから仕方ないじゃない」

「そーだね。そりゃ仕方ない」

「それでも時間は守るものですわ!」

「ちょっとリーダー。その声なんとかなれへん。きんきんして頭痛に響くわ」たけちんがこめかみを押さえる。

「あなたたちが決めたことを守らないから声が大きくなるんです!」

「ヒステリーは小じわが増えるよ」

「あんたも昨日は寝坊したやろ」

「し、してませんわ」

「どやろ。くのいっちゃん。証拠写真ある?」

 くのいちは黙ってデジカメを操作した。大型モニタに写真が表示され、荒巻宙二と同じような格好でひっくり返って寝ている猫目雅子のパジャマ姿が映し出された。ご丁寧に壁掛けデジタル時計が枕元に並べられている。デジタル時計の時刻は十三時を指している。

「昨日はリーダーが一番遅刻や」

「そ、そんな。時計は手動で時刻を変えられますわ。こんなものが証拠などと認められませんわ!」

「往生際が悪いで」

「焦り方が『コナン』で暴かれた犯人そっくりだにゃん」

「ひどい!」リーダーの両眼から涙がこぼれた。

「泣いて同情を勝ち取ろうとか、どう見てもリーダーの器やないやろ」

「男女平等を主張しておいて女の武器使うやつってダブルスタンダードよね。どっちか一つにしたら?」

 リーダーは両手で顔を抑えると、走り去った。

 おれはその様子があまりにも哀れだったので、買い物の袋を床に置くと、そのあとを追った。AKO47たちのヤジが飛ぶ。

「おーおー」「チャンス! 慰めちゃいなよ」「ステキ! さとみちゃん」

「おめーらほどほどにしろ」おれはそう叫ぶと、二階の階段を昇って行った。


     *


 二階の部屋へ駆け込むリーダー―猫目雅子の後ろ姿を階段の最上段から見た。猫娘どもは部屋に入ってドアをきちんと閉める、というようなことすらしない。

 おれが廊下を歩いてドアの前から中をのぞくと、猫目は窓の方をむいたまま立っていた。おれはしばらくその立ち姿を眺めていたが、おい、と声をかけた。

「なんですの」猫目はいったんこちらをちら、と見てから体全体でくるりとまわって距離を置いたままおれの正面に立った。

 おれは中に入るわけにもいかず、ドア枠に背をもたせて立っていた。

「わたくしだって分かっていないわけじゃないんですのよ」猫目は問わず語りに話しだした。

「わたくしが精神的に大人びているとはいえ、みなさんとは同じ年代ですから」

(いや、あんたはむしろ子供っぽいけど)おれは心の中でツッコんだ。

「でもリーダーに任命されたからには、指導者としても責務を果たさないといけませんわ。みなさん本当にわがままで、自分勝手で、時間も守らないし、規則に従わないし、寝る時間も起きる時間もまちまちだし、どこへなんの用事で行くかだれにも告げないで突然出て行ってまた突然戻ってくるし、チームとしてみなさんをまとめる者の身にもなっていただきたいものですわ」

 まあ確かにこいつら規律がないよな。

「あたくしがリーダーに選ばれたのにはそれなりの理由があって、それはほかに誰もリーダーをやりたがらなかったからですわ。いえもちろん、あたくしは一番リーダーの素質があったから選ばれたんですけど。まあ持って生まれた気品と申しますかカリスマのオーラといいますか、そのようなものがあたくしの顔や身体からにじみ出ていてそれで凡人たちにとってはまぶしい存在としてアイドルとしてあこがれるか、反感をもって憎むかのどちらかなのですわ」

(なるほど、だから嫌われるんだ)おれは納得した。この人はじぶんがうざいことに全く気づいていない。その鈍感さたるや、おやじ並だ。

 おれは聞いてみた。

「なあ」

「なんですの」

「あんた、そもそもなんで芸能界に入ったんだ」

「それは……将来国会議員になるためですわ」

 どひゃ。おれは本当にずっこけそうになった。

「まじかよ」

「あら。国会議員なんて人気投票ですから、知名度が高ければ有利でしょ。タレント議員はただ単に使われてるにすぎませんけど、あたくしはそうならないよう、今から勉強してるんですのよ」

 猫目が指し示したデスクの上には『成功者になるための十か条』『エグゼクティブ・シンキング』といった経営者が読むような本が並んでいる。その横に蓋の空いた親父ドリンクのびんが立っていた。

「なんでそんな偉くなりたいんだ」

「正義を行うためですわ。不正をただし、正当な者の権利を与え名誉を回復する」

「誰の名誉を回復するんだ」

「それは……申しあげられませんわ」

 一瞬猫目の瞳の奥に黒い炎が燃え上がったような気がした。

「そのための努力は惜しんでいませんのよ。ほら」

 猫目が差し出したのは漢字検定一級の証明書だった。

「こ、これは」

「いま勉強しているのはMBAとTOEICですけれど、小手調べにとったものですわ」

 やっぱりなんかずれてる。

「とりあえずの目標は、アイドルデビューして地方公演ツアーで全都道府県を巡って知名度を高め、ファイナルライブでは武道館をいっぱいにして惜しまれて卒業する。その後、映画で最優秀主演女優賞をとったらバラエティ番組のレギュラーになって……ああ忙しいですわね」

 こいつがバラエティー番組に出たらまずい気がする。

「それなのに……」猫目は急にしょんぼりした。「AKO47は誰もやる気がないんですの。あたくしが声を上げれば上げるほどみんなだるそうな顔をして、練習もいやいややってるみたいだし、こんなことではあたくしの計画が進みませんわ」

 おれは違和感を感じ、おもわず言った。「それは間違ってると思うぞ」

「え」猫目は驚いたような顔をした。

 おれは一度つばを呑み込んでから言った。

「お前、不正を正しとか言ってるけど、結局それってお前の都合だよな。AKO47のやつらだってそれぞれ理由があってアイドルになりに来てるわけで、それぞれの達成目標があると思うぜ。なんでみんなやる気がないのかはおれは知らねえけど、やる気がないのはなにか、その、自分の達成したいこととはちょっと違うとかなにかあるからじゃないのかな。そのみんなのそれぞれの気持ちを汲まないでお前の都合でまとまれって言っても無理だと思うぜ。他人に文句を言う前に他人の気持ちをわかろうとするのが本当の指導者じゃないかな」

「あああああー」猫目は水着を忘れた競泳選手のような顔であとずさった。

「わたくしに、わたくしに心から諫言してくれる人間が現れた。この猫目雅子、感謝しますわ」

「そりゃどうも」

 猫目はしばらく上目遣いでおれを眺めていたが、ぽつんと言った。

「あなたになら」

「え?」

「あなたになら、わたくしの秘密を打ち明けられるかもしれません」

「秘密ってなんだ」

 反射的に聞いたおれは、すぐにしまったと後悔した。こいつの秘密なんてろくなもんじゃなさそうだし。

「わたくし、本当の姓は「大金おおがね」と言いますの」

「大金って、あの大金財閥のか?」

 おれの知っている知識の中では「大金」という姓はそれくらいしか思いつかなかった。

「その通りですわ。そしてわたくしこそ、大金家の本当の後継者」

 おいおい。

 来たよ。来ちゃったよ。極めて電波な話が。

「母は大金家の後継ぎの大金甲斐史郎様と恋仲でした。婚約も済ませ、後は両家が結婚式の日取りを調整するだけのところ、それを妬む嘉興かこう財閥の娘が甲斐史郎様の子供を身ごもったと名乗り出たのです」

「身ごもったんだ」

「いえ、あれは別人の子です。甲斐史郎様は陥れられたのですわ」

「そう言っても、DNA鑑定とかあるだろ」

「鑑定する医師もすべて金で買われて嘘の証言をしました。母にはそれを覆す力はなく、甲斐史郎様も両家の圧力に押し切られて、その娘といやいや式をあげました」

「じゃあ、もう手遅れだな」

「その結果、わたくしは庶子として世間の冷たい風にさらされて生きることになったのです」

 おれには何も言えなかった。

「わたくしの夢は権力を握り、この一件の真実を世間に暴いてわたくしと母の名誉を取り戻すことなのです」

「そうか」

「ということで」

「で?」

「わたくしが国会議員になったら、あなたを秘書に雇って差し上げます」

「おことわりします」


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