1-3 宿と部屋割り
「いらっしゃい!」
俺たちが「ターシャの宿」に入ると、元気のいいおばさんの声が響いた。どうやらこの宿は地階部分は酒場(いや、どちらかというと酒が飲める料理屋のほうが近いか?)になっていて、繁盛している。大体客は20~30人ほどだ。なんかみんなガタイがいいような気がするが気のせいか…?
「ベア。先にご飯食べない?そういえば私たち、転移してきてからまだご飯食べてないわよね?」
確かにそうだな。今まで気を張り詰めていて気にならなかったが、確かに腹は減っている。
ということで俺たちは飯を食べることにした。
…あれ?席に着いたがテーブルにメニュー表がない。あたりを見渡してもそのようなものが壁に貼ってあったりもしない。
ちょうどそのことを二人に言おうとしたとき、セイが
「すいません。メニューを教えてもらっていいですか?」
とおばさんに聞いた。
セイが他人に話しかけるなんて珍しいなと思っていたら、こそっと、ここでは店の人に聞くのが一般的だということを教えてくれた。
もう一度この世界の常識を思い出してみると、確かにそのようなことがあった。どうやらまだまだ地球での常識のほうが強いらしい。言ってみるなら知識としてはあるけど…という状態だ。
おばさんが定食メニューを3つ教えてくれたので、俺たちはそれぞれ別のやつにした。(値段は変わらなかった)
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料理が運ばれてきたがとても量が多い。しかもどれもが今まで見たことのないような料理だ。間違いなく俺がオッサンだったら食べれなかった量だ。成長期…ではないがこの青年の体に感謝。
とにかく食べ勧めていくしかない。味はかなり薄味である。だがうまいといえばうまいという範囲か。この味のおかげで案外楽に食べれた。セイやライはまだ線が細いからどうかと思ったが、意外にも完食している。
俺らが飯を食べ終わってくつろいでいると入口のドアが開いた。どうやら新しい客らしい。それならばどうということはないが、あの男どっかで見たことがある気がする。と思っていたら、こっちをじっと見つめて、近寄ってきた。
「お!お前たち来てくれたか!どうだ?うちの飯はうまいだろ?」
「…?はい。美味しいですがあなたは?」
「おいおい、もう忘れちまったのか。俺だぜ俺。」
新手のオレオレ詐欺かよと思っていたら
「僕たちを対応していた衛士さんですね。」
とセイが応えた。どうやら俺はこの世界でもなかなか人の顔を覚えれないらしい。
「兄ちゃんわかってたのならそっちの兄ちゃんに言ってやれよ。相当警戒されてておじさん小便ちびっちゃいそうだったぞ。」
…?そんな怖がらせるようなことはしていないはずだが…?
それにしてもあの衛士さんか。なんてひどいマッチポンプだ。と思いつつも結局めしは確かに美味いから特に文句はない。
もしかして周りにガタイがいい人が多いのはもしや(ほぼ)全員衛士だからか?この宿が衛士たちの宿舎の機能も兼ね備えているとしたら治安の問題はないな。安心安心。こういう世界で治安がいいイメージが無いからな。
俺たちは飯を食べ終わった後、おじさんにとりあえず1週間泊まるように伝えた。(余談だがこちらには週の概念がなかった。)
さすがに男女同じ部屋はどうかと思い二部屋とろうとしたところ、ライが
「あなたたち私を一人にする気?同じ部屋にしなさいよ。」
とのことなので本人がそういうんだからということで一瞬一部屋でいいかとも思ったが外面もある。身体年齢的に周りの目がまずいと言ったところ、
「セイは枯れてる…いや、違うわね。物理にすべてをささげていて女に興味ないし、ベアは巨乳好きで微乳の私には興味ないでしょ?周りからどう思われようと関係ないわよね。それよりも経済性のほうが重要よ。」
はぁ、やっぱりライには性癖ばれてる…。それにしても自分で微乳と言って悲しくならないだろうか?
なにか気配がすると思ったら宿屋の娘であるエリッサちゃんもこっそり聞き耳を立てていたようだ。この酒場のすみっこで顔を真っ赤にしてだけれども食いついている。お年頃のようだ。
この会話の間、衛士のおじさんはライが一部屋でいいといった時は「お熱いね~」と冷やかそうとしていたようだが、その後の言葉によってドン引きしていた。
これ以上ないぐらいに。
ここは前払いでも後払いでもいいらしい。(後払いといっても1日ごとに請求するらしいが)俺らは今のところは現金の余裕があるから前払いで大銀貨1枚と銀貨4枚支払った。拠点となる宿は重要だ。
この建物は5階建てで、俺たちはその5階の部屋となった。現代日本では、高いところにある部屋ほど金がかかるが、この世界では逆だ。この世界では、上るのには階段しかない。ただただめんどい。そのためにやや安くなるのだ。この世界に来てからはずいぶん楽だが。
日本の物価に換算すると1泊2000円ぐらいか。確かにとても安い。ちなみに飯は合計銀貨1枚と大銅貨5枚(約1500円)だった。
その後は特に言うことがない(風呂はもちろんなく、水とタオルがサービスで持ち込まれ、汚れを拭くタイプであった。ライが躊躇なく俺らの前で服脱いで体をふき始めたのには驚いたが。……多少隠すぐらいしろ!)ので早めに寝た。時間はだいたい午後9時だ。
そうして俺たちの異世界生活1日目は終わった。