97話:お出かけ その1
「うおお! 本当にボロ車が高級車になってる!」
「格好いいですね! しかも、フル装備ってソフィア様は言っていたのですよ! 早く乗りましょう!」
アパートの駐車場に行くと、オンボロ軽自動車が置かれていた場所に高級ミニバンが鎮座していた。
ピッカピカの大きな白い車体に感激する俺の頬を、肩に乗っているノルンちゃんがぺしぺしと叩く。
「うわ、何これ!? スチームウォーカー!?」
マイアコットさんがボンネットを撫でながら聞いてくる。
ミントさんも、おお、と声を上げていた。
「いえ、自動車っていう乗り物です。燃料は油で、時速100キロとかで何百キロメートルも走れるんですよ」
「へええ、そんなに走れるなんて、燃費がいいんだね。外装も綺麗だなぁ」
マイアコットさんが、窓から車内を覗き込む。
乗り心地のよさそうな座席のシートに、再び、「うわー!」と声を上げた。
「高級ホテルのソファーみたいじゃん! 乗り心地よさそう!」
「でしょう? これ、めっちゃ高い車なんですよ」
俺は答えながら、運転席のドアノブに手をかける。
そこで、車のキーを持っていないことに気が付いた。
すると、突如目の前に、四角いキーホルダーのような物体が出現した。
それは空中をふわふわと浮かんでおり、俺が手を出すと、ぽとりと手のひらに落ちてきた。
「び、びっくりした。この車の鍵かな?」
南京錠が開いているようなマークの部分を、ぐっと押し込む。
ピッ、という音とともに、車から鍵の開く音が響いた。
運転席のドアを開き、いそいそと乗り込む。
新車のいい匂いと高級感あふれる車内のデザイン、座り心地抜群のシートに、俺の頬は緩みっぱなしだ。
「うわー、うわー、こんなに座り心地がいいのか! 最高じゃん、これ!」
「ハンドル、ピカピカですね! カーナビも立派なのが付いているのですよ!」
俺とノルンちゃんが騒いでいると、助手席にチキちゃんが乗り込んできた。
「わっ、すごくふかふかだね」
「だよね! これなら、何時間座ってても疲れないよ! ええと、後部座席のドアのスイッチは……」
後部ドアの開閉スイッチを見つけ、ポチッと押し込む。
自動で開いたドアに、外にいた皆が驚いた声を上げた。
「うおっ!? この車のドア、自動で開くのか!」
「おー、何てお高そうな座席……カルバンさん、私たちは後ろに座ろっか」
「だな」
カルバンさんとネイリーさんが先に乗り込み、後部の席に座る。
続けて、マイアコットさんとミントさんも乗り込んできた。
「お邪魔します……うわー、すごいね! すんごく綺麗だね!」
「素敵な内装ですね。乗り心地がよさそうです」
「ドア、閉めますよ」
全員が乗り込んだことを確認し、ドアを閉める。
「それじゃ、行きましょうか。シートベルトを締めてくださいね」
「シートベルト? どれのこと?」
「右肩の上にあるやつだぞ。それを引っ張って、左の腰のところにある穴に突っ込むんだ。ミントさんのは逆側だな」
カルバンさんが身を乗り出して、マイアコットさんたちにシートベルトの使いかたを教える。
俺がエンジンを起動すると、カーナビも一緒に起動した。
「コウジ君、これ、エンジンかかってるの?」
運転席の後ろに座っているマイアコットさんが声をかけてくる。
「はい。今かけたところです」
「そうなんだ。スチームウォーカーと違って、すごく静かなんだね」
「内燃機関が別物ですからね」
「コウジ、これからどこに行くの? ショッピングモール?」
助手席のチキちゃんが俺を見る。
「んー、どうしよっか。とりあえず、服屋には行こうと思うんだけど」
マイアコットさんは自動車の整備士みたいな恰好、ミントさんはゴスロリ服だ。
2人とも、少し目立ちはするが外を出歩いても問題のない服装だ。
もとより、ソフィア様の力で、日本の人々が異世界人に不自然さを感じないようにしてもらっている。
でも、せっかく日本に来たのだから、こちらのカルバンさんたちのようにこちらの世界の服も買ってあげたい。
ネイリーさんも魔法使いっぽい服装のままなので、何か洋服をプレゼントしよう。
「そうだ! 服を買ったら、コ〇トコに行ってみようか!」
「コ〇トコ?」
チキちゃんが小首を傾げる。
「ものすごく巨大な倉庫を、まるごとお店にした商業施設なんだ。食べ物から玩具まで、なんでも売ってるんだよ」
「そうなんだ。面白そうだね」
「大きなホットドッグとドリンク飲み放題が180円で食べられるところですね! ぜひ行ってみたいのですよ!」
ノルンちゃんがキラキラした目を俺に向ける。
「何年か前に、コウジさん、お友達と一緒に出掛けてましたよね!」
「うん。行ったのは、その時の1度きりだけどね。さあ、行こうか」
ナビの目的地ををコ〇トコにセットし、車を動かして道路へと出る。
「コウジさん、何か音楽をかけるのですよ。きっと、この車なら音響設備もすごいのですよ」
「おっ、それいいね! って、CDが前の車に置きっぱなしだったんだった」
ノルンちゃんに俺が答えると同時に、俺の膝の上に音楽CDが出現した。
ソフィア様、俺たちのこと常に監視しているのだろうか。
路肩に停車し、CDをカーナビに入れて音楽を再生する。
以前、人魚のカーナさんとドライブした時に流れたものと同じ曲が、車内に流れ始めた。
数年前に流行った、お気に入りのポップな曲だ。
同時に、ノルンちゃんがその場で踊り出した。
「うぉうおうおー! うぉうおうおー!」
「ちょ、ちょっと! ノルンちゃん、こそばゆいって! チキちゃん、ノルンちゃんをそっちに移して」
「うん」
チキちゃんが、俺の肩で踊っているノルンちゃんを掴んで自分の膝に乗せた。
「へええ、音楽まで流せるんだ! すごいね!」
「あはは。こんなに優雅な気分で移動ができるなんて、馬車とは大違いだねぇ」
感心しきりのマイアコットさんとネイリーさん。
楽しそうで何よりだ。
「それじゃ、改めて。出発進行!」
「「「おー!」」」
皆の元気な掛け声とともに、車は頼もしいエンジン音を響かせて進み出した。
「はー。すんごく大きな街なんだね。自動車もいっぱい走ってる」
マイアコットさんが窓から外を眺めて、感心したように言う。
毎度ながら、日本にやって来た理想郷の人々とまったく同じ反応だ。
「道もすごく綺麗に舗装されてるし、財源ってどうなってるの?」
「市民税とか所得税とか、いろんなものに税金がかけられてて、それをインフラ整備に充ててるみたいですよ。食べ物とか自動車の燃料にも税金がかかってるし、何でもかんでも税金だらけです」
「えっ、食べ物にまで税金? どういう仕組みなの?」
「ええと、飲食店とか食料品店とかで販売するもの自体に、消費税っていう税金が上乗せされてるんです。物を買う人が税金をお店に払って、お店が国に収める仕組みですね」
「へー。それはすごいね。皆が買い物すればするだけ、税収が増えるんだね」
マイアコットさんが、ふむふむ、と頷く。
「あと、自動車にも税金がかかってますね。重量税っていう、自動車の重さによって価格が変わる税金です」
「そんなのもあるの? 燃料にも税金がかかってるんだよね?」
「ですね。あと、家を持ってても固定資産税っていう税金がかかりますし、贈与税っていう、人にお金をあげる際にかかる税金ってのもありますよ」
「うわあ、税金だらけじゃん。よく市民から反発が出ないね」
「まあ、その代わり医療費の大半を国が負担してくれたり、治安を守る警察っていう組織とか、火事が起きた時に駆け付けてくれる消防っていう組織がありますから。仕方がないんじゃないですかね?」
「ふうん……」
マイアコットさん、街の代表をしているだけあって、そういった税金の仕組みに興味があるようだ。
でも、あっちの世界に戻ってから消費税を導入しよう、なんてことをしたら、すごい反発が起きそうだな。
「コウジ、あそこ、服屋さんじゃない?」
街並みに目を走らせていたチキちゃんが、遠目に見える看板を指差す。
「あっ、ほんとだ。チキちゃん、よく分かったね?」
「ショッピングモールで入ったお店と、同じマークが描いてある看板だったから」
その服屋の駐車場に車を停め、皆で降りて店へと入る。
自動で開く玄関扉に、マイアコットさんが「おおっ」と声を上げた。
ミントさんは2000年前の世界で見慣れているのか、特に反応しない。
「綺麗なお店だね。天井の光、飛空艇にあった白熱電球と同じ物かな?」
「いえ、あれはLEDっていう照明器具ですね。ちょっと仕組みが違います」
「へー。じゃあ、電気で動いてるんだね。雷の精霊に手伝ってもらってるの?」
「いや、こっちの世界には魔法とか精霊っていうのはなくて――」
「なあ、話は車の中ですることにして、早いとこ服を選んで飯にしねえか? 腹が減っちまったよ」
あれこれと話す俺たちに、カルバンさんがお腹を摩りながら言う。
「この前食ったトンカツが忘れられなくてさ」
「はは。なら、服を買ったらトンカツ屋に行きますか」
「ああ、ぜひ頼む」
「コウジ、私も服が欲しいな。選んでくれる?」
チキちゃんが俺の服の裾を引っ張る。
「うん、いいよ。皆さんも、好きな服選んでください。お金はたっぷりあるんで、気にしなくていいですからね」
はーい、とマイアコットさん、ミントさん、ネイリーさんの声が重なる。
そうして、俺たちはしばらくショッピングを楽しんだのだった。




