96話:死に対する考え方
「えっ、あ、あれ!? そんな、私、どうして……」
ミントさんが戸惑った様子で、自分の顔やら体やらをぺたぺたと触る。
やはり感情が戻っているようだ。
自分で感情システムをオンにしたわけでもなさそうなので、これもソフィア様の仕業ということなのだろうか。
すると、突然俺たちの頭上から光が降り注いだ。
皆で一斉に上を見る。
いつの間にか虹色の渦が出現しており、中からソフィア様が顔を出していた。
「コウジ様、ご無沙汰しております」
ソフィア様が恐縮した様子で俺に声をかける。
突然現れたソフィア様に、マイアコットさんとミントさんは唖然とした顔になっていた。
「あっ、ソフィア様。こんにちは」
「こんにちは。度々お邪魔してしまって、申し訳ございません」
「いえいえ、気にしないでください。ミントさんの体、ソフィア様が用意してくれたんですか?」
「はい。余計なお世話かとも思ったのですが、ミントさんの体と心を少しばかりいじらせていただきました」
ソフィア様が申し訳なさそうに言う。
マイアコットさんとミントさんは、突然現れた彼女に唖然とした顔で口を半開きにしていた。
「彼女の過去を見てみたのですが、このままではあまりにも悲しく思えて……勝手な真似をしてしまい、申し訳ございません」
「あっ、ええと……」
俺はミントさんに目を向けた。
ミントさんは自分の意志で感情システムをオフにしたと言っていた。
それを、ソフィア様が勝手にオンにしてしまったということなのだろう。
彼女は相変わらず、口を半開きにしてソフィア様を見つめている。
「あの、ミントさん。そういうことみたいなんですけど、大丈夫でしたか?」
「えっ?」
「その、ミントさんは自分の意志で感情システムをオフにしたんですよね? それをソフィア様がいきなりオンにしてしまったみたいなんですけど……」
「……」
ミントさんが考え込む。
「……いえ、大丈夫です。私のパートナーの……ペンネルの願いは、私に街の行く末を見て欲しいというものでした。あの時は、他の子たちがパートナーと仲良くしている姿を見ると、ペンネルといた時のことを思い出してしまって……」
「今と当時とでは、状況が違うというわけですね」
ノルンちゃんが、うんうん、と頷く。
「はい。なので、今はもう大丈夫です。トールの街の未来を見ることもできましたし、目的は達成しました。後は、ペンネルの下へ私も行くだけですから」
「えっ、それって……ミントさん、死んじゃうってこと?」
チキちゃんが不安そうな顔で聞く。
ミントさんは微笑み、「はい」と頷いた。
「それが私の一番の望みですから。街に戻ったら、ペンネルの棺を探して、そこで私も眠らせていただけないでしょうか」
「そんな……」
チキちゃんが悲しそうな顔でつぶやくように言い、うつむいた。
俺もミントさんには生きていてほしいと思うが、外野がとやかく言っていい話ではないようにも思える。
過去の人工知能たちも、そうやってパートナーとともに永遠の眠りについたのだ。
そうやって愛おしい人の傍に永遠にいることこそが、彼女たちの幸せなのだろう。
「チキさん、死というものは、何も悲しいことと決まっているわけではないのですよ」
ノルンちゃんがチキちゃんを見上げて言う。
「生の在り方というものは、個々人によって違うものです。自分の人生にどれだけ納得がいったか、どれだけ思い残すことなく終わりを迎えられるかというのが、肝要なのだと思うのですよ」
皆がノルンちゃんに目を向ける。
「すべての死が、もの悲しい終わりというわけではありません。納得して人生を終えられるということは、自分の人生を完成させたということです。それは、この上なく幸福なことだとは思えませんか?」
「……うん」
チキちゃんが小さく頷く。
他の皆も、神妙な面持ちになっていた。
皆を見下ろしていたソフィア様が、にこりと微笑む。
「ノルンさん、きちんと女神らしくなってきましたね」
「いえいえ、ほとんどソフィア様の講義の受け売りなのですよ」
ノルンちゃんがソフィア様に微笑み、ミントさんに目を向ける。
「ミントさん。人生の締めくくりに、こちらの世界をあちこち見てみるのはいかがでしょうか? きっと、いい思い出になるのですよ」
「はい。ぜひそうさせてください」
ミントさんが晴れやかな笑顔で頷く。
自ら死を選択するというのに、その表情からは一片の悲しみも恐怖も感じられない。
自分の人生に納得がいっている人というのは、こういう表情をするものなのか。
「きっと、そうしたほうがペンネルも喜ぶと思います。コウジさん、お願いしてもいいでしょうか?」
「はい、もちろんです……って、出かけるにしても車に乗りきらないから、バスで出かけなきゃだ」
「それなら、皆が乗れる車をご用意しますね」
ソフィア様の言葉に、俺は彼女を見上げた。
「えっ? 用意って、どういうことです?」
「コウジ様の車を、ちょちょいのちょいとミニバンに変えさせていただきます。もちろん、車検や登録も通っている状態にしておきますね」
ソフィア様はそう言うと、指先をちょいちょいと動かした。
「はい、できました。外の駐車場にあった軽自動車を、ト〇タのア〇ファードの最上級クラスに変更しておきましたので」
「マジで!? あれ、めちゃくちゃ高いやつですよね!? 最上級クラスって確か、700万円以上しますよね!? いいんですか!?」
驚いて目を剥く俺に、ソフィア様はにこりと笑う。
ソフィア様、車の車種についても詳しいのか。
「もちろんです。他の車種がよろしければ、変更いたしますが」
「いやいや! それで大丈夫です! ありがとうございます!」
「コウジ、そのア〇ファードって、そんなにすごいの?」
チキちゃんが俺の服の裾をちょいちょいと引っ張る。
「すごいよ! 俺の安月給じゃ、とてもじゃないけど手が出せない高級車だよ!」
「そうなんだ。替えて貰えてよかったね」
嬉しそうに微笑むチキちゃん。
俺はそんな高級車を運転できる日がくるとはと、テンションが上がりまくっていた。
今まで中古で12万円のオンボロ軽自動車に乗っていたのに、いきなり高級車を貰えたとあってはテンションを上げるなというほうが無理な話だ。
「では、私はこの辺で。また後ほど、お邪魔させていただきますね」
「はい! ありがとうございましたっ!」
ペコペコと頭を下げる俺にソフィア様は手を振ると、シュン、と虹色の渦と一緒に消えてしまった。
「お、おお? 何だかよく分かんねえが、コウジ、よかったな」
「あはは。神様って、気前がいいんだね!」
カルバンさんとネイリーさんが俺に笑いかける。
「いやぁ、嬉しくてたまんないですよ! 皆さん。早速お出かけといきましょうか!」
「あっ、コウジさん! 私、運転席に乗りたいです! 拾ってください!」
「よしきた!」
「コウジ、私、助手席でいい?」
「いいとも!」
ノルンちゃんを拾い、俺はいそいそと玄関へと向かう。
チキちゃんたちも、その後に続いた。
「な、なんか、展開が急すぎて頭が追い付かないや……」
「私が眠っている間に、世界はこんなにも変化したのですね」
「いや、コウジ君たちは完全に規格外の話だと思うけど」
マイアコットさん以上に頭が追い付いていないミントさんに、マイアコットさんが苦笑する。
「ほらほら、マイアコットさん、ミントさん、行きますよ!」
「行きますよー!」
そんな2人に、俺とノルンちゃんは玄関で靴を履きながら振り返る。
小走りで向かってくる彼女たちを確認し、俺は玄関のノブに手をかけた。




